怠惰に生きたいだけのヴィランが全てを蹂躙する物語   作:名無し

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第31話 待機組

 会議室にパイプ椅子が並べられ、10人を超えるヒーローたちが弛緩した雰囲気で待機していた。

 

 すでにガサ入れ開始から数時間が経過している。

 素直に家宅捜査を受け入れたのだ。今から暴力沙汰が起きるとは思えない。

 

 ヒーローたちが臨戦態勢にないのも当然であった。

 

「緩み過ぎだ。何があるかわからんのだぞ」

 

 ただ一人、待機中であっても緊張感を維持したまま部屋の中央に座るNo1ヒーローエンデヴァーから緩んだ雰囲気を出してるヒーローに叱咤が飛ぶ。

 重傷を負って入院していたのに、退院した即日第一線に復帰し、放つ覇気には些かの衰えも感じさせない。

 

「まあ気を引き締める必要はあるだろうが、今から何か起こるとは正直思えないがね」

 

 ヒーローの一人が端末を操作しながら呟く。

 

 

 ピロロロロッ♪ 

 

 その時、会議室の出口付近で待機していた警察官の端末が鳴った。

 

「はい……はい。分かりました」

 

 会話を終えた警察官が顔を上げて会議室を見渡した。

 ヒーロー全員がその警察官が発する次の言葉に耳を立てていた。

 

「ガサ入れは無事に終了しました。ただ、めぼしい成果は無かったようです」

 

 

「──ふぅ」

 

 ヒーローの何人かが気を抜いて椅子の背にもたれかかった。

 暴力団へのガサ入れなのだ。

 抵抗された場合、個性の使用を禁じられている警官では物理的に押し切られてしまう。暴力沙汰になった時のために、後詰めとしてヒーローが近くで待機するのは当然だった。そして個性の不正利用現行犯としてそのまま確保して留置場に叩きこむのだ。

 

 警官だけでガサ入れを行いヒーローが同行しないのは一種のハメ込みだ。

 

 

 ──だが。

 

「無駄足だったなぁ……」

 

「相手が一枚上手だったということだ」

 

 ヒーローが同行してないのは罠だというのは少し頭の回る者ならすぐに察しが付くことではある。

 

 

 終了連絡を受けて、ヒーローたちに残っていた僅かな緊張感が(ほど)けていく。

 

 弛緩する空気の中で一部のヒーローがぼやきはじめた。

 オールマイトが勇退してからチンピラヴィランが暴れる事件が増加しているのだ。

 

 こうやって待機している間に自分の管轄で起こっているであろう事件を思うと時間の使い方を考えたくなる。

 もちろん待機時間に見合った報酬は国から支払われるが、正直金銭の問題ではない。

 

「今から帰るよ、……と」

 

 壁際に座っていたヒーローが自分のサイドキックに向けてメッセージを送っている。

 待機が解かれ情報封鎖も終わったので他のヒーローも何人かはメッセージを送っていた。

 

 多数のヒーローが一ヶ所に集まっているという情報が洩れて良いことなど何一つ無い。その管轄区域にヒーローがーいないという情報だって、ヴィラン犯罪を誘引してしまうからだ。

 

 

「──エンデヴァーはこれからどうするんだ?」

 

 帰り支度を始めた一人のヒーローがエンデヴァーに声をかけた。

 オールマイトが勇退以前は交流の無かったヒーローだ。

 

 No1になってからエンデヴァーは積極的に他のヒーローと交流を始めていた。

 オールマイトほど圧倒的に強ければ、周りのヒーローは自然とオールマイトに自ら近づき交流を持ちかけていたが、自分の強さ、キャラではそんなことは起こり得ない。

 

 求められる行動は肩書によって変わる。一段高い場所から俯瞰して物事を見れるようになったエンデヴァーの意識は既に以前とは違う。

 ヒーローは個人、もしくは事務所単位で動くことが多いが、No1に求められる視界はもっと広大だ。

 そしてエンデヴァーは必要と思われることは全てすると決めていた。

 

