怠惰に生きたいだけのヴィランが全てを蹂躙する物語   作:名無し

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第21話 引退式

「私が~~来た!!」

 

 ズズゥンッ!! 

 

 はるか上空からステージ中央にオールマイトが見事なヒーロー着地を決めた。

 右拳をステージにめり込ませ、膝と足での三点着地だ。

 オールマイトほどの巨体が決めると映えに映える。

 

「うぉおおおおおおおおっ!!」

 

 地響きが伴うほどの高空からの自由落下で、オールマイトが衝撃と共にステージ中央に現れると会場である日本最大のスタジアムに集っていた観客が一斉に沸いた。人の感情が音圧となって空気をビリビリと振動させる。

 

 身長2m20cm。見事にカッティングされた筋肉が青を基調としたユニフォームに浮かび上がり、特徴的な金髪の触覚を反り返らせながら、トドメとばかりに安心感をもたらすオールマイトスマイル。

 

 フロントリラックスのポーズからくるりと一回転してダブルバイセップスのポーズを決めたオールマイトに観客から悲鳴のような歓声が放たれる。

 

「オールマイト! オールマイト! オールマイトォ!!」

 

 舞台演出用のレーザー光が乱舞しステージ上を眩く染めるが、オールマイトの存在感がその遥か上を行く。

 

 

 平和の象徴の最後の雄姿を見ようと、スタジアムの中はギッチギチになるほど人々が押し寄せていた。当然入りきれるわけがなく外にまで人が溢れている。

 

 ステージに設置された巨大スクリーンにはオールマイトのデビュー戦から、最近の活躍まで記録に残っている動画の中でも最高の見せ場をピックアップしたものが流され始めた。中には未公開動画もあって、コアなファン層はその動画を見ながら涙を流していたりする。

 

 そんな観客の中には雄英高校の生徒たちの姿もあった。

 生徒たちの多くは複雑そうな表情を浮かべていたが、中に明らかに顔つきの違う生徒たちも混じっている。強い決意を感じさせる者たちもいる。1年A組、B組の学生たちがそうだ。夏合宿での出来事が彼らから学生気分を完全に剝ぎ取ってしまった。

 

 多数のクラスメイトが重傷を負い、一人が死亡した上、防衛行動とはいえ襲ってきたヴィランを死亡させたのだ。この極めて重く悲痛な経験を経て、彼らは学生気分で、ヒーローの卵でい続けることはできなかった。このオールマイトの引退式の意味も誰に教わるでもなく全員が理解していた。

 

 他ならぬ彼らを守るためだ。

 数十年に渡りこの国を守り続けた平和の象徴が引退するのだ。そんなオールマイトが教鞭を執る雄英高校を非難できるマスコミなど存在しない。一種の聖域化だ。

 

「平和の象徴! オールマイトォ!!」

 

 司会役のプレゼントマイクがマイクパフォーマンスで絶叫する。

 いつものノリではない。

 このオールマイトの引退式は複数の意図が込められて開催されている。

 悪ノリしてしまうとその意図が全部ひっくり返りかねない。

 

 プレゼントマイクと掛け合いながらオールマイトが過去の思い出を語り、更にはユーモアたっぷりの裏話まで披露するのでスタジアム会場が沸きに沸く。

 会場はそんなプレゼントマイクとの軽妙なトークで会場は沸き続けていたが、その掛け合いの合間のようなタイミングでトランペットを主体とした音楽が鳴り響き、ステージ上の雰囲気がわずかに引き締まった。

 

 司会のプレゼントマイクが、頷きながら幾分か改まったトーンで会場に告げる。

 

「さあ、皆! ここで、我らがオールマイトへ、この国からの最大の敬意を表する時間がやってきたぜ! 長年にわたる計り知れない貢献に対し、国民栄誉賞が授与されるんだ! イェェェェェイ!!」

 

 プレゼントマイクのシャウトに、会場からは割れんばかりの拍手と歓声が再び巻き起こる。

 ステージ袖にスポットライトが当たり、首相が数名の政府関係者と共に厳かな面持ちで現れた。

 大臣はゆっくりとステージ中央に進みオールマイトと向き合う。

 オールマイトの巨躯と並ぶと首相が一層小柄に見える。

 

 首相はマイクの前に立つと、会場を見渡してスタジアムの観客の興奮が少し収まるのを待ってから語り始めた。

 

「我が国の、そして世界の平和の象徴オールマイト殿。本日貴殿に日本国政府そして全国民を代表して国民栄誉賞を授与できますことをこの上ない誇りに思います」

 

 首相は一度言葉を切り、オールマイトを真っ直ぐに見据えた後破顔する。

 

