餓狼 MARK OF THE DRAGONS   作:悪霊さん

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6月中には間に合いませんでした。ちょっと反省。


第39話  急転

「しっかし、子供の成長は早いもんだな。ついこないだまで赤子だったかと思えば今はそれなりに立派にやってる。若者の成長ってのは見てて気分の良いものだな」

 

「フッ、その年でもう老人気取りか?」

 

「老人気取りっつーか人の親気取りっつーかな……」

 

 バロン達を撃退した日の夜、月が煌々と照らす丑三つ時のデルムリン島。ダイ達が暮らす家から少し離れた辺り、カインとラーハルトは手頃な岩に腰掛けて語らっていた。島の生物も殆どが寝静まったこの時間にこっそりと家を抜け出してきたのだ。しかも上等なワインまで持ち出して。勿論それはカインの私物であるが、夜中に抜け出して酒を飲んでいると知れたら飛んでくるのは自分にも飲ませろという文句か、明日に差し支えるのではないかという純粋な心配である。悪意がない分心配の方が居心地悪く感じるのは明白である。バレる前に戻らなければ、とは思うものの折角だからこの語らいと美酒をゆっくり楽しみたいという思いもある。

 ワインを並々と注いだグラスを月に翳し、ラーハルトは呟く。

 

「オレもいつか誰かを愛する事が出来るのだろうか、な」

 

 グラスを傾け、ワインの芳醇な香りを楽しみつつ喉に流し込む。呟きを聞いたカインは、お前でもそんな台詞が出るんだな、とは言わずただ静かに笑う。

 

「さてな。何が起こるかなんてその時になってみなきゃ分からん。案外俺が呆気にとられるくらい情熱的な恋をするかもしれないぞ?」

 

「フン、ならばお前はその前に」

 

「おおっと言わせないぜ。壁に耳あり障子に目あり、どこで誰が聴いてるか分からんのに暴露させる訳にはいかんなぁ」

 

 先んじてラーハルトの言葉を制するカイン。それを聞いてラーハルトはまた愉快げに笑う。

 

「お前はたまに分からんな。普段あれ程積極的な癖に、そういった事には奥手か。戦場で一騎当千の活躍を出来るような者は皆そうなるのか?」

 

「イマイチ否定できない推論だな。俺もバランも、ついでにアバンやその仲間も戦闘に比べれば……なぁ?」

 

「フッ……ならばオレも気をつけなくてはな」

 

「違いない」

 

 笑みを浮かべつつ、グイっと美酒を飲み干す。もっと味わうべきかとも思ったが、チマチマと啜るのはどうにも好きではない。

 

「分からんと言えば……カイン、お前の技術には目を見張るものがある。ただ、その一方でお前自身理解しているとは言い難いものを造っているのは一体なんなんだ?理解していないのに造れるというのはどうにも分からん」

 

「あー……ロビンとラムダの事か。つってもなぁ、造れるもんは造れるとしか。呼吸をするのと同じだよ。やり方は分かるが原理は分からん。そんなもんだ」

 

「そんなもん、で済ませられれば良いのだがな……お前は以前言っていたな。あの二機に与えたAIとやらも電子的なものと魔法的なものを組み合わせただけ、言ってしまえば1と0の羅列に変わりないのだと。何の知識もないオレでも分かる。それだけで、あれ程人間らしい動作や思考をできる筈がないと」

 

 ラーハルトは常々思っていた。確かにカインの技術力は高い。だが、それはただの技術でしかないはずだ。カインの造り上げたあの二機はぎこちない部分こそあるものの、命令とは全く関係なしに自ら思考し、行動している事が多々ある。これが更に高められたなら、それは最早人間と変わりないのではないか?と。カインにとって、人間とマシンの境界というものは非常に曖昧になっているのかもしれない。少なくともラーハルトの眼から見ても、彼らはただの鉄の塊ではないのだ。

 

