C.E.71、地球連合、プラント間の戦争は日に日にその苛烈さを増し、両陣営ともに官民問わず多大な犠牲を払っていた。
地球連合軍第八艦隊所属強襲特装艦アークエンジェルはヘリオポリスでザフト軍の襲撃を受けて以降、幾多の死線を潜り抜け、連合軍司令部JOSH-Aにたどり着いた。
彼女が『それ』を読んだときに感じたのは言いようのない感情だった。
『ナタル・バジル―ル殿 第八艦隊アークエンジェル所属中尉の任を解きアークエンジェル級2番艦ドミニオン所属少佐に任命する』
軍に所属してから幾度となく見た辞令。初めて昇級した時も、アークエンジェル所属になった時も特に何も感じはしなかった。ただ功績が認められ相応しい任務に就く。それだけの事だった。嬉しいという気持ちもあったが、軍門の家系ゆえ幼い頃から上官の命令は絶対と叩きこまれてきたのでただ従うしかなかった。この辞令もその一つにしか過ぎない、はずだった。
「……」
だが今は、この辞令が酷く気色悪いものに見えて仕方なかった。今まで露と抱いたことのない感情にナタル・バジル―ルは戸惑いを隠せなかった。
「なぜ、今私が艦を――」
艦を離れねばならないのか。喉元まで出かかった言葉をナタルは慌てて飲み込む。命令は命令だ。下士官である自分は従わざるを得ない。いつもと同じように、いつも通りに。
「中尉、ちょっといいかしら?」
「っ!?」
突然ドアをノックされて、ナタルは慌てて辞令書を隠す。声の主が、今知られたくない相手だったからだ。
「どうぞ」
ナタルの許可を得て部屋に入ってきたのは艦長のマリュー・ラミアス少佐だった。先の諮問会で彼女はサザーランド大佐から詰問の矢面に立っていた。ヘリオポリスでのザフト軍奇襲事件をはじめハルバートン大佐の殉死並びに第八艦隊の壊滅。アークエンジェルが地球に降下してからアラスカ基地に入港するまで。それらの詳細を質問しては、マリューらアークエンジェル乗務員の返答に厭味ったらしく返してくる。当たり前だが聞いていて気持ちのいいものではなかった。サザーランド大佐の嫌味にムウ・ラ・フラガ少佐は噛みついていたが、ナタルはただ唇を噛んで耐えるしかできなかった。
「少し話さない?」
ナタルはマリューの申し出にしり込みした。アラスカに到着して間もなく、ナタルは彼女と少し言い合いになった。と言っても結果的にナタルがただ持論をまくし立てただけだったが。それに諮問会の時もムウと違い、彼女はマリューを擁護することができなかった。その負い目もあってマリューとは話しにくい状態であった。
「だめ?」
だがマリューの方はそうは思ってなかったようだ。彼女はただ、この艦を降りるナタルと話がしたいだけだった。
「いえ……問題ありません……」
ナタルが折れた形にはなったが、ナタルの勧めるまま、マリューはベッドに腰掛ける。
「貴女にはずいぶんと苦労をかけたわね」
「いえ、そんなことは……」
言葉を濁すナタル。正直に言ってしまえば、マリューの指揮官としての度量はナタルの理想像とはほど遠く、副艦長として側で見ていて苛立つ時もあった。しかし伴に死線を潜り抜けて行くうちに『マリュー・ラミアス』の人物像と彼女の資質を見いだし、なにが彼女を彼女たらしめるのか理解できたとこもある。そしてそれが自分にはなかったものだということも。
「艦長は、どう思われますか?」
「どうって?」
「その……サザーランド大佐の言われたこと、キラ・ヤマトのことです」
サザーランド大佐は諮問会で「キラ・ヤマトがいなければ、ヘリオポリス壊滅はなかっただろう」と露骨にマリューがキラをストライクに乗せたことを非難した。それに関してはマリューもムウも反論したが、大佐はキラがコーディネーターであることと彼が連合の機体に乗ったことを殊更槍玉にあげた。あってはならぬ事が起きてしまった。それがヘリオポリス奇襲事件に対するサザーランド大佐の評価だった。
「そうね。難しいわね。彼があそこにいなかったらなんて」
サザーランド大佐の言う通り、彼があの場にいなければ、もしくは彼がナチュラルであったなら未来は変わっていただろう。だが現実として、キラはあの場に居たしコーディネーターだった。その事実を覆すことはできない。
「けど……もしあの時サザーランド大佐の言う通りの状況だったら、少なくとも私はこの場にはいないわ」
