ダンジョンで『神おま』を求めても出てこないんだけど   作:ぱきのら

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食糧庫にいこうぜ(2)

 

「遠距離攻撃はタイミングを合わせなさい!火力を分散させないで!」

「無理に前に出るんじゃないぞ!今の陣形を維持するんだ!」

 

 魔法と剣技が絶え間なく繰り出される。

 しかしそれらを叩き込まれ、灰と化してもなお湧き出てくるのは、レフィーヤたちが怪物祭(モンスターフィリア)で遭遇した植物型のモンスター。

 それらが食料庫(パントリー)へと居座っていたことで食事場を奪われたモンスターたちが24階層に溢れ、異常発生と見なされたのが事の顛末……しかし、話はそれで終わらない。

 

「諦めろ、神の傀儡どもめが!!」

 

 植物型のモンスター、食人花(ヴィオラス)と呼ばれるそれらを支配下に置いていたのが、【白髪鬼(ヴェンデッタ)】の異名を持ち、かつて闇派閥に属してたいたオリヴァス・アクトという男。

 

 多くの犠牲者を出した、27階層の悪夢の主犯格。

 

「オリヴァス・アクトォっ!!」

「はっ!死に損ないが……いい加減学習しろ!貴様では俺に傷一つ付けられん!」

「黙れっ!!お前はここで殺す!殺してやるっ!!」

「っ、退くんだフィルヴィスさん!落ち着いてくれ!」

 

 フィンが引き留めていなければ、彼女は激情のままに駆けているのだろう。

 あの27階層の悪夢という惨劇を引き起こした元凶の一人が目の前で嗤っている。怒りのままに攻撃を繰り出しても、易々と弾かれ反撃されるだけ。その屈辱は、憎しみは、到底計れるものではない。

 

「放せ【勇者(ブレイバー)】!」

「いいや、放さない。酷なことを言うけれど、今の君では奴には勝てない。それは君が一番分かっているだろう」

「っ、ならば、ならば何故!あいつを一人で戦わせるんだ!?」

 

 どん、と。爆発音が響いた。

 

 フロアに地響くように伝播するその音に誰もが視線を向けると、そこには根本から弾け飛び灰となって消え逝く食人花(ヴィオラス)の姿。

 

「ちっ。調子に乗るなよ冒険者ごときが……たった一人で!!」

「【銃槍(ガンサー)】さんっ!!」

 

 レフィーヤは詠唱も止めて彼の名を叫んでいた。

 

 オリヴァスの振り抜いた右脚が【銃槍(ガンサー)】の構える大楯に炸裂したからだ。しかし勢いを殺せなかったのか、そのまま二転三転と地面を転がり、彼の纏う重厚な鎧ががしゃがしゃと騒ぎ立てた。

 

「ふん、なるほどな。鎧と盾の耐久力、それだけは確かなようだ。しかしそれ故に、一人で戦えるなどと思い上がる愚か者を産み出してしまうとは……憐れなものよ」

「……」

「恐怖で言葉も出ないか?その顔を見れぬのが残念だ。巨大花(ヴィスクム)が健在である限り、食人花(ヴィオラス)はいくらでも作り出せる。さぁ、もっと愉快に踊って私を楽しませろ!」

 

 食人花(ヴィオラス)による【銃槍(ガンサー)】への集中攻撃が始まった。その大口が彼を噛み砕こうと迫り、大木のような触手が叩き落とされ地を揺らす。

 鼓膜を揺らす衝撃音に混じってオリヴァスの狂笑が微かに響く。フィルヴィスは我慢の限界だった。

 

「何故あいつだけ一人で戦わせる!?」

「今の僕たちの戦力上、戦えるのが彼一人だけだからだ」

「あれを見て、あの光景を見てあいつが戦えていると言うのか!あれは耐えて、弄ばれているだけだろう!あのままでは殺されるぞ!?」

「だから君が代わりに突撃して死にに行くのかい?言ったはずだよ、今の君では奴に勝てない」

「っ……!」

 

 それはフィルヴィスに向けられたもの。

 しかしフィンの言葉を聞いて、ヘルメス・ファミリアの面々もレフィーヤも、誰もが苦し気に表情を歪ませる。

 

