俺と君とのサッカーラブコメ   作:麺屋森崎

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逃げないで

 膝が痛い。初めは軽い症状だった。しかし、とうとう痛くて走れない程になってしまった。

 オスグッド病。成長期の子供によく見られる障害で膝の酷使によって脛骨粗面に痛みが生じるというものだ。

 中には痛みに耐えながらプレーしている選手もいたが、俺には無理だった。

 

 暫く安静を言い渡され、軽いボールタッチと筋トレで練習時間を潰す。

 そしていつの間にか俺のポジションは奪われ、俺はベンチウォーマーへと変貌した。怪我だから仕方ない、復帰に備えろ、周りからの言葉を右から左へ聞き流す。

 

 いつこの痛みが治るのかも分からない、いつ試合に出れるのかも分からない、いつまた引っ越すかも分からない。そんな日々が続けば俺だって腐ってしまう。

 

 俺が試合に出れないなら意味が無い。俺が勝たせられないなら意味が無い。俺が気持ち良くなくちゃ意味が無い。

 そしてここに、一番楽しくサッカーが出来る相手はいない。

 

 そして小学六年生の夏、俺はクラブチームを辞めた。

 

 

 ◇

 

 

「……来ちまった」

 

 俺はグラウンドの周囲にあるバックネット裏のベンチに腰掛け、グラウンドを見つめていた。場所はちょうど蒼空中サイドのベンチの後ろだ。観客が俺だけなのがめちゃくちゃ恥ずかしい。

 

 今日は千隼に言われた通り、我が校のサッカー部の練習試合を見に来ている。相手はこの県屈指の強豪校、紅葉(こうよう)学園。

 

 試合前の練習が終わり、両チームの選手がピッチに散らばり始める。その中に千隼の姿もあった。

 彼女はこちらに気づき軽く手を振る。俺もそれに応えるように小さく手を振り返した。

 

 試合が始まる。蒼空のキックオフで千隼がトップ下にボールを下げる。そこから左サイドにボールを振り、タッチラインギリギリを突破していく。アタッキングサードに持ち込み、千隼にクロスが上げられる。しかし、それに対する千隼のレスポンスは遅く、相手ディフェンスに先に触られてしまう。そのまま流れるようにカウンターを喰らい、ゴール前まで運ばれる。

 相手フォワードがシュートモーションに入った。放たれたボールは弧を描き、ゴールに向かっていく。キーパーが飛びつくが、指が微かに触れただけでボールはそのままネットを揺らした。先制点は紅葉だ。

 その後も攻められる展開が続くが、蒼空の守備陣が何とか耐え凌ぐ。

 

「……千隼の動きが悪い」

 

 そう、千隼の動きが明らかに鈍っている。パスは繋がらないしドリブルもキレがない。

 そして前半二十分、再び千隼にクロスが上げられる。しかし今度はボールが手前で止まってしまい、そのままディフェンスにカットされる。

 

「……もう少し奥に速いパスをくれない?」

「っ、ごめん……」

 

 チームメイトが申し訳なさそうに謝る。千隼の得意なプレーはスピードを活かしたドリブルと裏への抜け出し。しかし、彼女を十全に生かせる選手は恐らく今のこのチームにはいないのだ。

 

「……今のはゴール前へのスルーパスだろ」

 

 俺は思わず呟いた。千隼は先程からパスの出し手とタイミングが合わず、そのままシュートチャンスを潰されてしまっている。

 俺ならもっと良いパスを。そんなことが頭に過り、俺は頭を振る。

 そして前半三十分、紅葉が追加点を決める。これでスコアは二対〇だ。

 蒼空の選手達が顔を俯ける中、千隼だけが真っ直ぐに紅葉を見据えていた。彼女の目にはまだ闘志が燃えている。

 

 前半が終了し、ハーフタイムに入る。グラウンドを出て水道で顔を洗っている千隼に俺は近づいた。

 

「千隼」

「……鷹ちゃん」

 

