ダンジョンで『神おま』を求めても出てこないんだけど 作:ぱきのら
「すごい、リューさんたちの言ってた通りだ……!」
初めてこのオラリオに来た時も、人とかお店とか色々な規模が桁違い過ぎて呆然としちゃったけど、今日はまた別格だ。色とりどりの露店が道沿いに並んで、人の波がゆっくりと流れていく。
「シルさん見つけるの、苦労しそうだなぁ……」
まさかこんなに人が増えるなんて。
移動するのも大変なのに、この中から特定の人物一人を探すのは想像以上に難しいかもしれない。ちょっと安請け合いし過ぎたかも……いやいやでも困ってるだろうし、一度頼まれて引き受けたことを無下にするのはよくない。
頬を軽く叩いて気合をいれて……よしっ。
「とりあえず、近くの人に聞き込みして……ん?」
闘技場に向かう人、露店の品を楽しむ人、朗らかに談笑する人。
たくさんの人がいる中で、ぽかんと開いている空間がある。通りからは少し外れて、人通りも出来ない場所。
「……女の子?」
一人の女の子がいた。
一人で膝を抱えるように座り込んでいる女の子。
だけど周りの人たちは誰も声をかけないどころか、気に掛ける様子もない。そもそも気付いてない?
通りから外れた、建物の間の路地。あんなところで女の子が一人で座り込んでいたら、誰か心配して声をかけてあげてもいいだろうに。迷子……かな……?
シルさんのこともあるけど……あんな小さい子が一人でいたら放っておけないよ。
人混みをかきわけて、小さく座り込む少女の元へと駆け寄る。
「ねぇ君、大丈夫?こんなところで座り込ん……で……」
少女が薄く目を開いた。真紅の瞳が僕を見た。
時が止まったような感覚がした。周囲の喧騒が消えた。少女以外の色が消えた。僕の呼吸が止まった。
吸い込まれそうな、赤い赤い瞳。
「気にかけてくれたのね。優しい人」
「へぇっ!!?あ、いやいや、ちょっと心配になっちゃって!ああ怪しい人とかじゃないよっ!?僕はえとあれで!!」
「……ふふ、何も言ってないわ。面白いお兄さん」
女の子は薄く笑ってゆっくりと体を起こす。
な、何を挙動不審になってるんだ僕は!こんな幼気な女の子をじっと見つめるような真似をして……これじゃあ変な男の人だと思われるし、この子を不安にさせるだけだろ!もっと頼れる男を見せないと……!
「こほん……!えっと、何かあったのかい?お父さんとかお母さんとか、知り合いの人は一緒じゃないの?ここは人も多いし、一人だと危ないよ?」
「ん……少し、待っていたの。だけどもう、来れそうにもないから」
「あ……そ、そうなの……?」
どうやらこの少女は待ち合わせをしていたみたいだ。
……雪のような真っ白の髪。黒い花弁のような髪留め。そして汚れ一つない純白のドレスが静かに揺れる。僕も白くて兎のようだと揶揄われたことは数知れないけれど、この子の白は……幻想的にすら見えた。
背丈は僕よりも小さく、そよ風が吹けばいなくなってしまいそう。歳は十代になったばかりと言ったところだろうか。それにしては上品でおしとやかな振る舞いに息を飲んでしまう。
どこかのご令嬢さんで、今日の祭典を見に来たとか?だとしたら尚のこと、こんなところに一人でいては危ない。
「僕で良ければ送ろうか?どこか泊ってる場所とか教えてくれれば……」
「……」
差し出した僕の手をじっと見つめる女の子。
あ、もしかして礼儀がなってなかったとか……?いやでも、僕そういうの全然分からないし……!?
一人でわたわたと焦っていたら、彼女がくすりと小さく笑った。
「ありがとう。でも、大丈夫よ。私、一人には慣れているから。それに……私が一緒に行きたい人は、他にいるの」
「へぇ!?あ、そ、そっか!ごめんね、それは差し出がましい真似を……!」
や、やっぱりこういうご令嬢さんって、もう運命の決まった人とかいるんだ!うおお、僕より全然大人だ……っ!全然格好いいところないよ僕!
