怠惰に生きたいだけのヴィランが全てを蹂躙する物語   作:名無し

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第11話 間引き トゥワイス

「大事なのは自分が誰なのかよく知ることだ」

 

 額に縦の縫い傷がある男が窓の外を見ながら、静かに呟いた。

 

 やがてビルの谷間から太陽が顔を出し、街が色づき始める。

 サラリーマンや学生たちが眼下の道路を行き来しているのを、分倍河原仁はぼんやりと眺めていた。

 

 勤務先や学校に向かう人々。眠そうに歩く者、溌剌と歩く者、友人と語らい笑う者、怒っている者。ゆっくりと歩く者、足早に歩く者。それぞれの表情が窓の外に広がっていた。

 

 それを眺めながら分倍河原仁は指でマイセンをピンっと弾き、火を付ける。

 軽く喉の奥で味わってからゆっくりと肺に送り込む。

 

「ふー」

 

 強い香りが鼻をくすぐり、血管をニコチンが駆け回り始め意識が覚醒する。

 

 背後では、朝のニュースがテレビから流れている。だが、彼は画面を見ない。彼にとって重要なのは、報道される内容だった。

 

 スタジオが切り替わり、宮城キャスターが画面に映った。

 それに気づいた男がTVを振り返ろうとした時、ふと、視界の隅にパトカーが映りこんだ。

 

 コンコン。

 

 荒々しく静かにドアがノックされた。

 

「誰だ!?」

「いや、知ってる奴だ!」

 

 分倍河原仁にはこんな朝っぱらから訪ねてくる人に心当たりはなかった。

 

「きっと友達だ」

「いや、俺に友達はいねえ」

 

 コンコン。

 

 知り合いじゃなければ、誰だと分倍河原仁は困惑した。

 

「いや友だ」

「敵だろ」

「うるさい……! 黙ってろ……!」

 

 こんな早朝に誰が訪ねてくる。

 流れるように走っていたパトカー。

 

 警察か!? 

 分倍河原仁の背中に冷たいものが走った。

 

「すぐに扉を開けろ!」

「いや、逃げるんだ!」

 

 コンコン。

 

 困惑はすぐにパニックに変わった。

 呼吸が乱れ、自分が裂け始めたのを感じる。

 

「ダメだ、裂ける……! 分裂しちまう……!」

 

 床に落ちていた紙袋を慌てて拾い上げる。

 

「包めば……一つだ……フゥ……フゥ……」

 

 裂けるのが止まれば後は逃げるだけだ。

 

 トゥワイスは玄関に駆け寄り扉を勢いよく開けた。

 正面に少年と少女の二人連れが立っていた。

 

 こいつらはきっと囮役だ。

 外に待ち受けている警察の包囲網を破って逃走しなければ。

 そう思ってトゥワイスは少年の顔に殴りかかった瞬間、胸に衝撃を感じた。

 

「ぐっ!」

 

 いつのまにか少年が持ったナイフが自分の胸に突き刺さっていた。

 ナイフが刺さるより前に心臓に穴が開いたみたいだった。

 

 全身が落下する感覚。

 

 尖った金属の塊が肋骨を削りながら身体の奥へ刺しこまれる。

 

 扉のノブに手をかけながらトゥワイスの身体が玄関に倒れ込んだ。

 胸から血が吹き出している。

 

「あっ…………ぁ…………」

 

 終わる。

 俺が終わる。

 いやとっくに自分は終わっていたのだと今更トゥワイスは気づいた。

 自分で殺し合ったあの時に自分はもう終わっていたのだ。

 

 トゥワイスの……分倍河原仁の意識が急速に闇に飲まれていく。

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「ふぅ……」

「また失敗かよっ!」

 

 俺と而今が同時に布団から身体を起こした。

 最悪の目覚めだ。

 

「ほんと一体どういう思考してたら、尋ねてきただけの少年と少女に襲いかかってくるのかしらね」

 

「勝手に小銭泥棒(ワンコインピッカー)が発動して、トゥワイスの胸をナイフで刺しちまった。……なぁ? 未来余地の夢の中を自分の意志で動ける方法はないのか?」

 

「未来余地の夢の中ではただの観察者を強制されるわ。未来の自分と今の自分は違うの」

 

