今回はJOSH-Aでのナタル生存パターンの別バージョンという位置づけです。
大西洋連邦アラスカ統合最高司令部JOSH-A。連合軍第7艦隊所属アークエンジェルはヘリオポリスでのザフト軍襲撃後、満身創痍の体で辿り着いた。JOSH-Aに至るまでに幾度となく戦い、最後は搭載されていたMSストライクとパイロットのキラ・ヤマトを失うこととなったが、それでも当初の目的は達したと言える。
だが連合軍は軍法会議にてアークエンジェルの素行を非難。ムウ・ラ・フラガ少佐、ナタル・バジル―ル中尉、フレイ・アルスター二等兵の異動と、アークエンジェルにJOSH-A防衛を命じた。
「では……」
ナタルはアークエンジェル艦長マリュー・ラミアス少佐に敬礼し、アークエンジェルを後にした。その時じっと見つめる視線を感じてそちらを向くと、操舵手のアーノルド・ノイマン少尉が何か言いたげにこちらを見ていた。
「どうした、少尉?」
「いえ……」
ナタルはノイマンに言葉を促すが、ノイマンは気まずそうに口どもるだけで何も言わなかった。訝しげに思ったが、移動の時間がせまってきていたのでそのまま艦を降りた。
「……よかったの?」
マリューがノイマンに問いかける。ノイマンは一瞬非難するような視線を送ったが、彼女の心情を慮って視線をそらした。
「いえ、大丈夫です……俺が言っても意味ないでしょうし」
「そんなこと、ないと思うけど」
マリューがノイマンを気遣う。その言葉が本心であるということは分かっている。しかしノイマンはどうしてもためらってしまう。彼女のように愛しい人に本心をぶつけられたらどれ程楽になれるだろうか。
「言ってもいいんじゃないか?」
「え?」
ノイマンを焚きつけるように言ったのは同僚のチャンドラだ。彼はノイマンの肩にポンと手を置くとそのまま体重をかけた。倒れまいと踏ん張るノイマンに、チャンドラは更に首に腕を回す。
「お前が何言っても変わらないって? そりゃそうだろ。俺たちは軍人だ。上の命令には逆らえない」
「だったら」
「けどな、それでお前が何も言わない理由にはなんねえだろ。もう『次』も『今度』もないかもしれないんだぞ」
チャンドラの言葉に、ノイマンはハッとする。そうだ、自分はいつも言い訳ばかり考えてきた。言わなくてもいい理由。断られても傷つかないよう。後ろ向きな行動をしているうちにいつしかこんな時になってしまった。
「艦長が言ってるのもそういうことだろ」
チャンドラはマリューに確認するように視線を送る。マリューはそれに静かに頷いた。今を生きる人として悔いのない人生を送ってほしい。上官として、軍人として、一人の人間として、マリューが部下に思うことはそれだけだ。望むなら戦争のないところで生きていてほしいが、残念ながらそれは現状かないそうにない。ならばせめて、胸に秘めた思いはどうかそのままにしてほしくなかった。
「けど……」
「ほら、行けって!」
しり込みするノイマンを、チャンドラが蹴とばす。転ばずにはすんだが、蹴られた腰が酷く痛む。
「早くしろよ! でないと彼女もう行っちまうぞ!」
それだけ言うと、チャンドラは出撃準備のためブリッジに向かった。所在なさげに浮かせた手をマリューがそっと取る。
「……貴方の気持ちはよく分かる。分かっていても、どうしようもないこともあるわ」
「艦長……」
「それでも言ってあげて、彼女もそれを望んでいるわ」
マリューはそっとノイマンの肩を押した。ノイマンもチャンドラとマリューに後押しされ、意を決した。
「すみません、すぐ戻ります!」
マリューはどこか羨ましそうにノイマンを見送る。彼女も本当は彼に伝えたかった。行かないで欲しいと。
「バジル―ル中尉!」
「え?」
潜水艇の待機列に並んでいて突然名を呼ばれた。驚いて声の方を向くと、先ほど別れたばかりのノイマンの姿があった。
「すみません。少しよろしいですか?」
「え?」
列を確認すると、自分の番までは少し時間が有りそうだった。ためらいはしたが、ノイマンの真剣な眼差しに押され彼女は列を離れた。
「手短に頼むぞ」
「では単刀直入に……行かないでください」
「なに?」
ノイマンの口から放たれた言葉に、ナタルは一瞬理解が追い付かなかった。
「行かないでください。異動を考え直してください」
「待て待て! 軍の命令だぞ? 背くわけにはいかないだろう」
「それでも!」
いつもと違い頑なに食い下がるノイマンにナタルはたじろいでしまう。なぜそこまで異動にこだわるのか。
「第一、異動のは私だけじゃない。フラガ少佐とアルスター二等兵にも残るよう言うつもりか?」
「……貴女だけです」
「え?」
「俺が残って欲しいのは貴女です。少佐も、アルスターも関係ない。俺は貴女に居てほしいんです」
「なぜそこまで?」
フラガ少佐でもアルスター二等兵でもなく自分に居てほしい。なぜノイマンがそう望むのか、ナタルはまだ分からない。ノイマンも少し躊躇する素振りを見せたが、ここまで来たからにはと思い切って告げた。
