身長2m28cmの大男、平成元年の日本に転生する   作:はるあき 007

58 / 86
17歳-5 コーチのひとりごと

ゲイブ・ジーカクス 42歳

 

 

ナブラ大学の体育館に差し込む朝の光が、まだ無人のコートをぼんやりと照らしている。

俺はいつも通りのルーティンで煙草を取り出し、愛用のジッポライターで火をつけた。

手元には候補生のスカウティングレポートがあり、表紙にはダイ・シノノメの名前がでかでかと印刷されている。

 

「7フィート5インチ、走れる、跳べる、ハンドリングも悪くない…嘘みたいなスペックだ」

 

気づけば、声がかすれていた。

俺は落ち着きを取り戻すため、煙を深く吸い込み、ゆっくりと吐き出した。

 

吐いた煙を追ってコートを見つめると、半年前の記憶が自然と蘇ってきた。

――2006年3月。マーチマッドネス1回戦。

中堅校との対戦で、終盤にまさかの逆転負けを喫した。

 

あの時のチームは良かった。

オフェンスもディフェンスも申し分なかった。

選手の平均レベルも高く、チームとしての連携も過去一だった。

だが“個”の力が足りなかった。

決定力のある絶対的なエースがいれば・・・と、何度も夢に見た。

 

「だが、今度は違う」

 

手元のレポートから視線を離し、テーブル上のノートPCに映されたトライアウト映像を見た。

そこには、まるでCGのような動きを見せるダイの姿があった。

2メートルを優に超える身長でのアンタッチャブルなプルアップスリー、速攻からのトマホークダンク、そしてうちのスタメンセンターを、完膚なきまでに押し込むポストプレー。

 

「“個”どころじゃない、こいつは“王”だな」

 

思わず苦笑が漏れる。

だが、眉間のシワは深いままだった。

 

問題は、ダイの力をどうチームに馴染ませるかだ。

うちのスタイルは5アウトを軸としたモーションオフェンスだ。

5人全員がスリーポイントを打てて、走れて、パス能力も高い。

ミスマッチを作れれば、誰であっても1 on 1で点を取ることもできる。

チーム一丸となってオフェンスを作り出す、連携の極致だ。

 

そこへ突然、圧倒的な支配力を持つ新人をぶち込めば、チームケミストリーは崩れるかもしれない。

 

「5アウトにダイを組込むか・・・?いや、それは勿体ないな」

 

当初、アデルからダイの話を聞いたときは5アウトに組み込もうと思っていた。

彼はスリーポイントも打てるし、パスも上手く、機動力もある。

まさにうってつけの人材だと思っていた。

だが、トライアウトでダイの人間離れした動きを目の当たりにし、完全に考えが変わった。

 

「ダイを絶対的なエースとして据えた方が、チームの天井は間違いなく高くなる」

 

5アウト戦術の欠点は、エースがボールを持つ時間が短くなることだ。

モーションオフェンスでボールをシェアすると言えば聞こえは良いが、絶対的なエースがいる場合は足枷になりかねない。

 

ラバリアでの映像を見たときは、線が細く見えたし、ポイントガードをしていたこともあって、インサイドの1 on 1は期待できないのかと思っていた。

だが、生で見ると全く違った。

圧倒的なフィジカル、年代随一の高さ、異次元の跳躍力。

そして、支配的なポストプレイ。

1 on 1どころか、2対1の状況であってもディフェンスを吹き飛ばしながら得点を量産していた。

 

なぜこれほどのビッグマンがポイントガードをしていたんだという疑問は残るが・・・。

恐らく、ラバリアのチーム事情によるものだろう。

あのチームには、ルーカスやマルティンといった強力なビッグマンが何人もいたし、逆にポイントガードは不足していた。

・・・いや、俺なら多少身長が低くても優秀なハンドラーになれるポイントガードを獲得するけどな。

ビッグマン偏重で有名なセバスチャンのチームだ、しょうがあるまい。

 

「熱っ!」

 

指に熱を感じて、煙草をテーブルに落としてしまった。

見ると、煙草はすっかり短くなっている。

どうやら、思ったよりも長いあいだ思考し続けていたようだ。

俺はケースから追加の煙草を取り出して火をつけると、再びトライアウトの映像を再生した。

 

「やはり、圧倒的なフィジカルだ」

 

