俺と君とのサッカーラブコメ 作:麺屋森崎
「えー……夜光中から来ました。
転校最初の挨拶を無難に決めると、クラスからパラパラと拍手が聞こえた。指定された席に座り、窓の外を眺める。
ベランダに止まっていた鳥がパタパタと飛び立った。
中学二年の四月、俺は
ホームルームが終わると、俺の席の周りに人集りが出来る。なんで転校してきたの、とかどこに住んでるの、とか質問攻めだ。
愛想良く返し人集りが消えた後、前の席に座っていた女子がこちらに振り向く。
「久しぶり、鷹ちゃん」
「おう、久し……は?」
つい乗ってしまうところだったが、俺はその女子をジトッと睨む。
黒く光る前髪の隙間からこちらを覗いている瞳はキラキラしている。まるで友達と再会できた喜びを表しているみたいに。
だが、生憎女子の友人はいない。人違いだろう。
「久しぶりって、初対面だよね。さっきも紹介したけど俺は」
「出雲鷹也、十三歳、誕生日は十月二十三日、好きな食べ物は唐揚げおにぎり、好きな選手は中村俊輔、背番号は十番、ポジションはトップ下、利き足は右、好きなブランドはNIKE、得意技はエラシコ、得意なシュートコースは右上、夜は抱き枕が無いと眠れ」
「待って長くない!? てか怖いんだけど!? なんでそんなに個人情報知ってんの!?」
いきなり捲し立てられた情報の量に度肝を抜かれる。サッカーの情報が多いことも気になるところだ。
しかし目の前の女子は至って平然としている。
「もー、僕のこと忘れたの?」
そう言って彼女は肩まで伸びている髪を耳の辺りまで持ち上げる。
その瞬間、頭の中でそのシルエットがフラッシュバックする。
『鷹ちゃん! パスパス!』
「……千隼?」
「ふふっ、やっと思い出してくれたね」
俺の呟きに彼女は満足気に微笑んだ。確かにこの特徴的な呼び方と雰囲気は俺の幼馴染、
いや、だがしかし……
「……男だと思ってた」
「あー、やっぱりそう思われてたんだ。確かに一人称は僕だし髪も短かったし仕方ないか」
「ヤンチャだったしな」
「ふふん、僕だって少しはお淑やかさを身に付けたんだよ?」
胸を張る女子改め千隼。確かに小学生時代とは比べ物にならないほど綺麗になっている。……あと胸も結構大きくなってる気がする。
「……まぁ、お前とまた会えて嬉しいよ。よろしくな、千隼」
「うん、僕もだよ鷹ちゃん」
俺は差し出された右手を握る。そして千隼は繋いだ手をぶんぶんと振り回した。
「それでさ、今日の放課後空いてる?」
「放課後? 空いてるけど、何で?」
「そ・れ・は・ね〜、こちらをどうぞ!」
千隼が机の中から一枚の紙を取り出し、勿体付けて渡してくる。
「……サッカー部?」
「そう! ウチまだ十一人ピッタリなんだよ。また一緒にサッカーやろ? 最強コンビ復活だよ!」
千隼がニコニコしながらこちらを見つめてくる。その純粋な視線とは裏腹に俺の身体からは熱が引いていく。
「……悪い、サッカーはもう辞めたんだ」
「えっ」
俺の言葉に千隼は目を見開いた。驚きと悲しみが混ざったような表情を浮かべる。俺は居た堪れなくなり、視線を逸らした。
「な、なんで? あんなに楽しそうにサッカーやってたのに……なんでなの、鷹ちゃん」
「……ごめん」
「ごめんじゃ分からないよ。約束したよね? また一緒にサッカーしようって」
千隼が俺の手を強く握ってくる。その目には涙が浮かんでいた。
「ごめん、本当にごめんな」
俺はただ謝ることしか出来なかった。千隼は俯いたまま黙り込んでしまう。
沈黙がしばらく続いた後、千隼は顔を上げて笑った。その目には涙が浮かんでいたけれど、それでも彼女は笑ってみせたのだ。