 今の自分ではオリヴァスには勝てない。それはフィンを除いて、この場にいる全員が当てはまる事実だ。

 

 レヴィスと言う赤髪の女に攻勢を仕掛けられ、アイズとベートが分断された今、オリヴァスとの真っ向勝負に挑めるのはフィンだけ。しかしこの場の総指揮たる彼が最前線に出れば、残る食人花(ヴィオラス)の群れとの混戦をリーダー不在の状態で強いられる。

 

 結果的な勝利は得られるだろう。しかしそれは、何人の屍の上に得られる勝利となるのか。

 

「あの食人花(ヴィオラス)怪物祭(モンスターフィリア)で出現した個体と同じだと仮定すると、最低でも冒険者で言うところのLv.4以上のステータスがあると見ていい。それが何十体という規模で暴れまわっている。

 対して、こちらはほとんどがLv.3以下。あの群れが一斉に襲いかかってくることがあれば、こちらの陣営は必ず死者が出るだろう」

 

 食人花(ヴィオラス)に蹂躙される自らの姿。

 どうしてか。未来予知のようにその様をはっきりと想像出来てしまう者たちが多数いた。

 

 大柄なドワーフの女、エリリー。

 獣人の男、ホセ。

 短髪のヒューマンの男、キークス。

 小人族の姉弟、ポットとポック。

 

 しかし、食人花(ヴィオラス)の群れは来ない。

 

 オリヴァスの指示で、【銃槍(ガンサー)】たった一人を攻撃目標として定めているから。

 

「……戦えるのは、あいつだけ……言われなくても分かっているさ。だが……っ」

 

 フィルヴィスの拳から一滴の血が流れて落ちた。

 

 彼女らには見える。土煙の中、【銃槍(ガンサー)】が転がり地を這う姿が。攻撃が直撃する寸前でまた転がり、瀬戸際で体勢を立て直して盾で防ぐ。

 身を守る限界の、防戦一方。レフィーヤやフィルヴィスには、そう見えた。

 

「っ!団長!詠唱の許可を下さい!私の魔法であれば一掃出来ます!いえ、してみせますっ!これ以上【銃槍(ガンサー)】さんを孤立させたら、本当に……っ!」

「ダメだ。許可できない」

「どうしてですかっ!?」

「レフィーヤの魔法だけでは食人花(ヴィオラス)を産み出している巨大花(ヴィスクム)までは倒しきれない。それに詠唱を始めれば、オリヴァスは阻止しようとこちらへ標的を変えるだろう。その防衛により、こちらの被害は甚大なものとなる」

 

 レフィーヤの顔から色が抜け落ちた。

 群れから漏れ出た食人花(ヴィオラス)の対処などに動いていたヘルメス・ファミリアのメンバーも息をのむ。

 

 ……だって。だって、そんな言い方。

 それじゃあ、まるで……【銃槍(ガンサー)】さん一人を犠牲にして……?

 

「クハハハハッ!さすがに同情するぞ、冒険者ぁっ!!」

 

 思考を叩き割るような不愉快な高笑い。

 次いで、一つの影がレフィーヤたちへと飛翔する。

 

 どさり、と。小さく跳ねて地面へと投げ出されたそれは、【銃槍(ガンサー)】だった。

 

「【銃槍(ガンサー)】さんっ!?」

「それは返してやろう。反応のない肉人形をいたぶるのも飽きた。せめて最期はろくでなし共と一緒に殺してやる。これは俺からの温情だ、感謝して死ぬがいい」

「ろくでなし共、ね。いったい誰のことを言っているのやら」

「ハハ、ハハハッ!おいおい、私を笑い殺すつもりか?そいつを使い潰していた筆頭から聞かれるとは思わなかったぞ!」

 

 オリヴァスは愉快でたまらないと笑い転げる。

 

 レフィーヤはその不愉快な雑音を必死に聞かないようにした。怒りに飲み込まれては、今も倒れている【銃槍(ガンサー)】を救えなくなると理性が叫んでいたから。

 

「【銃槍(ガンサー)】さんっ、しっかりして下さい!誰かっ!ポーションを持っ……て……?」

 

 そして、ふと、気付く。

 

