怠惰に生きたいだけのヴィランが全てを蹂躙する物語   作:名無し

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第25話 轟炎司 父親

「何でだ!!」

 

 爆豪勝巳が轟家の屋敷の門を超えたあたりで絶叫した。

 

「姉さんが飯食べに来いって」

 

 焦凍が平然と答える。

 爆豪のテンションにはもう既に慣れている。

 

「何でだ!!」

 

「友だちを紹介してほしいって」

 

「今からでも言ってこい。やっぱ友だちじゃなかったってよ!!」

 

 爆豪のあまりの言いように、緑谷もさすがに窘めはじめた。

 何しろインターンの指導を受けているエンデヴァーと一緒に帰宅しているのだ。

 

 玄関の扉を開けると、パタパタという足音とともに轟家の長女の冬美がエプロン姿で現れた。

 焦凍の姉に相応しい美貌の持ち主が満面の笑顔で出迎えてくれる。

 

「忙しい中、お越しくださってありがとうございます」

 

 一礼してすぐに自己紹介に移る。

 

「初めまして。焦凍がお世話になっております。姉の冬美です!」

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 轟家の和室の客間には大きなテーブルが置かれ、その上には中華メインの料理が並んでいた。油と香辛料、そして料理の匂いが部屋に充満して、来客である爆豪や緑谷の鼻腔をくすぐった。

 

 上座に轟家の当主である炎司が座り、炎司から見てテーブルの左側に冬美、夏雄。向い合せで爆豪、緑谷、焦凍が座る。

 

「食べられないものあったら無理しないでね」

 

 この夕食会は冬美が企画して料理も冬美が作ったものだ。

 割と強引な誘いであった自覚はあったのか、来てくれた爆豪と緑谷に優しく微笑む。

 

「どれもめちゃくちゃ美味しいです!」

 

 緑谷が箸を運びながらすぐにフォローする。

 

「この竜田揚げ、味がしっかりしみ込んでるのに衣はザクザクで仕込みの丁寧さに舌が歓喜……」

 

「うるせェんだよ! 飯まで分析すんな!」

 

 緑谷の美味しいという評価に夏雄も熱々の春巻きを口に運びながら答える。

 

「そらそうだよ。お手伝いさんが腰やっちゃって引退してからずっと姉ちゃんが飯作ってたんだから」

 

「ホエー、なる程」

 

「夏もつくってたじゃん、かわりばんこで」

 

 会話を弾ませようと冬美が夏雄を持ち上げる。

 

「え!? じゃあ俺も食べてた!?」

 

 知らずに兄の夏雄の作った手料理を食べてたのかと、焦凍が尋ねる。

 

「あーどうだろ? 俺のは味付けが濃かったから……」

 

 夏雄は答えつつ上座に座るエンデヴァーに意味ありげな視線を送る。

 

「俺の作った飯は食べないようにエンデヴァーが止めてたかもな」

 

「──」

 

 父親の炎司のことをヒーロー名で呼び、皮肉のこもった発言に食卓に緊張感が走る。

 冬美はテーブルの陰で夏雄の足を抑え無言で圧迫しながら笑顔を崩さない。

 

 この夕食会はなんとしてでも成功させたいのだ。

 

「焦凍は学校でどんなの食べてるの?」

 

「学食で」「気づきもしなかった……今度」

 

 タイミング悪く、焦凍と炎司の声が被る。

 

 炎司のその言葉に夏雄の顔が曇った。

 焦凍に食べないように指示するとか以前の問題だったというわけだ。

 夏雄が食事を作っていることに気づきもしていなかったのだから。

 

 見当はずれの皮肉を言った自分がますます惨めに感じてしまう。己に対しこの父親は欠片も興味を持っていないのだ。燈矢兄が死んだときから何も変わってなどいないのだ。

 

 改めて痛感する。

 もう無理だと夏雄は感じた。

 

「……ごちそうさま」

 

 立ち上がる。

 こんな場所にこれ以上いられない。

 

「夏!」

 

 冬美が泣きそうな顔で止めようとする。

 

「席には着いたよ、もういいだろ?」

 

 姉がこの家族をやり直したいと願っていることは知ってる。

 知ってるから気持ちを押し殺してこの夕食会に参加した。

 

「夏くん! せっかくみんな来てくれたのに」

 

「夏雄」

 

 炎司が息子の名前を呼ぶ。

 

「話しかけんなよ! 今更普通に父親ヅラすんな! 母さんをあんなにして、燈矢兄を殺したあんたが!」

 

「夏くん!?」

 

 冬美の悲鳴のような声が響く。

 

「うるせえ!!」

 

 夏雄は叫んだ。

 感情の整理がつかないまま夏雄は部屋を飛び出した。

 

 バンッ!

