勇者と共に魔王を討ち滅ぼした剣士が追放されるよくある話 作:社畜だったきなこ餅
というわけで、10話になって漸くこの世界における勇者の定義が判明する不具合です。
フォレスティアの町にある冒険者ギルド、その奥にある密談用に誂えられた個室にて。
一人の男が受け入れがたい現実と戦っていた。
「……俺な、お嬢ちゃんが野営の時に取り出した白パンを見た時は、流石貴族だけあって野営でも良いモノ食ってるとか思ってたわけよ」
食事を終え、味に不満など何一つないがそれはそれとして耐え難い現実を認められないのか赤毛の男は自身の眉間を指で揉み解している。
突然の男の発言に、食後のお茶を優雅にすすっていた二人の少女は珍妙な生き物を見る目を男へ向ける。
「でもよぉ、冒険者向けの飯で普通に白パンが出てくるっておかしいだろ……!」
「黒パンが良かったのですか?確かにあの独特な風味を好む人も居ますが」
赤毛の男、ラースにとってパンと言えば硬くぼそぼそした黒パンが当たり前の存在だったのだ。
王族との食事に招かれた際に白パンを食べた事もあるが、逆に言えばそういう状況でもない限り口に入れることなどない、それが白パンだったのである。
故にこそ、当たり前のように白パンが山盛りで出てきたのを見た時男……ラースは思わず自身の目を疑い、次に頭を疑い。
お代わり自由と聞いて、食事中は考えることを放棄していた。
「ふむ……」
そんな男の様子を観察しつつ、ファムという名の魔術師は理解しがたい事に苦悩しているラースに興味を抱く。
このご時世において白パンは最早庶民の口にも入る事が当たり前であり、生活が苦しい貧農でも何度か白パンを食すことができる程度には普及しているのだ。
ならばソレすらも普通ではない層の人種だったかと思えば、幾つか言葉を交わした中に感じた知性はそれらの層にはそぐわないものであるし。
何よりも鍛え抜かれたその体躯は、食事すらままならない人間ではありえないというちぐはぐさ、それがファムがラースの出自を見定める事を阻害していた。
「まぁ良いでしょう、お腹も満たされた事だし建設的な話をしましょうか」
「……みっともないところを見せたな、すまない」
音を立てることなくお茶の入ったカップをソーサーの上に置いたファムは、本題に入るために口を開きラースもまたその言葉に姿勢を正す。
何を言うべきか、どのように切り出すべきかを短い間に思考をまとめたエルフの知恵者は言葉を紡ぎ始める。
「ラースさん、貴方は勇者の使命は何だと思いますか?」
「魔王を討ち果たす事だと思うが……魔王が居ないとなると、そこのお嬢ちゃんが言ってた破壊の邪神の討伐とかかね」
「部分的には合っていますが違います、勇者の使命とは破壊の邪神の復活を防ぐ事なのです」
邪神の討伐ではなく復活の妨害、その言葉に男は不思議そうな表情を浮かべる。
「まぁ邪神なんて言うほどだよっぽどの相手なのだろう、だからこその復活妨害か?」
「いいえ違います、復活してしまった邪神を多大なる犠牲を払いながら鎮めた勇者は歴史上何名か存在しています。しかし……」
「……時間が経つと復活する、という事か」
死闘の末に最悪の事態を防ぐことにしかならず、犠牲を払っても邪神はいずれ再復活を果たす。
余りにも無慈悲かつ残酷な内容に、ラースは不愉快そうに顔をしかめた。
「なるほど、そんな存在が相手なら確かに討伐よりも面倒な事態になる前に復活させないに越したことはないな」
この世界はこの世界で難儀な問題抱えてるんだなぁ、などと他人事のように思いながらラースは部屋の天井を見上げる。
しかしラースにはいまいち腑に落ちない事があった。
「多分常識外れな質問だと思うんだが、そもそも破壊の邪神ってのは何なんだ?」
「それは……」
先ほどまでラースの質問に淀みなく答えていたファムが、言いにくそうに言葉を濁らせる。
その反応に男は、世界的に何かしらの後ろめたい事案があるのかねなどと考え始め……。
「約2000年前の世界を蹂躙し尽くし滅亡寸前まで追い詰めた悪意の化身、それが破壊の邪神と呼ばれる存在の正体です」
ラースの思考を打ち切るかのような凛とした声で、今までおとなしくしていた勇者ことリリフィアが真実を話した。
「お嬢様!破壊の邪神の真実は……」
「ダメだよファム、ラースさんに協力をお願いするなら隠し事しちゃダメ」
「いや彼が頼み事を了承してくれたら話すつもりだったのですが……」
リリフィアを窘めるようにファムが慌てて椅子から立ち上がりその先を言わせないようにしようとするが、リリフィアはファムの動きを手で制して強い意志を込めてファムへ告げる。