「あなたがデビューしてから今日まで、この国がどれほどあなたに救われ、勇気づけられてきたか万の言葉を費やしても語れないでしょう。人々はあなたの姿に希望を見出し、あなたの笑顔に安心を覚えました。あなたが『私が来た!』と宣言すれば、どれほどの絶望的な状況にあっても、必ず夜明けが来ると信じることができたのです。この功績は我が国の歴史に永遠に刻まれることでしょう」

 

 首相の言葉に会場のあちこちからすすり泣きが聞こえ始める。

 ステージ上の巨大スクリーンには瓦礫の中から人々を救い出すオールマイトの姿や凶悪なヴィランを打ち破るオールマイト、そして子供たちに笑顔で手を振るオールマイトの姿が映し出されている。

 

「あなたの勇退は我々にとって大きな寂しさをもたらします。しかし、あなたが灯してくれた希望の光は決して消えることは無いと信じています。それはこの会場にもいる若いヒーローたちへ、そして全ての国民の心へと受け継がれていくと確信しております。オールマイト、長きにわたり、本当に、本当にありがとうございました」

 

 オールマイトに深く頭を下げる首相の姿にスタジアム会場の観衆全員が拍手をし始める。

 そして賞状と記念の盾が首相からオールマイトへと手渡された。

 

 オールマイトは受け取る時だけ少し照れたような表情を一瞬浮かべながらも、会場に向けていつもの最高の笑顔でそれを受け取った。

 

「……ありがとうございます、首相。そして、市民の皆さん」

 

 会場が水を打ったように静まり返り、全ての視線が彼に注がれる。

 

「この賞は、私一人の力で頂いたものだとは、決して思っていません。共に戦ってくれたヒーローたち、支えてくれた警察関係者の皆さん、そして何よりいつも私を信じ、応援してくれた市民一人ひとりの想いがこの形になったのだと思っています」

 

 オールマイトは会場全体をゆっくりと見渡した。

 

「私がヒーローとして活動できたのは皆さんの助けを求める声があったからです。そしてその声に応えたいという一心で私はここまで走り続けることができました。確かに私は今日で第一線を退きます」

 

 握り拳を作り、腕の筋肉がぐっと盛り上がる。

 

「勇退には早すぎるという声があるのも知っています。だが次代を担うヒーローを鍛え上げるのも私の大事な役目ではないのかと最近は強く思っているのです」

 

 オールマイトが雄英高校の生徒たちがいる一角に向けて笑いかけた。

 

 雄英高校の生徒たちは皆その視線を受け止めたようだった。

 最高のヒーローが自分たちに次の時代を任せると言ってくれているのだ。

 

「市民の皆さん、どうかこれからもヒーローたちを支え応援し続けてください! そして、皆さんも、誰かのヒーローであってください! 長い間、本当にありがとうございました!!」

 

 オールマイトが高らかに右の拳を突き上げると会場のボルテージは最高潮に達し、万雷の拍手と「オールマイト」コールがドーム全体を揺るがした。

 

 しばらく続いたオールマイトコールもやがてゆっくりと落ち着いてくる。

 時間が経つにつれ、ドーム会場内の雰囲気がしんみりしたものに変わっていく。

 

 数十年に渡りこの国の平和を支えた傑物が今日引退してしまうのだ。

 オールマイトを頼もしく思っていたファンほど寂しさを感じてるのだろう。

 

 そして同時に不安に心が震えるのだ。

 オールマイトがいなくなった後のことを。

 

 

「……さて」

 

 眩いスポットライトがオールマイトを唐突に照らした。

 そして芝居っ気たっぷりにオールマイトが片腕を突き上げる。

 

 ゴゴゴ……。

 

 ステージを割って下から巨大な鉄柱がせり上がってきた。

 小さなビルほどもある鈍色をした鉄の塊だった。

 

「私は今日をもってヒーロー活動から退き勇退する。きっと次のヒーローに期待し信じている市民の皆さんでも不安を全く感じない方はいないだろう……だがっ!」

 

 振り上げた拳をアッパーカットのように巨大な鉄柱に叩きつけた。

 巨大な鐘のように鈍い、そしてひどく巨大な金属音を響かせて鉄柱が真上に跳ね上がり夜空に消えていった。

 

「オオオオオッ!?」

 

 オールマイトのパフォーマンスに会場が一斉にどよめいた。

 そして優に一分以上経過してから鉄柱がソニックブームを纏いながら落下してきた。

 

 すさまじい衝撃音と共に鉄柱がステージに突き刺さり、スタジアム全体が地震のように縦に揺れる。

 