「ああ、そうだな。まずは家に帰って妻の手料理を食べてから夜間パトロールだ」

 

「へぇ。いいね、俺も結婚を考えるかなぁ」

 

 皮肉なことにエンデヴァー自身はまだ自分の変化に気づいてない。

 だが家族との和解が進み、表情からは角が取れ、言葉の端々に無骨な男の不器用な優しさが滲み出るようになっている。

 そのことが周りからの反応に影響を与えていた。

 

 特に冬美は怖くなるくらいテンションが高く毎日上機嫌だ。

 

「フフっ……」

 

 妻の冷と冬美の様子を思い出して思わずエンデヴァーの顔に笑みが浮かぶ。

 

 

 

 ──ッ!! 

 

 

 エンデヴァーが弾かれたように立ち上がった。

 

 

 

 ドォッ! 

 ドドドッ!! 

 

 一拍遅れて、凄まじい轟音と立て続けに起こる墜落音が会議室の窓ガラスを激しく叩いた。

 

「な、なんだ!?」

「今の轟音は?」

「おい、これってッ!?」

 

 一瞬の驚きの後、ヒーローが会議室出口に殺到した。

 一部のヒーローは窓を開けてそのまま外に飛び出していく。

 

 ビルの外に飛び出したヒーローたちが目にしたのは死穢八斎會の本部棟がバラバラになりながら住宅地に降り注ぐ光景だった。

 

「バカな!」

「何が起こっている!?」

 

 建物が落下した地点から土煙がもうもうと上がっている。

 

 あまりの光景に目を丸くしているヒーローたちを尻目に、エンデヴァーは足から炎を噴き出し、空中を飛行して誰よりも早く現場に向かった。

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「……これは酷い」

 

 エンデヴァーが死穢八斎會の敷地の中庭に降り立ち、顔を顰めながら呟いた。

 死体がほとんど原形を留めていない。

 激しく損壊した死体ばかりだ。

 

 そして敷地内の八斎會の事務所と本邸が消失している。

 どちらも吹き飛ばされて敷地内に残っているのは一部の基礎だけだ。

 

 圧倒的で、とてつもない暴力がここで振るわれたのだ。

 

「生存者はいない、か?」

 

 この地獄絵図を生み出した人物(ヴィラン)も見当たらない。

 もしかしたら逃げる組員を追いかけていったか、それとも犯行を終え既に立ち去ったと見るべきか。

 

 これほどの徹底的な暴力。

 動機は怨恨か? 

 

 犯人の痕跡を探しつつ、エンデヴァーの頭の中で思考が回転する。

 

 放置するには危険すぎるヴィランだ。

 今すぐに追って、可能であれば拘束すべきだ。

 

 だが追うべき姿がどこにもない。

 

「……ギリッ」

 

 エンデヴァーの口から歯ぎしりの音が漏れる。

 この痕跡の中からヴィランの足取りをなんとかして見つけ出し、後を追うべきだとエンデヴァーの勘が告げている。

 

 だが、どれほど時間がかかるか。

 

 被害者が存在する場合は初動が全てを決める。

 建物の落下地点である一般住宅地で多数の被害者が発生しているはずだ。

 

 これほどの事件、一人で解決などできない。

 自分はオールマイトではないのだ。

 

 エンデヴァーは携帯端末に向かって叫んだ。

 

「ヒーローネットワーク、音声入力! こちらエンデヴァー。死穢八斎會案件にて事件発生。八斎會敷地内に組員と思われる死者多数。建物は吹き飛ばされ近隣の住宅地に落下。八斎會敷地内に生存者無し。犯人は不明。死穢八斎會敷地を封鎖する必要あり!」

 

 ヒーローネットワークに一気に情報を流す。

 近隣のヒーローもこれを見れば必ず駆けつけてくる。

 

「これより俺は住宅地での救命活動に向かう! 注意しろ! ヴィランの個性は桁外れのフィジカル増強系と思われる。ヴィランの追跡&確保。そして住宅地での人命救助を要請する!」

 

