身長2m28cmの大男、平成元年の日本に転生する 作:はるあき 007
・・・知らない天井だ。
真っ白というより、少しクリーム色。
天井の四隅には控えめな装飾が入っていて、中央にはやたら品のいいシャンデリアっぽい照明がぶら下がっている。
「あれ?」
首だけ動かして、部屋を見回す。
広い。無駄に広い。
ベッドがでかいのはまだ分かる。
俺みたいなサイズでも余裕で寝返りが打てるのは助かる。
でも、それ以外がもう意味分からない。
壁には抽象画。窓は床まである全面ガラス。カーテンは重そうな生地。
テーブルには果物。しかも、たぶん最高級品だ。
(・・・なんだここ)
一瞬、昨夜の記憶が飛んだかと頭を抱える。
が、数秒後、頭の奥でバラバラだった映像がゆっくりつながり始める。
合コン。
女子アナ。
勇太のたどたどしい司会。
途中からなぜか始まった大喜利大会。
「はいはい。徐々に思い出してきたぞ」
昨夜の合コンの記憶が脳内で再生されていく。
大喜利大会で盛り上がる合コン。
酒を飲み、テンションを上げ続ける女子陣と伊藤兄。
俺も負けじとウーロン茶でついていったが、みんな飲み過ぎて最終的にスプーンが机から落ちだけで爆笑が起きるほど仕上がっていたからな。
若干置いて行かれていた気がする。
まあ、そんな支離滅裂になっていく大人たちの中で、薫さんは流石だったな。
一人だけ最後までギャグやコメントのキレが落ちていなかった。
伊藤兄が踊ったり大声を出したりと大味な笑いを取りに行く中で、テクニックのあるツッコミや面白回答で場を支配していたからな。
あの人が居なかったら、俺も途中で帰っていたまである。
(尚、勇太は一次会で帰った。変なところで真面目な奴だ・・・)
そのままの勢いで妙に豪華なラウンジでの二次会へなだれ込んだが、伊藤兄なんかもはや呂律が回ってなかったからな。
アナウンサーの女子陣は流石に良好な滑舌を保っていたものの、薫さん以外の二人は途中で寝ちゃってたしな。
最終的に俺と薫さんのサシ飲みになってた気がする。
あの人、気が合うんだよなぁ。
見た目も年齢もドストライクだし。
まぁ、気が合いすぎて友人になってしまいそうな気配もあるが。
お互いまだ若いし、とりあえず色々と交流していくのがベターかな。
閑話休題。
その後、合コンはお開きになった。
そして――
(ああ、俺が連れて帰ったのか)
思い出した。
伊藤兄は、それはもう完全に出来上がっていたのだ。
自分の宿泊先のホテルも碌に言えなかったので、俺がよく泊まる高級ホテルまで連れてきて、部屋を取ったんだった。
部屋番号を教えて鍵を渡したのに、三回くらい言い間違えて、
挙句には廊下の絵画に向かって「君はいいディフェンスをするね」とか喋っていた。
あれはもう放置できる状態じゃなかった。
だから俺が肩を貸して、ホテルまで連れてきたんだった。
「大丈夫かね?」
伊藤兄の様子が気になったので、リビングらしき方へ歩く。
広い。やっぱり無駄に広い。
テーブルと巨大なテレビ、そしてその前には巨大なソファ。
そのソファの上で、伊藤兄が寝ていた。
片足だけソファからはみ出している。
上着は半分脱げかけている。
口は少し開いているしかも、いびきがでかい。
そして、何故かえらく気持ちよさそうな表情で寝ている。
「・・・なんか腹立ってきたな」
昨夜、介抱が大変だったことを思い出す。
寝ゲロしないようにトイレで吐かせ、顔を洗い、水を飲ませて、着替えさせ、気道が確保できる状態でソファに寝かせた。
全部終わるころには、空が明るくなりかけていたからな・・・。
伊藤兄にとっては久々のオフシーズン、そしてマスコミのいないアメリカだ。
羽目を外してしまうのは分かるが、少しは反省しないとどこかで致命的なミスをしそうな気がする。
「・・・ドッキリでもするか」
俺は部屋の電話を取り、なじみのウエイターに声をかけた。
そして、とあるお願いをした。
数分後。
