怠惰に生きたいだけのヴィランが全てを蹂躙する物語   作:名無し

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第28話 カチコミ

「さあて。極道の漢気とやらを見せてくれんのかね?」

 

 荼毘が皮肉混じりに呟く。

 

 門扉を破壊し、敷地内に突入したニアハイエンド脳無たちを迎撃するために屋敷内からヤクザどもが飛び出してきた。凶悪そうな面構えの連中がヒカリモノ(刃物)を片手に果敢にも3体の脳無たちに向かって個性で迎撃し始めた。

 

 庭木の葉を刃と化して放つもの。

 身体を硬質化させるもの。

 腕が鞭のように長く(しな)るもの。

 

 個性を使うのに躊躇いがない。

 

 なるほど、暴力装置としてみた場合は優秀と言っていいだろう。

 今となっては数は少ないだろうがヤクザ同士の抗争とか、チンピラヴィランとの暴力沙汰程度なら簡単に鎮圧できる練度だ。

 

 だが殴り込ませた脳無たちの背後で、荼毘が後方指揮官面して余裕の笑みを浮かべる。

 

 荼毘は地下の秘密研究室でドクターが狂気に憑かれたように嬉々として脳無の身体を弄り回す場面を散々目にしてきた。ドクターは施術の内容を隠して秘密にするどころか、荼毘に対し、どのように死体を弄っているのか、人体には本来存在しない人工器官をなぜ組み込んだりしているのかをむしろ滔々と語ってみせた。

 

 多分ドクターは聞き役を求めていたのだろう。

 長らく聞き役であったAFOが死に、自身の研究と成果を披露する相手がいなくなったからだ。

 

 ドクターの説明によると脳無の個性は超再生や筋肉増強などの攻撃手段として外部に現れるものだけではないらしい。強い個性を組み合わせてる、そんな単純なものではないと力説された。

 荼毘も教えてもらうまでは知らなかったが、個性を一つの側面だけで捉えていては組み合わせることなど不可能なのだそうだ。

 

 比較的単純な筋肉増強系の個性であっても、筋肉は腱に繋がり、腱は関節部の骨に繋がっている。個性の影響は当然のごとく腱にも骨にも関節にも及び、関節内部の関節液すら常人のものからは変化している。筋肉を動かすエネルギー源であるグリコーゲンの挙動と運び手である血液の成分すら変わる。

 

 表に出ている筋肉増強という個性を支える様々な人体の部位が、(ことごと)く常人の規格から逸脱しなければ筋肉増強が成り立たないのだ。

 

 内臓や骨格、筋組織等影響が多岐にわたる個性を束ねて一つの人体に押し込めるには特別な土台が必要になる。人体の内部に働きかける個性を複数重ね合わせることでようやく土台を作り上げることができるらしい。その上で攻撃的な個性を上乗せするんだそうだ。

 

 おまけに素体となる人体の適性によっては個性の組み合わせを変えなければならない。当然組み合わせを変えた場合の個性にも相性が発生する。組み込んだ複数の個性が意図せず勝手に融合してしまい、一つの個性になってバランスが狂うケースだってある。

 

「……まるでパズルだな」

 

「お主の言う通りじゃ。ワシは神々のパズルに指の先っぽを突っ込んでかき回して遊んでおるようなものじゃな」

 

 狂気に満ちた笑みをドクターが浮かべる。

 

 歯車型のゴーグルの奥で光を反射しているその目は、人体を、死体をモノとしてしか見ていなかった。パズルに合わないピースがあれば躊躇いもなく余計な部分を鋏で切り落とす狂人の目だ。

 

「神ねぇ…………どっちかというとアンタの言う神は邪神の類だろ?」

 

 こんなマッド(気狂い)に自分の身体を弄らせるとか、荼毘はリーダーの死柄木弔を初めて心の底から尊敬した。自分なら絶対お断りだ。

 

 

 ドクターとの会話を思い返している間に、中庭に出てきた組員は全員ひき肉に変わった。10秒とかかっていない。

 

 ひき肉になったばかりの新鮮な肉と脂肪の残滓から湯気が立ち上っている。

 溢れ出た血と砕かれた骨付き肉が散乱し、そしてハラワタの茶色い中身がぶちまけられた中庭は嘔吐を引き起こすほどの酷い異臭を放っていた。

 

 ドクターの悍ましい施術を見慣れた荼毘はこの光景程度では心は動かないが、死穢八歳會の組員はそうではなかったようだ。さっきまで一緒にいた仲間が無残なひき肉に変わり、建物の中から恐慌に陥ったヤクザどもの怒号と悲鳴が聞こえてくる。どうやら迎撃に出てくる気骨のある奴はもう残ってないようだ。

 

「極道の矜持とかこんなものか。脳無、上物はいらん。面倒だから更地にしてしまえ」

 

 荼毘は最初から面倒くさい家探しなどするつもりはなかった。

 そのような探しものなど自分に向いているとも思っていない。

 