 千隼は驚いた様子で俺を見る。そしてすぐに笑顔を作った。

 俺はそんな彼女の頬を軽くつねる。

 

「いひゃい」

 

 千隼は涙目になりながら頬を抑える。

 

「ちゃんとパス取れ、アホ。一個目のクロスは取れただろ。集中しろ、下手くそ」

「うぐっ」

「あとドリブルもだ。あんなの誰も引っかかんねぇよ、真面目にやれ」

「ひ、酷いよ鷹ちゃん」

「の割には、顔にやけてんぞ」

「……こういうの久しぶりだから」

 

 千隼は照れたように頬をかく。俺はそんな千隼の額にデコピンをした。

 

「いだっ」

「さっさと戻れ、始まんぞ」

 

 千隼は額を押さえながら走り出す。そんな彼女を見送ってから俺は再びベンチに戻った。

 

 紅葉のキックオフで試合再開だ。前半とは打って変わって千隼の動きは良くなっていた。

 彼女の素早いプレスは相手にプレッシャーを与え、判断を鈍らせる。パスをカットし、ゴール目掛けて一直線に切り込んでいく。

 そしてワンツーでチャンスを作ろうとするが、千隼のスピードに合わせることが出来ず、ボールは抜け出した彼女の後ろを通り過ぎていく。

 それでも千隼は諦めなかった。彼女は必死にボールに追いつき、今度は一人で攻め上がっていく。

 紅葉のディフェンスに千隼が囲まれる。しかし、彼女はパスを出さず強引に突破を試みる。細かいボールタッチで相手の足を躱し、見つけた隙間に身体を捩じ込んで包囲網を突破する。

 キーパーと一対一。千隼がシュート体勢に入る。

 

『よこせ!』

 

 千隼の右後方、彼女に向けて走るディフェンスの裏。確実な一点を決める為に走り込む俺の姿がフラッシュバックする。

 

 左足一閃。千隼の放ったシュートはグラウンダーでゴールの左下隅に突き刺さる。

 

 一点返したことで蒼空の士気は上がるが、千隼の表情は浮かない。

 

「……やめろ千隼。そんな……寂しそうな目でサッカーするな……」

 

 俺は誰にも聞こえないよう、小さな声で呟く。千隼のプレーが、表情が、俺を責め立てる。

 

 スコアは二対一。点を取られたことで強豪校のプライドに火が着いたのか、紅葉学園のプレーがより激しさを増す。

 息をつかせぬ連携プレー、守備の連動、そして高いフィジカルコンタクト。

 千隼の奮闘も虚しく、点差が徐々に開いていく。

 後半二十五分、スコアは五対一。最早勝負は決した。

 

「いっ……!」

 

 その時、蒼空の選手が突然しゃがみこんで足を抑えた。激しい動きの中で足首を捻ってしまったのだろう。千隼に支えられながら彼女はベンチに下げられるが、十一人ピッタリしかいない蒼空には交代出来る選手はいない。つまり、十人で戦うしかないのだ。

 

「鷹也」

 

 突然名前を呼ばれ、そちらを向く。千隼が俺の目を真っ直ぐ見つめていた。

 

 千隼の才能は本物だ。テクニック、スピード、どれを取っても一級品。

 彼女のスピードに敵う者はおらず、一人でサイドを制圧してしまうことだってある。

 そんな彼女の相棒として、俺はパス技術や戦術を磨いてきた。

 彼女の動きに合わせ、俺がパスを出すことで攻撃の幅を広げることが出来る。俺がいて初めて、秋風千隼のサッカーは完成する。

 だが、俺にはもうお前と並び立つ資格なんて……。

 

「逃げないで!」

「っ……!?」

 

 千隼が俺の心を見透かしたかのように叫ぶ。

 

「鷹ちゃんはずっと僕の相棒でいてくれるって言ったよね? 僕が一番楽しいサッカーは、鷹ちゃんが居て初めて成立するんだよ!」

 

 千隼の言葉に心を揺さぶられる。俺は拳を強く握った。

 