ノリの良いウエイターが、ワクワクした表情で部屋までやってきた。
『流石はBIG.Dだ。面白い事を考えるな!』
『できるかい?』
『あたぼうよ!動物に関しては、ホテルの裏手で提携してる観光農場があるから鶏をもってこよう。あと、フロントにある銅像も持ってくるぜ!」
『素晴らしいアイデアだな!それでいこう。これはほんのお礼だ』
俺はチップとして、1万ドルの小切手をウエイターに手渡した。
『ヒュー!分かってるなBIG.D!最高の仕事を約束するぜ!』
テンションをもう一段上げたウエイターは、ノリノリの様子で部屋から出て行った。
三十分後。
スイートルームは、地獄みたいな状況になっていた。
まず、鶏が十羽。本当に十羽来た。
思ったより多い。
そして思ったより落ち着きがない。
「コッコッコッ!」
「クケーーッ!」
「バサッ、バサバサッ!」
広いリビングを、鶏たちが好き勝手に歩き回る。
一羽はやたら窓際を気に入っているし、もう一羽はソファの脚をつついている。
最年長っぽいやつは、なぜか俺を睨むような目つきで見ていた。
(思った以上の絵面だ。ウエイター、気合入ってるな)
加えて、ソファの横にはホテルのフロントに置いてあったというリンカーンの銅像もあった。
もちろん本物の歴史的美術品ではなくレプリカだが、変に高級感がある。
サイズ感が絶妙で、人の上半身くらいあった。
それが今、いびきをかく伊藤兄の隣にどんと置かれている。
スイートルーム。
十羽の暴れる鶏。
リンカーンの銅像。
意味不明だ。大成功だ。
俺はテレビの前に座り、ノートPCを開いた。
ここからが本番だ。
昨夜、合コンの途中で撮った写真が何枚かある。
伊藤兄は酔っていて、妙にサービス精神が旺盛だった。
ピースしてる写真。
妙に真顔の写真。
なぜか拳を突き上げてる写真。
踊っている写真。
素材は十分。
俺はPhotoshopを立上げ、画像加工を開始した。
まず一枚目。
【農場から鶏を盗み出す伊藤兄】
夜の農場っぽい背景を適当に合成して、腕を振り上げた伊藤兄の写真を切り抜いて配置。
さらに脇に鶏を二羽追加。
いい感じに胡散臭い。
完璧だ。
そして二枚目。
【リンカーン像を抱えて逃走する伊藤兄】
これはかなりそれっぽくなった。
昨夜、ジェスチャーゲームでひったくりのお題があったからな。表情も姿勢も完璧だ。
完全に現行犯の顔だ。
三枚目。
【深夜のクラブで踊り狂う伊藤兄】
これが一番ひどい。
ネオンにスモーク、DJブース。
そして、ストリッパーたちが踊る巨大なステージ。その隣で踊り狂う伊藤兄。
背景に「BROTHER NIGHT FEVER」の文字まで入れてやった。
(我ながら最高の出来だ)
俺はその三枚をスライドショー形式でテレビに映すよう設定した。
完璧だ。
いや、完璧すぎる。
俺はあらためて、部屋全体を見回した。
リビングには暴れる鶏。
ソファの隣にはリンカーンの銅像。
テレビには捏造された犯罪の証拠写真。
そして当の本人は、まだ寝ている。
なんだ。
この地獄絵図は。
でも、だからいい。
これで己の酒癖を反省してくれるに違いない(建前)。
俺は静かに扉を開いてベランダに出ると、観葉植物の後ろに身を隠した。
そして携帯電話を開き、録画を開始する。
「さて・・・」
鶏が一羽、タイミングよく鳴いた。
「クケーーーッ!!」
いい。
最高の前フリだ。
伊藤兄の眉がぴくっと動く。
「・・・ん」
ソファの上で、少しだけ寝返りを打っている。
クッションを抱えたまま、口をもごもご動かした。
「由香里さん・・・うぇへへへ」
どうやら、まだ頭の中は楽しかった合コンの中にいるようだな・・。
と、窓際をうろうろしていた一羽が、絶妙なタイミングで高らかに鳴いた。
「コケーーーーーッ!!」
伊藤兄の目が、かっと開いた。
「うわぁ!?」
上半身が跳ね起きる。
だが、まだ寝起きで焦点が合っていない。
彼は数秒間、虚空を見つめたまま固まった。
そして、二秒後。
視界の端を歩く鶏に気づいた。