「それは、GAT-Xシリーズ全てがザフト軍に奪取されていた、と?」
「私では、ストライクを、MSを動かすのが精一杯だから」
ヘリオポリスを襲撃したのはザフト軍のMS部隊。当然マリューよりもMSの操縦には長けている。あの状況下でマリューに出来たことはストライクを動かし、せめてもの抵抗を試みるか、あるいはーー
「返り討ちにあうのが関の山。いいとこストライクごと拿捕されて捕虜なるか。軍人としてならーー」
「一人でも道連れに自爆、ですか?」
ナタルの引き継いだ言葉に、マリューはそっと微笑む。アラスカにたどり着く直前、キラの乗ったストライクは、ザフトに奪われたイージスと戦闘し、イージスの自爆に巻き込まれて大破した。またその戦闘でキラの友人であるトール・ケーニヒが殉死した。マリューはイージスのパイロットと同じことをしていたかもしれないという。いずれにせよ、あの状況でマリューが無事でいる可能性は低い。本人の言う通りキラがいなければ、マリューはアラスカに辿り着いていなかったと言うわけだ。
「貴女は最初からアークエンジェルに搭乗予定だったのよね?」
「はい。そのためにノイマン少尉とヘリオポリスに。結局我々もザフトの襲撃にあい、搭乗予定であった艦長含め多くの乗組員を失いましたが」
GAT-Xシリーズと同じくヘリオポリスにて建造されたアークエンジェルも時を同じくしてザフト軍の襲撃を受けた。ナタルと操舵手のノイマンも生き残った少数の乗組員と共に辛くも脱出。マリューやキラたち、ラウ・ル・クルーゼを追ってきたムウと合流した。その後は、彼女らが諮問会で報告した通りである。
「貴女たちならヘリオポリスからの脱出はできていたでしょうね」
「かもしれません。ですが……」
そこでナタルは考える。もしストライクとキラ、そしてマリューがアークエンジェルに乗っていなかったとしたら。
「アークエンジェルはココに辿り着けなかったかと……」
「それは……」
ナタルも、マリューと同じ結論に達したということだ。
「キラ・ヤマトが居ないと仮定した場合、艦長のおっしゃった通り、GAT-Xシリーズ全機が敵に奪取されていたでしょう。そうなれば此方の戦力はあの時点ではアークエンジェルとフラガ少佐のメビウスのみ。戦力差は明らかです」
ヘリオポリスからアラスカまで、アークエンジェルは幾度となく敵の攻撃を凌いできたが、それはストライクとキラ、ムウがパイロットととして存在していたからだ。その内の一つ、ストライクが敵方に加わったとしたら、その結末は想像に難くない。
「艦長は状況的にも、また技術者でもあられるので捕虜となっていた可能性はあるでしょう。ですが戦艦に乗っていた我々は……」
アークエンジェルと運命をともにしていた。ナタルはそう確信している。マリューもそのことを否定しなかった。MSの戦力差はそれ程まで大きく戦争に影響しているのだ。ことMS戦闘において一日の長があるザフトに、「エンデュミオンの鷹」の異名をもつムウでもどこまで対抗できたか。
「結局私たちは、彼に助けられてばかりだったわね……」
「……」
これまでの道中を思い返すマリュー。何度も訪れた危機を回避できたのも、キラの卓越したMS操縦技術のおかげだ。コーディネーターとは言えただの学生だった彼が瞬時にOSを書き換えたり、初めての操縦でザフトを撃退したりと疑問は残るが、彼なくしてアークエンジェルのアラスカ到達はなし得なかった。それがマリューとナタル、アークエンジェルクルーの共通認識だった。
「ごめんなさい! なんだかしんみりしちゃったわね」
「いえ……」
それから暫くは他愛もない会話で場を和ませていたが、やはり二人ともどこか後ろ暗さが抜けなかった。キラを救えなかった負い目か、これからの戦争の不安なのかは分からなかったが。
「じゃあ、そろそろ行くわね。お休みなさい」
「はい。艦長も」
マリューが部屋を出たあと、ナタルは深い息を吐き、また辞令書に眼を落とす。何度見ても変わりないその文字列が今はいっそう奇妙なものに見えた。
翌朝、ナタルは異動をゴネるフレイ・アレスターを宥め、新任地へと向かう潜水艇の列に並んでいた。ムウとフレイとは別の艇だったのが少し残念だった。
「しっかし、いきなり異動なんてな」