「ねぇ、あなたって……冒険者なの?」
「あ、うん。そうだよ。まだ全然駆け出しだけど……」
「そう……冒険者って、モンスターを殺すんでしょ?」
「えぇ!?んー……そう、だけど……それだけじゃないって言うか、作ったり取りに行ったりする冒険者もいて……」
「じゃあ、あなたはモンスターを殺さないの?」
女の子は薄く笑いながら、聞いてきた。
「……僕の命もかかってるし、殺……闘わないと、こっちもやられちゃうからね」
「そっか」
純粋な疑問を率直に聞いてきたのだと思った。僕も小さい頃は、何も考えずに思ったことを口にして怒られたりしたっけ……。
「ねぇ、どうして冒険者になったの?」
どうやら彼女の感心を思いの外引いてしまったらしい。
どうして……女の子と出会うため、って少女相手に言うのはちょっと……!
「英雄になりたいから、かな」
「英雄?」
「そう。物語に出てくるような、英雄にね」
「……じゃあ、世界が目覚めるような、とても綺麗なことをしたいんだ」
「あはは、そうかも。今の僕じゃ、まだまだ力不足だけど」
酒場での一件が頭をよぎった。
僕は全然弱い。だから、もっと強くならなくちゃいけないんだ。
……って!何で会ったばかりで名前も知らない女の子の前で決意を固めてるんだ僕は。
ぶんぶんと頭を振って、改めて女の子へと視線を向ける。
彼女はまた、楽しそうに微笑んでいた。
「あなたが英雄になる時を待ってるわ。その時は……素敵なところへ一緒に行きましょ?優しいハンターさん」
「?素敵なところって……」
「おーっ、ベルくん!こんなところで何してるんだい?」
「おわぁ!か、神さま!?びっくりさせないで下さいよ……」
全然気付かなかった……と、というかそんな後ろから抱きつかれたら誰でも驚く……いや、神さまだから余計心臓がおかしくなるんですが……!
「んー……?なんでそんなに驚くんだい?というかどうしてこんな薄暗い路地にいるのさ?」
「ああいや、ちょっとこの子と話して……て……?」
……あれ?
いなくなった?
「この子って?どこにいるんだい?」
「すぐさっきまで、真っ白で小さな女の子がいたんですけど……」
がやがやと周囲の喧騒が聞こえる。
何だろう、急にこの場所に戻ってきたような不思議な感覚というか……あれ、もしかしてさっきのは夢?いやでも……。
それに、ハンターさんって……。
……何だろう、この……ゴゴゴゴゴって音……?
「べ、ベルくん……君はそーんな小さい女の子と、こーんな狭くて暗いところで、な・に・を!してたってのかなあぁ~っ!!?」
「ちょ、か、神さむぐっ!?む、胸がっ!?胸があああぁぁぁぁっ!!!?」
△△△△△△△△△△△△△△△△△
「だ、だから神さま、僕はその子が迷子かと思って心配で声をかけただけで……!」
「ちょっと目を離して気付いたらいなくなっていたんだろう?ベルくんはそういう不思議でミステリアスな女の子が好きなんだなっ!」
嘘をついてないのは分かるけどっ!と、神さまはご立腹だ。
うう、ちょっと女の子の前で格好つけようとしただけなのに、どうしてこんなことに……!いや、僕自身もちょっと不思議な体験だったから、曖昧な説明をしちゃったのもあるんだけど……!
