怠惰に生きたいだけのヴィランが全てを蹂躙する物語   作:名無し

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第29話 荼毘×治崎

「ハアハア!」

 

 組長(オヤジ)の身体を抱えて駆ける治崎の荒い息と足音が地下通路に響く。

 

 意識のない人体というのは想像以上に重い。

 だが治崎の両腕にかかるオヤジの重さは思っていた以上に軽かった。

 オヤジの痩せ細った身体を否が応にも感じ取ってしまい、治崎は自分の心が揺れるのを感じていた。

 

 己のしたことに葛藤が無かったわけではない。

 

 個性:オーバーホールを使ってオヤジを昏睡させたのは組長(オヤジ)の為、組の為と治崎は毎日自分に言い聞かせてはいた。そうせずにはいられなかった。

 

 治崎が壊理の身体を切り刻んで薬を作る外道の所業を、オヤジは決して許しはしないことを分かっていた。だからオヤジに内緒で計画を進めた。個性破壊薬の製造に着手してなかったら八歳會は今頃、もしくは遠くない未来にヒーローたちに寄って集って潰されてしまっていただろう。

 

 指定(ヴィラン)団体に認定されるとはそういうことなのだ。

 なのに治崎が感じたその危機感をオヤジは理解してくれなかった。

 破門されてしまったら、治崎の手の届かないところで八歳會は潰されてしまう。

 

 だが、組を、オヤジを見捨てるなどありえない。

 

 素手でオヤジの頭に触れたあの時の感触をはっきりと覚えている。

 きっと一生忘れることはできない。

 

 他の道などなかった。

 

 ……オヤジのやってることは無いものねだりなのだ。

 

 組の存続を願いつつ……昔気質(かたぎ)の侠客であるオヤジが薬の売買をよしとしないならば。

 

 オヤジが決断を──下せないのならば。

 

 代わりに外道の名を背負うのは息子の役目だ。

 

 

 

「……死穢八歳会はまだ終わっていない。終わらせてたまるか」

 

 タン! 

 

 治崎の足が止まる。

 前方に3つの人影が見えたからだ。

 地下通路の照明に照らされて大柄な男二人と幼い女の子の姿が見えた。

 

 治崎は個性:オーバーホールで自分の身体を再構築した。

 上がっていた息がたちまち静まり、思考に冷静さが戻ってくるのを感じる。

 

「そうだ……オヤジと俺と、そして壊理がいれば八斎會は終わらん」

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 地下通路の奥、非常用出口へ続く分岐点で治崎は八斎衆である天蓋や乱破たちと合流した。

 

「オーバーホール様! 上で何があったのですか!」

 

 天蓋壁慈が眉を顰めながら問いかけた。

 横で乱波肩動はどこか楽しげに身体を揺らしている。

 これから荒事が起こることを予感しているのだろう。

 

 地下にいても響いてきた破砕音や地響きで、そして大人たちの雰囲気から何かを感じて壊理の顔は恐怖で強張っていた。

 

「ヴィラン連合のカチコミがあった。上の連中は全滅したと思え」

 

 ガサ入れ対策で壊理や機材、八歳衆の一部を地下に避難させていたが、ガサ入れ直後の脳無の襲撃を彼らに伝える時間はなかった。

 壊理を連れて出口付近で待機しろと簡単な指示を出すのが精一杯だったのだ。

 

 だが、治崎の言葉にむしろ乱波が仮面の下で顔を綻ばせた。

 両の拳をガンと打ち付け好戦的な雰囲気が立ち昇る。

 

「俺の出番だな!」

 

「喜べるような相手じゃない。皮膚が焼け爛れた不気味な男が一人、そいつが脳無4体を引き連れている」

 

「へぇ! 4体もか!」

 

 仮面の下で乱破の口の端がますます吊り上がる。

 

「では」

 

 天蓋が頷いた。

 

「そうだ、やつらの狙いは壊理だ。天蓋、壊理を連れて磐田の拠点(隠れ家)にひとまず身を隠せ。後で合流する」

 

「はっ」

 

 天蓋が壊理を抱えあげた。

 地下通路の出口は傍の階段を上がったところで扉を開ければ住宅街の裏通りに出ることができる。そこで市民に紛れれば追跡はほぼ不可能だ。

 

 その時だった。

 

 ドォ!! 