「そしてお前はこうも言っていた。由来がそうだからといって全てがそうなるわけではないと。あの時お前が言っていたのはつまり、神によって生み出された人間の全てが神を信奉する訳ではないのと同じように、その思考が電子の海から生み出されたものであっても生物と大差無い存在になれるのではないか。そういう意味だったのだろう?」

 

「そこまで分かってるんならわざわざ言う必要あるかね?」

 

「ある。オレはオレの推論ではなくお前の持論を聞きたいんだ。酒の肴には丁度いい話題ではないか?こういう問答は好きだろう?」

 

 そうだな、と肯定を示し、グラスを傾ける。そういえばまだ二杯目を注いでいなかったな、と思い直しボトルに手を伸ばす。とくとくと赤がグラスを満たすのを見ながら、カインは笑う。

 

「そんじゃ、今日の講義は……そうだな、“マシンとは何ぞや”って所か?」

 

 ワインを一口含み、喉を潤す。唇を湿らせて口を開くと、自分でも思った以上に熱のこもった声が出た。

 

「まずは一番最初の質問からだな。何故理解できないのに造れるか、だったか。さっきはああ言ったが、実際にはちょっと違う。というのも、そういう風に造れた物は基本的に俺が望んではいても意図していないからだ」

 

「というと、想定外の事象という事か」

 

「然り。確かに俺はアイツらを造る時、自意識ってもんの一つでも芽生えれば面白いなぁくらいには思ってたが、AIという仮初の知能は造れても俺は魂を造れる訳じゃあない。つまり、俺が造ったのは器だ。魂の造り方なんざ知らん」

 

 グラスを掲げ、言葉を連ねる。

 

「このワインが魂或いは自我と呼べる物だとすれば、俺が造れるのはこのグラスが精々って訳だ。器を造っておいて注ぐべき物が自然と注がれるのを待つ、とでも言おうか。だから造るという言い方よりも宿るという言い方のが適切だな」

 

「宿る、か。よく物の例えで神が宿っている、なんて言い回しを聞くがそれと同じようなものか?」

 

「当たらずとも遠からずかな。俺のいた所では付喪神って考えがあってな、使い込まれ、大事にされた道具には魂が宿り自我を持つ……って感じであってたかな?うろ覚えだが。神は予め存在しているものが宿るが、付喪神は違う。他所から入ってくる訳じゃなく、道具という器の底から染み出すようなイメージかね。物言わぬ道具や機械ではなく、付喪神のように完全に一個の生命として確立する事こそが最終目的と言っていいだろう。ま、付喪神については正確に覚えてる訳じゃあないけどな」

 

 俺はそういう、本来意思や命ってもんがない奴らの成長や変化を見たいんだ。そう語るカインの眼は、子供のようにキラキラと輝いて見えた。

 

「……お前らしい。全く、マシンにそういった考えを抱くような変人は他にいるのか?」

 

「さてな。ドラゴンが人に恋をすることだってある。造りものが命を持ったっていいだろ?」

 

「それはバラン様のことか?」

 

「アイツは人間だろう」

 

「違いない」

 

 生物学的には違うのかもしれない。何せ竜の騎士という文字通りの伝説の存在だ。しかしそれでも、カインはバランのことを人間として見ていた。少なくとも人間の心を持ったあの男は人間であると。出自がどうあれ、その身体がどうあれ。彼は人間だと、決して化物の類ではない。そう暗に言っていた。ラーハルトも同じだ。自分の自慢の主人は立派な人間だと、そう思っているからこそそう尋ねた。帰ってきた答えは予想通りの物であったが。

 

「まぁなんだかんだ言ってもさ、つまるところ俺が求めてるのは可能性を内包したマシンという事なんだ」

 

「可能性……というと?」

 

「“戦いこそが人間の可能性なのかもしれん”と言ったAIがいた。それを思い出した時、俺は思った。戦いが人間の可能性なら、マシンの可能性ってなんだ?疑問に思ってからはいつも考え続けていた。人間のように、輝きに満ちた可能性を秘めたマシンを、人間と変わらない魂を持ったマシンをな……俺は見たいんだ。マシンの可能性を。アイツらの力を」