 2つのことを同時にはできない。そして捜索向きの個性をエンデヴァーは持っていない。

 ならば、今は被害者の救命と救助だ。

 

 脚から炎を噴き出し空中高く浮かび上がる。

 

 死穢八歳會の建物が吹き飛ばされて落下した場所は2街区ほど離れた場所だ。

 上からならば視認できる。まずは人命最優先だ。

 

「急がねば!」

 

 エンデヴァーの身体が前傾し足から噴き出すジェットによって加速を開始した。

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「怪我はないか!」

 

 エンデヴァーが全身の筋肉を振り絞って巨大な瓦礫を持ち上げる。

 瓦礫の下からうめき声が聞こえていたのだ。

 

「い、痛い……助けて」

 

「大丈夫だ、俺が来た!」

 

 エンデヴァーは怪我の様子を確認してから、主婦らしき女性を抱え上げた。片足が折れているが開放骨折ではない。適切な処置を受ければおそらく後遺症も残らない。

 

「いきなり家が崩れて……」

 

「ああ、不安だったろうによく頑張った! 安心しろ、すぐに救急車も来る」

 

 エンデヴァーの言葉に安堵したのか、すすり泣き始めた婦人を安心させるように抱えると、崩れかねない家屋からすぐに離れる。

 

「痛みに耐えているところすまない。この住宅地でこの時間に在宅している可能性のある家はどこか教えてくれ」

 

 倒壊した家屋から十分に離れた場所に婦人を安置するとエンデヴァーが尋ねた。

 この住宅地に一番詳しいのは目の前の婦人なのだ。闇雲に探していては助けられる命が助けられなくなる。

 

 エンデヴァーの言葉に婦人の目がはっと見開かれた。

 人の意識が切り替わる。

 ヒーローをやっているとたまに出会う。

 

「わ、私の家の両隣はこの時間は留守です。でもあっちの!」

 

 婦人の震える指先が二軒隣の倒壊した家屋を指さす。

 

「上杉さんの家にはまだ小さい子どもとおばあさんが! あぁ!? 私自分のことしか考えてなくて!」

 

 片足が折れているのに立ち上がろうとする婦人をエンデヴァーは押し留める。そのエンデヴァーの手に熱がこもる。

 

「大丈夫だ、俺が救助する! あなたはここで救急車や救助を待っててくれ」

 

 エンデヴァーは振り向き、上空から降り注いだ八斎會の本部棟の瓦礫に押しつぶされた上杉家の家屋を見る。一刻も早く救出が必要な状況だ。

 

 その時、反対方向の市街地で、まるで戦車砲の砲撃にでもあったように建物が吹き飛んだ。

 

「なんだッ!?」

 

 振り返ると、アスファルトらしきものが爆裂して宙に舞い、何者かが飛び出してきた。

 

「アレは……脳無だとッ!?」

 

 特徴的な頭部の形状に黒い皮膚。

 死体を改造して作り上げられたヴィラン連合の極めて強力な兵隊。

 

 ─それが、1体、2体、3体……4体ッ! 

 

 エンデヴァーの背中を驚愕と恐怖が同時に駆け抜ける。

 

「ヒーローネットワーク、音声入力! こちらエンデヴァー! 死穢八斎會案件対応中に脳無を発見! 最低でも4体! 全て黒い個体だ! 広域支援要請!! 敵はヴィラン連合だ!」

 

 そのまま脳無のいる方角に向かおうとして、かすかに聞こえた悲鳴に足が止まる。

 

 振り返ると、救助した婦人がエンデヴァーと子どもがいるという倒壊した家屋を交互に見ていた。

 婦人の瞳が動揺で震えている。

 

「ぐッ!」

 

 ──大丈夫だ、俺が救助する! 

 

 自分はさっきなんと言ったか。

 倒壊した家の中で子どもが1分1秒を争う事態なのは間違いないのに。

 

 一人でなんでもはできないのだ! 

 俺はオールマイトではない! 

