身長2m28cmの大男、平成元年の日本に転生する 作:はるあき 007
鏡の前で、私は三回深呼吸した。
「よし」
いや、全然よくない。
落ち着けていない。
心拍数だけなら新人アナ時代の初鳴き前より上がってる気がする。
だってもう、今日から私は、三十歳なのだ。
さんじゅう。
口に出すと、急に現実味が増す。
二十代の頃は、「まだ全然若いですよー」なんて笑ってごまかせた。
でも三十になった途端、世間の空気が変わる。
親は急に優しくなるし、
友達は「焦ってない?」と聞いてくるし、
後輩は結婚して産休に入るし、
局のメイクさんは「薫さんならすぐですよ〜」と、全然すぐじゃない慰め方をしてくる。
・・・いや、分かってる。
原因は、たぶん私にもある。
気づけばこの世界で八年以上。
女子アナなんて言葉は華やかだけど、実態はそう甘くない。
バラエティ、スポーツ、報道、イベント司会、スポンサー絡みの会食。
カメラの前より、カメラの外の方がよっぽど神経を使う。
特に、若い頃は本当に怖かった。
芸能界の大物。
スポンサー企業の偉い人。
ただの食事会だからと言いながら、妙に距離を詰めてくるおじさんたち。
目が笑っていないプロデューサー。
「君、面白いね」という言葉の後に、全然面白くない流れを作ろうとする人たち。
私はそれを、真正面から拒絶できるほど強くなかった。
でも、食い物にされるほど弱くもいたくなかった。
だから考えた。
そして編み出したのが、下ネタキャラだった。
こっちから先に下品な冗談を飛ばす。
場を盛り上げる。
女としてじゃなく、面白いやつとして扱わせる。
「いやーその発言、昭和すぎますって!今どきコンプラで燃えますよ?」
「部長、その話あと三回したら私がハラスメント窓口行きますからね?」
「それもう完全にポコチンじゃないですか」
・・・みたいな感じで。
すると、不思議なもので、
男たちは私を狙うべき女ではなく、飲み会を回してくれる便利な戦友として扱うようになった。
結果として、危ない目にはほとんど遭わなかった。
酔って肩を抱かれることも、ホテルに誘われることも、しつこく迫られることも、ほぼゼロ。
危ないおっさん達を遠ざけることに成功したのだ!
それは本当に助かった。
助かった、んだけど。
代償もあった。
普通の男まで寄ってこなくなった。
これがなかなか痛い。
合コンに行っても、最初はまあまあウケる。
場も回る。
笑いも取れる。
でも、終盤になると誰も私を女性として見ていない。
「薫さん面白いね!」
「一緒に飲むの楽しすぎますよ!」
「またみんなで行きましょう!」
みんなで。
またみんなで。
そのみんなの中に、二人きりの未来はないのだ。
私は、盛り上げ役としては一流になった。
でも、口説かれる女としては二流どころか圏外になった。
おっさんを遠ざけることに必死になっている内に、自分がおばさんになりかけている。
なんだこの泥縄。
自業自得?
そんなことは、自分が一番分かってる。
でもね、この下ネタキャラ、決して伊達や酔狂でやってるわけではないの。
防具、鎧なの。
何の鎧も持たない新人の女子アナが、大物プロデューサーに肩を抱かれて夜の街に消えていき、後で泣いているのを何度も見た。
そのまま業界を去った女の子も星の数ほどいた。
その点では私の作戦は成功だったと言える。
けれども、もう30になったのだ。
こんな鎧で自分を守る必要性は、ほぼ無くなった。
そろそろこの鎧を脱いで、恋人を探す時なのだ。
鏡の中の自分を見る。
今夜は違う。
今日は違う。
ニットは攻めすぎない。
でも地味すぎもしない。
髪は巻きすぎない。
でも手抜きには見せない。
香水はほんの少し。
仕事できる姉御じゃなく、
ちゃんと女として見られる三十歳を目指したつもり。
そして何より。
【今夜は、下ネタ禁止】
ここが一番大事。
絶対に言わない。
どれだけ場が変な空気になっても、
どれだけ沈黙が怖くても、
どれだけ会心の下ネタを思いついたとしても、
絶対にいつもの薫に逃げない。
だって今夜の相手は、そこらの広告代理店の軽薄な男じゃない。
まずは、東雲大。
言わずと知れた、世界と戦う怪物センター。私もニュース原稿で何度この名を読み上げたことか。