 

「……その輝きとやらは、一体何色になるんだろうな」

 

「さて、そりゃ人それぞれって奴だな。綺麗な光になる奴もいりゃドス黒い闇になる奴もいる。くすんだ光もあれば誇り高い闇もあるだろう。何にだってなれるのが人間って奴だからな、そこは魔族だろうと魔物だろうと魂があるなら同じなはずだ。だからきっと、アイツらも」

 

 グイっとワインを呷り、カインは続ける。自分でも良くこんなに舌が回るものだと驚く程には饒舌だった。

 

「強さで言えばロビンの方がラムダよりも上だ。ま、役割を考えればそれも当然ではあるんだが。けど、二機……いや、二人ともまだまだぎこちない部分こそあるものの、確実に人間性ってもんがある。強さなんて関係なく、確かに芽生えてるんだ。今日までアイツらを見てる限りじゃ順調に育ってるようで製作者としちゃ嬉しい限りだね。肝心の自由意思が芽生えたのがいつかは気になるが……本当、子は親が思ってるよりも成長してるもんなんだな」

 

「言わんとする事は分かるが……まぁそうだな、確かに最初に会った頃、造られた頃と比べれば雲泥の差と言える。知っているか、お前が昼寝しているとラムダはいつも毛布をかけてやっている。ロビンも毎晩お前の工具を丁寧に手入れしているんだぞ」

 

「……知らんかった。ルミアも言ってなかったぞそんな事」

 

「もしかしたらオレ達が唯のマシンに過ぎないと思っていた時には既に、意思の芽が出ていたのかもな?」

 

 ラーハルトがそう言って愉快げに笑い、ワインを一口含み嚥下する。

 

「かもなぁ。……大切なのは力なんかじゃない、もっと大切なのは、誇り高き魂だ……か」

 

「それも誰かの言葉か?」

 

「どっかで聞いた覚えはあるんだがよく思い出せん。だが、アイツら……だけじゃなく、俺にとっても重要な言葉だな。結局のところ、誇り高い魂になるか醜い欠片になるかは本人次第な訳だからな。負け犬になるか狼の執念を持ち続けるかはお前次第だ、なんてな」

 

「そっちは確かギースとやらに言われた言葉だったか。中々手厳しいものだ。昔のお前は危うい所で揺れていたらしいがな」

 

 お前も手厳しいわ、と笑い飛ばしてワインを一息に呷る。空になったグラスを見つめながら、カインは神妙な顔で語る。

 

「正直さ、最初の頃はそんなに高尚な事は考えちゃいなかった。けど……なんでかなぁ、いつの間にかアイツらを唯のマシンとは見れなくなっちまった。前は気軽にあれこれ操作するように指示できたけど、今は人に対して接するのと変わりないんだ。これは俺が変わったという事なのか?」

 

「そうだな。オレは変わったが、お前はもっと変わったよ」

 

「……昔の俺ってどんなんだった?」

 

「格好つけようとして失敗する……のは今もそうだが、無駄に気取った態度が多かったな。何を意識しているのかと思っていた」

 

 ぐわー、と顔を隠して呻くカイン。

 

「小っ恥ずかしいな、昔の俺。で、でもよ。ラーハルトだってそういう恥ずかしい過去とかあるんじゃないか?」

 

「知らんな、オレの歩んだ道を何故恥じなければならない」

 

「あぁ、お前はそういう奴だからなー……畜生、様になりやがる。ま、要するにだ。恋するドラゴンがいるくらいだ、人になるAIがいたっていいんじゃないか?と、俺は思うわけよ」

 

 愉快げに笑ってグラスを傾ける。その後も暫し談笑しながら美酒を味わいすっかり心地良い酩酊感に包まれた頃。カインの懐からピー、ピーと小さな音が発せられた。ラーハルトが指摘すると、カインは懐から小さな黒い箱を取り出した。

 

「それはなんだ?」

 

「使ってみるか?」

 

