勇者と共に魔王を討ち滅ぼした剣士が追放されるよくある話 作:社畜だったきなこ餅
急遽日常シーンをもう一つ追加するのであった。
後じみーにメルトの普段着(ボディスーツ内鎧)についての描写あり。
アレイクルス公爵家の三女、リリフィアの朝はそれなりに早い。
だがソレは自発的な起床によるものではなかった。
設備やセキュリティが極上の部類に入る部屋の中、ベッドに横たわる少女が安らかに寝息を立てている。
時折身じろぎしている様子から目覚めは近い様子が見受けられるが、目覚めそうなタイミングで寝返りを打ちむにゅりと寝間着に包まれた豊満な胸を変形させて横向けに姿勢を変えると。
そのまま起きる気配がなくなるほどに、深く寝入り始める。
しかし、そんな少女の眠りを妨げるモノが現れる。
「はいはいお嬢様朝ですよ、いい加減起きて身支度してください」
「むぃ……」
リリフィアの隣の部屋で寝起きしている彼女の従者でもあるハーフエルフの魔術師、ファムが扉を開けて中へと足を踏み入れる。
扉の開閉音とファムの呼びかけでリリフィアの瞼が僅かに動き、寝言なのか返事なのか判断に迷う小声を漏らすとリリフィアは身じろぎし。
音から逃れるかのように、布団を頭の上まですっぽりと被って惰眠続行を敢行した。
「起きろって言ってんだろうがこのポンコツ駄姫、実家や王都の邸宅じゃないからってだらしない事赦すと思ってんのか」
「んやぁぁぁ、もうちょっと寝かせてよぉ」
そのような主の様子にファムはコメカミをヒクつかせ、大股でリリフィアが眠るベッドに近づくと小さな手でかけ布団を掴み乱暴に引きはがそうとする。
しかしリリフィアも素直に起きる様子はなく、ギュッとかけ布団を掴むと徹底抗戦の姿勢を見せる。
特別リリフィアの体調が悪いとか、調子が悪いとかそういう事ではなく、単純にリリフィアという少女は、朝が極端に弱いのだ。
旅の最中で行う野営ではそれなりにハキハキと寝起きをするのだが、このようにベッドで一度寝入ると起こすまで苦労する習性を持っていた。
いつも通り聞き分けの悪い主にファムは大きくため息を吐くと、入り口に立て掛けていた愛用している杖を手に持つ。
そして再度リリフィアが眠るベッドに近づくと、右手で杖を保持しながら左手でリリフィアのうなじが見えるようかけ布団を捲り……氷礫の魔法を発動。
本来ならば敵を氷礫で打ち据える魔法、それを直接放つという真似はせずに作り出された氷の小さな塊を露わになっているリリフィアのうなじめがけてファムは放り込んだ。
「ぴゃぁーーーーー!?」
「とっとと起きないからこうなるんですよ、何回やられたら懲りるんですかポンコツ」
「うぅ……酷いよぉ」
「ほら、文句言う前にとっとと身支度してください。今日はメルト殿も交えて買い物するって約束でしょうに」
部屋中に響き渡るリリフィアの悲鳴、普段ならば事故案件であるもこの二か月ほどで恒例行事にもなっている為騒ぎになる事はなく。
不本意にもはっきりと目が覚めたリリフィアはのそのそという表現が的確な動きで起き上がってファムへ抗議するが、ファムはどこ吹く風と言わんばかりに主の抗議を聞き流した。
厳密にいえば主と従者の関係としては破綻している関係と言えるが、血の繋がらない姉妹のように親密な二人にとっては日常茶飯事である。
「ほらさっさと鏡台につく」
「はぁい」
ファムに促されるままにリリフィアは部屋に備え付けられた鏡台の前にある椅子に座り、ファムの魔法で用意してもらった水が入った桶で洗顔すると朝の身支度をのそのそと始める。
その間にファムは全くこのポンコツは、と小声で呟きながら手慣れた調子でブラシを手に取り、リリフィアの緩くウェーブがかかった長い黒髪を梳き始めた。
「私の髪長くて大変だよね、いっそファムちゃんみたいに肩口で切り揃えようかなぁ」
「まぁ戦いの邪魔になるかどうかで言えば切った方がよさそうですけど、私は勿体ないと思いますよ」