「仕方ないだろ。今はパナマがヤバいんだから」
列に並んでいる間、聞こえてくるのは異動の辞令に対する不満や憶測ばかりだ。ザフト軍がパナマに大規模襲撃を仕掛けるという情報があり、その対応に連合上層部が躍起になっていることはナタルも理解している。パナマにはマスドライバーもあるのでソコを落とされるのは戦略的にも大損害となる。
「……」
そんな中ナタルの胸中に蠢くのは、疑問ばかりだ。パナマ襲撃に対して防衛網を強化するのは分かる。その為の人員も兵装も必要となることも。だがにしては異動となる者が多い気もするし、何より、
「アークエンジェルに何も動きがないのは何故だ?」
アークエンジェルがGAT-Xシリーズと同様に連合の威信をかけて建造されたのは確かなはずだ。なのに最低限の補給と補修だけで具体的な指示が今の今まで出ていないのは明らかにおかしい。それに捕虜だ。年齢からしてまだ新兵とは言え、あのバスターに乗っていたパイロットだ。少なくとも自分の隊の情報は有していただろうに、尋問も何もしようとはしない。捕虜の引き渡しを条件にザフトとの交渉も考案されていない。それどころか回収したバスターさえ手付かずのままだ。まるでもう必要ないと見なされたようではないか。
「いや、まて……」
ナタルは辞令の文言を思い出す。辞令にはアークエンジェル級2番艦とあった。つまりアークエンジェルがもう一隻あるということだ。だとすればアークエンジェルは一旦お役目御免となり同型新艦のドミニオンが今後の主戦力となるのは分かる。だがアークエンジェルはまだ一線級の戦艦だ。いくら後続艦があるとはいえ蔑ろにするのは論外だ。
「ならば、本部は何を……」
そこまでに至り、ナタルの脳裏にある考えが浮かぶ。それはナタルの想定内で、最悪ともいえる結論だった。
「まさか、いやそんなはずは……」
そんなはずはないと信じたい。だが彼女の思考は、どうしてもその結論から離れない。覆すだけの情報が足りない。ナタルは基本的に「勘」を信じない。だが同時に、勘とは当てずっぽうではなく、経験則からくる予測だということも知っている。そして、悪い勘ほどよく当たるということも。
「っ!?」
一瞬の逡巡の後、ナタルは列を離れた。まずは情報。そう決断してから彼女の行動に迷いはない。
「あ、おいアンタ! もうすアンタの番だぞ!」
「所用を思い出した。すぐ戻る」
ナタルが列を離れるのを見て、同じ列に並んでいた兵士が戻る様に促すが、ナタルはそれを無視した。
「すぐ戻るつったって。だいたい今更なんの用がーー」
「用を足してくると言っとるんだ!」
しつこく食いすがる彼をナタルは理不尽にも一喝した。その剣幕に圧され「ご、ごゆっくり……」という場違いな返答もナタルにはもう聞こえていない。
「兎に角、何処かの端末に繋いでっ」
ナタルが基地内を彷徨っていると、敵襲を報せる警報な鳴り響き、俄に基地内が慌ただしくなる。ナタルは世話しなく移動する兵士の隙をついて急いで近くにあった部屋に滑り込んだ。
「……」
どうやら部屋の主は出払っていたようだ。これ幸いにとナタルは備え付けの端末に向かう。
「頼む、ロックなんてしてないでくれ」
祈りが通じたのか、端末はロックされておらず、パスワードなしでログインができた。すぐさまナタルは何か情報はないかとログを漁る。
「これは……守備隊への指令か?」
そこでナタルはアラスカ防衛の指令書を見つけた。
『各位防衛線を維持しつつ臨機応変に対応せよ』
それが本部から守備隊への指令だった。
「何だこのふざけた指令は!」
つまりは頑張って守り抜けと言うわけだ。こんなもの指令でもなんでもない、ただの通達文である。他のチャンネルからも同じ文書が送信されていた。
「何なんだこれは……これでは……」
ナタルは急いで指令部の部屋に内線をかけた。
「指令部! こちらーー」
『各位防衛線を維持しつつ臨機応変に対応せよ』
「ーーくそっ!」
聞こえてきた自動応答の声に、ナタルは自分の予感が最悪の方向で正しかったことを悟った。連合上層部は、アラスカ基地を放棄するつもりだ。だとしたら、基地に何らかの措置が施されているに違いない。残念ながら、部屋の端末からはそれ以上の情報は得られなかった。
「兎も角、アークエンジェルに知らせないと」
ナタルは急いでアークエンジェルと合流すべく部屋を出る。