ラバリア時代の映像では周りの選手が太すぎて気がつかなかったが、これだけの身長でこのパワーがあれば、NCAAのインサイドを無双できるだろう。

やはり、ダイのインサイドオフェンスを軸に組み立てるべきだな。

彼なら2対1の状況であろうが、個人技で点を取ることができる。

 

今までのモーションオフェンスから、方針が180度変わることになる。

練度を高めるのは骨が折れるし、コーナー待機になりオフェンスに参加できない選手も出てくる。

不満も出るだろう。

だが、誰が何と言おうと、ダイを中心にチームを組み立てるべきだ。

 

歴代最高の5アウト、モーションオフェンスを構築できた前年度のチーム。

着実に勝利を重ね、ディビジョンでの優勝を成し遂げることができ、マーチマッドネスに初めて出場できた。

だとしても、そのマーチマッドネスでは初戦敗退だったんだ。

 

マーチマッドネスは化け物たちの巣窟だ。

将来、NBAで活躍できる才能を持った怪物の卵たちが、全身全霊を賭けて戦う。

並大抵の力では勝ち抜くことはできない。

優勝するには、大きな変革が必要となる。

 

「・・・俺は幸運だな」

 

普通は、どのように改革するのか、どんな戦術でどんな人材を集めれば良いのか大いに悩むことになるだろう。

だが、今は違う。

圧倒的な能力を持つダイがいる、ダイを中心としたオフェンス・ディフェンスを組み立てるだけで、優勝が見えてくる。

すぐには形にならないだろう。何人かの選手は不満も持つだろう。

でも、それでも、やる。

やりきる。

 

「♪♬」

 

パソコンからメールの通知音が響く。

内容を確認すると、ダイ・シノノメが入学試験を突破したという報告だった。

ペーパーテストも面接も最高得点だったらしい。

 

「これで、不安材料も無くなったな」

 

大きく煙を吸い込み、ゆっくりと吐き出す。

口に残る煙の苦味が、少しだけ心地よくなった。

 

火が尽きた煙草を灰皿に押し込む。

そのまま立ち上がると、静かな体育館に一人だけの足音が響いた。

 

「よぅし・・・始めようか」

 

俺のマーチマッドネスは、もう始まっている。

東洋の大巨人、ダイ・シノノメを軸とした革命と共に――。

 

 

 

 

 

 

 

 

山田 義一 52歳

 

額に手を当てたまま、会議室の天井を見上げていた。

薄く響く空調の音。

窓の外では蝉が鳴いている。

のどかな日本の夏の情景だ。

だが、ここナショナルトレーニングセンターの空気は、むしろ張り詰めていた。

 

会議室のホワイトボードには、真新しいマグネットが整然と並んでいる。

中央にあるのは「東雲大」の名前。その周囲を囲むように、伊藤兄弟、田中選手、斎藤選手の名前が配置されていた。

 

「やっぱり、今回も彼が鍵だよなあ・・・」

 

私はコーヒーを啜りながら、ぼやくように呟いた。

226センチの怪物――東雲大。

スピード、視野、フィジカル、シュート精度、全てが規格外。

 

出来ることが多すぎて、逆にどのようにチームへ組み込めば最適解なのか分からない。

全く、コーチ泣かせな存在だ。

いや、我々の手腕次第で結果が大きく変わるという事を前向きにとらえれば、コーチ冥利に尽きるのかもしれないが。

 

「・・やはり、ダイを中心としたモーションオフェンスが最適か」

 

フィジカルで劣る日本代表が強豪国に打ち勝つには、機動力で勝負するしかない。

そう考えてモーションオフェンスを組んで戦った前回大会。リバウンドで負け、パスをスティールされ、スリーポイントは入らず、散々な結果に終わった。

メディアには、「致命的なほどにターンオーバーが多い、モーションオフェンスは日本代表に合っていない」と散々叩かれた。

 

しかし、今大会は違う。

“ポイントセンター“としての役割を全うできるダイが居る。

 

“センターでありながら、ゲームメイクを担う存在”

 

これができる選手は、NBAでも殆ど存在しない。

何故なら、ポイントセンターには視野の広さとパスセンス、バスケIQ、そして1 on 1のポストプレイで確実に相手を打ち負かす事が求められるからだ。

しかし、ダイならこれらを全て遂行できる。

 

「4アウト1インのモーションオフェンスが最適だな。今のメンバーなら、これが実現できる」

 