 

 側面の壁が内側から爆ぜるように砕け散り、粉塵の中から黒い影が躍り出た。

 感知型の脳無が壁を打ち抜いて最短距離をショートカットしてきたのだ。

 

「──ッ!!」

 

 コンクリートの破片が音を立てて地下通路に転がる中、昏い炎を瞳に宿し焼け爛れた皮膚を纏った男が姿を現した。

 

「よぉ……また会ったな?」

 

 まるで散歩中に顔見知りにでも出会ったように、平坦な声で荼毘が治崎に話しかけた。

 荼毘の周囲を黒い肌をした3体の脳無がガードするように取り囲む。

 

「シッ!」

 

 残る1体の脳無が蹴りの勢いで床を砕きながら爆発的な加速を見せ、治崎に肉薄した。

 

 迅い! 

 

 治崎は組長を抱えており両腕が塞がっている。

 回避が間に合わない。

 脳無の巨腕が空気を圧縮しながら治崎の頭部に振り下ろされる。

 

「オラァァァッ!!」

 

 ドゴォォォッ!! 

 

 横合いから飛び出した乱波の拳が、脳無の拳を真正面から迎撃した。

 拳と拳がぶつかり合う鈍い音が響く。

 

「ッ!?」

 

 乱波の拳の骨が砕け、肩からブシッと血が噴き出す。

 だが、脳無の拳も指があらぬ方向を向き、原形を留めないまでに破壊されていた。

 

「ハハハッ! 硬ぇな!」

 

 拳を砕かれながらも乱波は嬉しそうだ。

 

「変わったやつだな」

 

 荼毘がつまらなそうに呟き、冷ややかな視線を治崎に向ける。

 

「その子を渡せ」

 

「断る」

 

 治崎は即答し、砕けた乱波の腕に触れた。

 一瞬で乱波の拳と腕が再構築され完治する。

 砕けていた拳が一瞬で治癒するのを見て荼毘が僅かに目を細めた。

 

「天蓋、お前は組長と壊理を連れて地上へ逃げろ。乱波、俺たちは迎え撃つぞ」

 

 治崎は抱えていた組長を天蓋に押し付けるように渡し、荼毘を睨みながら手袋を外す。

 

「承知しました」

 

「よし! こいつら全員と喧嘩だな!!」

 

 天蓋が組長を背負い、壊理の手を引いて走り出す。

 乱波が治ったばかりの拳を構えて、走り出した天蓋を守るように前に出る。

 

「ハ! 逃がすかよ!」

 

 眼の前で堂々と逃がす算段をする舐めた態度に荼毘が吠えた。

 控えていた2体の脳無が乱波と治崎を無視し、逃走する天蓋へと殺到する。

 

「させるかッ!」

 

 治崎が床に手を付く。

 

 コンクリートの床が軋み、通路の床一面が毛羽立った瞬間、鋭利な棘と化して脳無の足元から襲い掛かった。

 

「なにッ!?」

 

 想定していなかった攻撃に荼毘の口から驚きの声が漏れる。

 だが、脳無の1体は不意打ち攻撃を跳躍して躱し、もう一体の脳無はコンクリートのトゲを足で蹴り砕いた。

 脳無にとって先端が尖っただけのコンクリートなど何の脅威にもならない。

 

 だがそれは治崎にもあらかじめ分かっていたことだ。

 オールマイトやエンデヴァーと戦った異形たちなのだ。侮ることなどありえない。

 脳無の足が鈍れば十分だった。

 

 喧嘩屋的な勘で治崎の意図を見抜いた乱破が、脳無の回避行動を予測して誰よりも迅く前に出た。

 

 跳躍し宙に浮いた脳無などただの的だ。

 無防備な背中を乱破が下から掬い上げるように殴り飛ばした。

 

 受け身も取れずに吹き飛んだ脳無の身体が天井に叩きつけられ、反動と重力に従って派手に床に転がり落ちた。

 一方で、治崎は足元の床をカタパルトのように変形・再構築して、砲弾のように自分の身体を撃ち出した。高速で空中をかっ飛び、たちまち追いついた脳無の背中に手を押し当てる。

 

 

 バツンッ!!

