バトルゲーム 知の闘争   作:さやえんどう21

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学問の異種格闘技戦 第三回戦 数学VS薬草学

まずは世界的な知的バトルゲームのブームの火付け役となった大富豪、アルフォンソ・サンチェス氏。

彼はスペインのビジネス界で成功を収めた大富豪でありながら、知識と学術への情熱も持ち合わせていた。

 

バトルゲーム、正確には「知識の闘争」と呼ばれるその学術的なバトルゲームは、サンチェス氏が優勝者に1000万ドルの賞金を懸けたことによって世界的なブームとなった。

 

このバトルゲームは、「制限時間1時間以内に学術の力のみによって降伏の意思を示させること。引き分けの場合は両者とも敗者である」ことがルールとされていた。

 

ここにかつて誰も見たことのないあらゆる学問の異種格闘技戦が開催された。

 

 

 

美しき対戦相手

 

(√(log₁₀(x^2 + 1)) + ∛(sin2(x^3) + cos3(x^2))) / (tan(x^2) + e^(x^3))・・・。

 

第二回戦勝利後の翌日、安いホテルの一室でフィロは数式を創作してみては、その解法のパターンを考えてみるという遊びに興じていた。

 

フィロは数式を眺めているときは均整のとれた美しい芸術作品を前にしているようで心が安らぐのであった。

 

フィロの部屋のテレビはつけっぱなしだった。テレビでは大会の開催地であるスペインの有力ニュース番組テレシンコ・ノティシアスが、大会の様子を伝えていた。

中でも優勝候補と目されている、アルゼンチン出身の世界的物理学者 ヴィクトリアーノ・ロドリゲス氏にもっぱら焦点が当てられていた。

「「La física es la disciplina más fuerte del mundo(物理学が世界最強です)」

ロドリゲス氏はカメラを通してテレビの視聴者に向かって言った。

 

だがフィロは数式の創作に没頭しテレビの声は全く耳に入らない様子だった。

 

第三回戦の相手はB-TEC(バトルゲームトーナメント実行委員会)から既にメールで告げられていた。

今度の相手は「薬草学」の権威であるとのことであった。

 

 

エミリア・ハートマン博士 (出身地 スイス チューリッヒ)

 

薬草学の世界で高い評価を受ける専門家である。若くして薬草の研究に情熱を注ぎ、数々の研究論文や薬草の効能に関する著書を執筆した。その卓越した知識と洞察力から、世界的大手薬品会社の役員としても活躍している。

 

自然の薬草の力を最大限に引き出すための研究に情熱を傾けており、その研究成果は世界中で高く評価され、彼女のリーダーシップのもと、薬品会社では画期的な医薬品の開発や健康製品の改良が行われている。

 

また薬草学の専門知識と経験を駆使し、新たな薬草の発見や効果的な処方の開発に取り組み、持続可能な農業や環境保護にも熱心であり、薬草の栽培方法や収穫時期についても独自の研究を行っている。

 

【主な研究実績】

「慢性炎症性疾患の治療における希少なアルプスのハーブの治療潜在能力の探求」

「心血管健康のためのスイス固有の薬草の薬理学的特性の解明」

「革新的な薬草薬剤送達システム:生物学的利用可能性と効果の向上」

「伝統的な薬草療法の再生:古代スイスの薬草処方の抗がん潜在能力の解明」

「高品質な薬草の持続可能な栽培と収穫技術:アルプス植物園を事例とした研究」など

 

 

ハートマン博士についての説明はまだ続いていたが、フィロは彼女のプロフィール写真の方に目を奪われた。年齢は40過ぎであり女優のキーラ・ナイトレイ並みの美貌の持ち主であった。目鼻眉口のバランスが見事な黄金比を保っていた。しかし彼女に抱いた感想は「黄金比」の一言ただそれだけだった。

 

ハートマン博士のことは頭から離れ、フィロはメモ用紙と鉛筆を取り出して創作した数式を書きだした。

 

dV/dt = k * V - m

(Vはビールの体積(ℓ)、tは時間、kはビールの消費率(1/時間)、mは二日酔いの症状の増加率(1/時間)を表す。)

 

それから机の上にあるアルハンブラ(Alhambra)のビールをコップに注ぎ、それを一気に飲み干した。

 

 

対戦方法の提案

 

試合当日

競技場の中に複数設置された舞台のうち、フィロとエミリア・ハートマン博士が対戦する舞台はひときわ際立っていた。

ハートマン博士は美しいドレスに身を包み、優雅な雰囲気を醸し出していた。

無数のカメラのフラッシュの閃光が彼女の輪郭をかき消すくらいに白く染めていた。

 