 

 廊下を走る音がして、その後玄関の扉が乱暴に閉められた。

 

「夏くん……」

 

 冬美が泣きそうな顔をして後を追おうと立ち上がった。

 だがその肩に炎司の手が乗せられ制止する。

 

「待て、冬美」

 

「でも!」

 

「……いや。ここは俺が行かなくてはならない」

 

 炎司は箸を置き、静かに立ち上がった。

 間違い続けるのはもう十分だ。

 

「緑谷、爆豪、すまない。席を外す」

 

 それだけを告げ、轟炎司は息子の後を追って家を出た。

 

 

 

 

「──夏雄ッ!」

 

 轟炎司は屋敷の門から前の道路に飛び出した。

 全力で駆けているわけではないだろうから、まだ近くにいるはずだ。

 

 左右を見渡す。

 

 住宅街の一区画ほど離れた場所で街路灯に照らされて立っている青年の姿が見えた。

 立ち止まっているようだ。

 

 父親として間違え続けた自分が、どんな顔をして息子に声を掛けたらいいのか。

 正直思いつかないが、これ以上間違い続けるわけにはいかない。

 

 轟炎司は夏雄に駆け寄ると肩に手をかけた。

 

 震えが伝わってくる。

 自分の手が震えているのか。

 いや、夏雄が震えているのか。

 

 自分の方に振り向かせる。

 

 夏雄の目は恐怖に淀み、涙が浮かんで顔が強張っていた。

 息子のその表情に驚いた轟炎司は、同時に自分の腹部に熱いものを感じた。

 

 ドンッ!!

 

 遅れて衝撃が伝わり背中に抜ける。

 

「ぐぅッ!!」

 

 炎司の口から大量の血が溢れ、恐怖にこわばっていた夏雄の顔に無慈悲に降り注いだ。

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 開け放たれたままの襖を、父親が出ていった方向を見ながら焦凍は複雑そうな表情を浮かべていた。

 

 エンデヴァーが──父親が変わろうとしているのは焦凍も理解していた。

 父親のもとでインターンを受け、ヒーロー活動を傍で見ながらヒーローとしてのエンデヴァーは真の尊敬に値する人物だと評価を改めはした。

 

 自分がエンデヴァーのことをそう思う日が来るとは、ついこの間まで焦凍自身ですら信じてはいなかったが。

 

「あれが親父……なのか」

 

 変わろうとしているのは知っている。

 人が変われるのも知っている。

 

「不思議?」

 

 冬美が焦凍の内心を読んでいるかのように聞いてきた。

 

「アレが……あのエンデヴァーだったのかなと」

 

 食い違う。

 焦凍が今まで見てきた父親としての姿とは違い過ぎる。

 

「素のお父さんは元々あんなだったのよ、燈矢兄が壊れ始めるまでは……そして瀬古杜岳で亡くなるまでは」

 

「客の前でする話じゃねェだろ」

 

 爆豪は箸を止めず、料理を食べ続けている。

 

「あ、ごめんなさい」

 

「あ! 僕たち轟君から事情は伺って知ってます!」

 

「……そうなんだ。焦凍がそこまで話しちゃうんだ」

 

「俺はたまたま耳にしただけだどけな! つか食べろよ。料理が無駄になるだろうが!」

 

 爆豪のその物言いに緑谷が苦笑いする。

 だけどこの雰囲気の中では一種の救いになる。

 

「……焦凍はお父さんのことどう思ってるの?」

 

 姉の質問に焦凍は少し考える。

 以前までは考えるまでもなくすぐに答えは出た。

 今はすぐには答えられないくらい、自分の中で答えが複雑になってしまった。

 

 指を顔の火傷に当てる。

 少し、擦る。

 

「この火傷は……親父から受けたものだと思ってる」

 

 熱湯の入ったヤカンを母親から投げつけられてできたものだ。

 泣きながら謝る母親の姿を思い出す。

 

「……お母さんは耐えて耐えて溢れてしまったんだ。お母さんを蝕んだあいつをそう簡単に許せない」

 

 爆豪がしかめっ面をしながら四川麻婆をレンゲで掬って口に運ぶ。

 

「でもさ」

 

 緑谷が幼馴染の爆豪を苦笑いしながら見て、マネするように自分も四川麻婆を口に運ぶ。

 この家族は……今、話さなければならないことを話している。

 こういう優しさもあるんだなと思いつつ緑谷は爆豪をマネて口数の少ない友人の話を邪魔しない。

 

「お母さん自身が乗り越えようとしてるんだ。……正直、自分でもわからない。()()をどう思えばいいのか」

 

「お父さんが溢れてしまった……ことは、焦凍には分からないんだ?」

 

「親父、が?」

 

 今まで考えもしなかったことを姉から突き付けられ、焦凍は戸惑った。

 

「まだ焦凍は小さかったからね。燈矢兄が……体質が合わなくてそれでもヒーローになりたくて無茶をして、それを止められなくてお父さんもお母さんもいっぱいいっぱいになっていったの」

 

 冬美は頬に手をつき、夏雄と父親が出ていった方向を悲しげに見る。

 

「みんながみんな、少しずつ間違えたの。お父さんだけが悪いんじゃないよ」

 

「親父も溢れて……た?」

 

 衝撃的だった。

 そんな視点は自分の中には全くなかったことに焦凍は逆に驚いた。

 

 

 

 

 そして屋敷の外で爆発音が周囲に響き渡った。

 

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