怠惰に生きたいだけのヴィランが全てを蹂躙する物語   作:名無し

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第01話 個性:小銭泥棒(ワンコインピッカー)

 

 俺の名前は小瀬荷(こぜに)帑鹵(どろ)

 自分の名前はあまり好きじゃない。

 

 親から貰った名前だが、物心付いたときには親はもういなくなってた。

 気がついたら施設で暮らしてて、そして中学校を卒業した時に施設を追い出された。

 

 何もしなくても飯だけは食えたから施設は嫌いじゃなかったけど、流石に成人年齢になるまで住めるほど甘くはなかった。

 子どもに発現した個性を受け入れることが出来ない親というのは思ったより多いのだ。特に異形系の個性持ちの子どもは親が普通の容姿であった場合は不幸な経緯を辿ることが多い。

 

 だから俺みたいに一人で生きていけそうな年齢になれば施設からやんわりと追い出される。

 そして俺がいなくなったことで空いた枠に、一人では生きていけない幼児や子どもが収まるのだ。

 

 まあ文句はないよ。

 行政が福祉に割けるリソースには限りがある。俺よりも子どもたちが救われた方がいいと思うし。

 

 ただ、俺が一人で生きていけるかどうかは別問題だ。

 育ちが悪く頭も大して良くない中卒の俺ができる仕事なんかほとんどない。

 有用な個性でもあれば話は別だろうがね。

 

 まあ一番致命的なのは俺に働く気がないってことだとは思う。

 だけど生きていくには金がいる。

 

 

 

「……朝からみんな大変だなぁ」

 

 朝、保須駅のロータリーのベンチに座った俺は、会社に向かう大人たちの通勤風景をやる気なさそうに眺めている。

 ああ、大人たちだけじゃないな。電車通学をする学生だって大変だと思うよ。

 何もせずに座っているだけの俺とは大違いだ。

 個性社会になって容姿が標準的な人間から逸脱してるやつが多いためか、俺に注目する人はいない。

 髪の毛はボサボサだが、洗髪はしてるし、服だって洗ってる。ただそれだけで今では普通の範疇に入ってしまい目立たない。

 

 また一人、俺の目の前を駅の方へ向かって歩いていくサラリーマン。

 顔は動かさず目だけで追う。

 

「──よっと」

 

 手の中の500円硬貨をポケットに入れる。

 よし次。

 

 今度は灰色のスーツを着た30代っぽいサラリーマンが駅のエスカレータに向かって足早に歩いていく。

 

 そして俺は手のひらの100円玉を再び上着のポケットに仕舞う。

 あの人はいつもあまり幸せそうな顔をしてないからな。

 

 次は、アラフォーくらいの恰幅のいいおばちゃんが駅に向かって俺の前を通り過ぎた。

 

 再び手をポケットに突っ込むとチャリンと金属同士がぶつかり合う音がした。

 繰り返し繰り返し、ポケットに手を入れる度に膨らんでいく。

 

 

 

「……今日はこの辺にしておくか」

 

 通勤時間のピークが過ぎて、駅へ流れ込んでいく人波がまばらになり始めた。引き上げ時だ。

 ベンチから立ち上がって駅の傍のコンビニに入る。通勤ラッシュのピークが過ぎたので店内には客はほとんどいない。棚に陳列されている460円の幕の内弁当を手に取り、ポケットから取り出した500円硬貨で支払いをする。

 

 温めてもらった弁当を片手にコンビニを出て、駅前通りに出たあたりで甲高い破砕音が周囲に鳴り響いた。

 一瞬遅れて割れたガラスが地面にぶちまけられる音が続く。

 

「ちっ……またかよ」

 

 視線を右に、音のした方へ顔を向けると俺がいつも晩飯を買っている弁当屋の窓ガラスが粉々になって中からトカゲみたいな容姿の男が飛び出てきたところだった。

 

「おいおい、勘弁してくれよ。俺の今日の晩飯どうしてくれるんだよ……」

 

 あの惨状では今日はもう弁当屋の営業は無理だろう。

 

「くそ、最悪だな。ヒーローか警察はまだかよ」

 

 分かってる。

 いくらなんでも秒でヒーローや警察がやってくるわけはない。

 

「泥棒! 返せぇ!!」

 

 飛び出したトカゲ人間を追って、弁当屋の主人が道路に飛び出てきた。

 頭が禿げ上がって肥満体の主人だけど、作る弁当は値段の割にすげー美味いんだ。

 

 強盗っぽいトカゲ男は弁当屋の前の道を西に向かって猛スピードで走り去ろうとしている。

 肥満体の弁当屋の主人ではとても追いつけないだろう。

 

「……まったくしょうがねーな」

 

 ヒーローも警察も近くにはいない。このまま逃げられたら弁当屋のおっさんはものすげー落ち込むだろう。万が一店を畳まれでもしたら俺のささやかな晩飯の幸福が消えてしまう。

 

 弁当屋の主人が「うぉおおお!」と叫び声を上げてダッシュし始める頃には、犯人のトカゲ男は道路の角を右に曲がって視界から消えようとしていた。

 

 だけどそうはならない。

 