 笑ってカインは箱をラーハルトに放ってよこした。また何か妙な物を造ったのか、と呆れながら観察する。箱はまだ電子音を立てていた。使い方を教えろ、と目を向けるとカインはボタンを押してみろとジェスチャーで伝える。

 

「全く、これが何だというんだ」

 

『……ラーハルト?』

 

 箱の下部に備え付けられている小さなボタンを押すと、箱の中央辺りにあるスピーカーから、慣れ親しんだ声が聞こえてきた。

 

「……?ルミアの声か、これは。おいカイン、なんだこれは。また妙な物でも造ったのか」

 

「妙な物って……これはな、通信機ってもんだ。本当なら携帯電話でも造ろうかと思ったんだが、試作品にしちゃ良い出来だったからな。とりあえず4つほど造ってみたんだ。どの程度まで交信できるかはまだ実験中だが設計通りならそれこそ星の反対側まで行けるんだぜ。中に仕込んだ板状に加工した黒魔晶が込められた魔力を自動的に特定周波数に変換、送受信してだな」

 

「仕組みを解説されても良く分からん。要するに、遠方との連絡手段になり得る物か?お前の頭は本当にどうなっているんだ」

 

『おーい』

 

「うるせ、どんな物かって知識さえありゃ魔導学とか色々駆使して似たようなもん作れはするんだよ。少なくとも魂造るよりゃ簡単なはずだ」

 

「それがおかしいと言っているんだ。普通はそれだけで造れはしない。」

 

『ちょっとー』

 

「俺のいた世界じゃPCだって自作する奴はごまんといたし、キラーマシンの比じゃない精巧な物を自作する奴はいたぞ」

 

「比較対象がおかしいんだ。PCとやらが何かは知らんが、少なくともこの世界に今まで存在したかどうかも定かではない代物だぞ?」

 

『……』

 

「そういやそうだな。未だに遠方とのやり取りは手紙が主だし、通信手段さほど発達してないよな。確か鏡を使った呪術的な通信手段なんかはあるらしいが、アレって鏡に字が浮き出るんだよな?それって掃除しないと消えないのか?だとしたらかなり迷惑なもんだよな」

 

「使った事がないから分からんな。というか貴様、気づかなかったが相当酔っているな?段々と呂律が回らなくなってきたぞ。そういえば先程から結構なハイペースで飲んでいたな」

 

「酔ってませんー俺の意識はしっかりしてんぞー」

 

「酔っ払いはみんなそう言う」

 

 そう言って背後からガッシリとカインの頭を両手で挟む人影。言うまでもなく、先程から呼びかけを無視され続けていたルミアである。笑顔を浮かべてはいるものの、二人にはその背後にある暗闇が形を持っているかのような重圧を感じ取っていた。笑顔とは本来攻撃的な物であるという。

 

「よ……ようルミア、お前も飲むか?」

 

「……こんな時間に抜け出して、心配して探しに来てみれば……!」

 

「落ち着け、心なしかお前の背後の闇がざわめいてる気がするんだが」

 

「そんな事はどうでもいい」

「あ、はい」

 

 ミシミシと音を立てるカインの頭蓋。音が立つだけで実際にダメージを受ける程ではないのだが。確かにあっさり収束したと言っても事件があった日の夜中にいなくなっていれば心配されるのも致し方なし。自分に非があるとそう考えていたカインは物理的な圧力よりも精神的な圧力で冷や汗をかかされていた。そのままの状態でカインに説教を始めるルミアと先程までの酒が回って紅潮していた顔が元に戻って引きつっているカインを見ながら、ラーハルトはポツリと呟いた。

 

「……女は怖い」

 

「ラーハルトもラーハルトだよ。誘われたからって黙って出て行く事ないでしょうに、せめて一言言ってくれれば良かったんだよ。大体私もそのお酒飲みたかったのにもう殆どないしちょっと飲みすぎじゃないの?大体あんな事があった日の夜にこうやっていなくなられたら心配にもなるよ?いくらあの連中が皆捕縛されたからと言っても……」

