怠惰に生きたいだけのヴィランが全てを蹂躙する物語   作:名無し

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第16話 神野区 その2

 ズッ……

 

 黒い靄がアジトのバーの中で広がり、ゲートを通ってオール・フォー・ワンが姿を現した。

 

「ふむ。直接会うのは久しぶりかな、弔」

 

「ええ、先生」

 

「それでそちらがMrコンプレスか。よろしく、Mr」

 

 目も眉もない、顔全体を覆う引き攣れ傷という異様な容姿と形容しがたい圧迫感に曝されてMrコンプレスは一歩後ずさった。

 

「あなた……は?」

 

「弔の師だ。先生と呼ばれているがね」

 

 人工呼吸器をつけたオール・フォー・ワンは何かに面白みを感じたのか、含み笑いをするようにくつくつと笑った。

 楽し気に一頻(ひとしき)り笑った後、オール・フォー・ワンは死柄木弔の方に向き直った。

 そして今度はどこか咎めるような声音で尋ねる。

 

「弔、まだ荼毘とMrコンプレスを疑っているね?」

 

「いえ、先生。そんなことは……」

 

「一人でできることは少ない。仲間をまず信じることから始めなさい。だがそうだな、弔のために少し質問をしてあげよう」

 

 オール・フォー・ワンが荼毘とMrコンプレスに顔のない顔を向けて穏やかな声で話しかけた。

 

「一番最初の……アントラーだったか? 襲撃計画の集合場所で彼が殺されたことに心当たりはあるかね?」

 

「ない」

「ない」

 

 オール・フォー・ワンはその返事を聞き満足そうに頷いた。

 

「ふむ、ということだ弔。荼毘とMrが嘘を言ってないのは僕が保障しよう」

 

 弔は、自分の師であるオール・フォー・ワンをしばらく見つめ……そして右手の爪で目の周りをガリガリとかいた。

 

「……疑って悪かった」

 

 死柄木弔の謝罪を受けて荼毘は眉を若干動かし、Mrコンプレスは肩を竦めて見せた。

 

「情報が洩れてなければあの場での襲撃はあり得ないからな。疑う気持ちは理解できるよ」

 

 Mrコンプレスが大人の態度を見せてとりなした。

 この言葉でバーの中に残っていた緊張感が完全に消え去った。

 

 空気が弛緩したのを受けて安心したのか荼毘が小さく息を吐いた。

 そのままオール・フォー・ワンに話しかける。

 

「あんたに頼まれたものを渡しておきたいんだけど?」

 

 荼毘がMrコンプレスに目で合図すると、Mrコンプレスがポケットの中から小さな球を取り出し床に転がした。

 

「解除」

 

 小さな球と入れ替わるように床の上に昏倒したままのラグドールが姿を現した。

 ただし、顔色が悪く先ほどまでのマグネと同じように死相が浮かんでいた。

 

 オール・フォー・ワンがラグドールを一瞥する。

 だが触れることも近づくこともしない。

 

「──弔。僕が荼毘とMrコンプレスの疑いを解いたことで、集合場所でアントラーが殺されたことをもう終わったことだと思っているね? 君の中から危機感が消えている」

 

 オール・フォー・ワンがバーの中をゆっくりと歩きながら弔に語り掛ける。

 

「荼毘、Mrコンプレスもだ。雄英の合宿襲撃計画がこれほど惨憺たる結果になってしまったのに」

 

 オール・フォー・ワンがラグドールの横を足音を立てながら通り過ぎる。

 

「失敗はしてもいいんだ。だが失敗からこそ学んでほしい」

 

 カツ、カツ、カツ。

 足音を響かせながらバーの入り口の鉄扉の前でオール・フォー・ワンが足を止めた。

 

「特にヒーローではない第三者がその場にいたという事実を軽く考えすぎている。誰だったのか、なぜ居たのか、と表面だけの疑問で終わらせず、我々に敵対しているその誰かが次にどう動くのかを予想すべきなのだ、弔」

 

 オール・フォー・ワンが鉄扉に向けて手をかざした。

 

「で、その第三者とは君のことであってるかな?」

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 神奈川県の港北インターで高速道路から下道に降りた。

 

 なんとか死なずにたどり着けた。

 小石に何度か乗り上げて正直死にかけたが、死んでない。

 極度の緊張を強いられた影響でまだ心臓が早鐘を打ち続けている。

 

 而今もリアシートに座ったままガチガチに強張った腕を自分でマッサージしている。

 

 長野からここまで1時間半。

 ヴィラン連合開闢行動隊が黒霧のゲートで撤収してから1時間は経っている。

 

「間に合ったか?」

 