 いまだ仰向けに倒れている【銃槍(ガンサー)】。

 その鎧が、全く傷付いていないことに。

 

 しかし、彼女は気付かない。何も見えていない。

 

「また……また、死ぬのか……」

 

 自らを死妖精(バンシー)と呪う彼女には、見えていない。

 レフィーヤが助けを求める声を止めた。それを、そういうことだと解釈した彼女は、倒れている【銃槍(ガンサー)】へふらふらと歩み寄り、膝をつく。

 

「助けの手を振り払っておきながら、守られて……私が、弱いから……私がいるから、みんな……っ」

 

 違う。この人は、【銃槍(ガンサー)】さんは。

 四方を食人花(ヴィオラス)に囲まれながら。支援などほとんどない孤立の状況下に置かれながら。

 

 ダメージなど、欠片も負っていない。

 

 その事実を伝えようとして。

 

「フィルヴィスさん」

 

 【銃槍(ガンサー)】が口を開いた。

 

「お、まえ、いきて……?」

「フィルヴィスさん」

「い、生きているのか……!?ならば早く治療を……!」

「フィルヴィスさん」

「あぁ、何だ!?」

「復讐を果たせ」

 

 フィルヴィスの動きが止まる。

 

 何処からか取り出したポーションを持った手がゆっくりと落ちる。後方では、未だフィンとオリヴァスの口問答が続いていた。

 

「……私では、無理だ……」

「……」

「今の私では、奴と刺し違えることすら叶わない。お前のように一人耐えて戦うことも出来ない。何も、出来ないんだ。仇だ、復讐だと叫んでおきながら、現実は、拒絶した相手にすら守られている……私は、弱いんだ……っ」

「だから、俺が力になる。そう言っただろ?」

 

 その声を聞いて、はっと顔を上げる。

 

 【銃槍(ガンサー)】はもう、立ち上がっていた。

 

「自分が弱いと認められて、それを嘆くことの出来る奴が弱いものか。貴方は、復讐を果たすんだ」

「……私に、出来ると言うのか……?」

「当然だ。そのための舞台は出来上がっている。必要なのは、貴方の意思だ」

 

 どうしてそこまでしてくれる?

 どうしてそうも言い切れる?

 浮かぶ言葉は多くある。しかし彼女はもう、語らない。

 

 フィルヴィスもまた、立ち上がった。

 

「ほう?まだ立つことが出来たか。しかし、立った。それだけだ。これまでも逃げ回り転げ回ることしか出来なかったのだ。そのまま死んでいれば楽だっただろうに……」

 

 オリヴァスは大袈裟に肩をすくめてみせた。

 しかし【銃槍(ガンサー)】は、オリヴァスを見ていない。淡々と、フィルヴィスに告げるべきことを告げ、渡すべきものを渡している。

 

 フィルヴィスも、そしてすぐ近くで控えていたレフィーヤやヘルメス・ファミリアのメンバーも。

 【銃槍(ガンサー)】がもたらす常識外れなアイテムと策に目を見開いた。

 

「逃げ回り、転げ回る、ね。お前にはそう見えていたのか」

「逆に聞くが、どう見ればそれ以外の行為に見えるのだ?あぁ、地面に這いつくばる姿だけは、助けを請う様には見えたかもな。お前たちも其奴を見習ってはどうだ?少しは楽に死なせてやるぞ」

「……そうか」

 

 そして、フィンは言い放つ。

 

「この戦い、彼女の勝ちだ」

 

 ……彼女?

 眉を潜め、誰のことだと言う前に、彼女は一歩、前に出る。

 

「……そいつに何が出来るというのだ。私に掠り傷一つ付けられん、死に損ないが」

「貴様への、復讐だ!」

 

 フィルヴィスはオリヴァスを真っ直ぐに見据え、宣言する。

 

「一掃せよ、破邪の聖杖(いかずち)ーー」

 

 オリヴァスは失笑する。

 

 何を仕出かすのかと構えてみれば、聞こえたのは自分が幾度となく弾いてみせた雷魔法の超短文詠唱。食人花(ヴィオラス)に効果はあるだろうが、倒せるのはせいぜい数体だ。

 それを、その規模から壁になりつつある食人花(ヴィオラス)の群れに放とうとしている。スキルか何かでその威力を増幅させられたとしても、この戦況を覆せるとは到底思えない。背後に控える巨大花(ヴィスクム)へは掠りもしないだろう。

 

 加えて、その周囲に控えている冒険者どもは姿勢を低くして臨戦体勢に入っているだけで、何かをしている様子もない。

 

 ……その魔法、また目の前で掻き消してくれる!

