怠惰に生きたいだけのヴィランが全てを蹂躙する物語 作:名無し
「捜索差押許可状がここにある」
家宅捜査を許可する裁判所の令状を大塚警部が掲げた。
正式名称は捜索差押と言われるものだが、一般には家宅捜査、ガサ入れと呼ばれることが多い。
裁判所が許可を出し、被疑者には拒否権はない。
そして令状の被疑者欄には死穢八斎會の組長と若頭の名前が書かれており、容疑は違法薬物の取り扱いだ。この容疑に係ってると思われるものを全て警察は押収することができる。
「……はぁ」
だが、門の前に整列している警官隊を前にして、死穢八斎會の門番であろう組員は気の抜けた返事を返し、背後のインターホンに向かって問いかけた。
「若頭、いかがいたしやしょうか?」
「問題ない、通せ」
無機質な声がインターホンを経由して大塚警部の耳に届く。
「へい、では警察の皆さん。お通りください」
抵抗も何もなく門扉が開かれる。
拍子抜けするようなヤクザの対応に、緊張していた警官たちがホッと安堵の声を漏らす。
抵抗される可能性は十分にあった。
その場合は文字通り荒事となる。
警官は個性の使用を徹底的に自粛するのに対し、ヤクザ側は荒事となれば個性を遠慮なく使ってくる。もちろんその場合は公務執行妨害&個性犯罪者となるので、抵抗するものは全員しょっ引けるが、当然警官隊側には負傷者が続出する事態になる。しかも個性を使って抵抗するヤクザと個性を使えない警官側とでは物理的な暴力という性能の差で警官側が負ける可能性が高かった。
だがそうなれば家宅捜査という釣餌に食いついてしまった死穢八斎會の敗北が確定する。
次はヒーローを大量に動員して一人残らず拘置所に叩き込み、死穢八斎會を完全に取り潰しすることができる。
もちろん、こんなあからさまな誘いに乗ってくるような程度の低いヤクザであればとっくの昔に潰されている。
なので大人しく家宅捜査を受けると大塚警部は踏んでいたが、予告なしの家宅捜索なのにこの落ち着き様。
首を横に振りながら嘆息する。
「……手強いな」
死穢八斎會の門扉の前に警官隊がずらっと整列してもこの組員は顔色一つ変えなかった。
読まれていたか、情報が漏れていたか分からないが完全に対策されていると見た方が良い。
目的のモノは一切出てこないだろう。
◇◇◇◇◇◇
屋敷中を捜索した。
風呂、トイレの天井裏はもちろん、床下にも照明を持った警官が入り込んで隅々まで調査していく。
机の上に置かれていた端末類はもちろんサーバー類、携帯電話は全部押収した。
だが、薬物精製に使用するような器材や実験データの類は全く見つからない。
押収品についても中のデータを調べて目的のモノがなければ返却しなければならない。
「警部、ここに空洞があります」
超音波探知機とX線探査レーダー装置を持ち込んでコンクリートの基礎から壁の裏まで調べていく中、壁と床の間に怪しげな空洞が見つかった。
「治崎さん、開けて頂けますか?」
警察側が開ける方法を見つける必要はない。
空洞があると分かれば、開けるように指示を出せる。
令状があるのだ。ヤクザ側が非協力的な態度を取れば、そこが付け入る隙になる。
「ただの隠し金庫ですよ。我々は銀行口座すら持てませんから、必然的に現金主義にならざるを得ないんでね。あらかじめ言っておきますがおかしなものはありませんよ」
「いいから開けろ」
「……はいはい」
床板を複雑な手順で押すと、ガタッという音とともに壁と床に開口部が開く。
中には治崎の言う通り縦横奥行1mほどの大きな耐火金庫らしきものが安置されていた。
「扉を開けてください」
治崎は肩を竦めると、チチチと音を立てて錠を左右に何度か回転させる。
ガチャリと重い音とともに扉が開くと中には札束が何個か積まれて、書類らしきモノもあった。
「書類を拝見しても?」
「ここの不動産登記簿とただの有価証券ですよ」
大塚警部が目くばせすると警官の一人が書類を手に取り内容を確認する。
「申告の通り、不動産と有価証券に関する書類ですね」
