怠惰に生きたいだけのヴィランが全てを蹂躙する物語   作:名無し

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第22話 轟炎司 エンデヴァー

「雄英生なら状況は理解してるな?」

 

 エンデヴァーは息子の焦凍、そして爆豪、緑谷の三人を前に短く語った。

 オール・フォー・ワンは死亡し、オールマイトは勇退した。

 

 頭が回る慎重なヴィランや、AFOの悪辣さをよく知っている強力な古株のヴィランは潜んだままだが、チンピラ連中が暴れ始めた。

 夏以降、ヴィラン犯罪が激増し始め今も一向に減る気配がない。

 大規模なヴィラン犯罪こそ発生してないが、ヒーローたちは頻発するヴィラン犯罪の対応に忙殺される状況が続いている。このままではいずれもたなくなる。

 

「学徒動員というわけではないが、お前たちは既に仮免を取得している。仮とはいえ免許があるのであればお前たちは既にヒーローだ。市民が安心して暮らせる社会に向けて尽力しなければならない」

 

「はい」

 

 三人が頷く。

 

「ヴィランを撃退すること。災害から市民を避難させ、もしくは救助すること。我々ヒーローがなすべきことは多岐に渡るが基本は同じだ。だが個性が千差万別であるように俺のやり方をそのまま教えたところで、お前たちには真似できん」

 

 真似ができるはずの息子に一瞬だけ目を向ける。

 

「お前たちが今、ヒーローとして抱えている課題は聞いた。その上で言う。俺についてこい。見て学べ。そして経験を積め。個性の使い方は教えてやれないがヒーローの経験を積ませてやる。お前たちの課題は経験を積むことで克服できる」

 

 そう言い放つとエンデヴァーは事務所の出口に向かって歩き始めた。

 慌てて付いていく三人。

 

「いいか、山のごとく経験を積み上げろ。常に並列思考でだ。それで自分の個性をどう活かすのか自分の頭で考えろ」

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 ドォッ!! 

 

 先行した一瞬の光に反応してエンデヴァーが動き出し、一拍遅れて爆発音が伝わってくる。三人が爆発音に気を取られてその方向に頭を向けた時には、すでにエンデヴァーがはるか先を行っており、慌てて三人はエンデヴァーの後を追う。

 

「遅い!」

 

 エンデヴァーから叱咤が飛ぶ。初動のコンマ以下の遅れが距離となって現れる。

 既にエンデヴァーは30m先を進んでいる。

 

「すごい反応の速さだ。それに足から炎を噴き出して推進力にしてる。あんな移動技、エンデヴァーは使っていなかったはずだ」

 

 OFAフルカウル状態で後を追う緑谷が呟く。

 

 爆発音はヴィラン犯罪ではなく、ただの交通事故だったが、エンデヴァーは事故車の中の人を救助し手際よく応急手当を行った。後ろから追いかけていただけの三人に出番はなかった。

 

 駆けつけた警察と救急車に事務所所属のサイドキックが対応する中、エンデヴァーはすぐにパトロールに戻る。

 

 5分後、そして1時間後、事件が起こる度にエンデヴァーは誰よりも早く駆け付けヒーローとして活動する。

 

 今までずっと見てきたオールマイトとは違う。だが間違いなくトップヒーローとしての活動だ。

 

「すごい、これがエンデヴァー」

 

 オールマイトと違う凄みがある。

 このヒーローから学べることに緑谷が強張った笑みを浮かべる。

 

「…………」

 

 轟焦凍は無言だったが、ヒーローとして現場で活動するエンデヴァーの姿を見るのはこれが実質初めてだった。

 エンデヴァーのことを父親としての側面でしか見ていなかったことに改めて気づき、雄英高校の生徒として仮免を取得し、ヒーローとして卵から孵ったばかりのヒナでしかない自分との隔絶した実力に無言にならざるを得なかった。

 

「くっそ速えな、だがコツは掴んだ。明日は抜いてやるよ!」

 