彼女は”薬草学こそが世界最強の学問”であることをカメラを向けている記者たちに声高らかに説明した。

 

「薬草学は自然の恵みを最大限に活用し、人々の健康と福祉を追求する学問です。

薬草学は、古代からの知識と現代の科学的手法を組み合わせ、効能や安全性に基づいた自然療法を提供します。その豊かな歴史と実践的な応用は、健康を促進し持続可能な医療を支えるまさに世界最強の学問と言えます。」

 

それからハートマン博士はフィロに。

「フィロさん、今回の闘いでは趣向を凝らして、テーマ(問い)を決めて、お互いが反対の立場から、それぞれの学問の知識をつかって討論するのはどうかしら?テーマはフィロさんが決めていいわ。」と香水の香りをふりまきながら話しかけた。

 

それに対しフィロは

「あんたが、決めていい。」

というようなどうでのよいような口ぶりであった。

元々彼の言葉は粗雑であり悪気は全くなかったが相手にも興味が湧かなかった。

 

「いやフィロさんが決めて下さい。私から対戦方法を提案したのですから、テーマまで私が決めたらアンフェアです。」ハートマン博士はフィロの粗雑な言い方に少し不快を感じながらも、記者たちの手前それを表に出さないように努めた。

 

「いや、あんたが決めていい。提案を持ち出したあんたがそこまでゲーム条件をメイクしなくてはならない。それにどんなテーマでも自分はあんたに勝てる。」フィロは抑揚のない淡々とした口調でしかも早口に言った。

 

ハートマン博士は、この青年とのこれ以上の会話のやり取りは無駄に時間を浪費するだけと判断し、彼女を取り囲む多くのカメラマンの中から一人を指差して「ねえ、あなたが適当にテーマ(お題)を決めてくれませんか?」と聞くことにした。

 

いきなりの指名を受けたカメラマンは突然の美しい人からの依頼に緊張しながらも

「じゃあ、適当ですみませんが、”卵が先か鶏が先か”について討論するのはどうですか?」ととっさに思いつたことを言った。

 

「gut gemacht(いいですね!)」

ハートマン博士はドイツ語で返事をした。

 

「That's fine with me(それでかまわない)」

フィロも続けて返事をした。

 

 

バトルの開始

 

試合開始の合図が告げられた。

「あんたから先でいい。」フィロはハートマン博士に言った。

 

「どうして?この闘いでは先に論じた方が相手をけん制できて後々有利ですよ。」ハートマン博士は言う。

 

「レディースファースト」

気障でなく淡々とした口ぶりのフィロの答えに、ハートマン博士は軽く冷笑した。

しかしこれはフィロの優しさから出た言葉ではなく、自分自身の相手任せの億劫さから出た言葉だった。

ハートマン博士も、先ほどのテーマを決める際のフィロの態度から、彼の億劫さをわかっており、そのため彼の一見紳士風の言葉に対して感謝の意を示そうとはしなかた。

 

「さすがは紳士の国イングランドね。それでは遠慮なく。」ハートマン博士は言葉に少し皮肉をこめて言った。

 

 

にわとりが先(薬草学的視点から)

 

「では、私は"にわとりが先”ということで。」彼女は軽く深呼吸をしてから論じ始めた。

 

「まず具体的な薬草の例として、ゴボウ(Arctium lappa キク科)を考えてみます。

 

ゴボウは薬草学において広く知られた植物であり、根や葉が薬効成分を含んでいることが知られています。ゴボウの利用は古代から行われ、健康への様々な効果が期待されています。

 

薬草学的な視点から、ゴボウを例にとり、にわとりが先であることを述べてみます。

 

1.ゴボウの種子がまず存在します。

 

2.種子が地中に植えられ、発芽して苗が成長します。

これはにわとりが孵化して成長する過程に相当します。

 

3.成長したゴボウ(にわとり)の根や葉が形成される過程で薬効成分(卵)が生じます。これはにわとりが卵を産む過程に相当します。

 

ゴボウの場合、種子から苗が成長し、根や葉が形成されるという順序があります。

この順序において、ゴボウ(にわとり)が先に存在し、成長と薬効成分(卵)の形成が行われることが示唆されます。

 

・種子→苗→根や葉=にわとり  

・成長過程で生じる薬効成分=卵

 

この具体的な例に基づいて、薬草学的な視点からはにわとりが先であるという論拠が示されます。

ゴボウのような薬草は、種子から成長し、根や葉が形成される過程で薬効成分(卵)が生じるため、”にわとりが先に存在して成長し、卵を産む”という順序になると考えられます。」

