身長2m28cmの大男、平成元年の日本に転生する 作:はるあき 007
寮の部屋の窓を開け放ったまま、ベッドの上にどかっと腰を下ろした。
長い脚が邪魔で、普通に座っても膝が壁にぶつかる。
そのたびに、私の機嫌はさらに悪くなる。
「はぁ・・・ほんっと意味わかんない」
吐き捨てるように言って、携帯電話をベッドに放る。
さっき母親から来たメッセージには、今日も同じような内容が並んでいた。
「ナブラ大学にはバスケットボール選手が多いのでしょう?」
「良い方がいたら、まず身長を確認なさい」
「最低でも二メートル以上よ」
最低でも二メートル以上。
婚約相手選びというより、遊園地のアトラクション利用条件みたいだ。
「何なのよ、最低身長二メートルって・・・そんな限られた男の中に、相性の良い奴がいるわけないじゃない」
思わず額を押さえる。
私自身、身長は202cmある。
小さい頃から、家ではそれを誇りとして育てられてきた。
「背が高いのは選ばれた血筋の証」だの、
「アリサの子供はもっと偉大になる」だの、
やたら壮大なことを聞かされてきた。
その果てが、「二メートル以上の男と結婚しなさい」である。
いや、雑すぎるだろう。
「何よその条件。
優しいとか、顔が良いとか、頭がいいとか、顔が良いとか、一緒にいて落ち着くとか、そういう項目はないの?」
部屋に誰もいないのをいいことに、アリサは天井へ向かって文句を投げた。
返事はない。
神様もたぶん困っている。
机の上には、週末に予定されている一族の会食会場、トライアングルホテルの宿泊チケットが置いてあった。
祖母、祖父、母、父、叔母、従姉妹が勢ぞろいだ。
どうせまた、似たような質問攻めにあう。
「大学には慣れた?」
「勉強はどう?」
「単位はきちんととれているのか?」
「ところで二メートル超えの男性はいた?」
最後だけ圧が違うのだ。
途中まで普通の家族の会話なのに、急にNBAのドラフト会議みたいになる。
私は枕を抱き上げ、そのまま顔を押しつけた。
「いたとしても、だから何よ・・・」
二メートル以上の男、確かにナブラ大学には十数人ほどいるらしい。
特にバスケ部には5人以上いる。
だが、問題はそこじゃない。
「二メートル以上だから結婚候補」という発想が、もう嫌なのだ。
人間を何だと思ってるんだ。
遺伝子の掛け合わせ用ユニットじゃないんだから。
しかも一族の大人たちは本気で言ってくる。
「高身長の血は守らなければならない」
「百年続く我らがブランド【Ginormous】の社長には、高身長の男しかなれないルールだ」
「アリサの代で途切れさせるわけにはいかない」
どこの王族だ。
うちは王位継承でもしてるのか。
「だいたいね・・・」
私は枕から顔を上げた。
「二メートル以上の男なんて、普通に考えて絶対クセ強いでしょ」
これは偏見かもしれない。
でも、経験則でもあった。
高校時代に紹介された“婚約者候補”たちは、
全員どこかしら変だった。
やたらと自信満々なやつ。
自分の筋肉の話しかしないやつ。
「君の遺伝子は素晴らしい」とかいう、恋愛どころか研究論文みたいな口説き文句を言ってきたやつ。
思い出しただけで頭が痛い。
碌な奴がいなかった。
・・しかも、全員もれなくイケメンじゃなかった。
身長が高い遺伝子と、顔が良い遺伝子は、かけ離れた特徴を持っているのかもしれない。
「私はね、普通に恋愛したいの。普通に。
・・いや、身長が普通じゃないのは知ってるけど」
そこは自分でも分かっている。
202cmの女が普通を口にするのは、多少無理がある。
でも、せめて中身を見たい。
身長計を持って相手を値踏みする人生なんてごめんだ。
携帯電話がまた震えた。
新着メールだ。
「そういえば、あなたの大学に227cmの日本人選手がいると聞いたわ」
・・・思わず無言になる。
それからゆっくり天井を見上げた。
「仕事が早いな、うちの一族」
怖い。
情報網が怖い。
まだ入学したばかりの新入生なのに、もう候補者リストに入れられている気配がする。
「だからそういうのが嫌なんだってば!」
思わずベッドに倒れ込む。
長い脚がはみ出して、危うく机にぶつかりそうになる。
まったく、イライラする。
部屋が私のサイズに追いついてない。
・・・でも。
あの日本人選手。
その言葉に促されるように、さっきの光景がふと頭に浮かんだ。
夕方、キャンパスで見かけたあの背の高い男子、名付けてBIG-D。
いや、“背が高い”という表現で片付けていいのか分からないレベルだけど。
最初に見た時は正直、そっちに意識が全部持っていかれた。
とにかくでかい。
本当にそれしか出てこなかった。
誰かを見上げたのなんて、久しぶりだった。
でも、落ち着いて思い返してみると。
「・・・いや、普通にイケメンだったのよね」
私は枕から顔を上げた。
整った目鼻立ち。
すっきりした輪郭。
キリっとした目に、夕日を反射してキラキラと輝いていた瞳。
変に気取ってないのに、妙に目を引く感じ。
しかも、あの身長で威圧的に振る舞うわけでもなく、淡々としていた。
顔が良いだけの人間なら、あそこまで印象には残らない。
BIG-Dはたぶん、ちゃんと中身が落ち着いている。
「・・・しかも声も悪くなかったし」
ぼそっと呟いてから、私は自分で自分に呆れた。
何を分析してるのよ、私は。
別にそういう意味じゃない。
全然違う。
うちの一族のアホみたいな条件と、私個人の好みは別問題だ。
・・・別問題、のはずだ。
でも、事実として、BIG-Dの顔はかなり整っていた。
あのサイズで顔まで良いのは、ちょっと反則じゃない?
「神様、配分って知ってる?」
天井に向かって聞いてみる。
やっぱり返事はない。
227cmの日本人選手、たぶん間違いない。
母親が言っているのはBIG-Dのことだ。
あの身長だ、一族が食いつくのも分かる。
分かるけど、私を巻き込まないでほしい。
携帯電話を手に取り、母への返信を打つ。
「身長だけで人は選ばない」
少し迷ってから、もう一文足した。
「あと、勝手に候補扱いしないで」
送信。
ああ、面倒な返事が来る。
絶対来る。
来週の会食が今から面倒になってきた。
でも、まあいい。
少なくとも私は、身長だけで誰かを選ぶつもりはない。
たとえ、その誰かがかなりイケメンの227cmの男だったとしても。
・・・いやでも、とにかく顔が良かったわよね。
「だめだだめだ」
私は頭を振って邪念を払い、窓の外を見た。
夜のキャンパスに、コートの灯りがともっている。
自由な大学。
自由な空気。
対照的に、自由じゃない一族の掟。
折角このリベラルな大学に入ったんだ。
付き合う相手くらい、自分の意志で決めたい。
私は自他共に認める面食いなのだ。
一族がどんな巨人を用意したって、簡単に交際をするつもりはない。
せめて、BIG-Dくらいのイケメンじゃないと。
・・・って違う。
私はもう一度、大きく息を吐いた。
「ほんと・・・面倒くさい家に生まれたわ」
けれど今のため息の最後には、
さっきより少しだけ、小さな笑いが混じっていた気がした。