 ……ラグドールはまだ()()ている。

 ということはまだ圧縮された状態で生きているということだ。

 

 ラグドールが死ねば俺から()()なくなるからな。

 

 ドッドッドッと股下のエンジンの振動を感じながらラグドールのいる方向に向かってバイクを進める。

 本当に命を賭けるのはここからだ。

 

 深夜の市街地をラグドールのいる場所に向かって進む。

 やがて神野区に入ったあたりで小さく古ぼけたビルが見えた。

 

「アレか」

 

 1街路以上離れた場所でバイクを止め、俺と而今はそこからビルまで徒歩で進んだ。

 

「このビルの2階にラグドールがいる」

 

 ビルの壁面に「BAR」の看板がある。

 多分そこがヴィラン連合のアジトだ。

 

 ビルを見上げながら而今が時計で時間を確認した。

 

「帑鹵。未来余地だとあと30分後にラグドールの個性を奪いにオール・フォー・ワンが現れるはずだったわ」

 

 而今が過去形で言った。

 而今の立案した元々の計画では、ラグドールがMrコンプレスに圧縮される瞬間を狙ってラグドールを殺す手はずだった。

 そうするとオール・フォー・ワンの目の前で圧縮から解除されたラグドールの死体が現れるという寸法だ。

 

 俺の我がままで折衷案を押し通してしまった。

 

「……来た」

 

 近くに大きな気配が唐突に現れた。

 

「……これが、オール・フォー・ワン。悪の帝王……か」

 

 俺の膝が笑ってる。

 而今など道路にへたり込んでしまっていた。

 

 これほどか……。

 近くにいるだけでこの圧力。なるほど、オールマイトといい勝負になるわけだ。

 

「而今は離れていろ。俺一人で行く」

 

「ダメよ、私も行く。そもそも私が貴方にっ!」

 

「奴に気づかれずに姿を()()らその時点で俺の完勝だ。二人で行けばそれだけ人の気配が膨れ上がって気づかれる元になる」

 

 而今を見る。

 ヒーローでもない普通の女の子がその個性で崩壊する未来の世界を視て、なんとかしようと、なんとかしたくてヴィランの俺なんかのところに押しかけてきた。

 そしてしたくもない冷酷な選択肢を選び続けた女。

 今は年齢相応に怯えている女の子だ。

 

「……だから連れていけない。俺がビルに入ったらすぐにここから離れるんだ」

 

 まあ十中八九俺一人でも気づかれるだろうな。

 だからこそ絶対に連れていかない。

 

 元々オール・フォー・ワンが油断することにチップを全賭けするような作戦だ。

 

 俺が頷くと而今も頷いた。

 OK。

 

 その時、()()いたラグドールの様子が変わった。

 Mrコンプレスの個性圧縮が解凍されたか。

 つまりもう時間が無い。

 

 俺は気配を消してビルの階段に足をかけた。

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 足音を殺しながら階段を上って2階に上がるとすぐの場所に鉄扉があった。鉄格子付きの窓枠が付いてる。

 

 ラッキーだ。

 扉を開ける必要が無い。

 

 窓から覗いてヤツを一目()()たらそれで俺の勝ちだ。

 

 呼吸を鎮め、気配を極力殺す。

 ただの素人芸だ。

 練習しておけばよかったな。

 

 鉄扉の手前でゆっくりと首を伸ばす。

 

「で、その第三者とは君のことであってるかな?」

 

 

 

 まあ……気づかれるよな。

 

 オール・フォー・ワンが俺に話しかける言葉が聞こえた瞬間、奴の腕が服を突き破る勢いで膨れ上がった。

 

 

 ──そして世界から音が消えた。

 

 音のない世界で誰かが俺を庇うように抱きしめた。

 

 

 

 ドッ──ゴオ゛オオオオオォォォ!! 

 

 

 

 ビルの壁面がすべて吹き飛んだ。

 ブロックやコンクリートが内部の鉄筋ごと砕け散っていく。

 目の前にあった鉄扉もひしゃげ変形し千切れていく様子が俺の網膜にスローモーションのように映った。

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 一瞬後、もしくは数瞬後なのか。

 

 気が付いたら俺の身体は瓦礫の中に埋もれていた。

 現実感が消失したまま瓦礫の中で頭を持ち上げると、さっきまであった道路の街灯はなくなり、ビルの間から覗かないと見えなかった夜空が──今は満天の星空となっていた。

 

 周囲の建物がみな吹き飛んでいた。

 建物も車も人も全てが。

 

 そして現実感とともに音が戻ってきた。

 

 叫び声と悲鳴と、嗚咽、怒号、サイレン、車のクラクション。

 

「……生きてる?」

 

 そんなはずがない。

 あれだけの衝撃を食らって俺が生きているはずがない。

 

 その時ヌルっとしたものが俺の胸にかかった。

 血だ。

 而今の血だった。

 俺を守ろうと庇うように抱きついていた。

 ボロボロになって。

 

「う゛あ゛!?」

 

 瓦礫を押しのけ身体を起こすと、顔のない男が半壊した建物の二階から俺を見下ろしていた。

 未来余地の夢の中でさんざん視たあいつが俺を見下ろしていた。

 

 オール・フォー・ワン!! 