ダイの周りに役者も揃ってきた。

身長と機動力を併せ持つ田中勇太、高確率でスリーポイントを沈めることができる伊藤兄弟。

 

「ダイがハイポストでボールを持ち、オフボールの選手が動き回る。ダイにダブルチームが来なければ、そのままダイが1 on 1で相手を仕留める。ダブルチームが来たら、田中優太のカッティングにボールを渡すか、外側の伊藤兄弟や斎藤選手にパスを供給する」

 

これが実現できれば、どんなに強力なディフェンスであろうと、打ち負かすことができるだろう。

この戦術があれば、どんな強豪国とだって渡り合うことができる。

 

だが、それが機能すればの話だ。

 

「問題は”周囲の理解”と、”連携”だよなあ・・・」

 

資料をめくる。

同じグループリーグにはギリシャ、フランス、そしてカナダがいる。

いずれも強豪国だ。

日本開催でこれだけ注目されているなか、初戦を落とすわけにはいかない。

メディアも国民も、前回のアジア選手権での快進撃を覚えている。

大がダンクを叩き込むたびに視聴率が跳ね上がった。

 

それだけに、大のダンクシーンが減ると、国民が文句を言うかもしれない。

モーションオフェンスなどやらず、大の個人技で勝負しろと、メディアや国民が言ってきそうだ。

 

しかし、U18ならまだしも、全代表の強豪国のダブルチーム相手じゃ、流石の大でも勝てるわけがない。

それに、決勝リーグではNBA選手のみで構成されるあのアメリカ代表や、歴代一の強さと言われているスペイン代表と戦う必要がある。

大の個人技に頼るのではなく、チーム一丸となって戦う必要がある。

 

「というか、メディアや国民が期待しすぎなんだよな・・・」

 

期待してくれるのはもちろんうれしい。

が、今大会、「日本代表は勝って当然」という空気すら漂っている。

 

「いや、当然じゃない。むしろ勝てたら奇跡なんだよ・・・」

 

心の中でそう呟いて、ため息をついた。

皆は4年前、下位の国にすら全く歯が立たず、アジアの予選で敗退したことを覚えているのだろうか?

 

・・・だが、それでも期待に応えたい。

日本開催という最大の舞台で、歴史を変えたい。

たとえ、理解が得られない方法だとしてもだ。

 

「腹を括るか」

 

もう、メディアや国民の理解は諦めよう。

私は私が信じる戦術で、ワールドカップを戦う。

そう決めた。

 

――残るは連携の問題だ。

 

「一週間の合宿で、どこまで練度を上げられるかだな」

 

たった一週間。

複雑なモーションオフェンスを組み立てるには、あまりにも短い練習期間だ。

 

だが、既に布石は打ってある。

以前のオーストラリアとの強化試合の時もモーションオフェンスの練習が出来たし、実戦でも試すことができた。

ダイを除くメンバーとは、オフシーズンの間に何回か練習もしている。

主要なセットモーションはダイにも共有しているし、今頃アメリカで練習しているはずだ。

 

「♪♬」

 

パソコンからメールの通知音が鳴り響く。

メールを開くと、ダイから練習動画が送られてきていた。

早速再生する。

 

「・・・一緒にいるのは現地の高校生か?いや、安藤君がいるからナブラ大学の学生かもしれんな。なんにせよ、良く動けているな」

 

しばらく動画をチェックしたが、問題なくポイントセンターの役割が出来ていた。

カッティングに合わせたボールムーブや、コーナーへのパスは流石の一言。

想定以上の完成度だな。

 

――何故か全員水着姿なのは気になるが、まあ練習はちゃんとできているようだし、良しとしよう。

これで、連携の問題も大丈夫だろう。

 

「何とかなりそうだな・・・」

 

まだ不安もある。

だが、希望がある。

 

数年前までは、欠片すら存在しなかった希望だ。

 

この夏、日本中の期待を背負い、私は勝負に出ることを決めた。

この一手が、世界を揺るがす可能性を秘めていることを、私は誰よりも知っていた。

 

 

 






ゲイブ、山田、(セバスチャン)、それぞれのコーチの考え方の違いが出る回です。
この時代の戦術も、ダイの影響で変わっているかもしれません。


リアルではOKCが優勝しましたね。強かった。
NBAドラフトでは、ダラスがクーパーを指名してくれて安心しています。
(順当すぎる指名だけど、あのニコハリだから警戒していました)
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。