 

「ディオ・テュルソス!!」

 

 フィルヴィスの声が、紫電となって弾けた。

 

 オリヴァスたちの、遥か頭上へと。

 

「はははっ!間抜けめ、何処に撃っている!打ち消す必要も……」

「間抜けはお前だよ」

 

 オリヴァスの笑みが固まる。

 あり得ない。つい数秒前まで、何十歩と距離があったはずだ。一瞬、視線をそらして上を見ただけだ。

 

 それがどうして。いま。

 何故、【銃槍(ガンサー)】が目の前にいる?

 

「"ブラストダッシュ"って技でな。カッコいいだろ?」

「貴様ーー!!」

「見下してばっかの癖に、足元はちゃんと見てないんだな」

「っ、何を」

 

 そして気づいた。

 周囲を取り囲むように、食人花(ヴィオラス)らのすぐ下で地面から垂直に飛び出す膝丈ほどの鉄の棒の存在に。

 

 あらぬ方向へと飛んだはずのフィルヴィスの魔法が、設置された"爆雷針"へと落ちて。

 

 食人花(ヴィオラス)の群れを貫いた。

 

「ぐ、おおおぉぉぉ!!?」

 

 雷光が弾け、至近距離で食人花(ヴィオラス)らが雷に穿たれる様を見たオリヴァスはその光に目を焼かれる。

 オリヴァスがかろうじて確認できたのは、まるで滝のような雷にうたれて灰と化す食人花(ヴィオラス)の群れ。

 

 そして、自身へと槍先を向ける【銃槍(ガンサー)】だった。

 

「っ!?」

「ぶっ飛べぇ!!」

 

 【銃槍(ガンサー)】の持つ"デオス・ラートゥム"の砲撃。

 爆発と同時にオリヴァスは吹き飛ばされ、地面を転がる。その爆発の派手さにしては、オリヴァスにダメージは入っていない。しかし今はそれこそが望ましい。

 

 駆ける、一つの影。

 

「オリヴァス・アクトォォォッ!!!」

 

 フィルヴィスが短剣を振りかぶる。オリヴァスにはその姿が、ゆっくりと、情景のように流れ込んでくる。

 

 ……効かぬ。効くはずがない。

 奴の技は何度も弾いてみせた。何度もへし折ってみせた。自らには、力がある。

 彼女が、そして、あのお方がくれた新たなる力が。

 

「ばか、な……ァ……!」

 

 彼女の一太刀は、オリヴァス・アクトの胴体を斬った。

 

 そして薄れゆく視界の中で見えた、一つの輝き。

 

「俺のこれは魔法じゃないからな。詠唱なんざ必要ないが……今はそういう気分だ、叫んでやるからよぉく聞いとけクズ野郎……!」

 

 "デオス・ラートゥム"を青白い粒子が包み込み、砲塔へと光が収束する。そして極限まで高められたエネルギーは渦巻く爆炎となり、放出される。

 

「覇山竜撃砲ーー!!!」

 

 古の邪竜の伝承を再現したと謡われるその技は巨大花(ヴィスクム)の下半分を焼き潰し、支えを失ったそれは、ゆっくりと崩れ消え去った。

 

 

 

 

 

 

△△△△△△△△△△△

 

 

 

 

 

 オリヴァスは捕縛された。群がっていた食人花(ヴィオラス)は残らず殲滅され、その源であった巨大花(ヴィスクム)も消え去った。

 

 しかしレヴィスと対峙しているであろうアイズとベートは未だに合流出来ていない。身動きのとれないオリヴァスも沈黙を保っているが、何かしらの奥の手を有している可能性は捨てきれず……誰が言わずともすぐに次の行動に移らねばならないと、冒険者たちは各々が理解していた。

 

 だから【銃槍(ガンサー)】も答えない。

 

