怠惰に生きたいだけのヴィランが全てを蹂躙する物語 作:名無し
「お゛わッ!?」
屋敷の門を出てすぐに右に曲がったところで、いきなり道路の白線が浮き上がり夏雄の体を締め付け拘束してきた。万力のような力で服の上から押さえつけられ、立ったまま身動きが一切できなくなる。
「……捕まえた」
不気味な男が電柱の陰からのそりと現れた。
縞模様のおかしなデザインの服を着て、まるで横断歩道のようなペインティングを顔に施している。
一目で異常者だと分かる。
「轟……夏雄だな?」
「ぐッ! うぅ!!」
胸を圧迫されているのでまともに声も出せない。
その不気味な男は写真を取り出すと、夏雄の顔を力任せに街灯の明かりの方に向ける。
「間違いない。エンデヴァーの息子、夏雄だ」
その言葉で夏雄にも理解できた。
ヴィランによる復讐だ。
おそらく過去エンデヴァーに取り押さえられた凶悪犯のヴィランだ。
「ゲホッ! ゴホッ!」
夏雄を拘束していた白線が蠢き、細く枝分かれしたものが服の内側に滑り込んでくる。
その気味悪さに耐えながら夏雄はそのヴィランに意趣返しをする。
「ざ、残念だったな。俺なんかを攫って人質にしても、エンデヴァーは……あの男は毛ほども感じないぞ!」
その夏雄の叫びが耳に入らないのか、そのヴィランは夏雄を従えながらエンデヴァーの屋敷から遠ざかるように移動する。
ズリ……。
ズリリ……。
服の内側から白線に拘束され、体の動きすら操られるまま街灯の真下まで強制的に移動させられる。
そして街灯の照明の陰に隠れるようにそっとヴィランは暗闇の中に身を潜めた。
それだけで夏雄にはヴィランの気配が感じられなくなった。
だが確実に其処にいる。
「……毛ほども感じないだって?」
暗がりから囁いてくるヴィランの声はやたら上機嫌でからかうような響きがあった。
「いやいや、効果満点さ。調べれば調べるほど分かった。エンデヴァーほど家族を大切にしているヒーローは稀さ」
夏雄はヴィランの言葉を一笑に付した。
悪い冗談にもほどがある。
「はッ! そりゃ焦凍だけの話だ。あいつは、あの男はな。焦凍以外どうでもいいんだよ! 俺も! 姉さんも! 母さんもだ!!」
「ハン? 親の心、子知らずってやつか。自分で試してみれば分かる。どれだけ調べてもエンデヴァーの家族の詳細な情報は出てこなかった。裏の情報屋を使っても掠りもしない。意図的に、徹底的に隠蔽されてた。家族に関心がないならここまではしない。知らんみたいだから教えてやるが、お前の通ってる大学な? エンデヴァーが雇っている私設警備員がいたぞ? お前のためさ」
「──ッ!?」
夏雄の心に衝撃が走る。
このヴィランがこんなことで嘘をつく必要がないのは夏雄にだってわかる。
「おや? 待たないで済んだようだ。お前を追いかけて出てきたぞ」
ヴィランの雰囲気が変わった。
形容しがたい異様さが滲み出ている。
グリッ!!
