怠惰に生きたいだけのヴィランが全てを蹂躙する物語   作:名無し

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第20話 治崎廻 オーバーホール

 フードを深く被った荼毘が街をぶらついていた。

 顔を隠す必要はないとは思っている。

 ヴィラン連合として活動したのは雄英高校夏合宿への襲撃ただ一回のみで、しかもヒーロー側には目撃されてもいない。

 

 要するにまだ面は割れていないのだから隠す必要がない。

 

 だが荼毘は自分の容姿が非常にインパクトのあるものだという自覚はあった。

 荼毘を目にした人間はきっと数年は覚えているだろう。今後の活動で確実にヒーローとやりあうのだから、無暗に目撃情報を残すのはバカのすることだ。

 

 そうやってぶらつきながらも耳に入ってくるのはオールマイトの引退話だった。

 ラジオの声も含めて、道行く人々はその話題で持ちきりだった。

 

 日本どころか世界中のヴィランを怯えさせ、長きに渡って平和の象徴と呼ばれた偉大なヒーローが勇退という形で第一線を退いたのだ。

 

「そりゃ話題にもなるか」

 

 勇退後は雄英高校の教師に専念し後進の育成に力を注ぐというのも更に話題性をあげていた。神野のヴィラン災害がマスコミを大いに賑わしていたが、その災害を引き起こした史上最凶のヴィランは死体として発見されたとマスコミが報道していた。

 

 裏に公安がいるのだろう。

 うっすらとその意図は荼毘にも読める。

 だが読めてもその意図は理解できなかった。

 

 公表などすれば暴れだすヴィランが続出するはずだ。

 

 オール・フォー・ワンのネームバリューはそれほど大きい。

 実物を見たことがあるヴィランならアレに逆らおうとは絶対に思わない。

 その厄介な重しがなくなり、オールマイトまで引退したなら旗揚げするなら今しかないと考える奴が山ほど出てくる。

 

 死穢八斎會もその類だ。

 この機に乗じて組織を一気に拡大する気だろう。

 その野心の核心にあるのがあの薬だ。暴れたいヴィランの立場なら喉から手が出るほどあの薬を欲しがるはずだ。邪魔なヒーローの個性を破壊すればヴィランはやりたい放題できる。

 

 荼毘の本心としては薬と死穢八斎會のことなど正直どうでもよかった。それよりもオールマイトが引退し暫定1位となったあの男の顔が始終脳裏にチラつくのだ。

 燈矢を見捨て、家族の何もかもを投げ捨てそれだけに邁進し、念願の1位になったエンデヴァーの心の内を想像する荼毘の瞳に暗いものが燃え盛った。

 

「くくッ」

 

 体温が危険なほど上昇し始め、皮膚から焦げた匂いが荼毘の周囲を漂い始めた。

 だが皮膚が焦げることなど気にならない。

 自分の命など最早どうでもいいのだ。

 

 ギチッ! 

 

 握りしめた拳から血が一滴垂れ落ちた。

 

「……そうだ。まだ早い。まずは念願だった1位からの景色を楽しむがいい、エンデヴァー。その後地獄に墜としてやる」

 

 2位から突き落とすより1位の立場から奈落の底へ突き落す方がより愉悦に浸れる。

 その意味でオールマイトの引退は荼毘にとって棚ボタ並みに都合がよかった。

 

 エンデヴァーが1位にランキングされたリストを思い出し、あふれ出す憎悪を垂れ流しながら荼毘は辺りをぶらついた。

 道行く一般市民が小さく悲鳴を上げて一歩下がる風景を見ていると、荼毘の頭にゆっくりと冷静さが戻ってくる。

 

 そうだ、まだ燃え尽きるわけにはいかない。

 燃え尽きるのならあいつと同時にでなければならない。

 

「──ふぅ」

 

 息を抜いた。

 

 振りまいていた暴力の気配を引っ込める。

 こんな雰囲気を纏っている奴には誰も近づいてこない。

 

 エンデヴァーを地獄に送る前にまずは薬の売人との接触せねばならない。

 

 ドクターから頼まれた余計な仕事だが、オール・フォー・ワン亡き後、事実上の参謀であったドクターは表も裏も立場は強い。オール・フォー・ワンの死亡が裏社会に浸透していくにつれドクターの力はゆっくりと瓦解していくのだろうが、まだ味方につけておいた方が良い。

 

 その打算の元、荼毘はドクターの指示に従ってこんな街をぶらつき、薬の売人を探しているのだ。

 

 売人の当てはないが、見れば分かる。

 ヴィランというのはある種の空気を纏っているのだ。

 見た目や人相の話ではない。

 凶悪な顔をしながら中身はそうではない人物などいくらでもいる。

 社会性の欠如……ともまた違う。

 ヴィランは犯罪のラインを簡単に踏み越えてくる……のは確かだが、それを特徴というのは少し違う気がした。

 

「……意外と言語化しにくいな」

 

 荼毘は自虐気味に呟きながら周囲を見渡した。

 

