怠惰に生きたいだけのヴィランが全てを蹂躙する物語 作:名無し
「大分冷えてきたなぁ……」
朝5時にアパートを出て、保須市にある大手流通事業会社の物流倉庫に向かって歩く。
既に夏は終わり、秋の気配が色濃くなってきた。
これだけ朝が早いともう寒さを感じるほどだ。Tシャツで過ごせる季節はもう終わったというわけだ。
朝靄の中、物流倉庫への道を歩きながら背後にいつもの人の気配を感じる。
神野ヴィラン災害のあの日からすでに数ヶ月がたとうとしているのに、まだ疑いは晴れていないらしい。公安というのは随分暇な組織だ。
「まあ犯人は俺なんだけどな……」
口も動かさず小さく呟いた。
下手に口を動かして読唇術とか使われたら目も当てられない。
喋らなければ良いだけだが、而今と過ごしたあの日々が眩しすぎて、むっつりと黙り込んで過ごすというのが今ではできなくなってしまった。
「……まったく、お前のせいだぞ、而今」
やがて、巨大な倉庫が並んでいる一角に辿り着いたので、ゲートの前で入館証を兼ねている従業員カードをセンサーにかざした。ピーという電子音の後に解錠され扉が開く。施設の中に入れば尾行している奴もさすがに中までは入ってこれない。
「よお、帑鹵。おはようさん。今朝も早いな」
「おはようございます、猪木主任」
このやたら気さくな猪木主任は帑鹵の上司にあたる。人型のイノシシのような体型をしていて、腕や足は丸太のように太い。
で、その太い手で帑鹵の背中をバンバン叩き、就業経験ゼロである意味ニートだった帑鹵を根気よく指導してくれた。合言葉は「気合があればなんとかなる」だった。
更衣室でユニフォームに着替えると、
「帑鹵。今日お前はNo3からNo6までのトラックバースが担当だ。2番のフォークリフトを使え」
「了解です」
相変わらず猪木主任は今日も帑鹵の業務内容まで把握してきっちりと指示出ししてくる。
ありがたいが、少々暑苦しくもある。
「今日は昼までに40ロット分が到着するからな。全てC倉庫へ運び込んでそこでデバンニングするぞ」
「うげぇ……」
さすがに多すぎだろ。
従業員を殺す気かよ。
「あ、そうだ。帑鹵。お前今日は昼で上がりだろ? やっぱ神野ヴィラン災害の例の彼女の見舞いか」
「そうです」
「そうか……。早く元気になるといいな、お前の彼女」
「ありがとうございます。でも、あいつちょっと寝坊助なんで俺を焦らして楽しんでるんじゃないかなって最近思うんですよ」
「はは、そうか。まあそれくらいの気持ちでいた方が良いんだろうな」
そういうと猪木主任は1番フォークリフトに乗って担当のトラックバースに移動していった。
◇◇◇◇◇◇
「よいしょお!!」
最後の荷物を配送ベルトに乗せる。
これで今日の仕事は終わりだ。
長時間の肉体労働で両腕がパンパンに膨れ上がってる。
この数ヶ月で腕が大分太くなってしまった。やっぱ俺の年齢で肉体労働やると筋トレと同じだな。
太くなった両腕にはミミズ腫れのような傷跡が走っている。
ユニフォームを脱ぎ、倉庫を出ると秋の日差しが温かかった。
背後で人の気配が動いた。
出待ちか。
ご苦労なこって。
俺から200mは離れてるから、普通の奴なら尾行に気づけないだろうな。
多分感覚強化系の個性か。俺の個性とちょっと似てる。
「個性:
……やはり反応はない。
「やっぱり死んでるよなぁ……うん、死んでるはずなんだよ、頭抉り飛ばしてやったし」
あの日から本当の意味では
嫌な予感がして使えなかったのだ。
肉眼で
そして一度
だが新たに目標を捕捉しなおしたら、前の目標は
一度にひとつだけ。これが俺の
あの日から俺の
そして時折こうやって
……
オール・フォー・ワンはもういない。
奴は頭を失って倒れて死んだ。
どこにも
……はずだ。
自分の個性
だが、俺の中の而今がNoと叫んでいる。
何度も何度も夜を共にして、繰り返される未来余地の夢の中で、あいつの欠片が俺の中に残って、俺に危機を叫んでいるような気がするんだ。
◇◇◇◇◇◇
公安の尾行者を引き連れたまま保須総合病院までやってきた。尾行者を撒いたりしない。そもそも俺は尾行に気づいてないし、ここにはよく来てるしな。
総合案内所で名前と要件を伝え、而今の病室に向かう。
前は集中治療室で面会謝絶だった。
医者から多分助からないと告げられもした。
しばらくして目的が治療から延命に切り替わった。
だがそんなある日急に危機的な状態を脱し、今は一般病棟のベッドにいる。
まるで誰か他の人の命が注がれたような劇的な回復だった。
「よお、而今。帑鹵だ、一週間ぶりだな」
病室に入り、ベッドに横になっている而今に話しかけた。
緑がかった髪に一房の金色の髪が混じり、少し吊り目で気が強そうな少女は話しかけたのに返事をしてくれない。
一週間顔を見せなかったので臍を曲げているのではない。
まだ目覚めていないのだ。
あの日からずっと。
「おい而今、お前が寝ている間に俺は17歳になったんだぜ? お前が目覚めるっていう誕生日プレゼントを期待してたんだがな、肩透かしってひどくねーか?」
病室の椅子に腰かけ、眠り続ける而今に最近あったことを喋っていく。
「最近は大分慣れたんだけど倉庫の仕事ってさ、給料安いんだよ。まあ上司はいい人だけど、こんな仕事続けてたら筋肉ダルマになっちまうよ。ちょっと触ってみるか? 結構腕に筋肉ついたんだぜ?」
眠ったままの而今に一方的に話し続け、やがて窓の外に綺麗な夕焼けが広がり始める。
「…………ふぅ」
一息つく。
喉が枯れちまった。
「なあ……俺の中のお前がさぁ、ずっと無言で叫んでるんだよ。言いたいことがあるんだろ? 直接言えよ、ちゃんと聞いてやるからさ」
「…………」
椅子から立ち上がりベッドで眠る而今の側に立つ。
彼女の緑がかった髪にそっと触れてみる。
額、頬、唇。
指先を滑らせる。
彼女のどこにももう傷はない、ちょっと跡が残ってるが綺麗に治っている。
「この……寝坊助め」
片手でちょっと自分の顔を拭う。
もう面会時間は終わりだ。
肩を竦めて俺は病室を出た。