 何人かのヘルメス・ファミリアのメンバーが、命を救われたと感謝の言葉を告げに来ても、まだやるべきことが残っていると然り気無く受け流す。

 

「ちょ、フィルヴィスさんっ。ヘルメス・ファミリアの方々も自重されていますし、今は……」

「止めないでくれレフィーヤ。【銃槍(ガンサー)】!」

 

 しかしそれでも彼女は【銃槍(ガンサー)】を呼び止めた。

 「私だって言いたいこと沢山あるのに……」とレフィーヤはぼやくが、フィルヴィスには聞こえていない。

 

「……フィルヴィスさん」

「お前の言いたいことは分かっている。だが頼む。一つだけ……教えてくれ」

 

 ーーどうして、私に力を貸してくれたのか。

 

「私の姿を自らの過去と重ねたから……お前はクエストが始まる直前にそう答えた。だが私はお前を……余計なお世話だと、一蹴した。だというのにお前は、奴に蔑まれようと、嘲笑られようと、淡々と私が奴を打倒できる状況を作り上げてくれた。何故だ?」

 

 フィルヴィスには、今になって漸く気付いたことがある。

 

 【銃槍(ガンサー)】は、単独でオリヴァス・アクトを倒せたのだ。いや、あの男だけではない。食人花(ヴィオラス)巨大花(ヴィスクム)も、全て同時に相手取り、討伐せしめる力が彼にはある、と。

 

 だからこそ解せない。

 馬鹿にされ、見下され。当人に否定されてまで。それでも自分からは決して反撃せず、なにも言わず。

 同情したという、その理由だけでは、あまりにも。

 

「そう難しい話じゃないさ。俺が逃げ出したことを、フィルヴィスさんには成して欲しかった……なんて、自分勝手な理由だ」

「……【銃槍(ガンサー)】さん?」

「あー……まぁだから、あれだ。そう気負わないでくれってことだ!むしろ俺が独り善がりでやったことに全員を巻き込んだ形でもあるから、余計なお世話だったってことで!お礼ならむしろ……」

「いや、余計なお世話なんかじゃない」

 

 今までの寡黙さが嘘のように捲し立てる【銃槍(ガンサー)】を、フィルヴィスが止めた。

 

「……今までの非礼を詫びたい。すまなかった。そして……ありがとう」

 

 彼女が初めて見せた、綻ぶような小さな笑み。

 

 隣ではレフィーヤも頭を下げる。

 【銃槍(ガンサー)】は何を言うでもなく、片手を軽く上げて彼女の言葉に答えながら、早足でそそくさとその場を後にする。

 

「それじゃあ、人員と物資は手はず通りに……やぁ【銃槍(ガンサー)】、良いところに。ちょうど班の再編成を終えたところでね。君はオリヴァス・アクトの地上連行を担当するメンバーだ。僕についてきてくれ」

 

 【銃槍(ガンサー)】は思う。フィンは非常に気の回る男だ、と。

 必要な情報共有をしながらも、フィルヴィスたちとのやり取りを視界の端でとらえていたのだろう。彼女らのことは話題に出さず、しかし移動のかたわらで労いの言葉を口にしている。

 

 こういうところがあるから人気で、モテるんだろうなぁ……などと浮かんだ邪念を拭い去り、【銃槍(ガンサー)】はフィンの会話を遮るようにして、言った。

 

「俺の我が儘に付き合わせて、すまなかった」

「……君の提案が最善だと判断しただけさ」

「嫌われ者の役まで押し付けた」

「最善だと言ったろう?一人と多数、どちらを助けるか選択を迫られれば、僕は迷わず後者をとる」

「……今回は前者が【勇者(ブレイバー)】だっただけだ、と?」

「そう大層な話でもない。僕の命を天平にかけた話でもなし……今回で失ったとすれば、僕への過剰評価くらいのものさ」

 

 ……流石に自覚あり、か。

 

 オリヴァス・アクトとの戦闘を終えてから、フィンを見る周囲の目が少し変わった。

 

 クエストが始まる直前まで、ヘルメス・ファミリアの冒険者たちがフィンに向けていた憧憬と尊敬の眼差し。それがどこかよそよそしい。

 彼と同じように仲間の命を預かる指示役として動くことの多い団長のアスフィや副団長のファルガーなどはそうでもないが、冒険者としての経験が比較的浅い者らはその変化が顕著であった。