しかも若いのに、妙に落ち着いてるって評判だ。遊んでいる噂もない。
顔もいい。背も高い。たぶん人生で一度しか出会えないレベルの優良物件。
そして田中勇太。
こちらは誠実系。努力家。空気が読めて、しかも代表選手。
更に顔も爽やかイケメン、清潔感にあふれている。
こういうタイプ、結婚したら絶対安定感ある。
少なくとも深夜二時に投資話を始めるスポンサーのおじさんより百倍いい。
東雲選手がまだ結婚できない年齢であることを考えると、私が真に狙うべきは田中君なのかもしれない。
「よし・・・今日こそは捕まえるぞ」
小さく呟く。
言い方は悪い。でも本音だ。
別に結婚相手を狩りに行くわけじゃない。
いや、ちょっと狩りに行く気持ちはある。
でも要は、ちゃんと女として見られるか試したいのだ。
盛り上げ役じゃなく。
便利な司会者じゃなく。
薫さんって面白いですよね〜、で終わる存在じゃなく。
ひとりの女性として。
スマホを見る。
集合時間まで、あと二十分。
携帯電話を開くと、友達の女子アナからの一文。
「今日はいい男捕まえるわよ!分かっているとは思うけど、絶対にいつもの下ネタは封印ね!」
分かっている。
アドバイスもありがたい。
でも、私は【やるなと言われるとやってしまう癖】がある。
この友人はそれを知っているはずだけど・・?
待て、落ち着け私。
これはフリではない。
今日はいつもの飲み会とは違うのだ。
今夜の私は違う。
三十歳、女子アナ、婚活モード。
下ネタなし。
過剰な気配りなし。
変なサービス精神なし。
良い男を見つけて、
できればちゃんと次につながる会話をして、
そしてあわよくば、結婚式は神前式で――
「・・いや、落ち着け私」
玄関でパンプスを履きながら、自分で自分にツッコミを入れる。
いきなり結婚式場まで飛ばなくていい。
まずは普通に、印象よく、女性らしく、そして欲を言えば可愛く。
そこからだ。
私はドアノブに手をかけた。
盛り上げ役を買うことで芸能界を八年生き延びた女が、今夜だけは盛り上げ役を降りる。
勝負の夜だ。
頼むから、誰かひとりくらい、
私を面白い女じゃなくて、
ちゃんと口説きたい女として見てくれますように。
合コンというものは、始まる前が一番緊張する。
夜のラスベガス。
広めの個室に通されて、まだ相手が来ていない数分。
その時間が長い。長すぎる。
「薫、今日ほんとに下ネタ禁止だからね」
隣の真衣が、釘を刺してくる。
「分かってるって!・・・それフリじゃないわよね?」
「違うわ!」
今夜のメンバーは、こちらが女子アナ三人。
私、真衣、由香里。
向こうは、東雲大選手、伊藤はじめ選手、田中勇太選手。
メンツだけ見れば、完全に勝負どころだ。
代表クラスの男三人。しかも全員有名スポーツ選手。
清潔感、将来性、知名度、カッコよさ、年収。
婚活市場に出したら秒で競り落とされるレベルの優良株である。
本人たちが入ってきた瞬間、私は心の中で一度だけ深呼吸した。
・・・うん。
やっぱりすごい。全員がキラキラとしたオーラを放っている。
東雲選手は相変わらず規格外だった。
大きい。まず大きい。
ドアをくぐるだけで店の縮尺がおかしく見える。
広めの個室が選ばれた理由が分かった。
普通の部屋では間違いなく収まりきらなかっただろう。
そして、体と反比例するように顔は小さい。更にその造形が整い過ぎている。
俳優なんかは生で見ると大したことない人も多いが、東雲選手は真逆だ。
生で見たほうが、とんでもない。イケメン過ぎる。
比較されたくなくて、もはや隣に立ちたくないまである。
伊藤はじめ選手は、想像以上に爽やか系だった。
笑顔が営業に強そう。
あれは絶対、年上の女性にも可愛がられるタイプ。
そして田中選手。
変に気取ってない。
でもちゃんとしてる。
礼儀正しいし、姿勢もいいし、何より頑張ってこの会を成功させたいという気配がにじみ出ている。
この時点で、私はかなり好印象だった。
「今日はよろしくお願いします」
田中選手が少し緊張した顔で頭を下げる。
いい。
とてもいい。
軽薄な感じがない。
合コン慣れしてないのが逆にいい。
最初の乾杯は、主催者の田中君だ。