 

 エンデヴァーが吠えながら倒壊した家屋に突進する。

 

 ヒーローランキング1位。

 なんというくだらない肩書なのか。

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 ズンッ!! 

 

 エンデヴァーの両肩と両足にへし折れた梁の重さがかかる。

 梁が支えていた天井や屋根の重量全てを引き受けたエンデヴァーの関節が悲鳴を上げる。

 それを鍛え上げられた筋肉が無理やり押し返す。

 

「あぁああ゛っ……」

 

 それでようやく壁の隙間から子どもの泣き声が聞こえてきた。

 夫人の言った通りだった。

 子どもが救助を待っていたのだ。

 

 背後から脳無が何かと戦っている戦闘音がかすかに聞こえてくる。気にならないと言えば嘘になる。

 だが、ここで手を離せばこの子どもは助からないかもしれない。

 

 ガチン!! 

 

 エンデヴァーのものではない別の人間の手が梁に触れると、たちまち梁が空中に固定される。

 

「ロックロック!」

 

 会議室にもいた待機組の一人だ。

 

「遅くなって済まないエンデヴァー! 俺達も救助に入る! あんたはあっちに行くべきだ!」

 

 続々と他のヒーローたちも到着してきていた。

 

「あんたの情報でみんな時間のロス無しで到着してきてる、ここは俺達に任せろ!」

 

 ヒーロー一人では何でもはできない。

 だがみんなが集まれば何でもできるのだ。

 

 ドンッとロックロックの背中を叩く。

 エンデヴァーの思いが籠められている。

 

「よし、任せたぞ! 俺は脳無を止めに行く!」

 

「ああ行け! No1!!」

 

 

 即座に駆け出し、足からジェットを噴き出しエンデヴァーが空中に飛び上がる。

 その眼の前、夕焼けの空に長大で真っ青な炎が広がった。

 

 そのあまりの美しさにエンデヴァーの心が揺れる。

 かつて目指した炎の個性の極地だ。

 練りに練って、長きにわたって鍛え上げたエンデヴァーが辛うじてその足元にたどり着いた青い炎。

 

 その完成形。

 

「……美しい」

 

 かつて息子とともに目指した頂き。

 放ったのは脳無に抱かれ空中を跳ねるあの青年か? 

 

 なぜか心臓の鼓動が跳ね上がった。

 

 20歳前後……才能があっても自分を捨てて鍛え続けなければ辿り着けない領域。あの目、爛れた皮膚。あれほどの炎を出すのに体質があってないのだ。だから爛れている。あの青年を追っているのは巨大な脳無? どうして脳無同士が争っている? いや巨体に対して頭部は普通だ。何が起こっている。あの青年はヴィラン連合か? 脳無の制御が狂った? 黒い髪。青い目。口から下の顎が特に酷い爛れようだ。

 

 一瞬が永遠のようにエンデヴァーの思考が流れ続ける。

 

 

 きっと。

 

「……体質が、あって、ない」

 

 巨大な脳無の三対の腕が振りかぶられた。

 青年が逃げている側だ。

 

 見覚えはない。

 あの青年とは会ったことはない。

 

「体質が炎を扱うのに向いてない……」

 

 皮膚を爛れさせながら個性の訓練を止めなかった長男。

 そして瀬古杜岳で焼け死んだ。

 全てはエンデヴァーの、轟炎司せいで。

 

「体質にあってない、爛れるから止めさせようと……諦めさせようと」

 

 死んだ息子の遺影に、唯一焼け残った顎の骨がフラッシュバックする。

 

 空中を飛ぶ轟炎司の目に浮かんだ涙が千切れて後方に舞う。

 次から次へと溢れかえる。

 

 それでもおまえは父親なのかという声が何処かから聞こえてきた。

 いや、自分の口がそう言ったのをエンデヴァーの耳が聞いたのだ。

 

 

 バツンッ!! 

 ドォッ! 

 

 脳無の攻撃を受け、空中で息子の下半身が弾け飛んだ。

 

 エンデヴァーの口から絶叫が迸る。

 

 

「──燈矢ぁああああああ!!」

 




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