 

彼女は即興で「にわとりが先である」との論拠を薬草学の視点でまとめ理路整然と言い放った。

仮に"卵が先"という立場をとったとしても同じ芸当を見せたであろう。

 

 

卵が先(数学的視点から)

 

フィロは紙と鉛筆をポケットから取り出して、アルファベット記号を書きながら「卵が先である」との反論を繰り出した。

 

「いや、あんたの論理はそもそもの設定が正しくない。やはり種子が”卵”で、成長したゴボウを”にわとり”とすべきだろう。

 

”薬効成分”を”にわとり”に例えるのはおかしい。

 

”薬効成分”は生物ではないし、”卵”を産まない。

 

数学なら簡単に説明できる。

俺は”卵が先”だから、それを説明する。

 

まず、卵が先であることを示す数式を考える。

 

「n = 1」とおくと、n は世代を表す変数。

 

卵が先であることを示すために、次の数式を考える。

 

E(n) = E(n - 1) + C(n - 1)

 

この数式では、E(n) は n 世代目の卵の数を表し、E(n - 1) は前の世代の卵の数を示している。

 

また、C(n - 1) は前の世代のにわとりの数を示す。

 

この数式により、前の世代の卵の数と前の世代のにわとりの数を合算することで、次の世代の卵の数を求めることができる。

 

さらに、初期条件として最初の世代には卵のみが存在すると仮定する。

 

E(1) = 1

C(1) = 0

 

このような数式を考えることで、卵が先であることを数学的に表現することができる。

各世代において前の世代の卵の数と前の世代のにわとりの数を合算することで次の世代の卵の数を求めることがでる。これにより、卵が先であることを数学的に示すことができる。」

 

このようにフィロは数学視点の攻撃を淡々とした早口口調で繰り反論した。

 

試合を観戦している人たちのほとんどがフィロの説明を理解できていない様子であったが、ハートン博士は説明を飲み込み「でも、初期条件の設定を変えれば、最初がにわとりにもなりますね。」と言って反論を加えた。

 

そして二人の激しい論戦はつづき、だんだんと議論の形態がシェイプされ”具体VS抽象”の様相を呈していた。

ただ数字を使って単純化した”抽象”の方が、たとえ話を多用する”具体”より説明の構成にかける手間が少ないため、フィロはいくつもの連続攻撃をハートン博士に繰り出せた。

 

フィロは手数をゆるめることなく、そしてチェックメイトにかかった。

 

「仮に、卵の存在を表す関数E(t)とにわとりの存在を表す関数C(t)が時間tにおいて定義されるとする。

微分方程式で表すとこうだ。

 

dE(t)/dt = k1

dC(t)/dt = k2 * E(t)

 

ここでk1とk2は定数であり、卵の存在とにわとりの存在の変化率を表す。

 

この微分方程式からわかるのは、卵の存在の変化率は一定であり、にわとりの存在に依存している。つまり、卵が先に存在し、その後ににわとりが生まれるという結果が示される。」

 

常人には理解し難い数式であったが、ハートン博士には数式の意味とフィロの説明が理解でき、同時にどう具体的な事例を挙げて薬草学的に「にわとりが先である」ことを説明しようとしても、結局はこの式によって完全に無効化されることも理解した。

 

 

 

ハートン博士の敗北

 

常に美しいハートン博士の表情に陰りがみえた。自身の薬草学の敗北を悟った。

 

「フィロさん、あなたの数学の腕前は見事でした。

私は薬草学者としての誇りを持っていましたが、君の数学の前には敵わないことを悟りました。

数学は抽象的な概念を駆使し、世界の秩序を解き明かす力を持っていることがわかりました。

私の薬草学もまた、自然の秘密を追い求める学問ですが、数学の厳密さと冷徹さにはとても及びません。

 

しかし、私には薬草の知識や植物の生命力への愛があります。

薬草学は人々の健康を助け、自然の恩恵を与えることに重点を置いています。

フィロさん、私はこの敗北を受け入れますが、薬草学が世界最強であることの証明を諦めるつもりはありません。」

 

ハートン博士の表情は再び美しい輝きを取り戻した。

 

「フィロさん、あなたと戦えてよかったです。ありがとう。」

ハートン博士は微笑みながらフィロに言った。

 

フィロは「黄金比」とハートン博士に一言だけ呟いて壇上から照れくさそうに降りて行った。

これはフィロなりの女性の美貌に対しての最大の賛辞であったが、ハートン博士に理解されるはずもなく彼女はしばらく言葉の意味を考えて一人壇上で立ちつくしていた。

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