 ──らしい奴は見当たらない。

 

 さっきまでの荼毘を目にし、逃げ出した可能性すらある。

 

「通りを変えてみるか」

 

 踵を返し、路地裏から隣の街路へ行こうとした時、突如荼毘の足元に幼い少女が飛び出してきた。

 

「おっと。気ぃつけ……」

 

 年齢の割に長い髪を乱して、おでこの髪の生え際に小さな角の生えた幼い女の子は駆けてきた背後を怯えたように見ていた。荼毘の姿を目にしたはずなのに、それよりも路地裏の方角に恐怖を感じているのだ。

 自慢じゃないが、荼毘の爛れた顔を見た婦女子は初見だとまず悲鳴を上げる。それくらい自己の容姿を客観視できてる荼毘が不審に思うほど、その幼女は背後を気にして追い詰められた表情をしている。

 

 よく見れば幼女は靴を履いておらず裸足だった。おまけに両腕には包帯が巻かれている。

 明らかに普通ではない。

 

 なぜか胸がざわめいた。

 

 らしくないと思いつつも荼毘は地面に膝をつき顔を蒼ざめさせている幼女に話しかけた。

 

「どうした?」

 

 だが、すぐに路地の暗がりから一人の男が現れ、荼毘に強い口調で言い放った。

 

「その娘から離れろ」

 

 ──あぁ、こいつか。

 

 まさかの死穢八斎會若頭、治崎廻本人だ。ドクターから予め渡されたファイルに写真と人物像が入っていたので一目でわかった。

 鳥の嘴のような大きなマスクを付けて顔の下半分を覆い、黒目がやけに小さく冷酷な感じがする。

 

 荼毘から見て治崎廻はまぎれもないヴィランの空気を纏っていた。

 

 なるほど。ラインを簡単に踏み越える、じゃなくてラインの存在すら認識してない。これがヴィランか。見ただけでその為人(ひととなり)が分かる。

 

 荼毘は納得した。自身も同類だが、やはり自分より他人の方が理解しやすい。

 

「あんたの娘か?」

 

「おまえには関係ない」

 

「ずいぶん怯えてるようだが?」

 

 荼毘の指摘に治崎の雰囲気がより固さを増した。

 少し威圧した程度では引き下がらないと察したのか、言い訳のような建前を荼毘に語った。

 

「……きつく叱ったばかりなんでね」

 

「厳しいのはいいが、お前はこの子の目をちゃんと見て叱ってんのか?」

 

 一方で荼毘はというと自分の口から出た言葉で自身にフラッシュバックを起こしてしまう。

 エンデヴァーこと轟炎司が幼い燈矢に課していた厳しい個性訓練の日々が脳裏に蘇り、思わず顔を(しか)める。

 

「壊理、その男から離れろ」

 

 荼毘の傍らで小さくなっていた女の子の背中がビクッと震え、幼くとも整った顔に恐怖が浮かぶ。

 それがまるで幼い日の自分と重なるようで、荼毘は無意識に壊理の肩を優しく支えた。

 荼毘の瞳の中に暗い炎が現れ、手の中の熱量が一気に上昇する。

 

「安心しろ、追い払ってやる」

 

 荼毘の口から普段の自分からかけ離れた言葉が口をついて転がり出た。

 

「……他所の家庭のことに口出ししないでもらいたいね」

 

「あ?」

 

 壊理の怯えた目と、モノを見るような治崎の目が荼毘の……燈矢の心を苛立たせる。

 

「家庭だと? 違うだろ、おまえ、父親じゃねーだろ」

 

「……」

 

 治崎が黙り込み、静かに荼毘を見やった。眼球だけ動かし、周囲の通行人を確認する。

 剣呑な二人の雰囲気を敏感に感じ取ったのか既に人通りはまばらになっていた。

 

 二人と一人の幼い女の子だけの静かな雰囲気の中、治崎が手袋に手をかけた。

 

 治崎がすでに臨戦態勢に入ったのは荼毘にも分かっていた。

 だが荼毘ではなく燈矢の気持ちが迸るのを止められない。

 

「父親なら……子供を見る。どんなクズでもクズなりに子供を見るはずだ。見ていないならお前は父親じゃない」

 

 治崎にではなく、他の誰かに向かって本心を言い放つ。

 そして燈矢が壊理の肩を優しく叩くと、荼毘は治崎に向かって一歩踏み出した。

 

 だがそれと同時に壊理が慌てたように治崎のいる路地裏奥へ駆け出した。

 

「あ、おい!」

 

 燈矢の問いかけに一瞬だけ振り返った壊理の瞳がなぜか荼毘の足を止めた。

 治崎も逃げるのを止めた壊理の姿を見て手袋から手を離す。

 

 油断なく荼毘を視界に入れながら治崎がゆっくりと後退し壊理の後を追う。

 路地裏の暗がりに消えていく二人を見送った荼毘は、しばらくの間その場から動けなかった。

 

 

 

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