 

 多くを生かすために、【銃槍(ガンサー)】を一人で戦わせた。

 

 どういう理由や思いがあれ、それが事実。それぞれが複雑な思いを抱いていることが見てとれた。

 

「【勇者(ブレイバー)】、俺は貴方が苦手だ。俺の素性を然り気無く探ってくるところとか、人当たりよく笑っていながら何を考えてるのか分からないところとか」

「……そうか」

「あとやたらと異性からの人気があるらしいところとか」

「それに関しては僕も困ってるんだけどね……」

「とにかく!……苦手だ。初めて会ったときもいきなり囲まれたしな……だけど」

 

 フィンが【銃槍(ガンサー)】の願いを、策を聞き入れたことで今の結果があることもまた事実だ。

 

 フィンがフィルヴィスを抑えて魔法を使わせなかったことで、途中で"爆雷針"が起動することもなく、最後の大火力へと繋がった。

 フィンがオリヴァスと対峙し時間を稼ぎ注意をそらしたことで、【銃槍(ガンサー)】には皆に策を話し、フィルヴィスに"怪力の丸薬"を授けるだけの余裕が出来た。

 

 フィンがいなければ出来なかった。少なくとも、【銃槍(ガンサー)】はそう思う。

 

「いてくれないと、困る。お前はきっと、必要なやつだ」

 

 フィンはちらりと視線だけを動かして【銃槍(ガンサー)】を見上げた。しかし見えるのは相変わらず武骨な【銃槍(ガンサー)】の兜だけ。

 

「……お前、か。そんな風に呼ばれたのは、いつぶりだったかな」

「あ、【勇者(ブレイバー)】!みんな準備完了したよ!いつでも移動できる!」

「ありがとうルルネさん。さて……」

 

 フィンは軽く首をふって意識を切り替えた。

 

「これから君を地上へと連行し、冒険者ギルドに引き渡す。そこで司法のもと、公正に裁かれることになるだろうが……その前にもう一度だけ聞かせてもらう。

 どうして死んだはずの君が生きている。オラリオの破壊とはどういうことだ。彼女とは、何者だ」

「……」

 

 地面に座らされ厳重に拘束されたオリヴァスにフィンは問い続ける。しかしオリヴァス当人は頑なに口を開かない。煩わしそうに瞳を閉じ、沈黙を貫くだけ。

 ……さっきまで喧しいくらいに騒ぎたてて、やれ彼女の願いを叶える、やれオラリオを滅ぼすなどと宣言していたくせに……と、【銃槍(ガンサー)】は呆れたような視線で男を見下ろしていた。

 

 この様子じゃ何も話しはしないだろう。そう考えていると、オリヴァスが静かに目を開き、ふと、【銃槍(ガンサー)】を見上げて。

 

「貴様は……そうか。はは、はははは……っ」

 

 嗤った。フィンの問いかけには一切の反応を示さなかったオリヴァスが、まるで壊れたかのように。

 同じようにその男を見張っていたアスフィやファルガー、アイズらの捜索準備を進めていたヘルメス・ファミリアのメンバーは、とち狂ったかのように嗤い始めた男を、気味の悪いものを見るように目を細めた。

  

 【銃槍(ガンサー)】の後ろに控えていたレフィーヤも表情を強張らせ、フィルヴィスはふつふつと怒りを滾らせる。

 

「何がそんなに楽しい?」

「黙れぇッッ!!違うッ!貴様ではないッ!私だ!私がッ!!私こそがあのお方に選ばれたのだっ!!断じて貴様などではないぃっ!!!」

 

 まるで別人格が現れたかのような激昂だった。

 咄嗟に各々の武器に手を掛ける冒険者たち。

 

 それすらも見えていないかのように、ただオリヴァスは喉が掻き切れんばかりに叫び続ける。

 

「神の傀儡ではない貴様が、なぜ冒険者などという偽善者どもの真似事をするっ!あぁ、感じるぞっ!お前は、同じだっ!我らと同じだっ!!なのに、あぁ何故!?何故なぜナゼッ!あのお方を理解しない!!?」