 

 

 乾いた音と共に、脳無の胸から下が分解されて弾け飛んだ。

 胸から上だけになった脳無が床に転がり、治崎は受け身を取って着地する。

 

「──なんだとッ!?」

 

 一瞬触れただけで脳無の身体の大半を分解して吹き飛ばす治崎の個性に、荼毘が目を見開いた。

 

 ニアハイエンド脳無はあのオールマイトと殴り合った脳無より性能が上だとドクターが力説していたのだ。それを事も無げに無力化した治崎に荼毘の危機感が警鐘を鳴らす。

 自分たちのリーダーである死柄木弔の崩壊の個性に似てるが、速度も発動条件も完全に上位互換だ。

 

「くッ!!」

 

 分解された脳無に視線を奪われている間に荼毘の周りにコンクリートの壁が一気にせり出してきた。

 

 視界を横にズラせば転がった治崎がいつの間にか手のひらを床に押し付けている。

 

 取り囲んで押し潰すつもりか!

 

「くそがッ!!」

 

 ガード役の脳無がコンクリート製のドームにすかさず剛腕を叩きつけた。分厚いコンクリートが一瞬の間をおいて吹き飛び大穴が開く。

 

 荼毘がドームから転げ出て、床に手をついたままの治崎を睨み付ける。

 

 二人の視線が交錯する。

 

 厄介だ。

 

 荼毘の目がそう語っていた。

 治崎の顔も険しい。

 胸から下を分解(バラ)した脳無がすでに下半身の再生を終わらせてピンピンしていたからだ。

 

 二人が睨み合う中、天蓋が組長を背負い壊理を連れて階段に足をかけた。

 

 このままでは逃げられてしまう。

 荼毘は蒼炎を繰り出そうとして──手が止まった。

 

 壊理が階段を登りながら不意に背後を振り返ったのだ。

 彼女の行為に特に深い意味はなかったのかもしれない。

 

 だが壊理と目があった荼毘は突如瀬古杜岳で猛火に包まれた光景がフラッシュバックした。

 

「──ッ!」

 

 今、蒼炎を放てばあの時の自分と同じようにあの子どもは火に包まれて炎で身を焼かれるだろう。自分の炎は広範囲を無造作に焼き払う。繊細な操作などできない。

 

 あの子は死ぬ。

 あの時の自分と同じように。

 

「……ちがう」

 

 首を振って幻想を振り払う。

 何を感情移入している。

 あの子は自分ではない。依頼を受けて攫う標的でしか無い。

 

 殺してしまったらドクターは怒るだろう。

 

「……そうだ、だから腕が止まっただけだ」

 

 

 立ち上がり、治崎を視界に入れながら床と天井を見る。

 ここはヤツに地の利がありすぎる。

 周囲全てがヤツの個性の武器と盾になりうる。

 

 さっきはガード役の脳無がいたから抜け出せたがコンクリートで圧殺されたら炎では対処できない。

 

「……残念だが俺では相性が悪そうだな。脳無ッ!!」

 

 指示を受けた脳無があたりに散らばるコンクリート片を拾い上げた。

 

「いいか、子どもには絶対に当てるな!」

 

 頷いた脳無がコンクリートの塊を投擲した。

 

 ボッ!

 ボボッ!!

 

 紙袋から空気が抜けるような音を発して、3体の脳無から投げられたコンクリート片が空気を切り裂き、音速を超える速度で天蓋に殺到する。

 

「あ……」

 

 脳無の投擲性能を過小評価していた荼毘が小さく声を漏らす。

 

「いかん!」

 

 治崎が慌てて、コンクリートの防壁を作り上げようとするが、音速で飛ぶコンクリート片の速度相手では到底間に合わない。

 

「──ッ!?」

 

 階段の上にたどり着いた天蓋が振り返った瞬間、コンクリート片が彼に着弾した。

 

 ドドドドォッ!!