 全速力で駆けていたトカゲ男が急に転んだのだ。

 なまじ全速力で走っていたのが仇になって、結構な勢いのまま歩道に頭から突っ込んだ。

 

「ぎゃあああっ!! 痛ぇええっ!?」

 

 トカゲ男は悲鳴を上げて歩道でのた打ち回り始めた。

 転んだ時に擦りむいたのか、顔から血を流しながら右足を両手で抱えている。

 痛みが激しすぎるのか目や鼻、口からも体液を垂れ流してる。

 

「……ま、こんなもんだろ」

 

 手を振って植え込みの中へ投げ捨てる。

 

 因果応報なんて言葉は俺は使わない。

 未だにのたうち回っている悪党(ヴィラン)を一瞥する。

 俺個人の幸せにケチをつける悪党(ヴィラン)に俺が個人的制裁を加えただけだ。

 

 俺には正義なんかない。

 強いて言えばあいつが俺より弱いのが悪い。

 

 

 

「──やっと見つけたわ」

 

 いつの間にか、若い女の子が正面に立って俺を睨みつけていた。

 

「貴方、ヴィラン(個性犯罪者)ね!」

 

「あー……まあ、ね? それがどうかしたかい?」

 

 見たところ15歳くらいのショートカットの女の子だ。髪の毛は緑がかって何故か一部金髪のように輝いている。

 女のくせに身長がやけに高い。170cmはあるんじゃないか? 俺とタメくらいだ。

 

「私の名前は佐々木而今(じこん)。貴方のサイドキックになりに来たの!」

 

「ほー。それはそれは」

 

 俺はそのまま彼女の横を通り抜けて家路を急ぐ。

 せっかく温めた弁当が冷めちまう。

 

「待って! なんで素通りするの? 酷くない!?」

 

「サイドキックってのはプロヒーローの相棒のことだろ。俺はプロでもヒーローでもないからな。そういうのがやりたいなら他を当たってくれ」

 

「ダメよ! だって貴方にしか守れないんだから」

 

 その声には想像以上に悲痛な思いが籠もっていた。

 だからなのか。

 俺にしては珍しく、振り向いて少女に尋ねてしまった。

 

「何を?」

 

「オール・フォー・ワンからこの世界を!」

 

 少女は両手を左右に拡げながらそう言うと、にやりと不敵そうな笑みを浮かべた。

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「なあ、部屋まで上がってくるなんて非常識すぎないか?」

 

 安アパートの自室に戻ると俺はちゃぶ台の上に弁当を置いた。

 男の一人暮らしのアパートに躊躇いもなく上がり込んできた佐々木って女に話しかけながら、どうしても呆れた感じが口調に混じる。

 

 昔の日本はすごく治安が良かったと学校で学んだ。

 人類に個性という名の超常能力が発現する前の時代だ。

 だけど100年以上も前、人々に超常の個性が発現し始め、それが社会一般に浸透し始めた時にそれはもうひどく社会全体が荒廃したらしい。

 

 歴史を語る先生の話を聞きながら「そりゃそうだ」と思った。

 

 個性だって色々だ。中には重火器や兵器に匹敵する火力を出せる個性だってある。

 そして重火器に匹敵する個性を持った人間が理性的で抑制的な性格・性質をしているとは限らない。というかむしろ個性はその持ち主の人間の性格を反映したものになりやすい。つまり、重火器を保有したテロリストもどきが社会に無秩序に解き放たれたようなものだ。

 

 そんな社会が今ようやくここまで復興した。

 だけど倫理観や民度は若い女性の身の安全を保証するほどには回復していない。

 女の身で迂闊な行動を取ると碌な結果にはならない。

 

 目の前にいる彼女は切れ長のキツめの目は癖があるけど、相当な美少女だ。

 こんな行動をしていればいつか絶対に痛い目に遭うだろう。

 

 そういう意図を篭めて彼女を睨む。

 おまえみたいな可愛い娘が迂闊な行動を取るもんじゃないと警告を込めて。

 

「だってここで貴方から離れたら、もうオール・フォー・ワンは止められなくなる。だから絶対に離れないわ。それにヴィランの貴方が常識を語るなんて変よ」

 

 (ヴィラン)にだって倫理観くらいあるんだがな。

 善良な一般人のそれとは基準が違うだけだ。

 

 溜息をつく。

 

「……さっきから連呼してるそのオール・フォー・ワンって誰だよ」

 

「話すと長く……」

 

 弁当の蓋を取ると、具の匂いが部屋に充満した。

 コンビニの弁当は特別美味いわけじゃないけど、不味くもない。値段を考えれば上出来な部類だ。

 パキンと割り箸を割って、俺が弁当を食い始めるのを佐々木って女がずっと見ている。

 

 悪いかよ?

 俺が飯を食うのにおまえの都合に合わせる必要はないだろ?

 食いながら聞くさ。

 

 箸で温かいご飯を口に運ぼうとした時、彼女のお腹の辺りから「ぐー」と音が聞こえてきた。

 

 

 

「あのさ、すげー居心地悪いからやっぱ帰ってくんない?」

 

 これが俺と彼女、佐々木而今(じこん)との出会いだった。

 

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