 脳無が更地化を開始した時、横に侍らせていた感知系の個性を持たせている脳無が、家屋内を異様な速度で移動する人間を捉えたと荼毘に身振りで知らせてきた。

 

「ククク、そう動くよな。奴自身が案内役だ」

 

 薄く笑う荼毘の脳裏にあの時の幼い女の子の姿が蘇る。

 

 まるで親から捨てられたような、それでいて罪深い自分は罰を受けるべきだみたいな妙な諦観を目に浮かべた子ども、

 親に顧みられないのは自分に原因があると思いながら、一方で荼毘に向かって縋るような目を向けてきた子ども。

 

 その女の子の姿と子どもの頃の自分が重なり、荼毘の胸の裡で昏いものが蠢いた。

 

「──ハッ、らしくねェな」

 

 

 

 荼毘は自嘲するように呟くと、自らが生み出した血と肉片で舗装された道を前に向かって歩き出した。

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「あの男、ヴィラン連合だったか」

 

 窓から見下ろしながら、血と肉片でできた道をゆっくりとこちらに歩いてくる男が路地裏で違った男と同一人物だと治崎はすぐに思い出した。脳を剝き出しにした特徴的な脳無(バケモノ)を引き連れているのだ。それ以外に考えられない。

 

「何をしようとしている?」

 

 脳無の一体が本邸の隣に建っている別邸の壁面の前に立ち、腰を落として何やら構えている。

 治崎は部下に迎撃の指示を出しながら、惨状の割に妙にのんびりとしている襲撃者を訝しげに見つめた。

 

 ドンッ!! 

 

 脳無が事務所の建物の壁に対し、下から上に向かって掌底を繰り出した。

 

 そういう個性なのか、純粋な技なのか、建物躯体が衝撃波によって内部の人間ごと吹き飛び、空中で建材やコンクリート、そして人体がバラバラになりながら裏手の住宅街に降り注いでいく。当然、そんなものが降り注いできた一般家屋が耐えられるはずもなく連鎖的に次々と倒壊していく。

 

 下敷きになった家屋や周辺から悲鳴や叫び声が聞こえてくる。

 

 中庭で組員が惨殺されても顔色一つ変えなかった治崎がその光景に唖然とする。

 

「頭おかしいのか、あの野郎!」

 

 完全に狂ってやがる。

 白昼堂々、一般市街地を巻き込んでの大規模破壊を躊躇いもなく実行しやがった。

 

 死穢八斎會は警察によって指定(ヴィラン)団体に認定されている。

 自分たちをヴィラン扱いしている警察に向かって懇々と小一時間諭してやりたい。

 極道とヴィランは違う、こんな滅茶苦茶で破滅的な連中と一緒にするなと。

 

 だが思考を一瞬にして切り替えた治崎は一直線に駆け出した。

 

 前に迫る壁を分解し、組長の寝室へ向かって最短距離を疾走する。悠長にドアなど通っている時間などない。

 

「狙いは薬か!」

 

 家屋を吹き飛ばされてようやく奴の狙いが分かった。

 ガサ入れ直後のカチコミも、つまりそういうことだ。

 

 ガサ入れの情報を事前に入手したので、警察に見つかったら不味いものなど建物の中には一つも残していない。

 薬に関するものや壊理本人は事前に地下室に退避させている。

 

 だが、こうなってくるとタイミングよく入手できたガサ入れの情報すら出所が奴の可能性が出てきた。

 

「この俺が平和ボケしてたか」

 

 奴の、ヴィラン連合の狙いは薬だ。 

 いや、路地裏で奴が壊理と出会ったのも偶然ではなかったとしたら?

 

 そう考えると全てが一本の線で繋がった。

 

「壊理本人を奪いに来たか」

 

 だから奴はそれ以外の他のものを気にする必要がない。どうなってもいいのだ。

 

 建物も。

 組員の命も。

 オヤジの命も! 

 

「オヤジィ!!」

 

 治崎は組長の宿室に文字通りの意味で飛び込むと、ベッドに横たわる組長を抱えベッドを床ごと分解した。組長を抱えたまま床を突き抜け、自由落下しながら障害物を全て分解していく。

 

 ドン! 