「そっかぁ」
何回目かもわからないリリフィアの髪を切るかどうかについてのファムとの会話、しかし今回も切らない方向でという形で話がまとまる。
地味にファムはリリフィアの長くて艶のある黒髪が気に入ってる為、彼女が切ろうと言い出すたびに止めていたりする。
「さて、終わりましたよお嬢様。後は一人で出来ますよね?」
「うん、いつもありがとうファムちゃん!」
「いえいえ、それでは一足先に下へ行ってますね」
いつも通り手際よくリリフィアの髪の手入れが終わったファムはブラシを部屋にあるサイドテーブルに置くと、リリフィアと一言二言交わして部屋から退出。
部屋の扉が閉まった事を確認したリリフィアは寝間着を脱ぎ、下着を履き替えて出かける為の動き易い服装へと着替えていく。
余談であるが一般的な女性冒険者も依頼や戦闘用の衣服と、日常生活用の衣服を二通りぐらいは取り揃えている事が多い。
しかし、リリフィア達のように複数の日常生活用や出かける為の服を用意していることがないのは説明するまでもない。
そんなこんなで着替え終わったリリフィアは宿屋の一階でファムと合流し、朝食として軽食をつまんでから外へと出かける。
目的地はフォレスティアの町中心にある町の広場だ。
フォレスティアの町は複数の山々から流れ込む河川が合流する場所にあり、町の景観と日常は河川とは切っても切れぬ関係にある。
今も広場へ向かう二人の少女の脇に流れる河の上を荷物を積載した小舟が渡っており、河沿いには様々な種類の露店が出店していた。
「あ、メルトさんお待たせ! 待ったかな?」
「……いえ、さっきついたところ、です」
そんな露天にリリフィアは目移りしつつもファムと共に目的地へと歩を進め、やがて目的地である広場でぽつんと立っているメルトを見つけて大きく手を振りながら駆け寄る。
ファムもまたリリフィアを小走りで追いかけつつ、身長や美貌から衆目を集めて居心地悪そうにしているメルトに対し、広場で待ち合わせとしたのは悪い事したかななどと考えた。
「じゃあ早速買い物行こう!」
「……服飾は苦手、よろしく」
「うちのポンコツが言い出してすいません」
最初は敬語でメルトに接していたリリフィアであるが、この二か月の間に関係性も進み砕けた口調で接するようになっていた。
勇者にそのように気さくで接される事にメルトは当初は面食らい恐れ多いとしていたが、リリフィアはこういう少女なのだと理解してからはおとなしく受け入れるようになっていた。
一方ファムはリリフィアに振り回される仲間が増える事を地味に喜んでいた。
「メルトさん大きいし奇麗だもん、内鎧だけで過ごすなんて勿体ないよ!」
「……ですが、いざという時に装甲が薄いという事は……」
「いえ、こればかりは私も賛成です。貴方は少し自身に集まる視線の内容にも気を使った方がいい」
メルトの顔を見上げながら無邪気に喋るリリフィアの言葉に、メルトは若干困ったように眉尻を下げながら言葉を紡ぐ。
しかしその言葉にファムは問答無用、と言わんばかりの言葉で警告する。
なんせ今もこの神殿騎士は、レオタードにも似たボディスーツ状の内鎧の上に簡単な上着を羽織るという格好でここにいるのだ。
足元を覆う脚甲のような重厚なブーツもまた異様であるが、それ以上に男性や一部の女性にとっても目の毒なモノがある。
メルトが複数所持し愛用しているボディスーツ状の内鎧は、強力な魔物の皮膚を素材として作られた防刃性を持つのみならず優れた耐寒耐熱性を持ちながら通気性に優れた逸品である。
さらには肌に張り付くように着用できるおかげで動きを阻害せず、重装鎧の下に着込んでも何一つ不自由がない優秀な装備なのだ。が。
肌に張り付くように着用できるという事は、体の線が露骨に浮き出るという事に外ならない。
女性にとってデリケートな箇所が浮き上がるほど薄い生地ではない事が幸いであるが、それを抜きにしても男の劣情を誘うには十分すぎる服装であった。