 

 狂気に侵されている。誰もがそう思った。

 拘束具がその肉体に食い込みぎちぎちと耳障りな音を生む。まともに立ち上がれずとも、地を芋虫のように這おうとも、見開かれた双眼をぎらぎらと【銃槍(ガンサー)】に注ぐ。

 

 男は、何故だ何故だと繰り返すだけ。

 

 これ以上はまともに話も出来そうにない。

 

 アイズたちの捜索を急がせ、早々に地上へと帰還しようとアスフィらに改めて指示を出そうとした、その時。

 

「……っ!!?」

 

 突如、尋常ではない疼きに苛まれたフィンは親指を必死に押さえ付けた。

 

「っ!?」

「【銃槍(ガンサー)】さん?急にどうしました?変な格好になってますけど……」

「心配するな【銃槍(ガンサー)】。そんなへっぴり腰にならなくとも、俺たちはこんな狂人の妄言に惑わされはしない。お前がこんな奴と同じなものか」

「いや……これは……っ!!」

 

 レフィーヤとファルガーの励ますような声が酷く遠い。

 全てが消える。なのに、その感覚だけが一つだけ。

 

 ……違う。

 

 【銃槍(ガンサー)】は知っている。

 

 この世界では久しく向けられることもなかった。しかし忘れることなど決して出来ない。

 狩人(ハンター)の無意識に植え付けられた生存本能。

 

 見られている。

 見られている。

 見られている……!

 

 抜き身の殺意に背後をとられた。

 脅威であると、排除すべき敵であると認識された。それも、他とは根本的に異なる何かに。

 

 モンスターに、発見された……!!

 

「【勇者(ブレイバー)】ッ!!すぐにここから退避ーーっ!!」

 

 壁が、弾けた。

 

「!!?」

「何、だぁ……っ!?また敵襲か!?」

 

 【銃槍(ガンサー)】たちの後方で緑色の破片がぱらぱらと飛び散り、その後を追うように土煙が充満する。

 まだ残党がいたのか。フィンと【銃槍(ガンサー)】を除いて、誰もが武器を構える。冒険者として正しい、模範的な反応。

 

 土煙に混じり、最初に飛び出したのは二つの影。

 

【剣姫】、アイズ・ヴァレンシュタイン。

凶狼(ヴァナルガンド)】、ベート・ローガ。

 

 味方だ。ロキ・ファミリアでも屈指の頼れる実力者。

 無事だったか。随分派手な登場じゃないかと、迎え入れようとして……その笑みが凍る。

 

 

 二人の姿は、真っ赤に染まっていた。

 

 

「……は……?」

 

 これは悪い夢か、質の悪い幻か?

 

 あの二人が。第一級の冒険者が。受け身もとれずに目の前に放り出されて。どちゃりと、嫌な音がして。

 

 赤く。赤く。

 

「アイズさんッ!!」

「【凶狼(ヴァナルガンド)】っ!?おい、しっかりしろっ!!」

 

 レフィーヤたちはそれを必死に拒絶するように、二人へと駆ける。だが触れる程に。見る程に。濃密な血の香りが。浅い呼吸の音が。広がる赤い血溜まりが。

 どうしようもなく親切に語るのだ。

 現実だと。

 

 目まぐるしく状況が変化する。まさかあの赤髪の女にやられたのかという予想も、彼女自身がその姿を土煙の中から晒すことで否定された。

 

「づっ……ぅ……ッ!」

 

 針の筵。

 彼女は、ただ無数の棘に身体中を貫かれていた。最早、彼女自身がそういう生物なのだと見紛う程に。

 

 音が消える。

 崩壊した壁の向こうに。土気色の天幕の中に。影が映る。

 揺れる。震える。それは、ナニかが震わせているのか。それとも自らが震えているのか。それを知る余裕などありはしない。

 

 草花を踏みつけるように、散乱した岩石を砕き。

 

 それは来た。

 

 いつしか、白い兎のような少年も、それをそう語ったという。  

 

 真っ黒い体躯。翼から腕に至るまで逆立つ棘。絵物語で描かれる悪魔のそれと同じ、禍々しい角。

 人がそれと邂逅したとき、誰もが等しく呟く。モンスター?否、違う。

 