 爆豪がいつものようにイキっている。

 だがその瞳の色は以前とはもう違う。

 

 夏の合宿でかけがえのないクラスメイトが一人死んだ。

 それに相手から襲ってきたとはいえ、ヴィランを死亡させてしまった。

 

 このことがA組、B組の生徒全員の心に消えない傷として刻まれてしまっている。

 悔み、悩み、落ちるところまで沈み込んでようやく前を向けるようになったのはつい最近のことだ。

 

 この重い経験は彼らの学生気分を完全に吹き飛ばした。

 

 甘い意識と半端な強さは敵も味方も殺してしまう。

 ただ強いだけでは、本当に強くはなれないという気持ちがあの日から強くなり続けている。

 

 それに一部のマスコミは生徒から死者を出した雄英高校のスタンスを批判する記事を今も出している。

 神野のヴィラン災害で市民の注目は確かに逸れはしたが、雄英批判が大きな流れにならなかったのはオールマイトが勇退し、雄英高校の教師に専念しているからだ。

 

 ──守られている。

 

 それは自分たちがまだ子供だからだ。

 その事実が心の奥底で熾火のようにくすぶり続けている。

 

 三人は今エンデヴァーの下で一足飛びに大人になろうとしていた。

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 エンデヴァーの自宅。

 誰もいない静まり返った部屋で轟炎司は仏壇の前で手を合わせた。

 

 目をつむり燈矢のことを思う。

 

 ヒーローとして息子の焦凍を指導しながら、むしろ思い出すのは燈矢のことだった。

 焦凍を指導しながら、あり得たかもしれない燈矢に指導する日々を夢想してしまう。

 

 父を追いヒーローに憧れたが、冷の体質を受け継いでいたのが発覚し、ヒーローになるのを諦めさせようとした……今は亡き息子の燈矢。

 

 長年焦がれ続けた1位にはなった。

 

 だが1位の座は勝ち取ったものではなく、譲られたものだった。

 情を捨て、家族を捨て、自分すら捨てて邁進した先に1位の座はなく、見上げるほどの高さの壁を結局自分で超えることはできなかった。

 

 得られた1位の座から見た景色は心を満たしてはくれなかった。

 だが高い位置から見た景色の中に、自分が辿り、人として親として大切なものを捨ててきた男が突き進んできた哀れな道程がよく見えた。

 

 

「燈矢」

 

 得てしまった1位の座からは銀紙を噛むような後悔の味しかしなかった。

 燈矢を死なせ、()を傷つけ、焦凍の気持ちを無視し、夏雄と冬美を顧みず、家庭という場所すら積み上げることができなかった男がヒーローのトップに立とうなど、狂った夢を見ていたようだ。

 

 頂点に立たされた今、自分の罪がよく見えた。

 嘔吐した時のような苦い味が口腔内に広がる。

 

「……燈矢」

 

 瀬古杜岳で一人焼け死んだ息子の顔が脳裏に浮かぶ。

 あの日の燈矢の顔がなぜかより鮮明に思い出せてしまう。

 

「そうだな、すべては自業自得か」

 

 こんな男がNo1ヒーローなのだ。

 昔の自分ならきっと自分自身を罵倒していただろう。

 

「向き合わねば……ならん、な」

 

 どこまでも不器用で、自分にも他人にも厳しすぎた男は己を許すことができなかった。

 だが逃げ出すことはできない。

 オールマイトに託されたのだ。

 自分の両肩に市民の平和だけではなく、ヒーロー全体の信頼がのしかかっているのが分かる。

 

「重いな……」

 

 1位になろうと足掻いていたときは、ヒーロー全体の信頼を自分が支えなければならないことを理解していなかった。

 だがNo1ヒーローとして、オールマイトとは違うふさわしい姿を示し、同時に父親としての罪を贖わねばならない。

 

「そうだな……明日、冷のところへ、病院に行ってみるか」

 

 夫としての罪も贖わねばならない。

 たとえ遅きに失していたとしても。

 

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