 ……本当にいいのかな、俺が千隼の隣に居続けても。

 

「鷹ちゃんの気持ちなんて関係無い。君は僕とサッカーをやる、これは運命なんだ」

 

 千隼はそう言って不敵に笑った。

 そして俺に向かって拳を突き出してくる。

 

 ……分かった。ウジウジ悩むのは、もうやめる。

 

「……やっぱりお前、ワガママだな」

 

 俺も彼女に釣られて笑う。そして同じように拳を突き出し、ネット越しに彼女の拳にぶつけた。

 サッカーへの熱を取り戻せたわけじゃない。ただ、相棒の期待に応える。今の俺にはそれで充分だ。

 

「先生、いいですよね!」

「好きにしなー」

「先生ゆるっ!」

 

 俺は思わず叫んだ。サッカー部顧問兼体育教師の桜良先生、通称さっちゃん先生がケラケラと笑い声を上げる。

 

「じゃあこれ、急いで着替えてきて!」

 

 そう言って千隼はユニフォームとスパイクを俺に渡す。……え、なんで用意されてんの? 

 

「実は、勝手に入部届け出しちゃってました〜」

「おま、勝手が過ぎるだろ! てかなんでサイズとか把握してんだよ!?」

 

 千隼が舌をペロリと出してイタズラっぽく笑う。……可愛いな畜生。

 俺はため息を吐きつつ、着替えてグラウンドに戻った。相手チームは早くしろという様子でグラウンドで待っている。

 

 背番号十番。今度こそ手放さない、俺のエースナンバー。

 ピッチに足を踏み入れると、相手チームの視線が一斉に集まる。俺は小さく息を吐いてからポジションにつく。

 

「行こうか、相棒!」

「あぁ、任せろ」

 

 後半二十五分、千隼のキックオフから俺にボールが回る。

 もう時間が無い、俺と千隼で最短ルートをこじ開ける。

 

 プレスをかけに来たフォワード。右にボールを寄せ、そっちに釣られた瞬間切り返し、股抜きエラシコ。

 

「うっま……!」

 

 そんな言葉を背後に置き去りにし、中盤を千隼との連続ワンツーで突破する。

 

「やっぱり鷹ちゃんのパス最高! 愛のメッセージ伝わってくる!」

 

 俺は決して千隼程のスピードがあるわけじゃない。彼女の動きに合わせる為に磨いてきた判断力、パス精度。共に擦り合わせてきたイメージ。そして何より。隠し味の愛情をパスに込める。

 

「受け取れよ千隼、数年間溜め込んだ俺の気持ち!」

 

 ディフェンスの裏に抜け出した千隼に低い弾道の高速スルーパス。加速する千隼とキーパーのちょうど中間点へ。

 

「……嬉しいっ」

 

 トラップすることなくスピードを乗せたダイレクトシュートを放つ。ゴールネットが揺れる音がやけに大きく聞こえた。

 

 千隼のシュートが決まった瞬間、試合終了を告げる笛が鳴る。スコアは五対二。完敗だ。だが、それよりも。

 

「鷹ちゃん!」

「千隼!」

 

 互いに駆け寄り、千隼がハイタッチのモーションに入る。

 

「いぇー……あだっ!?」

 

 それを躱し彼女の頭にチョップをお見舞した。

 

「お前、せっかくの俺からのパスを適当に打つんじゃねぇよ。もっとコース狙え、脳筋が」

「えへへ、ごめんね」

 

 千隼は頭を抑えながら嬉しそうに笑う。

 

「……ナイッシュー」

「うんっ!」

 

 俺も自然と笑みを溢してしまう。千隼のサッカーをしている姿は、俺の中で一番輝いて見えるんだ。そして俺のパスでゴールを決める瞬間が一番嬉しく思う。自分でも拗らせてるとは思うけど仕方ないだろ。好きなんだからさ。

 俺は照れ隠しに、彼女の頭をくしゃっと乱暴に撫でるのだった。

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