「うぉっ!」
「きゃっ!」
部屋を 出た直後、誰かとぶつかってしまった。思わず出た悲鳴にナタル自身も驚いた。
「ワリぃ急いでる……バジルール中尉!」
「フラガ少佐! どうしてここに?」
ぶつかったのは先ほど別れたはずのムウだった。ムウも既に出立したはずのナタルが居ることに驚きを隠せないでいた。
「中尉こそ……いやそんなことは今はどうでもいい。それより、急いでここから脱出するぞ!」
「脱出? では指令部は既に?」
「ああ、もぬけの殻さ」
ムウはナタルの手を取り、急いで移動する。ナタルも慌てて追従した。
「待ってください! なぜそんなに急いでーー」
「時間がないんだ!」
ムウの逼迫した面持ちに、ナタルも想像以上のことが起きているのを覚った。
「……サイクロプスだ」
「はい?」
「基地の地下にサイクロプスが仕掛けてあったんだ! 半径10kmは溶鉱炉になるほどの馬鹿でかい規模のが!」
「なっ!?」
サイクロプスとは、本来月面で使用されていた、レアメタルの入った氷を溶かすためのマイクロ波発生装置である。多数のパラボラアンテナにマイクロ波を放射、増強させ周囲一帯にマイクロ波加熱を発生させる。要するに、アラスカ基地半径10kmが巨大な電子レンジになるのだ。効果範囲内にいれば、敵味方ともに悲惨な末路を辿ることになる。
「なぜ指令部はそんなものを?」
「大方、ザフト諸とも基地を破棄する腹積もりなんだろうさ」
「しかしそれではアークエンジェルや守備隊は!」
「お偉いさんにとって都合の悪い奴らも処分できて一石二鳥ってわけだ」
状況は、ナタルの想像よりはるかに絶望的だった。上層部がアークエンジェルを捨て石にしたのは、諮問会でマリューらが反抗的な態度をとったせいだろう。不穏分子と見なされ破棄されたのだ。
「しかしあの艦には捕虜が」
「そんなもん全部吹き飛ばしちまえば関係ないだろう」
全ては戦争に勝つため。そう言われれば、ナタルたち兵士は従わざるをえない。しかし、
「しかし、余りにも人道に反しています」
「ああ。俺もそう思うよ」
兎も角、今は一刻も速くこの事実をアークエンジェルや守備隊に伝えなければ。ムウとナタルは格納庫に急ぐ。格納庫なら戦闘機の一機は確保できるはずだ。後は、守備隊だどれほど粘っていてくれるか。
格納庫に着いた二人は、まだ残っていた兵士に撤退を指示し、戦闘機に乗り込む。その際、ジンが一機侵入してきたが、ミサイルで撃破し、寸前で脱出ができた。
「少佐!」
「ああ、まだ踏ん張ってくれてたな!」
敵の攻撃をくぐり抜け、なんとかアークエンジェルを発見できた。右舷カタパルトが破損していたが、まだ撃沈されていなかったのは不幸中の幸いだった。
「中尉、捕まっとけよ!」
「っ!」
ムウはアークエンジェルの右舷カタパルトに突入するべく、機首を傾ける。
「退いててくれよ、皆さん!」
戦闘機は右舷カタパルトに空いた穴から中に突っ込み、MS発進用のゴムチューブのお陰で何とか大破せずに着陸できた。
「おいアンタ何やってんだって少佐!? 中尉まで!?」
二人を見定めたマードックが驚くが、二人は説明も後に艦橋を目指す。
「艦長っ!」
「艦長!」
「少佐!? 中尉!? あなた達、異動は?」
居ないはずの二人の姿に、マリューは信じられないものを見たように驚いた。しかし、そこを詳しく説明している暇はない。ムウはサイクロプスが仕掛けられていることと、指令部の思惑をマリューに手短に伝え撤退を促す。マリューはムウの説明に動揺を隠せないでいる。
「本部から具体的な命令は出ていないのでしょう?」
「え、ええ。どの回線も同じ返答ばかりで」
「それは自動応答だからです。本部はもやは、守備隊にまともな指示を出す気さえないのでしょう」
「そんな……」
こんな大規模な作戦が急拵えでたてれるわけがない。おそらく、パナマ襲撃に見かけたアラスカ基地強襲の情報を既に連合は掴んでいたのだ。そして、作戦が漏れているとは知らないザフト軍を一網打尽にするつもりなのだ。尊い犠牲というなの生け贄と共に。
「これが作戦なの?」
ざわめく艦橋内で誰かポツリと呟いた。
「私たちは軍人だから、命令だから、どんな作戦でも、戦って死ななきゃならないの?」
「ミリィ」