「……え?」
もう一羽が鳴く。
「コッコッコッ!」
さらに、ソファの後ろを横切る鶏。
テーブルの脚をつつく鶏。
謎の威厳で部屋の中央に立つ鶏。
伊藤兄の携帯電話をくわえながら、走り回る鶏。
伊藤兄の顔から、寝起きのぼんやりした表情が一気に吹き飛ぶ。
「ちょ、ちょ、ちょっ……なに!?!?」
勢いよく立ち上がった伊藤兄。
その瞬間、足元を鶏がすり抜ける。
「うわあっ!鶏!?」
完全にパニックだ。
俺は携帯電話でその様子を録画しながら、必死に笑いをこらえる。
無理だ。口元が勝手に上がる。
伊藤兄は半歩下がって、ようやく部屋全体を見た。
そこで、リンカーン像に気づく。
「・・・なんで!?」
声がひっくり返る。
「なんでリンカーンがいるの!?!?」
良い。
素晴らしい。
完璧なリアクションだ。
彼はソファ、鶏、銅像、また鶏の順で視線を泳がせた。
そして、ふとテレビの画面に目が行った。
ちょうどその時、スライドショーの一枚目が映っていた。
農場から鶏を抱えて逃走する伊藤兄の写真だ。
数秒の沈黙。
「・・・・・・・・・は?」
次の瞬間、画面が切り替わる。
リンカーン像を小脇に抱えて走る伊藤兄の姿が映る。
「は!?!?!?・・・えっ、盗んだの!?俺が盗んだの!?」
さらに切り替わる。
クラブで両手を上げて踊り狂う伊藤兄の勇姿が映った。
しかも背景のネオンが無駄にきらびやかだ。
「いやいやいやいや、ちょっと待って、待って!!」
冷や汗をだらだらと流しながら、辺りを見渡す伊藤兄。
最高だ。
最高のリアクションだ。
「いや、ちょっと待てよ・・・まず、どこだここ?農場? 鶏? リンカーン? クラブ?情報が多い!!なんで一晩で、こんな地獄みたいな状況になってるんだよ」
再び、辺りを見渡す伊藤兄。
完全に挙動不審になっている。
・・・やばい、楽しすぎる。
俺は笑い声がもれないように、口を抑えた。
「おいこら待て!」
部屋の中では、伊藤兄が鶏を追いかけていた。
どうやら携帯電話を取り返したいようだ。
幸い、動きが遅かったのもあり、簡単に捕まえていた。
携帯電話を手に入れた伊藤兄。
「・・・まずは、昨日の夜の確認をしないとな。勇太に電話するか」
と、そんなことを言いながら、リビングから寝室に向かっていった。
あ、拙いな。
勇太は今日、NBAサマーリーグの会場に向けて移動中のはずだ。
流石にこんな雑なドッキリで迷惑をかける訳にはいかないな。
俺は携帯電話を開き、伊藤兄にメールを送った。
〈ドッキリです。
飲み過ぎには気を付けましょう〉
送信と。
これで、伊藤兄の酒癖も良くなることだろう。
俺はこっそりとベランダからリビングに戻ると、そのままの足取りで玄関へと向かった。
後ろからは「東雲の仕業か!!あの野郎!」という絶叫がきこえてきた。
玄関を開けて廊下に出ると、にやついたウエイターの姿が目に入った。
『ドッキリはどうだった?』
成功を確信した様子で、そんな質問をしてくるウエイター。
俺はサムズアップしながら、言葉を返した。
『最高だったよ。あとは頼んだ』
俺はウエイターとハイタッチを交わし、エレベーターの方へ向かった。
一階のフロントを通り過ぎると、リンカーンの銅像の代わりにサンタクロースのぬいぐるみが置いてあった。
「あれで代わりになるのか・・?」
まあいいか。
ウエイターの判断だし、問題ないだろう。
そんな事より、今日は大学のバスケチームでの練習初日だからな。
三時からだから時間があるとは言え、余裕をもって準備しないとな。
俺は寝起きとは一転、最高の気分でホテルの外へ足を踏み出していった。
――――
投票ありがとうございます。
薫さんと絵里さんのデットヒートですね。
果たしてどうなるのか・・・?
今話からバスケに戻ると言いながら、閑話をお届けしました。
次回から正式にバスケに戻ります。
ちなみに、NBAは明日からプレーオフが始まります。
一部はアマプラでも見れるので、ぜひ見よう!