「貴女が好きだからです」
「な!?」
「俺は貴女が好きだ。貴女と共に居たい。共に生きていたい。共に戦っていたい!」
「ちょ、ちょっと待て!」
ノイマンが自分に好意を寄せていた。一体いつからか。というかなぜ今になって告白してきたのか。ナタルの頭にはいくつも疑問符が沸いた。ただ確実なのは、ノイマンの告白を不快に思っていない自分がいるということだけだ。
「どうか、どうか異動を考え直してください!」
「し、しかし……」
すでに軍上層部から辞令がでている。いくら彼の頼みだからと言って、それを蹴るわけにはいかない。彼女が規律を重んじることは彼もよく分かっているはずだ。
「だったら、俺を連れて行ってください」
「少尉、何を言って」
「戦艦の操縦ならできます。必ずお役に立ちます。だからどうか!」
「そんなことできるわけないだろう!」
思わず叫んでしまった。ナタルはバツが悪そうにノイマンから視線を外すが、ノイマンはそれでも怯まなかった。
「お願いします。俺を貴女の側に」
「ノイマン少尉……」
ノイマンの悲痛そうな表情に、ナタルはつい首を縦に振りそうになる。だが差し出された彼の手を取りたい気持ちを、ナタルはぐっとこらえた。
「ダメだ。アークエンジェルに戻れ」
「中尉!」
ノイマンに背を向けてナタルは列に戻ろうとする。ノイマンは彼女の腕を取り追いすがったが、ナタルはそれを振り払った。
「ダメだと言っているだろう!」
「聞きません!」
いつもは軍人らしく自分の命令に従っていたのに、なぜ今回は背くのか、なぜ行かせてくれないのか。せっかく割り切ろうとしていたのに。未練などないと思っていたのに。
「……なぜ私なんだ?」
「ずっと貴女を見てきました」
そのまま去ってしまえば良かったものを、ナタルは最後にどうしても聞きたくなってしまった。ノイマンの思いを、その胸の内を。
「正直、最初はキツい人だと思いました。堅物だし規律には厳しいし、艦長ほどではないけど無茶を言うし」
「悪かったな」
馴れ初めを聞いたからにはどんな言葉が来るのかと待っていたら、まさかのダメ出しに口が悪くなってしまった。それを笑い飛ばしてノイマンは続ける。
「けど、貴女と仕事するうちにそれが貴女だと分かりました。貴女の優しさなのだと」
「……」
「そう思ったら、いつの間にか貴女を意識するようになりました。貴女と一緒に戦えることが誇りに思えるようになりました。貴女の笑顔をもっと見てみたいと思いました」
そう言われて悪い気はしないが、急に言われてナタルは気恥ずかしくなった。
「まあまとめて言うと、一目惚れです」
「いやまとめ過ぎだろう。というか一目で惚れてはないだろう」
おどけて言うノイマンに、ナタルは笑みを零した。久しぶりに心から笑った気がした。
「だからお願いです。どうか俺の側に。俺を側に置いてください」
「ノイマン……」
ノイマンが改めて手を差し出す。ナタルとてその手を取りたい。彼の本心を聞いて彼と共に居たいと思い始めている。けど、それは許されない。
「ノイマン、私は――」
『総員戦闘配備! 総員戦闘配備!』
けたたましい警報と共に戦闘準備に入るよう指示が出る。ザフト軍が攻めてきたのだ。
「まさかここが――」
「中尉!」
ノイマンがナタルの手を引っ掴み走り出す。目的地は決まっている。
「ノイマン待て!」
「待ちません!」
静止を命じるナタルを無視し、ノイマンは駆け込む。アークエンジェルに。
「ノイマン急げ!」
アークエンジェルの昇降口にチャンドラの姿が見えた。ノイマンはナタルを強引に引き込むと、チャンドラが急いでハッチを閉める。
「ふう。何とか間に合ったみたいだな」
「ああ」
拳を合わせる二人。ナタルも急なことで肩で息をしていたが、直ぐに呼吸を整えた。
「ノイマン少尉」
「はい」
ノイマンの頬をナタルが叩く。チャンドラは呆気にとられていたが、ノイマンはされるがままにしている。
「馬鹿者! 命令に背くなどどういうつもりだ!」
「命令違反は百も承知です」
「ならばなぜ?」
「分かりませんか?」
分かっていた。けど分かりたくはなかった。
「貴女の居場所は他の何処でもない。此処なんです。ですからどうか!」
「ノイマン」
深々と頭を下げるノイマンに、チャンドラはナタルを睨むように見る。ナタルもここまでされて何も言わないわけにはいかない。彼女はそっとノイマンの頬を撫でた。
「馬鹿者。それでお前がいなくなったら元も子もないじゃないか」
「それじゃあ!」
嬉しそうに顔を上げるノイマン。その顔を見てナタルも自分の気持ちに応えることにした。
「ああ。これからもよろしく頼む」
「はい!」
ぶっきらぼうに言うナタルをノイマンは力いっぱい抱きしめる。ナタルは一瞬で頬を赤く染めたがすぐに抱きしめ返した。
放っておかれたチャンドラが呆れて二人を見ていた。
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