「そっか。やっぱそこまで便利なもんじゃないんだな、而今の未来余地」

 

「そうね、一日一回寝る時にしか使えないし」

 

「はぁ……」

 

 俺と而今はもそもそといった感じで寝床から起きだす。

 

「悪い、シャワー浴びてくる」

 

 夢の中とは言え、トゥワイスの胸にナイフを突き刺したのだ。

 返り血で手のひらと腕が血に塗れた感触が残っている。

 

「じゃあ私は朝ご飯の準備をしてるわ」

 

 而今と一緒に暮らし始めてすでに数ヶ月が経っている。

 もはやこの辺は阿吽の呼吸になりつつある。

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 ちゃぶ台の上に乗ったご飯に味噌汁に焼き魚に漬物。

 而今と一緒に暮らし始めてから自分の食生活が劇的に変わった。

 

「……美味い」

 

 焼き立ての魚の脂が口の中に広がっていく。

 

 多分きっとそのせいだ。

 今まで聞くのを避けていた言葉がつい口をついた。

 

「なあ而今。親とか学校とかどうしてるんだ?」

 

 而今は16歳で俺より1つ下だ。

 俺と暮らしてるから当然学校にも行っていない。

 

「私が何もしなければ1年後には学校なんか無くなってるわ」

 

「いやそうだけどさ」

 

「そして私が何もしなければ1年後には両親も亡くなってるわ」

 

「……そうか」

 

 そうだよな。自分の周りの未来なんか真っ先に視るよな。

 

「分かったなら逆に聞くわ。どうするの? トゥワイスにこれ以上時間をかけていると他の予知ができないわ。ステインが死んで未来が大きく変動してるから、視直す必要があるのは分かるでしょ?」

 

「ああ、分かってる……でもあと一回試そう。それでダメなら諦めて殺すよ」

 

 

 ちなみにこんなややこしいことになってるのは多分俺のせいじゃない。

 

 2週間前に遡るが、而今の未来余地にトゥワイスの今現在の住んでいる風景が引っかかったのだ。視えた風景からあたりをつけて調べたら住所も割り出せた。

 

 俺は俄然力が入った。

 なにしろトゥワイスだ。ヴィラン連合とヒーローたちとの争いを左右する力を持つヴィラン連合の最重要人物だ。

 

 個性:2倍。

 

 自分自身だけではなく、測ったものを何でも二つまで増やせるまさに規格外の個性。

 だからこそ彼は未来で真っ先にヒーローに狙われ殺された。

 

 その彼をヴィラン連合に加入する前の段階で排除できるなら最高だ。

 何しろ条件さえ揃えば未来は容易く変わる。

 

 仮にトゥワイスが殺されず生き残る未来が訪れ、黒い脳無をドーンと1億体まで増やされたら日本どころか世界が一瞬で終わる。そしてトゥワイスはこれができる。

 

 早速彼を暗殺しに行こうと出かける準備していたら、而今が俺に話しかけてきた。

 

「ねえ帑鹵。分倍河原仁の過去を教えてあげようか?」

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「──両親が中学の時にヴィランに殺されて天涯孤独。その後住み込みで働き始めたら取引先の役員をバイクで撥ねてしまい、社長に詰められ仕事も住処も無くして転落人生か」

 

 ちゃぶ台に肘をついて、而今が淹れてくれた茶を顔を顰めながら啜った。

 しかも分倍河原仁少年は法定速度遵守してて相手が飛び出してきてたと。

 

 聞きたくなかった、こんな話。

 

「境遇が帑鹵と似てるのよね」

 

「……みたいだな。個性使って悪事を働く小悪党なところも俺とそっくりだ」

 

「彼はその個性を使っての悪事にすら失敗して、自分の分身に殺されかけたわ」

 

「…………」

 

「それがトラウマになって二重人格みたいになってるわ。そんな状態でも仲間思いの彼は未来でヴィラン連合の仲間の為に最後まで抗って死んだわ」

 

「……なあ而今。トガヒミコの時も思ったがなぜ俺にそんなことを話す? 嫌がらせじゃないよな? 俺だって鋼の精神してるわけじゃないからそんなの聞かされると心にクるんだけど?」

 

「分倍河原仁を殺したくなくなった?」

 