 

「ふむ、生きてたかね。まだ少年のようだが君のバックにいる組織を教えてくれるなら見逃してあげよう。公安かね?」

 

 賭けに勝った! 

 油断している! 

 

「おおおおお゛ッ!!」

 

 瓦礫に半分埋もれたまま、激情に押されて俺は小銭泥棒(ワンコインピッカー)を全力で発動した。

 目も鼻もない男に両手を向ける。

 

「個性:小銭泥棒(ワンコインピッカー)!!」

 

「ぐっ!?」

 

 俺を見下ろしていたオール・フォー・ワンの身体がよろめいた。

 両手の中に奴の脳をスライスした血塗れの肉片が現れる。

 

 どうだッ! 

 頭の中を毟られる気分は!! 

 

 魔王のように泰然と全てを見下ろしていたオール・フォー・ワンが苦悶の表情を浮かべ膝をついた。

 

「む゛ぐっ……これほど殺人に特化した歪な個性があったとは……」

 

 頭の中を直接毟り取る個性があるとは思わなかっただろ! 

 オールマイト以外の全てを見下して、油断して俺の前に姿を見せたのが運の尽きだ! 

 俺の手のひらに奴の脳の欠片が再び現れる。

 

「まるで……死神の鎌(グリムリーパー)……ガハッ!!」

 

 なんとでも呼べ!

 このまま頭の中を空っぽにしてやる! 

 

「個性:小銭泥棒(ワンコインピッカー) 個性:小銭泥棒(ワンコインピッカー) 個性:小銭泥棒(ワンコインピッカー) 個性:小銭泥棒(ワンコインピッカー) 個性:小銭泥棒(ワンコインピッカー)ぁあああああ!!」

 

「先生!?」

 

 死柄木弔と荼毘、そしてMrコンプレスが半壊したビルの2階から身を乗り出した。

 

「弔……さ……がれ……ぐっ! 黒霧!!」

 

 オール・フォー・ワンがふらつきながら黒霧に何か叫んだ。

 それどころか膝をついたまま俺に手を向けようとしている。

 その腕が異形のように変形する。

 

 嘘だろっ! 

 これで死なないのか!? 

 脳を毟っているんだぞ!! 

 

 次々とスライスされた奴の脳が俺の手のひらに飛び込んできて、瓦礫の中に溜まっていってるのに! 

 もうとっくに奴の頭蓋骨は空っぽのはずだ! 

 

「まさかっ! 脳を再生してるのか!」

 

 奴の手が震えながらゆっくりと持ち上がり俺に向けられた。

 あの攻撃がまた来る! 

 

 俺の側に而今が倒れているのに! 

 

「やらせるかぁあああ!!」

 

 小銭泥棒(ワンコインピッカー)の速度が跳ね上がった。

 

 奴の頭と俺の手を結ぶ直線上で、奴の脳の欠片が宙を舞いはじめた。

 まるで俺の手が毟り取った奴の脳の欠片を途中で手放しているみたいだった。

 

「おおぉお゛っ!!」

 

 反動なのか俺の手から血が噴き出している。

 激痛が走る。

 だが奴を殺れるならなんでもいい! 

 

小銭泥棒(ワンコインピッカー)ぁあああああ!!」

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 ……気が付いたらオール・フォー・ワンは死んでいた。

 頭部の無くなった死体が半壊した建物の2階の床から垂れ下がっている。

 

 死柄木弔、いやヴィラン連合の姿はなかった。

 

 

「而今!!」

 

 瓦礫の中に埋もれていた而今を掘り起こす。

 

「死ぬな、而今!」

 

 心臓が止まっている而今を、瓦礫の中で必死に心臓マッサージを繰り返す俺の肩を誰かが掴んだ。

 泣きながら顔を上げた俺の目にこの街のヒーローの顔が映る。

 周りを見れば何人ものヒーローが瓦礫の山となった街の一角で次々と救出作業に取り掛かっていた。

 

「ヒーロー! 彼女を! 而今を助けてくれ!」

 

 俺は泣き叫びながら俺の肩を掴んでいたヒーローに縋り付いた。

 

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