細く尖った白線の切っ先が夏雄の服の内側で心臓に突き付けられた。
「声を出すな。身動きもするな。逆らえば今すぐ死体にして……操る」
まさしく死を告げる言葉に夏雄の心が縛られる。
微かだったヴィランの気配がさらに薄くなった。
夏雄の近くにいるはずなのにまるで感じ取れない。
夜の暗さ、街灯の明るさの境界のこの場所では影に潜まれるとエンデヴァーですら気づけないかもしれない。
このままだと自分を人質にしてエンデヴァーが罠にはめられる。
服の内側で体に張り付いた白線を力任せに引きちぎろうとすると白線の切っ先が胸に食いこみ、激痛が走った。
「──ッ!」
ダメだ。
まるで鋼鉄のワイヤーに切れ味鋭いナイフみたいだ。
振りほどけない。
「──夏雄ッ!」
背後からエンデヴァーの必死な声が聞こえてきた。
ああ、まずい。
胸を強烈に締め付けられ息が止まる。
◇◇◇◇◇◇
夏雄の服の中に隠れていた白線が死角からエンデヴァーの腹部を貫いて背中へ抜けた。
「ぐぅッ!!」
炎司の口から大量の血が溢れ、夏雄の顔にビシャビシャとかかった。
驚くほど熱い。
父親の血。
影から姿を現したヴィランが体をくの字に曲げているエンデヴァーを嬉しそうに眺める。
「俺を憶えているか、エンデヴァー!!」
よろけながらもエンデヴァーが後ろに飛びのき、腹部を貫通していた白線が引き抜かれる。
「カハッ!」
エンデヴァーが再び口から真っ赤な血を大量に道路に吐いた。
だがすぐに顔を上げ、ヴィランを睨み付ける。
「はぁッはぁッ…………7年前だったか、暴行犯で取り押さえた。名は……」
「そう! そうだ。すごい! 憶えているのか、嬉しい。そうだ俺だよ」
ヴィランが両手を広げた状態から芝居っ気たっぷりに両手を胸にかざす。
「エンディング」
周囲の道路の白線が剥がれて一斉に空中に浮かび上がる。
白線に巻き取られた夏雄が高く吊り上げられ、細く尖った先端が分かりやすく夏雄の首筋に当てられた。
鋭い切っ先と皮膚の隙間から血が滲み出る。
「すまないエンデヴァー」
夏雄に突き付けられた切っ先を見てエンデヴァーの動きが止まる。
「金、家族、名誉……俺に無いものをあんたはいっぱい持っていた」
白線の切っ先がさらに夏雄の首筋に食い込む。
「刑務所の中であんたに対する憧れがますます募っていった」
「要求は……なんだ?」
息子の夏雄が
狙いは自分、エンデヴァーの命か。
「俺には何もないんだ、エンデヴァー。空っぽなのさ!」
エンディングが両手を大きく広げる。
「その空っぽの俺の! 人生の幕を下ろしてくれ! おまえの眩い炎で!」
エンディングが狂ったように嗤い出す。
「俺を殺してくれッ! エンデヴァーーーー!!」
◇◇◇◇◇◇
腹部から血が流れ続けている。
重要な臓器が傷ついているかどうかすら分からない。
分かっているのは残された時間は短いってことだけだ。
「どうした!? 何を迷うことがある! 早く俺を殺せ!!」
ジリッ!
エンデヴァーが足を一歩踏み出す。
奴の周囲を白線が舞い続けている。
人体を締め上げ持ち上げるほどの強靭さ。道路のペイントに過ぎない白線に刃物のごとき鋭さを与えている。
7年前とは見違えるほど強い個性だ。
ブースト薬、か?
視界がぐらつく、平衡感覚失われかけている。
血圧が下がっていく感覚がある。
奴を殺さずに制圧できるほどの余力が……残ってるか……どうか。
夏雄が人質になっている。
動揺を押し殺す。
いつもなら下せる決断が下せない。
さっきの夕食会で夏雄が叫んだ言葉が胸に刺さったままだ。
息子の、夏雄の言葉が足を道路に縫い付けている。
動けない。
刻一刻と余裕と選択肢が失われていっている。
「どうしたんだ! エンデヴァー!!」
焦れたエンディングが両手を振り回している。
「俺を殺さねェんなら!」
固まったまま身動きしないエンデヴァーにエンディングの我慢に限界がきた。
空中高く吊り上げられていた夏雄がエンディングの真横に移動する。
「先にお前の息子を殺すしかないな?」
夏雄の顔が恐怖に歪んでいる。
今までに夏雄がこの顔を浮かべるのを何度も見た。
全部自分が浮かべさせたものだ。
ヴィランの報復など今までに何度もあったが切り抜けてきた。
それで油断してしまったのか。
夏雄。
冷も。
焦凍も。
冬美も。
そして燈矢。
全ては己の、轟炎司の、エンデヴァーのせいなのだ。
後悔で顔が歪む。
白線の切っ先が夏雄の首に危険なほど食い込む。
「溜めて……放つ」
遅れに遅れた決断。
夏雄を助け、エンディングを制圧できる力は多分もうない。
「……赫灼熱拳を放つしかない」
熱を溜める動作で腹部に激痛が走る。
「遅ええええ!! 早くッ! 俺を殺さねェから!」
周囲に浮かんでいた白線が勢いよく舞い始め、その尖った先端に月光が反射して煌めく。
「こんなになっちまうんだ!!」
シュドドッ!
ドガガガッッ!!
エンディングの操る白線が道路に連続で突き立てられた。
アスファルト、そしてその下の地面にまで深く深く食い込み、奥深くで何かが破裂した。
ズドォボオオオオッ!