 

(しまった、飛び火した)

 

 叱られながらもラーハルトは嬉しく思う。こうやって、自分達を心配して怒ってくれる友人がいる事を。大事に思うからこそ、心配するのだ。たまにカインと一緒に無茶などを叱られたりはするものの、ラーハルトはその度に良い友人を持ったと誇らしくなり、一人笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 翌日、カインとルミアは極楽鳥に乗ってテランへ帰っていった。別れ際、ダイが今度会ったら格闘の稽古をつけてくれとせがんでいた事以外は特筆する事もなく、平穏に。バランとラーハルトは数日島で過ごし、その後テランに向かうそうだ。

 

 ダイはよくラーハルトやカインに稽古をつけるよう頼み込んでいる。ブラスの話では、どうやら勇者に憧れているらしい。それを聞いた時こそカインは“この年頃の男ってのはそういうもんだ。俺にも覚えがある”と笑っていたが、バランはあまり良い顔をしていなかった。勇者や竜の騎士が必要になる事態というのはつまり魔王なりなんなり、世界のバランスを崩す程の脅威が現れる事に他ならない。バランにしてみれば、大事な一人息子がそんな脅威に立ち向かうというのは不安なのだろう。だからといって本人の意思も無視してただ安穏と暮らさせるのも如何なものか、という話になると、渋々ながらも許可を出した。剣に関しては自分が教える事、途中で投げ出さない事、そして鍛えた力は誰かを守る為だけに使う事を約束させて。勿論ダイは大喜びで承諾した。それを見ていて羨ましくなったのかブラスが自分は魔法を教えたいと言い出し、剣の師をバラン、魔法の師をブラスとして修行する事になった。混血とはいえ竜の騎士故か、ダイは凄まじいスピードで成長していった。特に、先日ニセ勇者と戦ってからはそれが顕著らしい。魔法の方はそこまででもないらしいが、剣の腕前はバランが驚く程のレベルだ。息子の成長を、バランが酒の席でよく誇らしげに語っている。時折ダイへの授業に混じってルミアが参加しているそうだが、ブラスは楽しそうにしている。

 

(ダイはあの年で既にかなりのレベルに達している。ひょっとしたらハドラークラスとだってやりあえるかもしれないな)

 

 密かにそんな事を考えているカインは、自分の若い頃を思い出していた。といっても、この世界にやって来た頃の事だが。あの頃の自分でもキラーマシンくらいなら際どい所とはいえ勝つ事もできたし、地底魔城にいる魔物も圧倒する事が出来たのを思い出す。そして無闇矢鱈に格好つけようとしていた自分を思い出して悶絶した。

 

『どうしたの急に変な声あげて。虫の魔物でもいた?』

 

「そのくらいで驚くかよ。ちょっと黒歴史を振り返っちまっただけだ」

 

 手に持った通信機からルミアの声が響く。ここはギルドメイン山脈北方、城塞王国リンガイア近隣の森。バロン達の一件から数日経ち、ラーハルトに見せびらかしていた通信機の性能を試す為カインはロビンと極楽鳥を連れ立ってテランから離れたこの国に趣いていた。今のところ通信が阻害される事もなく、実験は順調だった。海を越えても、深い森の中にいても、洞窟の中にいても通信は途絶えなかった。以前にもパプニカやロモスなどの遠方に趣いて試験してみたが、何かに遮られる事もなく遠方の友と会話をする事ができた。試作のつもりだったこの機械が思った以上の出来だった事に機嫌を良くしながら、カインはリンガイアの城へ向けて歩く。

 

「これ、もっと早く造れば良かったかなぁ。そうすりゃアバン辺りに渡していつでもアイツの料理レシピ聞けたのに」

 

『あー、それは確かに聞きたい所だね』

 

「アイツは今頃どこで何をしてるんだかな。カールの女王が心待ちにしてるそうじゃあないか。全く、罪作りな野郎だ。……ん?」

 

