身長2m28cmの大男、平成元年の日本に転生する 作:はるあき 007
ロッカールームと会場を繋ぐドアが閉まる。
その瞬間、世界から音が消えた。
うるさい程に響いていたスタジアムの熱狂。
日本サポーターの歌声、実況の声、ドラムのリズム、ブラジルから来た相手サポーターの叫び。
さっきまで全身に浴びていたのに、今はそれが嘘みたいに静かだった。
「……7点差か」
誰かが言った。
勇太か、山田コーチか、あるいは自分自身だったのかもわからない。
俺たちは、ロッカールームのベンチに座っていた。
ユニフォームは汗で肌に張りついて、心拍だけが速い。
俺の足も、重くなってきている。
さっきまでコートの上であれだけ跳ねていたのに、今はまるで鉛をつけられたみたいだ。
山田コーチのホワイトボードにペンが走る音が聞こえる。
「事前に想定はしていたが、こちらのモーションオフェンスと相手の身体能力に依存したDFシステムは相性が悪いな・・・だがそんな中、よく点差を離されずに頑張ってくれた!おかげで、後半から一新したオフェンスシステムで、ブラジル代表に奇襲をかけることができる。準備はできているか?ウォーカー!」
山田コーチはそう言うと、振り返ってこちらを見つめた。
「Of course! I'm always ready to go!」
俺の隣に座っていた男がベンチから立ち上がり、山田コーチの問いかけに元気な声を返した。
クミントン・ウォーカー。
25歳。
日本代表の帰化枠として今大会から加入した、Bリーグの選手。
7年前、その類い稀なる身体能力を買われてドラフト全体七位指名を受けてNBA入りを果たし、その尋常ならざるバスケIQの低さから契約を切られてしまった。
悲しきバスケモンスターだ。
・・そうか、彼を使うのか。
ということは、後半は大変なことになるな。
俺は沖縄合宿での一幕を思い返した。
~8月15日~ @沖縄トレーニングセンター
「ダイ、ちょっと来てくれ!」
スリーポイントシュートの練習をしていた俺に、山田コーチから声がかかった。
俺はシュート練習を止めて、ベンチ付近のホワイトボードで佇む山田コーチの元に走っていった。
「ダイのスリーポイントシュート、本当に良く入るよな」
珍しく、山田コーチがストレートに俺を褒めてきた。
・・・ということは、この後説教が入るな。
このコーチの指導方法はもう完全把握しているのだ。
俺は返事をせず、胡乱げな表情で山田コーチを見続けた。
「そう警戒するなよ。―だがまあ、ダイの予想は当たりだ。練習では9割5分以上入るそのスリーポイントシュート、試合では4-5割程度に落ちるのはなんでだと思う?」
ほらきた。
「・・・相手DFのコンタクトや、大舞台でのプレッシャーの影響ですかね?」
俺がそう言うと、山田コーチは静かに首を振った。
どうやら違うらしい。
「ダイの身長で相手DFが問題になることはほぼないし、君が大舞台をプレッシャーに感じるはずがないだろう。これは君のとある抜きんでた能力と、そして平凡な能力に由来している」
山田コーチはそう言うと、ボールを手に取りフリースローラインへ移動した。
そしてシュートを放ち、見事に沈めて見せた。
「君のフリースローパーセンテージは95%を超えている。これは君の肉体が持つ優れた再現性によるものだ。君のフリースローシュートは、どんな時もほぼ同じフォームで、同じ軌道を描き、リングに吸い込まれる。同じ距離から放つシュートだ、同じ動きが再現できれば外れることは無いからな」
山田コーチは説明しながら、二本目のフリースローシュートを放つ。
今度はリングに嫌われた。
「ま、それが一番難しいんだがな。現役の頃、俺のフリースローパーセンテージは78%だったよ」
山田コーチはボールを回収すると俺に手渡し、ゴールを指さした。
意図を汲んだ俺はフリースローシュートを放ち、沈めた。
「やはり、同じ動きが出来ているな。綺麗なもんだ・・・さて、それでは話を戻そう。なぜフリースローは安定して入るのに、スリーポイントでは確率が悪くなるのか、それはスリーポイントが毎回同じ位置から打てるとは限らないからだ」
山田コーチは再びボールを回収し、少しディープ目な位置で俺にボールを渡してきた。
意図を汲んだ俺はスリーポイントシュートを放つ。
が、惜しくもリングに弾かれた。
ボールがそのままバウンドしながら戻ってきたので、再びシュートを放つ。
今度はリングに吸い込まれた。
「試合の流れによって、どこでボールを貰うかは違ってくる。毎回ゴールまでの距離を瞬時に判断し、シュートの力加減を調整する必要があるわけだ。このときに必要となる動体視力と深視力、ダイもこの辺りの能力は悪くはない―が、エリートシューターと比べると劣っているのも事実だ」
しかし、と山田コーチは説明を続ける。
「逆に言うと、毎回同じ位置からスリーポイントシュートが打てるなら、ダイのシュート確率は大きく改善出来るわけだ」
山田コーチはそう言いながら、コーナーへと移動する。
・・・なるほどね。
意図を汲んだ俺は、ボールを持って後を追い、コーナーからスリーポイントシュートを放った。
ボールは綺麗な放物線を描きながら、ゴールへと吸い込まれていった。
「そうだ。コーナースリーなら君のシュートは安定する。ただ、ジャンプはしない方が良い。ダイのスリーポイントが安定しない理由のもう一つに、タフな状況が多いせいで打点が高いジャンプシュートを打っているというのもある。ジャンプの具合は毎回完全に同じにはならないからな・・・ダイの身長とパワーなら、フリースローと同じようにジャンプなしのシュートでもリングに届くだろう?」
俺は言われた通り足を肩幅に開き、フリースローと同じ体勢でコーナースリーを放った。
ボールはリングに触れることなく、ネットを揺らした。
「よく理解できました・・・でも、俺がコーナーでフリーになるチャンスなんて、どうやって作り出すんですか?」
そう、問題はそこだ。
ジャンプなしのシュートなんて、ディフェンスがいれば簡単にブロックされてしまうだろう。
ディフェンスが少しでもズレていれば打抜くことはできそうだが、日本代表では俺がポストプレイやドライブでそのズレを作ってきたのだ。
勿論、勇太たちのブロッカームーバー、オフボールでの動きがあっての話ではあるが。
俺が逆にオフボールで動き回るのか?