「殺意が鈍ったよ。もちろん俺が怠惰に暮らせる未来の方が大事だけどな」

 

「でもトガヒミコは殺したでしょう?」

 

「まあな」

 

 足を崩して窓の外を見る。

 而今の目を見ながら喋るのがきつい。

 

「トガヒミコは…………ダメだと思ったんだよ。つらい過去があったかどうだか関係ない。あいつは生かしておくのはダメだと」

 

「トゥワイスは……分倍河原仁は?」

 

「誰も殺してないしな、トゥワイス。やったのは窃盗と強盗だろ。居場所を失ってどうやって生きていけば分からなくなった奴が……自分の居場所を探してるだけの奴が死ぬのは、俺の思う怠惰に暮らせる未来とはちょっと違う」

 

「それじゃあ、殺さないの?」

 

 どこか揶揄するような響き。

 試されてんのかね、俺。

 

 窓の外へ向けていた目を而今に戻す。

 口調と裏腹に彼女の目は笑っていない。

 

 分かったよ、而今(おまえ)に乗ってやるよ。

 

「あぁ……殺すのは止めるか」

 

 因果応報とか言うつもりはないし正義の代執行なんて柄でもない。

 そもそも俺はヴィランだ、警察や裁判官ではないし、ヒーローでもない。

 

 俺とトゥワイスの転落人生はよく似ている。

 違ったのは落下の途中で枝に引っかかった俺に対して、トゥワイスは底まで落ちたってだけの差だ。

 

 そんな俺がトゥワイスを……分倍河原仁を殺すのはなにか違う気がした。

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 朝食を食べ終わった後、而今と作戦会議に入った。

 

「未来余地の結果を整理しよう。今まで試したうちで、俺たちが直接アパートに押しかけて説得する……のは今日で5回目が失敗した」

 

 而今の未来余地を重ね掛けすると、俺たちが特定の行動をとった場合の未来を視ることができる。ヴィラン連合に加入しないように説得するのを繰り返すうちにどんどん結果が酷くなって、今日の未来余地ではとうとうトゥワイスを殺す羽目になった。

 

 おそらく時間の経過が原因だ。

 トゥワイスの精神は日を追う毎に悪化して事態が酷い方へ転がり落ちていってる。

 

「後ろ暗いことをしてる大企業に紹介する手紙を送ったのは4回ね。個性2倍なんてどんな企業でも喉から手が出るほど欲しい個性よ。たとえ犯罪者でも匿って利益に変えたい企業なんていくらでもあるから、そういう企業を選んで送ったら企業間の争奪戦に巻き込まれて4回とも分倍河原仁は死んだわ」

 

「アレはほんと酷かったなぁ。なぁ……企業にトゥワイスを売るのは選択肢から外そう。あいつら悪意が強すぎる。ヴィランよりある意味外道だ」

 

「そうね」

 

「警察に垂れ込むのもダメだったよな?」

 

「捕まって刑務所に入ったらある意味安全だと思ったんだけど……未来余地を重ね掛けしてもっと未来を視たら、刑務所の中で殺されてるのよね……」

 

あいつ(トゥワイス)おかしいだろ。どこまで運がないんだ」

 

 俺たちの目的はヴィラン連合に分倍河原仁が加入する未来を阻むことだ。

 加入前に殺せば確実に防げるが、それを選ぶのは最後だ。

 

 未来余地の夢の中でトゥワイスと出会い続ける度にやつへの親近感が増していく。本来は気のいい奴なのが嫌ってほど分かる。分かってしまう。

 

 俺はトゥワイスが死なない未来を選びたい。

 

「もうさ……とことん運がないならいっそ公安に垂れ込むか?」

 

「警察に垂れ込んだ時と同じ結果になるんじゃないかしら?」

 

 而今も俺と同じように眉を寄せて悩んでいる。

 

「公的組織に預けた方がトゥワイスの身が安全だと思うんだ。今まであいつの個性2倍がオール・フォー・ワンに狙われなかったのは偶然だと思うか?」

 

「分からないわ。未来余地にも引っかかったことがないし」

 

「個性2倍はまさに規格外の個性だけど、増殖運用しようとするとまず自分を増やす必要があるだろ? 未来余地で視たサッドマンズパレード。アレだ。オール・フォー・ワンは無数に増えた自分自身と仲良くできると思うか?」