「じゃ、えっと・・・今日は楽しく飲みましょう。乾杯!」
「「「「「乾杯ー!」」」」」
グラスが鳴る。
はじめの十分は、ほんとうに良くある合コンだった。
仕事の話。
スポーツ選手の生活リズム。
女子アナって本当に朝早いんですか、みたいな質問。
休みの日は何してるんですか、みたいな鉄板のやり取り。
私はかなり慎重に立ち回っていた。
絶対に、変な方向に盛らない。
絶対に、自分から場を壊して笑いを取る方へ行かない。
聞かれたことに素直に答える。
笑う。
うなずく。
女性として自然な温度感を保つ。
・・・うん、今日の私はかなり優秀だったと思う。
自己紹介タイムも、いい感じだった。
由香里が趣味のヨガの話をして、
真衣がスポーツトレーナー志望だった話をして、
私は最近料理を始めましたと、我ながら少し猫をかぶったことを言った。
田中選手が一瞬だけ「凄いなぁ」とつぶやいたのを聞いて、私は心の中で小さくガッツポーズした。
料理と言っても、私が出来るのはステーキ肉を焼いて塩で食べる原始的なメニューだが・・。
大丈夫。
嘘は言っていない。
その後、自然な流れで王様ゲームになった。
この時代にまだ王様ゲームをやる合コンがあるのか、とは思ったけど、むしろ分かりやすくていい。
運次第で距離も縮まるし、軽いボディタッチくらいなら不自然じゃない。
司会進行は、主催者の田中選手だ。
「えっと、じゃあ・・・番号を確認しましょうか」
たどたどしい。
すごくたどたどしい。
「王様だーれだ、みたいな感じで・・・いいんですよね?」
確認口調なのが、もう可愛い。
「そうそう、それで大丈夫です」
私が微笑むと、田中選手は少しだけ安心したように笑った。
ああもう、こういうのだ。
こういう慣れてないけど真面目にやろうとしてる感じに弱いのだ、私は。
王様ゲームの内容も、最初は平和だった。
「じゃあ、王様の命令です。3番と5番が好きな食べ物を言いましょう」
平和。
あまりにも平和。
でもその平和さが、逆によかった。
無理に下世話な流れにならない。
誰も変なことを言わない。
田中選手、良識の塊だ。
東雲選手が少しつまらなそうな表情をしているのが気にはなるが・・。
王様ゲームは続いていく。
「王様の命令です。2番と4番、学生時代の部活を言ってください」
「それ普通の質問コーナーでは?」
由香里が笑う。
田中選手が少し照れたように、
「すみません、あんまりこういうの得意じゃなくて・・・」
と言った。
はい、今きました。
きゅんときました。
だって、普通こういう場でスポーツ選手って、もっとこう、「じゃあ1番と6番、連絡先交換ねー!」みたいな軽さを出してきそうじゃない?
それがない。
真面目。
誠実。
しかも不器用。
結婚向きすぎる。
このままいけば、今日の狙いは田中選手で決まり。
後は私が、どれだけ清楚で優しい雰囲気を出せるかが勝負。
・・・の、はずだった。
三巡目くらいだったと思う。
田中選手が、少し困ったように笑って言った。
「すみません、そろそろネタが尽きてきたので・・・大、お前やる?」
私はその瞬間、なんとなく嫌な予感がした。
東雲選手は、グラスを置いて、静かに頷いた。
「任せろ」
声は落ち着いている。
表情も変わらない。
でも、その目だけが少しだけ光った気がした。
・・・嫌な予感しかしない。
「じゃあ次、王様ゲームじゃなくてさ」
東雲選手が、妙に落ち着いた声で言う。
「せっかくだし、全員で“なりきり選手権”やらない?」
「えっ」
・・・なぜか、田中君が焦ったリアクションをしている。
「良いね!やろやろ!」
ノリの良い真衣が笑いながら言った。
由香里も「面白そう」と乗っている。
田中選手だけが、「まずいか?」という顔をしている。
私は心の中で思った。
なんで合コンで大喜利が始まるのよ!
でも始まってしまったものは仕方ない。
よほど変なお題じゃなければ、少しユーモアのある回答をすれば、私の印象も上がるはず。
「それじゃあ第一問、【ノーパン書道教室(抜きアリ)に連れてこられた俳人、小林一茶が詠んだ一句とは?】」
よほど変なお題キターーッ!!!
いや、おかしいだろう。
今までの流れをぶった切って、なんだそのお題は!?
