身長2m28cmの大男、平成元年の日本に転生する 作:はるあき 007
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田中勇太 19歳
あの瞬間のことは、一生忘れないと思う。
首にかけられた銅メダルのひんやりとした感触。
ライトに照らされた表彰台。
国旗が揚がっていくあいだ、俺はずっと、泣きそうなのをこらえてた。
「日本代表が、世界の表彰台に立ったんだ」──
言葉にすればあっけないけど、その意味の大きさに、ずっと心が追いついてなかった。
ダイが、誇らしげに前を見ていた。
山田コーチが、無言でガッツポーズしてた。
ウォーカーが「That's great, Yuta!」って肩を叩いてくれた。
表彰式の後にチームの皆とお互いをたたえ合った時、初めてこの勝利の価値を正面から理解できたように思う。
トルコ戦のラスト、最後のブザーが鳴った瞬間に、何人ものチームメイトが泣いてた。
俺もだ。
あの感情は、「勝った」だけじゃない。
ここまでの全て──悔しさも、しんどさも、恐怖も、信じてくれた人の顔も──が一気に込み上げてきたんだ。
……でも、どうしても心に引っかかってるものがある。
それが、スペイン戦。
俺たちは、勝てると思ってた。
フランスとギリシャ、ブラジルを倒して、“世界に通じた”手応えがあった。
ダイは信じられないスピードで進化してて、山田さんの戦術もハマってた。
でも、スペインは──もっと上だった。
俺のマッチアップは、PFのギャッソレン。
あのNBAでエーススコアラーとして活躍する、押すに押されぬスター選手だ。
身長差は少しだけ。でも経験とスキルの差は・・・埋めようのない深さだった。
プレッシャーをかけても、全く揺るがない。
ペイントエリアから押し出されて、リバウンドはすべて奪われる。
スクリーンを読まれ、パスコースを潰され、テンポを奪われた。
試合が進むほど、こっちの“武器”が無力になっていく感覚。
まるで、氷の上でバスケしてるような不安定さだった。
ダイが奮闘してたのに、俺は何も支えられなかった。
1本でもシュートを決めてたら、1回でもリズムを作れてたら──
あの日の夜、一睡もできず、数えきれないほど悔んだ。
その中でも俺が一番後悔したことは、ギャッソレンの窒息するほどのディフェンス圧力に負けて、一度もシュートを打てなかったことだ。
その結果、オフェンスはダイのアイソレーション任せ。
ダイ以外が獲得した得点は、ウォーカーの6点と伊藤まじめのスリーポイント一本だけ。
そんなチームが勝てるはずがない。
「・・・ウォーカーは凄いな」
あのスペイン代表が誇る鉄壁のディフェンスを前に、がむしゃらに突っ込み、ゴールを奪い取って見せた。
NBA選手のギャッソレンやランバ相手にも、一度も怯まず役割を遂行し続けていた。
シュート確率こそ3/13と良くはなかったが、心が折れて一度もアタックできなかった俺とは比べられないほどだ。
技術とかバスケIQとか以前に、俺には選手として一番大事な物が足りていない気がする。
「NBAか・・・」
俺は手元のオファーレターに視線を落とす。
ロサンゼルス・ニッパーズから届いた、サマーリーグの誘いだ。
元々、いずれはNBAにという気持ちはあった。
その為にスキルを磨き、英語力のトレーニングもしてきた。
だがそれは、数年後にBリーグで結果を出してからだと思っていた。
しかし、もはやそんな悠長なことは言ってられない。
二年後の北京オリンピック、またスペイン相手に何もできない自分を想像するだけで、恥ずかしくて悔しくて、立っていられなくなる。
スキルを磨くより、戦術理解を深めるよりも大事なこと。
それはNBA選手相手に一歩も引かない、強く気高いメンタルだ。
「行くかアメリカ。となると問題は・・・」
気付けば俺は、自チームのコーチにどう説明しようかと頭を悩ませながら、アリーナに向かって歩き出していた。
障害は、もちろん山の様にある。
残っているBリーグの契約、語学・文化の壁、契約外からNBAに食い込む難しさ、大幅な給与の減少。
どれも頭が痛くなる問題だ。
それでも、スペイン戦を思い返して沈殿していた俺の心は、嘘のように晴れやかになっていた。
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これにてワールドカップ編は終了です。
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次話、NCAA編スタート!