 空気を切り裂く音が落下後に伝わってきた。

 物好きな観客が落ちてくるまでの時間を計算し、鉄柱が10km以上上空まで吹き飛んだ後、音速を超えて落下してきたんだと言って騒いでいる。

 

「確かに私は表舞台から去るが、引退ではなくただ控室に移動するだけだと、この場で皆さんに伝えたい。必要があれば私はいつでも戻ってくる!」

 

 オールマイトの宣言に観客が足を踏み鳴らして沸き立った。

 

「だが、その必要はないだろう。なぜなら彼がいるからだ!!」

 

 ステージの袖からエンデヴァーが現れた。

 燃え上がる炎がエンデヴァーから立ち上る。

 

「ヘルスパイダー!!」

 

 ステージ上にそびえ立つ半壊した鉄柱を、炎で切り刻みたちまち焼き尽くしていく。

 

「彼こそは私の後にNo1ヒーローとなるエンデヴァーだ。彼を支え、応援してやって欲しい!」

 

 オールマイトからNo1の座を引き継ぐ男の力強いデモンストレーションだった。

 観客は新しい時代の幕開けをその目に焼き付けるのだった。

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「とんだ茶番だったな」

 

 ドカッと椅子に腰を掛けたエンデヴァーがオールマイトを睨んだ。

 

「すまないね、エンデヴァー。こんなイベントに付き合って貰って」

 

 スタジアムの関係者控室に戻ってきたエンデヴァーにオールマイトが声をかけた。

 

「まったくだ。だが、一先ずこれで貴様が狙われているという可能性はかなり減ったわけだな。公安の連中、貴様をまき餌に使うとか市民に被害が出たらどうするつもりだったんだ? 貴様も貴様だ、オールマイト。こんなイベントよく承知したな」

 

 エンデヴァーが忌々しげに言う。

 オール・フォー・ワンを倒した正体不明の存在――公安はその存在が次にオールマイトを狙う可能性が高いと踏んだらしい。

 

 今日の「引退式」の裏の目的がそれだ。

 これからオールマイトはヒーロー活動を勇退し、雄英高校で教師に専念し表舞台から去る。

 引退式は言わば最後の露出機会だ。

 その存在とやらがオールマイトを襲撃するつもりならこの機会は逃せないはずだった。

 

「オール・フォー・ワンを倒したほどの力を持つ以上、次に狙うのは私である可能性が高いと公安は判断したんだ。そして、私自身も……その可能性を否定できなかった。それに君もいたし、ホークスやミルコ、多数のヒーローを会場内外に配置させて、万全の態勢は敷いていたからね」

 

「……そいつはそんなに危険なのか?」

 

「分からない」

 

「分からない?」

 

「そうだな、少し話をする前に君には見せておこうか。あまり驚かないでくれよ?」

 

 ボヒュ。

 

 意味ありげに笑うオールマイトから唐突に湯煙が立ち上る。

 

「うぉ!? おぉおおおおおッ!? おっおっおぉッ!?!?」

 

 反動で椅子から転げ落ちたエンデヴァーがぶるぶると震える指でトゥルーフォームを解いたオールマイトを指差した。

 

「おぉおおおおおおぉおおッ!?」

 

 尚も叫び続けるエンデヴァーをオールマイトが苦笑いしながら窘める。

 

「いや、驚きすぎだエンデヴァー」

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「私のことを殺せる一般人をイメージできるかい?」

 

 痩せこけたオールマイトの問いかけにエンデヴァーは首を横に振った。

 

「私は5年前、オール・フォー・ワンと戦って……大ケガを負い、結局奴には逃げられた。相性があるかもしれないが、AFOを殺したその人物がヴィランなら……AFOを殺せるほどの力の持ち主なら望めばなんでも手に入るだろう。願うことはほぼ全てが叶うはずだ。それほどの力なんだよ、AFOを倒せる力というのは。もしヒーローをしていたなら、とっくに最高のヒーローとして世界中に名前が轟いているだろうね」

 

「貴様のようにか? オールマイト」

 

「私以上にだ、エンデヴァー」

 

 オールマイトが断言する。

 

「そんなヒーローはいないからヴィランだと決めつけてる訳か」

 

「少なくとも公安はそう考えてるみたいだね」

 

 エンデヴァーがオールマイトをじろりと睨む。

 

「貴様は違うと言いたそうだな」

 

「……公安の言うようにヴィランだとしたら、無名のまま雌伏しつつ個性を鍛え上げ続けていたか、極めて強力な個性を生まれ持っていたことになるが……違うような気がするんだ」

 

「根拠は?」

 

「勘のようなものかな」

 