「……悪魔だ」

 

 誰かが取り落とした武器が、かつんと高い音を響かせて。

 

 悪魔が、動いた。

 

「っっ伏せろおおおぉぉぉぉーッッッ!!!」

 

 恥も外聞もない【銃槍(ガンサー)】の叫び。

 振り下ろされた悪魔の腕から解き放たれた、鋼色の何か。それらが地べたを這いつくばるようにして伏せていたレフィーヤとフィルヴィスの頭上を滑空する。

 

 そしてレフィーヤは聞いた。すぐ近くで、ぱん。ぱん、と。何かが弾けるような音を。

 音がした方を見て、彼女は思う。

 

 ……すぐ近くにいたヘルメス・ファミリアの人はどこにいったのだろう?

 

 どうして地面が、真っ赤に

 

「がああああアアアァァァァッッッ!!?」

 

 ばっ、と、振り返る。

 

 オリヴァスの絶叫。

 その男の身体は、上下に分かれていた。

 

 わからない。分からない。

 

 これは、何だ?

 

「総員ッ!!すぐにこの場から撤退ッ!!生き残ることを最優先に動けぇッッ!!!」

 

 フィンの指示が下った。

 生き残れ。

 単純で。明確で。冒険者が一番に優先すべきことであり、そして冒険者の最低限度の目標。

 

 果たして。何人の冒険者がそれを遂行出来るだろうか。

 

ゴアアアアアアァァァァッッッ!!!

 

 悪魔が叫ぶ。上半身を仰け反らせ、剛腕を振りかぶる。

 

 それは、モンスター。異界の化け物。

 数多のモンスターとは一線を画し、定められた称号は、竜を超越する古龍。

 とある古龍は嵐を招き。またある古龍は火の山の怒りを呼び覚まし。かの古龍は大地の恵みとして祭典を以て迎えられる。

 

 彼らが瞳に写すそれもまた、古き龍の一つ。

 古龍でありながら古龍の血肉を喰らう。新大陸という未開の地で猛威を振るい、その暴力の権化のような姿から呼ばれた名は。

 

 滅尽龍、ネルギガンテ

 

「こいつがあの棘の痕跡の……だけど知らねぇぞ、こんなモンスターは……っ!!」

 

 そして一つ、補足するならば。

 

 全身の棘や角が根本からどす黒く染まっていて、対照的に背中や翼の棘は白銀色に輝いている彼らの目の前のネルギガンテは、とある特別な通称がつけられている個体である。

 

 "悉くを殲ぼす"ネルギガンテ、と。

 

 しかし、ネルギガンテという古龍を知らない【銃槍(ガンサー)】と冒険者の彼らには、それもまた、知るよしもないことであった。

 

 




■個人的誰得メモ

・爆雷針
……悪天候時に地面に設置することで雷を誘発させモンスターにダメージを与える罠。雷のエフェクトがある割には無属性固定ダメージらしい。モンハン世界の爆弾が雨天時だろうが水中だろうが火薬が濡れないという進化を果たしたことでシリーズから存在が消えた。
「なんで空もないダンジョンの中に爆雷針を持ち込んでんのこいつ?アホなの?」という突っ込みはどうかご勘弁を。フィルヴィスを活躍させたかったんですぅ……。

・怪力の丸薬
……攻撃力を約20秒だけ飛躍的に高めるすげぇ薬。ちなみに私は山菜爺さんにもらえるアイテムではこれが一番好き

・ガンランスの砲撃
……ハンター相手に放つとぶっ飛んで地面を転がる。なのでパーティーを組んでクエストに行くとき、他プレイヤーに当ててしまうとどうなるかはお察しの通り。しかし!遂に最新作では竜撃砲でも味方は吹き飛ばなくなったぞ!ハンターの体幹ってすげー!

・ブラストダッシュ
……ガンランスの狩技の一つとして登場。砲撃の反動を推進力に宙を飛ぶ。

・覇山竜撃砲
……ガンランスの狩技の一つ。竜撃砲と同じようにどっしりと構えたあと、巨大な球体状の爆炎を引き起こす。どこかではその見た目から「たこ焼き」と呼ばれてるとかなんとか。
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