 雑談を楽しむカインの横で、ロビンのモノアイが紅く光る。左腕部分に剣を装備したロビンが素早く周囲を警戒する。カインも足を止めて索敵を始めた。何者かの敵意を感じ取り、素早く臨戦態勢に入る。空気が変わったのを察したのか、訝しげなルミアの声が響く。

 

『どうかしたの?』

 

「……何か来る」

 

 そう呟いた瞬間、木々を何本かへし折りながら魔物が現れた。トゲの付いた鎧のような皮膚の魔物だ。どことなく亀やサイにも似た姿の魔物はカインを見た瞬間、獲物を見つけたと言わんばかりに吠えた。

 

「グオオオオオッ!!」

 

「こいつは確か……デンタザウルスだったか?魔界の魔物がなんだってこんなところにいやがるんだ」

 

「グオオッ!」

 

 魔界の魔物、デンタザウルスはカインに向けて一直線に突進する。先程木々を容易くへし折ったのもこれだろう、まともに受ければひとたまりもないだろう。普通の人間であればだが。ステップを踏んで突進を回避したカインは横を通り過ぎていったデンタザウルスを後ろから蹴り飛ばしてしまった。後ろから衝撃を加えられたデンタザウルスは勢い余って盛大に転ぶ。ひっくり返ってもがいているデンタザウルスを尻目にカインは通信を再開する。

 

「敵意十分、そもそも魔物が暴れてる事自体おかしいが……おいルミア、ちょっとバランの所に行って」

 

『ちょ、ちょっとカイン!大変だよ!』

 

「……おーい、どうしたよそんなに慌てて」

 

 通信機越しにルミアの慌てた声を聞き、何事か起こっていると察したカインは眉を顰める。

 

『テランが魔物に襲われてる!テランだけじゃなく、アルキードも、ベンガーナも!』

 

「……なんだと?」

 

 思わず目を見開いて驚きの声を漏らす。いくつもの国が同時に魔物の襲撃を受けるなど、誰がどう考えても異常事態だ。それこそ魔王ハドラーが健在だった頃のようではないか。未だもがいているデンタザウルスを睨みつけながら続きを促す。

 

『テランにはガストやシャドー、ベンガーナには魔導師とかの魔法使い系、アルキードにはドラゴンの群れが押し寄せてる!』

 

「おいおいおいおい、どんなラインナップだそりゃ……そっちは大丈夫なのか?」

 

『うん、今のところは。カンダタおじさん達が食い止めてる。他の二箇所に比べれば数も少ないし、何か大物でも出てこなければ大丈夫だとは思うよ。ラムちゃんがベンガーナにいるけど、魔法には耐性あるからどうにかできてるみたい。ラムちゃんや国の兵士だけでどうにかできてるってさっき連絡来た』

 

「そうか……ルミア、お前はさっさと王城にでも行け。家よりゃマシだろう。魔法メインの連中程度じゃラムダを完全に仕留めるのは難しいだろうしな、自分の心配しとけ」

 

『そうするよ。……カインも気をつけてね。もしかしたら……ううん、十中八九リンガイアにも何か来てる筈だから』

 

「魔王の群れでもいるんじゃなきゃ大丈夫だって。ロビン達もいるんだしよ」

 

『……先に言っておくけど無茶はしないでね』

 

「了解了解、お前も無茶するなよ?最近ダイと一緒に呪文の勉強とかしてるみたいだが、まだまだレベル不足なんだからよ、戦闘はそれ専門の連中に任せればいい」

 

『むぅ、そりゃまだメラくらいしか覚えてないけども……ってそれよりも情報の続きね。ベンガーナはどんどん押し返してて、強力なドラゴンの多いアルキードにはバランおじさんとラーハルトが向かってる』

 

「……非常事態とはいえ、なんだかなぁ……」

 

 アルキードの救援に向かっているのがよりにもよってあの二人とは。仕方の無い事とはいえ複雑なものだ。せめてベンガーナとアルキードの状態が逆だったら良いのに。そんな事を考えても仕方ないが、そう思わずにはいられなかった。

 