「ヒーローでもなくヴィランでもないとしたら、では何だ? 一般人だとでもいうつもりか? 神野でたまたまAFOと遭遇した一般人が悪の帝王とやらをぶちのめして殺したということになるぞ」

 

 オールマイトが困ったような表情を浮かべる。

 

「そこなんだ。だから君に聞いたんだ。私を殺せる一般人をイメージできるかいって」

 

「ないな。どんな強力な個性を生まれ持ったとて、個性を日々使いこなし鍛え上げなければ話にならん」

 

「やはり君も一般人ではあり得ないという意見か」

 

 オールマイトが頭の中を整理するように椅子にもたれかかる。

 

「ヴィラン、本当にヴィランなのか。それほどの力を持ちながら無名のまま公安にも認知されていないなどあり得ないと思うんだ」

 

 トントンとテーブルを指で叩く。

 

「いや、逆か。考える方向が逆なのか。一般人ではなく、一般人のようなヴィラン。仮に……目立たないように日陰で生きているような……もしくは……世界をひっくり返すほどの力を持ちながら安アパートで暮らし、コンビニ弁当で満足してしまうような極めて欲の薄い……そんな人物がたまたまAFOと出会い、ぶちのめして殺す」

 

「ブハッ」

 

 エンデヴァーが耐えきれずに噴き出した。

 オールマイトが苦笑いしながらその様子を眺める。

 

「うん、やっぱり違うか。出来の悪いペーパーバックのような小説が現実にあるわけがない、かな」

 

 そう言ってオールマイトは笑った。

 

「頭を使うのは貴様には向いてない」

 

「そうだね。相澤君の方がきっと向いているだろうね」

 

 

 

 控室で二人は向かい合って座ったまましばし沈黙する。

 

「……公安の予測は外れた。オールマイト、貴様はこれからどうするんだ?」

 

「教師を続けるさ。次世代のヒーローを育てるのも意外と性に合ってる」

 

 エンデヴァーは先ほど服をまくって見せられたオールマイトの古傷を思い起こしつつ訊ねた。

 

「勇退は撤回できないのか?」

 

「さっき説明したように私は日々弱くなっていってる。正体不明の存在に今日なら勝てても1ヶ月後なら負けるかもしれない。多分、騙し騙しあと半年か……1年くらいはヒーロー活動はできただろうと思う。だが、ヒーロー活動中正体不明のヴィランに襲われて、もし負けてしまえば最悪の事態になる」

 

「平和の象徴がヒーロー活動中にヴィランに負ければ世界中に激震が走る、か。オールマイトが負け、悪の帝王とやらが死んでいるとなれば世界中のヴィランが活発に活動し始めるという公安の予測はもう聞いたよ。イレイザーヘッドがAFOの死亡を公表しろと言った理由も理解できた。AFOの死が公表されたらむしろ慎重な大物ヴィランは疑心暗鬼になって動けない、とな」

 

 エンデヴァーが大きなため息をついた。

 心の整理が追い付かない。

 

「貴様が勇退するというのも納得は、……した」

 

 床を見ながら首を振るエンデヴァーを申し訳なさそうにオールマイトが見つめている。

 

「君が私を目標にしていたのはもちろん知ってる。私はNo1を目指してヒーローをしていたわけではないが、君が割り切れない理由も分かるつもりだ」

 

「俺は誰よりも強くなりたかった。二十歳になる頃にはNo2に登りつめた。登ってきたからこそ……理解してしまった。No1にはなれないと」

 

「…………」

 

「貴様を超えるのは息子の焦凍に託したつもりだった」

 

「君の息子さんを預かってるから、ある程度事情は知ってる」

 

「……今更……こんな譲られる形でNo1になれだと?」

 

 オールマイトのエンデヴァーを見る目がふっと和らぐ。

 

「焦凍くんに託した後も君は努力を続けていたじゃないか、エンデヴァー。今もだ。今日のあの技、初披露だろう? 鍛えに鍛えて常に強く在ろうとする君はNo1に相応しいと思う」

 

「ただ、強く在りたかっただけだ」

 

 そんな不器用なエンデヴァーを見てオールマイトが微笑む。

 

「私は結局家庭を持たなかったが、結婚していたとしたらまともな父親にはなれなかったと思う。私の勇退が発表されてから、エンデヴァー……君が変わろうとしていると焦凍くんが言っていた」

 

「焦凍が?」

 

「強く在りたいと君は言ったが、昔と今、何のために強く在りたいのか。その理由は変わってきてるんじゃないか?」

 

「…………知った風な口を」

 

「私にはできなかったことだ、エンデヴァー。誰かの為に強く在りたいと願う理由はきっとシンプルで君はもう自分で分かっているだろう?」

 

 

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