いや、そんなことをしたらコーナー待機が出来なくなる。
コーナー待機とモーションオフェンスは、ほぼ対極にある戦術なのだ。
コーナーにシューターを置くなら、トップからハンドラーがドライブやピック&ロールでディフェンスを崩すのが理想だが、そんな事が出来る選手、代表に居ないだろう。
―いや、一人いるか?
「その顔、ピンと来たようだな。そう、ウォーカーをハンドラーとして使う。具体的な戦術はこうだ」
そう言うと、山田コーチはホワイトボードにフォーメーションを書き始めた。
「ダイがコーナーに待機、逆のコーナーには伊藤兄弟のどちらかを待機させる。そして、トップからウォーカーのドライブか、勇太とのピック&ロールでディフェンスを崩す。成功したらダンクを叩き込めばいいし、ヘルプが来たらコーナーへキックアウトし、ダイか伊藤がコーナースリーを放つ。以上だ」
なるほど。
これならいけそうな気がするな。
ウォーカーの身体能力を使ったドライブは、非常に高い突破力を持つだろう。
キックアウトで少しでもズレが出来れば、俺はコーナースリーを打抜けるしな。
問題は・・・
「伊藤兄弟はどちらもクイックシュートが苦手ですけど、そこはどうしますか?キックアウトしたボールに追いつかれると、シュートが打てない気もするが」
「そこは・・なるべくダイが居る方向にドライブするようにして、ダイにキックアウトする確率を上げよう。相手に見抜かれた場合は、田中勇太や斎藤にディフェンスをシールしてもらうしかないかもしれん」
ふむ。
それなら、いけるような気がするな。
あと不安な点としては、あの猪突猛進なウォーカーがドライブやピック&ロールの判断が出来るのかという点があるが、まあそこは勇太に判断してもらえればいいか。
勇太の仕事多いな。
まあ大丈夫か。
「とは言え、モーションオフェンスが通用する相手なら、そっちの方高効率だし、この作戦は使わないかもしれんがな。まあ、念には念をというわけだ」
俺があれこれと考えていると、山田コーチが一言補足を入れてきた。
それもそうだな。
今のモーションオフェンスは相当な完成度だ、早々止められるとは思えない(フラグ)。
「分かりました。じゃあ俺は、コーナースリーの練習をしておきます」
そう言って、俺はシュート練習に戻ろうとする。
「ああ、しっかり練習しといてくれ。あと、この作戦をウォーカーに伝えておいてくれよ!」
山田コーチはそう言うと、逃げるように去っていった。
―なぜコーチが自分で伝えないのか。
理由は単純、ウォーカーには日本語が通じないからだ。
そして山田コーチは英語が話せない。
「・・・通訳雇ってくれよ」
俺はため息を吐いてそう独り言ちると、ウォーカーの元へと歩いて行った。
ま、ウォーカーは良い奴なので伝言するのも別に嫌ではない。
俺か勇太くらいしか英語で会話できる奴がいないせいか、やたら懐かれてるし。
ただ、バスケの戦術理解が乏しすぎるせいで、説明が物凄く面倒になるというだけだ。
今回はシンプル過ぎる作戦だから、流石に大丈夫だと信じたいが。
・・・
・・
・
~日本VSブラジル~@ロッカールーム
「-ということで、相手が外に開いていればドライブ、収縮していたらピック&ロールでこじ開けよう!分かったな?」
合宿の思い出に浸っている内に、作戦解説が進んでいた。
まあ合宿で既に練習済みだし、問題ないだろう。
「I get it, Coach!So I just gotta drive and dunk, right?
(分かってますよ、監督!とにかく俺がドライブしてダンクすればいいんですよね?)」
・・・隣でウォーカーが不安な事を言っているが、まあドライブかピックかの判断は勇太に任せるし、大丈夫だろう。
俺は勇太に熱い視線を送った。(何故か顔を伏せている勇太)
「-そうだ!後半はウォーカーが鍵になる、頑張れよ!」
英語が分からないのだろう、山田コーチが適当な事を言ってグーサインを出している。
俺は勇太の元まで歩き、背中を叩き、グーサインを出した。
一抹の不安はあるが、俺たちのモーションオフェンスが通じない以上、これしかないだろう。
後半の頭の奇襲で、まずは同点に追いつくことからだな。
「「「「「1・2・3・ファイ!!!」」」」」
俺達は円陣を組んで士気を高め、ロッカールームの扉を開いた。
廊下の先から、日本サポーターの歌声、実況の声、ドラムのリズム、ブラジルから来たファンの叫びが聞こえてくる。
その方向に向けて、力強く足を踏み出した。
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昨日の代表選は熱かったですね。
渡邊選手がいるとホーキンソン選手が遠慮なくハードショウできるので、台湾を完封できていたように見えました。
次はアウェイでどうなるか・・。