身長2m28cmの大男、平成元年の日本に転生する 作:はるあき 007
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山田 義一 52歳
部屋のエアコンが鳴っている。
それだけが、今の俺の世界の音だった。
カーテンは閉めている。
夜の横浜は騒がしくて、窓を開ければ街の喧騒が飛び込んでくるからだ。
……今は、誰の声も聞きたくなかった。
テーブルには開きっぱなしのノートPC。
スカウティング動画を何度も再生しては巻き戻し、停止している。
スペイン代表のセットプレー。
ピックからの展開。
ドロップディフェンスの潰し方。
“わかってる”、それはもうとっくに。
何百回も見た。相手は変わらない。
変わらないのは……俺たちの勝ち筋が見えないことだ。
(この布陣で、どうやって止める?)
画面の中、スペインのポイントガード「ジェイコフ」が、軽やかにゴール下へ切り込み、キックアウトする。
そのパスを、205cmの最強シューター「アントニオ」が完璧にキャッチしてスリーを沈める。
俺は無意識に、テーブルを指でトントンと叩いていた。
「無理だ……これ、誰がどう止めんだよ」
思わず出た独り言が、部屋の静けさを裂く。
声に出した瞬間、自分が本心からそう思っていたことを痛感する。
(俺が……コーチとして、そう考えてしまってるってことだ)
世間は盛り上がっていた。
「快進撃!日本代表、次はスペイン撃破だ!」
「勝てる、いや勝ってくれ、東雲ならやれる!」
テレビ、ラジオ、インターネット──国中が“次も当然勝つ”と思ってる空気だった。
(無責任だよ……お前ら)
いや、本当はそんなふうに世間を責めたいんじゃない。
プレッシャーが嫌なんじゃない。
期待に応えたいのに、方法が見えない。
だから苦しい。
だから、悩む。
テーブルの横に置いたホワイトボードには、何度も消しては書かれた戦術案の痕跡。
「3-2ゾーン」「ダイの逆サイド起点」「変則スイッチ」──
全部やった。
どれも、“ギリギリ戦えるかも”のレベル。
「奇跡を起こす戦術って……どうやって作るんだっけな」
湯気の消えたコーヒーに目をやる。冷たい。
でも、飲み干した。
もう夜中三時になった。
あと数時間もすれば、スペイン戦が始まってしまう。
このまま何の突破口も見つけられなければ、俺たちはボロボロにやられてしまうだろう。
もう一度ノートPCを再生した。
スペインの次のプレー。
ランバのアイソだ。
イタリアのエースガード:ガルシアと1on1になって──
(……待てよ)
一瞬、止める。
巻き戻す。
指先がピクリと動いた。
(もしかして、“あえて”それをやらせる……?)
勝ち筋じゃない。
でも、“負けない筋”は見えた気がした。
そこから繋がる、たった一つの可能性の糸。
ゆっくりと席を立ち、窓のカーテンを開けた。
夜の横浜の街が光っていた。
人々の声が、音楽が、車のクラクションが聞こえる。
あれほど煩わしかった騒音が、今はJAZZのような心地よい音に聴こえる。
(大丈夫だ、俺は……まだ諦めてない)
ひとつ、深く息を吸った。