「何せ今もこの広場にいる男性連中はメルトさん、貴方しか見ていません。この理由がわかりますか?」
「……? 竜人が珍しい上に、ボクが大きいから?」
「しまった……!この神殿騎士もポンコツお嬢様と同じ方向性の生き物だったか……!!」
「なんだろう、よくわからないけどバカにされてる気がする」
王族という概念がない竜人の一族の中でも、始祖に連なる高貴なる血筋とされる一族出身であるメルト。
彼女は多感な時期を人々を守る神殿騎士の訓練生として過ごし、その辺りの学習をする前に遊撃神殿騎士として活躍をしていた。
その結果、その辺りの機微が壊滅的なまでに鈍感になってしまったのである。
これについては訓練生時代に訓練所がその血筋から気を使い、同性しか近くに置かなかったことが原因の一端を担っていたりするのはささやかな余談である。
「行きましょうお嬢様、この無知極まりない神殿騎士におしゃれを伝授するのです」
「うん!はりきっちゃうよー!」
「…………お、お手柔らかに」
そして始まる女性だけの買い物タイム。
「あ、この指輪可愛い!」
「……造りが丁寧、されど石は偽物」
「一目見るだけでわかるのですか?」
「……宝石を見る目は、自信ある」
露店に並べられたアクセサリーを見つけては3人で好き勝手にはしゃいでお店を冷やかし。
「メルトさんは可愛らしい格好より、こういう奇麗な装いのほうが似合うでしょう」
「うーん、でもこのフリルのついたドレスも似合うと思う」
「……ひらひらしたのは、そのご遠慮願いたく……」
上流階級の女性御用達なお店を訪れては、陳列された衣服を見てあれでもないこれでもないと主にリリフィアとファムが意見をぶつけ合い。
「おいしー!」
「あんまり食べると昼食が入らなくなりますよ」
「…………甘い、美味しい」
露店で見つけた軽くつまめるお菓子を3人分購入し、適当なベンチに腰掛けて3人で甘味に舌鼓を打つ。
ちなみにリリフィアは生クリームとイチゴのシンプルなクレープ、ファムは紅茶の風味付けがされたブドウのクレープ、メルトは色とりどりな果実が入ったがっつり系のクレープを味わっている。
そんな具合に女性三人の姦しい時間は瞬く間に過ぎ去っていき。
気が付けば一般的な昼食の時間をそこそこ過ぎた時間になっている事に気付くと。
「ラースさんとお昼ご飯一緒に食べようよ!どうせ宿でいつもの席に座ってるだろうし」
「流石にこの時間では彼も食事終えてると思いますが……まぁ良いでしょう」
「……あの店の芋は、美味しい」
リリフィアの一声で、この場にはいないパーティメンバー唯一の男性であるラースと一緒に食事しようという事になった。
ラースがこの場にいない理由は簡単である、女性三人の買い物に巻き込まれるなんて冗談じゃねえと心の底から面倒臭そうな顔をして断ったのが原因だったりするが……。
この時のラースの発言を周りで聞いていた冒険者や酒場の店員は、そりゃそうだよなぁ。と言わんばかりに頷いていたりするのはどうでもよい与太話である。
そうしてリリフィア達はラースが部屋を取っている宿の入口の前に立つと、勢いよくその扉を開けて声を出す。
「ラースさん!一緒に食事しましょう!」
「……いやだからお嬢ちゃん、お前さんらはもっと良い宿に泊まってるんだからそっちで食えばいいだろ」
「この冒険者が集まるいかにもな場所で食べるのが美味しいんです!」
勢いよく声をかけてきたリリフィアに視線を向けた赤毛の男、ラースはいつもの席に座ったまま何とも言えない顔を少女へと向ける。
彼の目の前にある蒸かした芋や腸詰の様子から、時間は遅くなったけど彼の食事には間にあった事にリリフィアは満面の笑みを浮かべると手慣れた調子で同じテーブルに仲間達と共につくのであった。
メルトさんは口数少ない朴訥無知無知神殿騎士なのです。
一歩間違えると危険なのは言うまでもない。