ミリアリアの言葉に、皆が静まりかえる。そんな中、マリューは奥歯を噛み締めていた。その瞳に連合への憤りを溢れさせて。
「けど、何だってアークエンジェルまで」
「おそらく、ドミニオンが出来たからだろう」
ノイマンの疑問に、ナタルが答える。彼女は自分がアークエンジェル同型艦のドミニオンに異動になっていたことを告げた。
「中尉、じゃあ貴女……」
「ええ。ドミニオンの艦長を任されていたのかもしれません」
少佐に昇級するということはマリューやムウと同じ権限を持つということだ。つまり、戦艦の艦長にもなれる。マリューはナタルに「良い艦長になる」と言ったが、こんなにも早く実現していたとは思わなかった。
「でも何故?」
「正直、自分でも分かりません。ですが」
一呼吸置いて、ナタルははっきりと言った。
「こんな作戦の、敵も味方もない、多くの無惨な屍の上に成り立つ椅子に、私は座りたくなどない!」
「ナタル……」
ナタルの宣言に、マリューは嬉しそうに微笑む。
「けど大丈夫なの? そのドミニオンって艦、ナタルがいないといけないんじゃないの?」
「ご心配なく。ドミニオンには私よりより相応しい方が乗るでしょう。それこそサザーランド大佐のような」
ナタルには珍しい皮肉混じりの台詞に、ムウは「言うねえ」と満足そうだ。
「で、どうするよ? 艦長さん?」
ムウがマリューに尋ねる。こうしている間にも、戦況は刻一刻と悪くなる。どのみちこのままではサイクロプスに飲まれるか、ザフトの攻撃で墜ちるかしかない。ならば、マリューの取る選択は一つ。
「本艦の任が、敵勢力を引き付けることにあるのならば、本艦は既にその任を果たしたと判断します!」
マリューは立ち上がり、戦線からの離脱を指示し、各艦隊にも続くよう通達した。
「よし! じゃあ俺も行ってくる」
「少佐!」
「少しでも道を切り開いてた方がいいでしょうよ」
ムウは軽く言うが、この戦況である。スカイグラスパー一機でどこまでできるか。マリューはムウの身が心配でならなかった。
「心配しなさんなって。忘れた? 俺、不可能を可能にする男なんだけど?」
どこまでも軽口を叩き、ムウは活路を開くべく戦場に向かう。
「では私も持ち場に『戻る』ことにします」
ナタルも自分の役割を果すべく、いつもの席に向かう。
「ハウ二等兵」
ナタルは啜り泣くミリアリアに声をかける。呼ばれたミリアリアがナタルを見つめる。
「中尉……」
「……よく頑張ったな」
そしてナタルは、ミリアリアを優しく抱き締める。感極まったミリアリアは、堰を切ったかのように大声で泣き出した。しばしの間、艦内にミリアリアの慟哭が流れた。
「……すみません。バジルール中尉」
「いや。私こそすまない。こんな時どうしたら良いのか分からなくて」
「いえ、ありがとうございます。もう大丈夫です」
「そうか」
一頻り泣いて、ミリアリアも覚悟が決まったのか、真っ直ぐにナタルを見つめる。そんな二人を、暖かな視線で見守っていたマリューも、すぐに表情を引き締めた。
「敵艦隊の左翼を抜ける。面舵20、機関最大!」
アークエンジェル他残存守備隊は、戦線を離脱すべくザフト軍艦隊に突撃する。一転攻勢に出たと判断したザフト軍の猛攻が、より一層激しくなる。
「今度こそ落としてやるぞ、『アシツキ』!」
「ええい! こんな時に!」
イザークの乗ったデュエルがアークエンジェルを落すべく攻撃をしかける。ムウもさせじと応戦するが攻撃を受け、装備を緊急パージしていまう。
「もらったっ!」
その隙をついて、一機のジンがアークエンジェルにせまる。ジンは艦橋の前に陣取ると、重突撃銃の銃口を向けた。クルー全員が己の死を覚悟した、その瞬間ーー
「何だっ!?」
銃を放つ寸前、マズルフラッシュが垣間見えたかかと思うと、その銃が弾け飛んだ。次の瞬間には、急降下してきた『影』により、ジンは片腕を失っていた。
「いったい何が……」
マリュー始めクルーが唖然とする中、懐かしさを感じさせる声が響いた。
『こちらキラ・ヤマト。アークエンジェル、聞こえますか?』
「キラ、君……?」
「キラ・ヤマト……」
「キラ……キラだよ!」
もう二度と聞けないと思っていた声が聞こえる。もう二度と会えないと思っていた人がソコにいる。
自由の翼が舞い降りた。
ご感想などございましたらよろしくお願いいたします。