「……俺はこのままリンガイアへ向かう。一旦通信を切るぞ、何かあったらこっちから連絡入れる」

 

『了解、気をつけてね』

 

 通信を切断し、通信機を懐へしまい込む。漸く起き上がったデンタザウルスが鼻息荒くこちらを睨みつけている。溜息を吐きながら向き直り、呟く。

 

「……やれやれ、ヘビィだぜってところか……」

 

「グオオオオオッ!!」

 

 その言葉を皮切りに、怒りのままに突進してきたデンタザウルスに対し、その顔面に思い切り拳を叩き込む。突進の勢いも加わって、魔物の顔は大きくひしゃげる事となった。大きくダメージを負ったデンタザウルスとは対照的に、カインは全くの無傷であった。

 

「ギャオオッ!?」

 

 思わず大きく仰け反った瞬間、隙だらけのその柔らかい腹部に手刀が突き入れられる。ドスっ、と鈍い音を立ててカインの手がデンタザウルスの腹を刺し貫いた。ビクリと一瞬もがいたものの、手刀をゆっくりと引き抜かれ地に倒れ伏した彼はもう動くことはなかった。

 

「いくら頑丈な鎧があったって鎧に覆われてなきゃどうとでもできる……っと、急ぐか。行くぞ」

 

 血に濡れた手もそのままに走り出すと、ロビンも両手に武器を装着したまま追従する。右手にメイス、左手に剣を構え浮遊するキラーマジンガ。そこらのトカゲどもにゃ遅れを取らんだろうと考えつつカインはリンガイア王城に向けて疾駆する。走り続け、やがて森を抜け。本来ならば堅牢な城塞の映える王国が見えたであろうそこには、ヒドラやスカイドラゴン、様々なドラゴン系の魔物が跋扈していた。

 

「おいおい……ドラゴンのバーゲンセールかクソッタレ」

 

 少し離れたここからでも、スカイドラゴンを駆るライダーが街を蹂躙している光景や、ドラゴンがそこかしこに火を吐き続けているのが良く見える。舌打ちを一つ漏らし、飛び出そうとして踏みとどまる。役者が足りなかったな、と懐から取り出した筒に謝罪をかける。

 

「お前も出番だぜ……デルパ」

 

 懐から取り出した魔法の筒から極楽鳥を呼び出し、カインは近場のドラゴンに狙いを定めながら手早く指示を出す。その眼は戦闘への期待からか、マシンについて語る時とは別種の光を宿し、爛々と輝いていた。

 

「久しぶりの大暴れといこうぜ。敵はリンガイアを襲っているトカゲども、兵士達じゃ敵わないような大物はできるだけ引きつけて、戦士達と協力して連中を討つ!行くぞお前ら!」

 

「クアアアアッ!」

 

 極楽鳥が大きく鳴いて飛び立ち、ロビンが丁度こちらを向いていたドラゴンの眼に矢を放つ。そしてカインは、ロビンが狙ったのとは別の個体に向けてダッシュする。それに気づいたドラゴンが炎を吐いて牽制しようと試みるが、そんな事で止まるカインではない。炎の中を突っ切りながら眼前で跳躍する。

 

「ハッハァ!」

 

「グギャアッ!?」

 

 一回転しながら空中に飛び上がったカインが、その踵をドラゴンの頭目掛けて振り下ろす。鈍重なドラゴンにそれを回避する事が出来るはずもなく、いとも容易く頭蓋を砕かれながら大きなトカゲはあっさりと地に沈んだ。それに気づいたスカイドラゴンの主と思しき鳥人族の戦士が何事か叫ぶ。叫び声に反応し、今度はそのスカイドラゴンに狙いを定める。今倒したドラゴンを踏み台に鳥人目掛けて飛びかかると、鳥人はレイピアを構えて迎撃せんと試みる。一瞬でドラゴンを葬った突然の闖入者に対し、鳥人が驚きも顕に問いかける。

 

「テメェ、何者だ!?」

 

「通りすがりの……唯の人間だッ!」


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