闘技場前まで移動してきて、近くの芝生でようやく落ち着いて腰を下ろせたけれど、ここまでご機嫌取りが上手くいかない。
怒ったときには甘いもの。売店で買ったクレープで、どうにか機嫌を直してもらえないかな……。
「か、神さま。クレープ食べませんか?ほら、僕のもどうぞ!美味しいですよ?」
「……あーんしてくれたら食べる」
神さまの要望通り、僕のクレープを食べてもらい、どうにか上機嫌な様子に戻った。
頬についたクリームを指ですくって取ったり、僕には難易度が高すぎたけど、どうにかやりきった。
……さっきのお嬢様な女の子は、このくらいのやり取りは優雅でスマートにこなせるんだろうなぁ……。
「……無事に帰れてるといいけど……」
「そういえば、誰か人探しをしてるって言ってなかったかい?どんな人なのかな?」
「あ……」
……これはまた、機嫌を直してもらうために食費がかさむかもしれな---。
「モンスターだぁっ!!!」
「!?」
「モンスター!?」
祭りの喧騒とは違う、恐怖に震えた悲鳴が響いた。
闘技場の出入り口の一つから、ばたばたと数人の人が走ってくる。だけど僕たちの視線は、それよりも大きな影に固定されていた。
〈グヴヴヴヴ……ッ〉
人とは桁違いの巨体。銀色の体毛。岩のような剛腕……顔や手足に拘束具らしきものがあるけれど、確かこいつは以前、エイナさんの講座で教えてもらった。駆け出しの僕では危険な相手で、ミノタウロスの時みたいに万が一にでも遭遇したら逃げろって教えられた……!?
「シルバーバック……でも、様子が……」
すでに多くの傷を負っている。
銀色の体毛はところどころが出血で赤く染まり、腹部には強い衝撃を与えられたような打撲痕。それに……黒く鋭い棘のようなものが背や腕に突き刺さっている。
……とにかく、僕がやるべきことは神さまをここから離れさせることだ!
「神さま、ここから離れま……」
ぞくりと、悪寒がした。
「神さまッ!!!」
「うわあッ!ベルくん!?」
神さまを抱きかかえて跳ぶように身体を投げ出して離れる。
こうしなければならない気がした。
そして、その嫌な直感は当たっていた。
風を切る音が聞こえたからだ。
〈グギアガッ……ッ!!!〉
「ぐうあぁっ!」
「わあぁぁっ!!」
爆発が起きたのかと錯覚する破砕音。
シルバーバックが背後から振り落とされた漆黒の鞭に叩き潰された。
ばきぼきとあらゆる骨が叩き折られ、ぐちゃりと肉が潰れる生々しい音。シルバーバックもろとも地面を叩き割り、血が弾け、砕けた地面がいびつなカケラとなって散らばる。
悲鳴と土煙が上がっている。神さまを気にかけつつも、投げ出した身体を即座に起こした。
……さっきまで僕たちがいたところまで、地面が抉れている。あのままあの場所にいたら、僕たちも潰されて死んでいた……!
今更になって呼吸が乱れる。冷たい汗が背を伝うのを感じる。
死を実感したからか。神さまがいなくなる光景が脳裏をよぎったからか。
きっとその全てだと思う。だけど、それだけじゃない。それだけじゃなくて……ッ!
〈グルルル……ッ〉
「べ、ベルくん……あれって、モンスター……だよな……?」
「はい……絶対そうだ……と、思いますけど……」
シルバーバックが塵となって消えた。
その塵と、土煙の向こう。
刀のように鋭利な腕……いや、翼か。シルバーバックを叩き潰したであろう棘の棍棒はなく、代わりに風を切ってしなる、長くしなやかな尾が揺れている。そして、闇夜に溶けるような黒い毛並。
紅く耀く閃光が僕たちを照らしている。
「モンスター……なの、か……?」
「なぁベルくん……僕たち、見られてないか……?」
聞いたことすらないモンスター。つまり……僕のような駆け出しには注意さえされないほどの、下層のモンスターなのか?
だとしたら、そんなの。
〈ガアアアアァァッ!!!〉
「「ッ!?」」
どうして僕たちを狙って飛び込んでくるんだよっ!!?
こいつならワープとか多分お手のものやろ(脳死)