そんな視線を向けられたら強く言えないファムは、半ば言い訳じみた事をごにょごにょと口にしながら椅子へ座り直した。
「神殿が一般的に説明している破壊の邪神は、異界から現れる世界を狙う邪神ってことになっています。だけど……」
「真実は違うって事か、だがそんな隠すようなことでもないだろう」
一つの疑問が解けたラースだが、それでもいまいち腑に落ちない。
それだけの情報ならば、隠す理由がないとしか思えないと考えたのだ。
「……ラースさん、人は死んだらどうなると思いますか?」
「そりゃぁ死後の世界なり神の世界なり……いや、待て、その質問をするという事はそういう事か?!」
突然のリリフィアの問い掛けに対して、ラースは突然何を言い出すんだこの娘などと思いながら答え。
脳裏をよぎった恐ろしい想像に椅子を蹴倒しながら立ち上がってテーブルに手を付く。
「その通りです、破壊の邪神が出現する前は死んだ魂は在るべき所へ行くのが普通だったそうです、ですが……」
「……今や、死者の魂は破壊の邪神の供物にしかならないわけか。だが人を殺さなければ良いと言う事でもない、そういう事だな?」
「はい、生きていく為に必要な命の糧は勿論。人々の些細な悪意すらも破壊の邪神を呼び起こすモノだそうです」
リリフィアが淡々と語る内容に、ラースはどっかと音を立てながら椅子へと座り思わずくそったれと悪態を呟く。
何てことはない、この世界は日々の営みを送り過ごすだけで破滅へのカウントが進んでいく世界なのだ。
「そりゃぁ、人々にこんな事言えやしないわな。下手しなくても混乱しか招かないし禄でもない事考える輩も跋扈する」
「……はい」
死後の安寧はなく、あるのは破壊の邪神の供物になるという残酷な真実だけ。
そんな事公表する事など出来るわけがない、しかし対処をしないわけにもいかない。
だからこそ、邪神はあくまで異界からの侵略者というカバーストーリーが必要だったのだ。
「だが復活の妨害と言っても何をする?」
「邪神の復活が近づくと預言が神殿へ届けられます、そして神殿が指示する場所へ行って邪神を鎮め封印する為の儀式をするんです」
「……ですがその儀式を進めようとすると邪神の眷属が現れます、だから力を持った勇者が必要なのです」
ラースの質問に対してリリフィアが答え、そしてファムが勇者と言う存在が必要な理由を補足する。
聞けば聞くほど納得しかない、もしかすると二人にも知らされていない何かがあるかもしれないがそこまでを読み取る能力は流石にラースも持ち合わせていなかった。
彼個人はその約2000年前に何故破壊の邪神が現れたのか、そこが引っ掛かってこそいるが知ったところでどうしようもないとラースは思考を打ち切る。
「まぁそう言う事なら手伝っても良いぞ、自慢じゃないが不眠で三日三晩戦い抜くくらいは余裕だしな」
「いやぁ流石のラースさんでも無理じゃないですか? え? 本当に?」
この世界をぶらぶら旅をしていたら邪神が現れて大混乱、なんてのは御免被るとラースは内心考えつつ二人が求めているであろう答えを告げる。
ラースの言葉にリリフィアはパァァと顔を明るくさせた後にラースの言葉に絶句し、ファムはホっとした表情を浮かべた。
そうして半ば済し崩し的に勇者の手伝いをする事となったラース。
そんな男に、これは今後何があるわけでもないがと前置きしたファムが一つ問いかけた。
「ところでラースさん……貴方は勇者というモノはどのようなモノだと考えておりますか?」
「それは思想的なモノか?それとも実務的なモノか?」
「どちらでも構いません」
突然のファムの質問にラースは少し面食らいながらも、男はファムの問いかけに顎に手をやり思案すると……すぐに考えがまとまったのか口を開く。
「……己が信じる正しさを胸に抱き、勇気を力にして暗闇を切り裂く希望。といったところか」
「ありがとうございます、それが貴方が考える勇者というモノなのですね」
かつて共に戦い魔王を討ち果たした勇者であり、親友が昔支援をしてくれた王から勇者とは何ぞやと問い掛けられた際に宣言した言葉。
あの時は恥ずかしがる親友を揶揄ったものだが、しかしあの宣言は確かにラースの心に勇者というものを強く刻み付けた光そのものだった。
そしてラースが告げたこの言葉。
ソレは、破壊の邪神が出現した時に世界を救った古代から生きているエルフでありファムの魔法の師匠である老齢のエルフ。
エルフの限界寿命を超越している存在が語る、勇者と言う存在についての定義と全く同じであった為……ファムはこの男は信頼できるかもしれないと、そう考えるのであった。
不思議な話。
なんでラースとリリフィア、そしてファムは普通に言葉が通じているんだろうね。