地面から一斉にガスが噴き出した。
道路の奥深く埋設されたガス管が切り刻まれたのだ。
あたり一帯へ供給されている都市ガスの幹線配管が切り刻まれ、大穴が開いて急激な圧力変化で白い靄となったメタンガスがエンディングとエンデヴァーの周囲へ拡散していく。
「さあ、時間がたてばたつほど爆発する範囲が広がっていくぜェ!!」
漏れ出したガス量が増えれば増えるほど夏雄が無事で済む確率は減っていく。
ガスが周囲や上空へ拡散する速度より漏れ出る量の方が圧倒的に多い。
「赫……灼……」
「最後の、もう一押しだ! エンデヴァァアアアアーー!!」
とびきり研ぎ澄まされた白線が夏雄の首に向かって迸った。
同時に轟炎司の体が動いた。
地面を蹴り、足から炎を噴き出し加速してエンディングに向かう。
そして白線の切っ先と夏雄の首の間に自らの身体を強引にねじ込んだ。
エンデヴァーの腹部を白線が再び貫き、引火したガスが大爆発を起こし何もかも吹き飛ばした。
◇◇◇◇◇◇
「う……」
「親父!」
「お父さん!」
エンデヴァーが気が付くと、救急車に運び込まれるところだった。
傍には冬美と夏雄と焦凍がいた。
「夏雄は…………無事か?」
「無事だよ、親父」
髪が焦げてしまっている夏雄が答えた。多少煤けてもいる。
だが爆発の中心にいたが、エンディングの白線でグルグル巻きにされていたおかげで爆発の熱と衝撃から守られたのだ。
そしてむき出しだった夏雄の頭部は炎司の身体が守りきった。
「良かっ……た。……
「緑谷と俺たちで制圧したよ」
「そう、か」
「……なんでだ?」
夏雄が泣きながら尋ねる。
「俺は……おまえたちを疎んでいたわけじゃないんだ。だが責任をなすりつけ……逃げた。燈矢のことも……俺が死なせたも同然だ」
父親のこんな表情を夏雄は初めて見た。
──いや、違う。
父親の顔など今までまともに見たことなどなかった。
こんな顔をするのか。
こんな顔で自分を見ていたのか。
「許してくれ……とは言わない」
炎司の口から再び血が溢れた。
掠れかけた声で続ける。
涙でぐしゃぐしゃになっている夏雄の顔を炎司は真っ直ぐに見つめていた。
だが夏雄を飛び越えその視線が虚空へと向く。
「だが……ああ……燈矢、お前がここにいてくれたら……いや……冷、冬美も、夏雄、ゴフッ……焦凍も……幸せに、なって……くれ……」
「馬鹿野郎! 何言ってんだよ!」
救急隊員がエンデヴァーをストレッチャーに乗せ、急いで車内へ運び込もうとする。
「死ぬなよ! 親父ッ!!」
夏雄は、ほとんど無意識に、父親の血で濡れたその大きな手を掴んでいた。
「死んで逃げるなんて絶対に許さねえ! 燈矢兄ちゃんのこと、母さんのこと! まだ、あんたから何も聞いてねえんだぞ!!」
炎司の目がわずかに見開かれた。
息子のその言葉を聞き届けたのか、あるいは力が尽きたのか、その巨体からふっと力が抜ける。
意識を失ったのだ。
冬美は付き添いとして救急車に乗り込んだ。
バタン、と救急車の扉が閉められ、けたたましいサイレンと共に遠ざかっていく。
夜の静けさが戻った住宅街に、夏雄、焦凍、そして緑谷と爆豪が残された。
夏雄は父親の血がべっとりとついた自分の手のひらを、ただ呆然と見つめていた。
憎み続けてきた。
目を背け続けてきた。
父親の顔など、まともに見たことなどなかった。
父親に対し、まともに目を合わせたこともないくせにと思っていたのに、そうしていたのは自分もだったのに気づかされる。
「轟君、オールマイトと連絡が取れたよ!」
呆然と救急車を見送っていた焦凍がスマホを持った緑谷を振り返った。
「リカバリーガールがドクターヘリに乗って向かってるって。大丈夫、きっと助かるよエンデヴァー」
焦凍が安堵のあまり地面にへたり込んだ。
「そう……か。良かった」
その焦凍の肩に夏雄が手を置いた。
「助かる……のか、お……エンデヴァーは」
「ええ、きっと」
緑谷は夕食会の時と雰囲気を変えた夏雄を見ながら力強く頷いた。