田中君は頭を抱えているし、伊藤選手は飲みかけたビールを噴き出している。
由香里は思わず笑った後で口を抑えているし、真衣は「やだー!」と言いながら耳を塞いでいる。
おいそこの女!カマトトぶるな!
いつも私の下ネタで爆笑してるでしょうが!
一気に雰囲気がカオスになる。
ここが分岐点だ。
当たり障りのない回答をして、女として行くか。
面白い回答をして、芸人として行くか。
・・・くっそ。当たり障りのない回答をするには、お題が面白すぎる。
数秒の沈黙の後、私は口を開いた。
「はい!」
「お、薫さん!お願いします。【ノーパン書道教室(抜きアリ)に連れてこられた俳人、小林一茶が詠んだ一句とは?】」
「鬼手コキ
負けるな一茶
ここにあり」
一瞬の間。
それから、爆笑。
「「「ブワハハハハハ!!」」」
「「アハハハハハハ!」」
しまった。
終わった。
完全にウケた。
真衣が机を叩いて笑ってる。
由香里も涙目。
田中君や伊藤選手も「強すぎる!」と笑う。
東雲選手も端正な顔立ちを崩しながら爆笑していた。
こうして、合コンは途中から完全におかしくなった。
王様ゲームは消えた。
代わりに、私と東雲選手による大喜利大会が始まった。
「【同じくノーパン書道教室(抜きアリ)に連れてこられた俳人、松尾芭蕉が詠んだ俳句とは?】」
「寸止めも
虚しく漏れ出す
最上川」
「「「ブワハハハハハ!!」」」
「「アハハハハハハ!」」
「【同じくノーパン書道教室(抜きアリ)に連れてこられた俳人、正岡子規が詠んだ俳句とは?】」
「コキすぎて
テクノブレイク
法隆寺」
「「「ブワハハハハハ!!」」」
「「アハハハハハハ!」」
「【同じくノーパン書道教室(抜きアリ)に連れてこられた俳人、尾崎放哉が詠んだ俳句とは?】」
「コキをしても一人」
「ブワハハハハハ!!」
「「アハハハハハハ!」」
あれ?
田中君と伊藤選手が笑ってないわね?
まさかこの二人、尾崎放哉が詠んだ魂の自由律俳句「咳をしても一人」を知らないの!?
それに引き換え東雲選手は元ネタを知っていたようで、机を叩きながら爆笑している。
二人よりも知識が豊富なようだ。
教養のある男。
そんなところにきゅんと・・・いや、しないよ。
下ネタ俳句を理解されたくらいで、きゅんとはしないよ。
舐めるなよ?
「よし、じゃあ次は薫さんからの出題で!絶対に下ネタはやめろよ~?」
煽るような顔つきでこちらに話を振ってくる東雲選手。
こいつ、私に【やるなと言われるとやってしまう癖】があると知っての所業か?
「・・・それじゃあ、【太宰治が初の官能小説を書きました。その冒頭の文章とは?】」
「はい!」
即座に男らしく手を上げる東雲選手。
どこで男気を見せてるんだ、こいつは。
「東雲くん!お願いします。【太宰治が初の官能小説を書きました。その冒頭の文章とは?】」
「メロスは勃起した。必ず、かの爆乳爆尻の女王を抱かなければならぬと決意した。」
「「ブワハハハハハ!!」」
「「「アハハハハハハ!」」」
私は笑っていた。
かなり笑っていた。
しかし、心は悲しみも帯びていた。
だって、楽しい。
最高に楽しいのが最悪なのだ。
田中選手のたどたどしい司会にきゅんとして、
「今夜は女としていけるかも」と思ったのに、
気づけばいつもの自分の得意フィールドに引きずり込まれている。
でも、そんな混沌の中でひとつだけ分かったこともある。
東雲選手はたぶん、人の本性を引きずり出すのがうまい。
そして私は、いくら下ネタを封印しようとしても、
根本的に盛り上げ役の女からは逃げられないらしい。
こうなったら最後、今日のメンズ三人からは絶対に恋愛対象に見られないだろう。
私の婚活・・・前途多難すぎる!
と、今日の合コンを諦めた私だったが、終わり際に東雲選手に「今度は”ふたりで”食事に行きましょう」と、名刺を渡されてしまった。
あれ?
これは脈ありか?
なんでぇ!?
いかがでしたか?
ヒロイン候補が四人揃いましたね。
折角なのでアンケートを取りたいと思います!
皆さんの推しを教えてください。
※横道にそれ過ぎたので、次話からバスケの話に戻ります。
推しは?
-
エリザベス
-
アリサ
-
絵里
-
薫