怠惰に生きたいだけのヴィランが全てを蹂躙する物語   作:名無し

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第33話 マスターピース

 志賀丸太──ドクターの地下研究室。

 

 研究室の主と助手の小柄な脳無の前で、円筒型水槽から培養液の排出が始まった。同時に蘇生シークエンスがスタートする。

 液体の排出に伴い、水槽内で浮かんでいた死柄木弔の肉体が徐々に下降してきた。

 

 人間の死体を素体として、様々な個性を組み入れることで死体のまま擬似的な生命活動を継続させる脳無の研究は先日完成を迎えた。ニアハイエンド脳無の量産から得られた知見はフィードバックされ、ハイエンドモデルの製造に貢献し、そこから得られた知見が死柄木弔に余すところなく注ぎ込まれた。

 

 ドクターが心血を注ぎ研究してきたその集大成が今結実しようとしている。

 死柄木弔の肉体を人の枠をはるかに超えた存在に押し上げるのだ。

 

 化学的な反応はもちろん物理的な現象すら凌駕する超常個性群に支えられた肉体をドクターはマスターピースと呼称している。文字通りの意味で最高傑作だ。

 

 そしてその最高傑作に至る道は極めて繊細な制御が求められた。

 

 超常的な効果を発揮する個性が複数重ね合わせられているのだ。

 生命活動を維持したままではとても組み込めない。意図的に仮死状態、極限まで死体に近づけないと組み込んだ個性同士が反発し、肉体が弾け飛ぶのだ。

 

 先ほどまでの死柄木弔は間違いなくほぼ死体だった。

 だが、モニターには脳や内臓が徐々に生命活動を再開し始めたことを示すシグナルがグラフで表示されている。

 

「ひょひょひょ! 順調じゃな!!」

 

 志賀丸太ことドクターの顔が喜悦に染まっている。

 

 肉体の生命活動をほぼ停止寸前まで低下させていたのだ。

 そこから蘇生させるのは決して簡単ではない。

 

 だが最大の難関とも言える仮死状態からの蘇生が順調に進み、AFOと共に目指した脳無の完成形、マスターピースがいよいよ目覚めようとしている。

 

 無限の力を持つ人間を、人類の新しい形を自らが生み出したのだ。

 有頂天になるのも無理は無かった。

 

 

 

 ゴポッ……ゴポポポ……。

 

 ドレン孔から用済みとなった培養液が全て排出された。

 ドクターの見つめるモニター上で死柄木弔の脳波が覚醒領域に入る。

 

 脳波の状況を注視しながら水槽壁の収納ボタンを押す。

 

 円筒型水槽壁の水圧パッキンからパシュンとロックが外れる音が鳴り、水槽壁が下降を開始した。

 水槽下部のブロックにゆっくりと収納されていく。

 

 水槽内で体勢を保持していた器具が外れると、助手の小柄な脳無が全裸の死柄木弔の身体を支えた。

 

「ん…………」

 

 弔の瞼がピクピクと痙攣している。

 意識の覚醒に伴い眼球運動が活発化しているのだ。

 

 ゴーグルの中のドクターの目が細められ、口の両端が自然と吊り上がる。

 

「──気分はどうかね?」

 

 ドクターは待ちきれず話しかけた。

 一応、()()()でもいいように、言葉は選んでいる。

 

「…………あぁ、その声はドクター……かな」

 

 死柄木弔が目を何度も瞬かせた。

 

「いかんね、目を使うのは久しぶりで……ピントの合わせ方を忘れて…………ん……よし、見えた」

 

 天井の照明から目を逸らしつつ、首を回して死柄木弔がドクターを見た。

 ドクターも死柄木弔の目の奥底を覗き込み、そこにいるのが誰なのか見極めようとした。

 

 ともに人から外れた二人が見つめ合う。

 

 老人と青年。

 もしくは、老人と老人。

 視点を変えれば、創造主と被造物。

 一番簡単な関係性は、信者と教祖。

 

「……気分は最悪だよ、ドクター。まるでトイレから下水に流されてそこで目覚めた感じだ」

 

 ハハハと死柄木弔が快活に嗤う。

 