 

 組長の身体を抱えたまま治崎は地下室の床に叩きつけられ、弾力のない人体がまるで種のように二度三度と弾む。

 

「グゥッ!!」

 

 分解したコンクリートが砂と化して衝撃を幾分和らげてくれたが、それでも足の骨や肩の関節が何ヶ所か砕けた。激痛を無視してすぐさま個性を発動する。自分自身とオヤジの全身を瞬時に修復する。

 

 天井を仰ぎ見ると、ちょうどそのタイミングで本棟が脳無のパンチで破壊されて吹き飛んでいくところだった。天井の穴から赤く染まり始めた夕焼けが見える。あと1秒遅かったら巻き込まれていた。

 

 だが……。

 

「上にいた組員は全滅、か」

 

 襲撃の展開が早すぎる。完全に後手に回ってしまっている。

 狂人相手には時間ぎにもならないだろうが大穴の空いた地下室の天井を修得し偽装する。

 

 

「若頭? それに組長まで!?」

 

 地下で待機していた子飼いの部下たちが呆気にとられていた。

 いきなり天井に穴が開いて治崎と組長が降ってきたのだ、それも当然だろう。

 

「カチコミだ」

 

 治崎は短く言い放った。

 昔の極道ならよくあったことだ。

 

「相手はヴィラン連合だ。お前らもニュースで見たことあるだろ? 脳無という化け物どもだ。確実にここに来る。いいか、お前らは一当(ひとあ)てしたらすぐに引け。逃げろ」

 

 中庭の惨状を思い返すまでもなく、この子飼いの部下3人で脳無4体を足止めなど不可能だ。だが一当てした後すぐに逃げだせば、無駄に追いかけて時間をロスしてくれるかもしれない。

 

 そして治崎は組長を大事そうに抱え直し、地下通路を奥に向かって駆け出した。

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「今急いでんだ。逃げるんなら追わねェけど?」

 

 感知型脳無はまだ治崎を追尾できている。

 

 ドクターの資料によると八斎會組長は長く昏睡状態で伏せているらしい。治崎の逃げ足がこれほど遅いのは意識のない組長を抱えて逃げているからだろう。

 

「これ以上先には行かせん」

 

 大柄な男が体表面に宝石のような結晶を纏いながら通路を塞ぐように立ちはだかった。布製の袋を頭から被った男ともう一人の痩せた男が脇を固めている。

 

「逃げりゃいいのに」

 

 中庭での惨劇は治崎に目的のモノの場所まで案内させるためにやったことだ。

 その目的は達成し、今追跡中なのだ。

 それ以上の殺しは余計な仕事で、無駄な時間だ。

 

 だが逃げ出す素振りもない男たちに嘆息しながら荼毘は脳無に命令した。

 

 先頭の脳無が荼毘の命令にすぐに反応し、宝石男に一瞬で詰め寄ると左フックを放った。

 

 宝石男は脳無の踏み込みに辛うじて反応し、宝石を纏った両腕で腹部をカバーする。

 個性で生み出した宝石に貴石としての価値はない。

 

 だがモース硬度は本物以上で9を超えるのだ。銃弾すら弾き返せる。たとえ砕かれようとすぐに纏い直せる。盾としての自分の肉体と個性に宝石男は絶大な自信があった。

 

 砂利を踏みしめたような鈍い音が狭い通路内で響いた。

 

 左フックを振り切った脳無の左手が砕け、骨が皮膚を突き破って露出していた。だが、折れた指は超再生の個性によってみるみる治っていく。

 

「──へえ、上にいた連中とは違うようだな」

 

 荼毘が素直に感心する。

 

 防御した腕ごと上半身が粉砕され、飛び散った宝石男の残骸(下半身)の横で、残る二人は逃げる素振りすら見せずに脳無の前に立ちはだかったままなのだ。

 

「これが矜持ってやつか。ちょっと見直した」

 

 ゆっくりと倒れていく宝石男の下半身を横目に脳無が今度は右腕を振りかぶった。

 

 バクンッ!

 

 布袋の男に向かって振るわれた脳無の右拳が消失した。

 布袋の男が口で食いちぎったのだ。

 

 脳無の右手首から先が無くなり断面に切断された骨が見え、血が勢いよく噴き出す。

 だが脳無は無造作に右腕を振り切った。

 

 むき出しになった手首の断面で殴りつけられた布袋の男の頭部が熟れたスイカのように簡単に粉砕されて飛び散った。

 拳があるかどうかなど関係がないのだ。

 

 コンクリートの壁面に真っ赤な血と脳漿が水っぽい音と共に彩り豊かに張り付き、首を失った胴体がふら付きながら倒れ伏す。

 右拳を振り切った態勢から腰を入れ替え、脳無が右にぐるりと回転し左回し蹴りを残った男に食らわせる。

 

 ここまで0.2秒とかかっていない。

 

 脳無の動きを視認すらできず、くの字になりながら吹き飛んだ痩せた男は壁のコンクリートに叩きつけられ、そのまま崩れ落ちた。

 上半身が綺麗に潰れてしまっている。

 

「あれ? 俺のカメラが……」

 

 男の死体の手から粉砕された小型カメラが転がり出た。

 荼毘は見覚えのあるそのカメラを拾い、顔を顰めた。

 

 どうやらそういう個性の持ち主だったようだ。

 荼毘の手に持っていたカメラがいつの間にか奪われ、脳無に男ごとぶっ壊されてしまったのだ。

 

「チッ……しゃーねーな」

 

 まさか今からカメラを取りに戻れる時間があるはずもない。

 荼毘は肩を竦めながら地下通路の奥に向かって歩き出した。

 

 

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