 

「無理ね」

 

「俺もそう思う。奴ならまず間違いなく自分同士で争い始めるだろうな。奪い溜め込んだ個性全ブッパの怪獣大戦争が起こる。個性2倍を配下に与えたとしても、個性2倍の運用で増殖した配下の一人がトチ狂ってオール・フォー・ワンを増やしても同じ結果になる。自分の知らないところで自分が増やされでもしてみろ」

 

 喋りながら考えが整理できてきた。

 

「そうだよ、自分自身はもちろん、配下にだって持たせて運用するのは危険な個性だ。だから奪わずに見逃してた? それなら今後も見逃される可能性が高いか?」

 

「だめよ、脳無があるわ。指示されたことしか出来ない脳無なら個性2倍を安全に運用できるわ」

 

「……そうか脳無があったか」

 

 完全に失念していた。

 

「脳無……の実践初投入が先月の雄英高校襲撃事件だよな。次が今月の保須市と仙田区同時脳無襲撃事件だ。運用個体数も一気に6体に増えた。つまり、実験レベルではなく脳無の安定的運用が確立したのが最近であるなら……」

 

 トゥワイスの個性2倍はこれから間違いなくオール・フォー・ワンの標的になる……な。本来の未来でトゥワイスが襲われなかったのは、ヴィラン連合に入ったからか。

 

「ヴィラン連合に入れさせないなら、分倍河原仁を守れる所に預けないとダメだ。警察に垂れ込んだ未来で刑務所の中であいつが死んだのって、実はオール・フォー・ワンに個性2倍を奪われたとかじゃないのか?」

 

「……そうかもしれないわね」

 

「決まりだ。公安に垂れ込もう。さあ、良い結果になるようなタレコミ文章を考えるか」

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 早朝。

 

 分倍河原仁が住んでいるアパートの前の道路で俺と而今が路地裏から様子を窺ってると、大勢の警察官が分倍河原仁の部屋になだれ込んでいった。

 

「おおー、行った行った」

 

「あ、窓ガラスが割れたわ」

 

 大捕り物が行われてるのを見るのはなかなか面白いな。

 部屋の中から分倍河原仁の叫び声が聞こえてくる。

 

「捕まったみたいだな」

 

「みたいね」

 

 俺も而今も悪い笑顔を浮かべてる。

 

 未来余地で視た未来では分倍河原仁は司法取引により罪は減免され、刑務所には入らず身柄は公安の管理下に置かれることになる。そして腕の良いカウンセラーが付き、やがてトラウマは克服される。

 

「だけどトゥワイス、いや分倍河原仁って絶対ロリ……」

 

「ストップ! 帑鹵? 誹謗中傷はやめなさい」

 

「だけどさぁ……」

 

 あいつ、分倍河原仁はよりにもよって第5公安捜査課の課長の娘さんに一目ぼれするのだ。女子高生だぞ? 分倍河原仁は31歳だぞ? 年の差15歳だ。

 

 未来余地の重ね掛けで視た分倍河原仁の未来では、公安課長の娘を口説き落として、結婚して子供まで生まれていた。

 居場所を失い続けた男が、とうとう自分の居場所を見つけたのだ。

 

「ところで而今、未来余地を重ね掛けした時に視たあの揺らぎはなんだ?」

 

 公安に拘束されたトゥワイスの更に未来を見るために重ね掛けした時に感じた歪み。

 そこでは破滅する未来と分倍河原仁の幸せな家庭が同時に存在していた。

 

「未来が確定せずに揺蕩っているのよ。あなたがオール・フォー・ワンを殺すまで確定しないわ」

 

「ああそういう……わけか」

 

「やる気出た?」

 

 やがて警官によってアパートから引きずり出されたトゥワイスが手錠を掛けられた状態でパトカーに押し込まれた。

 警官に拘束されたトゥワイスの絶望的な表情を眺めていると我慢できなくなってきた。

 

 この後公安課長の娘さんと出会った時にあいつの表情がまた劇的に変わるのだ。

 その落差と言ったら。

 

「ああ、やる気が出てきたよ」

 

 俺は我慢できなくなって笑いだした。

 

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