「……そっか。鷹ちゃんがそう言うなら仕方ないよね」
「……ごめん」
「もー、そんなに謝らないでよ。僕こそごめん。ちょっと強引だったね」
「いや、そんなことないよ」
「ううん、だっていきなりあんなこと言われても困っちゃうよね」
千隼はどこか自嘲気味に微笑むと、俺の手から紙を奪い取るように取り去る。紙に書かれた内容を読みながら小さく呟いた。
「鷹ちゃんは絶対にサッカー大好きだったから……また一緒に出来ると思ってたのになぁ……」
彼女の呟きは俺の耳にしっかりと届いていた。だがしかし、それでも俺は首を縦に振ることは出来なかった。そんな資格、俺には無い。
俺は一度捨ててしまったのだ。あの熱を、千隼との繋がりを。だからもう一度やり直すなんて、虫が良すぎる話だ。
チャイムが鳴る。授業開始の合図だ。俺は教科書を取り出しながらチラリと千隼の方を見た。彼女はもう俺のことなど気にしていないかのように前を向いている。
そんな姿を見ていると少し悲しくなった。
……あぁ、サッカーをしている俺以外に興味は無かったんだ。
◇
放課後、暇を持て余していた俺はそれを潰すべく校内を探索していた。吹奏楽部の奏でる音色が夕暮れの校舎に響き渡る。
外を見るとグラウンドでは野球部やサッカー部が練習に励んでいた。
近年、女性のスポーツ参画が進んでいるということで野球部やサッカー部にも女子選手が部員の半数ほど所属している。そんな女子選手目当てで試合観戦に行く男性もいるらしく、それもまた醍醐味なんだとか。
サッカー部の練習の様子を観察していると、一人素早いドリブルでゴール前まで抜け出した選手がいた。千隼だ。今居るのは校舎の三階だが、俺は人より目が良いので遠くからでも顔はハッキリ見える。そのままシュートを決め自陣に戻るが、その表情は何だか暗かった。
ふと、彼女の視線がこちらを向く。咄嗟に窓から離れ、その場を去る。なんでバレんだよクソ。それから角度を変えつつグラウンドを見張るが、尽く千隼に看破されてしまいその度に逃げ回る。
そんなことを何度か繰り返し、疲れた俺は中庭のベンチに座り込んだ。
「……何やってんだろ、俺」
サッカーを辞めたくせに、未練タラタラで彼女のことを見ている。そんな自分に反吐が出そうだ。
俺は自分の頬を強く叩いた。パァン! と乾いた音が辺りに響く。ジンジンと痛む頬を抑えながら立ち上がった。
帰ろう、そう思って歩き出そうとした瞬間だった。
突然後ろから抱きつかれる。驚いて振り向くとそこには千隼がいた。彼女は俺の背中に顔を埋めている。
「なにしてんだお前」
「だって鷹ちゃんが逃げるんだもん」
「いや、まぁ……それはごめん」
千隼が顔を上げる。その頬は少し赤くなっていた。俺は気まずくなって視線を逸らす。
すると彼女は俺の正面に回り込み、再び抱き着いてきた。彼女の豊満な胸が押し付けられる感触に思わずドキッとするが、それを悟られないように平然を装う。
「……ねぇ、鷹ちゃん。やっぱりサッカー嫌いになった訳じゃないよね?」
「さぁ、どうだろうな」
「嫌いだったら、あんなに練習見てないよね?」
千隼の顔を見ないよう、遠くの空を眺めながら答える。夕焼け色に染まる空はとても綺麗だったが、どこか物悲しく感じた。
「……今度、うちで練習試合があるんだ。空いてたら、見に来て欲しいな」
千隼はそれだけ言うと、俺の返事を待つことなく走り去ってしまった。俺はそれを呆然と見送ることしか出来なかった。
「……あいつ、ワガママなところは変わってないな」
俺は小さく笑みを浮かべながら、呟いた。
この世界では、激しいスポーツ中胸がデカい女子は基本的にサラシ巻いてます。あとフィジカルも現実より強めです。