 

 同時に展開された彼の個性:(バリア)が間一髪、間に合った。一発目を弾き返し、二発目で障壁にヒビが入り、ドアごと屋外へ吹き飛ばされ、三発目が障壁を粉砕した。

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 閑静な住宅街の一角が、まるで地下から戦車の砲撃を受けたように吹き飛んだ。一拍おいて、今度は傍のアスファルトの道路が地下から爆裂する。

 

 バラバラと道路の残骸が住宅街に降り注ぐ中、一人の男と4体の脳無が爆裂痕の穴から空中に飛び出していた。

 

「あそこだ!」

 

 崩壊した住宅の路地に男性と老人、そして幼い子供が転がっていた。無事かどうかは分からないが、少し動いているので死んではいない。内心胸を撫で下ろしながら荼毘が叫ぶ。

 

「回収しろ!」

 

 長い跳躍から地面に降り立った3体の脳無が、天蓋たちに殺到する。

 

「させん!」

 

 地面に手をついた治崎がコンクリートの塊を押し上げて地下から地表に飛び出してきた。

 

「子ども以外は叩き潰せ」

 

 天蓋に向かって振り下ろされる踵を乱破が乱打で弾き返す。

 残る2体の脳無が組長と壊理に同時に襲いかかった。

 

「くッ!!」

 

 地面に手をついた治崎が組長と壊理を土と石、アスファルトの混合物のシェルターで覆う。

 

 だが、一瞬でシェルターの防壁は粉砕され、意識のない組長が無防備に身体を晒してしまう。

 

 そこに容赦なく脳無の拳が振り下ろされた。

 肉と骨が潰れる音が響き、同時に血飛沫が舞う。

 

 一瞬で肉塊に成り果てた組長の身体に治崎の手が届き、組長の身体が瞬時に修復される。

 回復した組長の身体を二発目の拳が再び粉砕した。

 

「あぁああああッ!」

 

 治崎が悲鳴を上げながら組長の身体を再び修復する。

 だが、壊理を肩に背負った別の脳無が、組長しか見ていない治崎の背中を後ろから蹴り飛ばした。

 

 血反吐を吐きながら吹き飛んだ治崎が見知らぬ家の塀に叩きつけられ、地面に転がる。

 

 治崎は身体を一瞬で再構築し、地面を盛り上げて大質量で脳無を押し流そうとする。

 

「オヤジは殺させない!」

 

 だがそんな大質量の土石流が脳無の掌底突きで弾け飛んだ。

 巨漢とは言え、人体サイズの生物が土石流を掌底の一発で打ち砕くという、物理現象を超越してるのは脳無が保有している個性故か。

 

 そして粉砕された大質量の土砂が周囲の家を押し流し始めた。

 

「くッ! 化け物どもめ。直接触れて粉々にしないと止まらんのか!」

 

 やつらはフィジカルの化け物どもだ。

 言わば劣化オールマイトなのだ。

 

 あまりの理不尽さに絶望する治崎の眼の前で再び拳が振り上げられた。

 

 振り下ろす先はオヤジの頭だ。

 

「やめろォオオオオッ!!」

 

 足の下の地面をカタパルトのように打ち出して、治崎が砲弾のように空中を飛ぶ。

 

 スローモーションのように脳無の拳がオヤジの頭に近づいていく。

 このままではオヤジは死ぬ。

 壊理は連れ去られる。

 死穢八斎會は終わる。

 

「あぁああああッ!!」

 

 そんなことは許さない。

 そんな理不尽は許されない。

 

 空中を飛びながら治崎の集中力が極限まで研ぎ澄まされる。

 

 奴らを上回る理不尽さがいる!

 奴らを蹂躙する理不尽さがッ!!

 

 オヤジの頭部が粉砕される直前、治崎の手が脳無に届いた。

 

 

 

 

 

 

 バツンッ!!

 

 

 




今回の更新はここまでです。

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