「ご納得頂けましたか?」
大塚警部が別の警官に目くばせすると、X線探査レーダー装置を抱えた警官が中に入り耐火金庫の背後のコンクリート壁に装置を取り付ける。
「どうだ?」
「図面と違いますね。最低でも1m以上の厚みのコンクリートです。残念ながらこの装置では壁の向こう側までは見えません」
「ここに何かあるのか?」
大塚警部が治崎に問いかけた。
「ただの基礎ですよ、基礎」
「基礎なのに鉄筋が入っていないのはどういうことだ?」
Ⅹ線探査レーダー装置のモニターに表示された画面を見ながら大塚警部がツッコミを入れる。
建築物として使用されるコンクリートの内部には通常鉄筋が組まれている。鉄筋が入ると強度が飛躍的に高まるからだ。コンクリートと鉄筋の熱膨張係数はほぼ同じなので外気温に合わせて膨張と収縮を繰り返しても鉄筋とコンクリートにはズレが生じず、非常に安定的な構造体となる。建物の基礎に使われるコンクリートに鉄筋が入ってないなど普通はあり得ない。
「……さあ、手抜き工事ですかね。いや地味にショックですよ。ですが今回の家宅捜索の目的は工務店の手抜き工事の確認でしたか? 令状をもう一度見せて頂いても?」
「……違法薬物の製造と販売の疑いで我々は捜査しています」
「ならこれは関係ないですね」
何かある。
この厚み1m以上あるコンクリート壁の向こうに、図面には記されていない何かがある。
間違いなく地下室だ。
おそらくここに出入り口があったが、個性を使ってコンクリート壁で塞いだのだ。
だが、家宅捜査では個人の資産の破壊は許可されていない。
「……そうですね」
大塚警部は押収品を積んだワゴン車に視線を向ける。
今回は完全な空振りだ。
捜査情報が漏れていたか、読まれていたか。
これだけ長い間生き残ってきたヤクザなのだ。嗅覚が優れているのは間違いない。
「ふぅ……。我々はこれで引き上げます。捜査にご協力いただきありがとうございました」
「押収品はいつ返却して頂けるので?」
「中のデータを確認後、問題がなければ返却します」
治崎が笑みを浮かべた。
一方で大塚警部は仏頂面だ。
◇◇◇◇◇◇
門番のヤクザが遠ざかっていくパトカーの群れに向かって塩を撒いていると、見慣れない男がいつの間にか門扉の前に立っていた。
近づいてくる気配はなかった。
いつ現れた?
背後の黒い霧みたいなものは一体なんだ?
「……なんだ、お前」
組員の中でも肝が据わっているということで門番に選ばれていたヤクザがようよう口にできたのはそんな単純な問いかけだった。
焼け爛れた皮膚。
顎が特にひどい。
継ぎはぎだらけで焦げ臭い匂いが周囲に漂う。
ターコイズブルーの青い瞳が昏い影を帯びた顔の中で輝いているのが不気味さをより際立たせている。
だが、そんな不気味な奴の口から洩れたのは実にふざけた言葉だった。
「ちわー、三河屋です。集金に来ました」
口の端が吊り上がり笑顔を浮かべているが、目は全く笑っていない。
肝が据わっているはずのヤクザが一歩後ずさった。
「……というのは冗談だ。治崎に伝言を頼む。お前らは今日で終わりだってな」
背後の黒い靄の中から黒い肌をした改人脳無が4体姿を現した。
荼毘がドクターから借り受けた強力なニアハイエンド脳無たちだ。
「ま、お前が生きていたらな」
荼毘が指示を出すと、門扉が門番ごとはじけ飛んだ。砕けた肉体の破片が血飛沫と共に屋敷の玄関をノックする。
残った3体の脳無が門の残骸を吹き飛ばしながら内部に突入していく。
「ハハハ、さあ盛大にやろうか」
荼毘は小型のカメラを片手に、自分の生み出した惨状を撮影し始めた。
門番のヤクザだったものは既に肉塊に変わっていた。
へし折れた肋骨は飛び出し、頭部は砕けて脳漿が地面や玄関の残骸に飛び散っている。
作成中の告白動画に添えるショッキングな映像に最適だ。
最近退院してヒーロー活動を再開したはずだ。
息子からのメッセージをNo1ヒーローは涙を流して喜んでもらえるだろうか?
「ククク、愉しくなってきやがった」