 ドクターも顔をほころばせながらも目は笑っていない。

 

 死柄木弔は助手の脳無に支えられらながら立ち上がった。

 素足のまま研究室のリノリウムの冷たい床をふらつきながら2、3歩歩き、背筋を伸ばしてペタペタと音を立てながら次第に歩き方が滑らかになっていく。

 

 ゆっくりと周囲を見回す。

 

 とんっ。

 

 軽くジャンプして50cmほど垂直に飛び上がる。

 その足が床に着くや否やくるりと回転して振り上げた足で回し蹴りを放つ。

 視認が困難なほどの速度で足刀が空気を切り裂いた。

 

 死柄木弔の口の端が自然と持ち上がる。

 

「ほぉ……素晴らしいな、素晴らしいよ、ドクター」

 

 2度3度と手のひらを広げて握りしめ、シャドーボクシングのように構えを取る。

 

「シッ!!」

 

 パ、パァンッ!! 

 

 繰り出した左ジャブの拳先が音速を超えて衝撃波(ソニックブーム)を放った。

 鞭と同じ要領だ。

 

 音速を超えた拳の先端が空気の面を叩き、一瞬の真空を作り出した後、その真空に向けて周囲の空気が押し寄せる。なのでソニックブームは2度鳴って周囲に衝撃波をまき散らすのだ。

 

 パキンっ! 

 

 側に並んでいたガラス製の水槽壁にヒビが入った。

 

「ちょ、壊すのは止めてくれんか」

 

「おっと、すまないドクター。年甲斐もなく嬉しくてね。摂生の影響を受けずに身体を動かすのは数十年ぶりだろうか? 少し運動をしたい気分だ」

 

 死柄木弔が微笑みながらドクターを振り返った。

 

 ドクターも苦笑いを浮かべた。

 死柄木弔の中にいるものにほぼ確信を得たのだ。

 

 そして死柄木弔が再び周囲を見渡した。

 

「そういえば()の仲間は今どうしてるんだ?」

 

 一人くらいは目覚めに付き合ってくれてもいいんじゃないか? みたいな気さくな感じで呟く。

 

「…………」

 

「ドクター?」

 

「……あぁ。マグネはもうとっくに回復して、東北の方で仲間の募集活動中だ。Mrコンプレスは同じく名古屋を中心に募集活動中だ。黒霧は九州の方に出かけている」

 

「荼毘は?」

 

「数ヶ月前から行方不明だ」

 

「行方不明?」

 

「死穢八斎會の若頭オーバーホールと戦闘になった。それ以降消息不明だ」

 

「ふーん」

 

 死柄木弔が首をコキコキと鳴らす。

 

「みんな仲間集めを頑張ってるんだな。それじゃ()も一つそうしてみるか」

 

 地下研究室の壁際のロッカーから適当な服を引っ張り出して着こむ。

 

「ど、どうするつもりじゃ?」

 

「この身体のウォーミングアップがてらに、仲間募集さ」

 

 ドクターが慌てて引き留める。

 

「待つのじゃ、まだ蘇生後の検査すらしておらんのだぞ」

 

「いいからいいから。じゃ行ってくる」

 

 手をひらひらと振りながら地下研究室の扉に向かう。

 慌ててドクターが追いかける。

 

「どこへ行くのじゃ!?」

 

「仲間集めするならヴィランが大勢いるところに決まってるだろ。対個性最高警備特殊拘置所。要するにタルタロスさ」

 

「ま、待つのじゃ!!」

 

 だがドクターの伸ばされた手が死柄木弔に届く前に空を切った。

 

「吉報を待っててくれ、ドクター」

 

 開け放たれた扉の向こうから死柄木弔の陽気な声がドクターの耳に届く。

 

 

 

 手を伸ばした態勢でドクターは扉の向こうに深刻な視線を向けたまま硬直していた。

 歯車型のゴーグルをかけたままドクターの顔が歪む。

 

「失敗…………じゃった、か?」

 

 そのままの姿勢で時間が経過し、やがてゆっくりと振り返って壁に並んでいる個性格納容器の一群を見つめ、隣に控えている助手の脳無を見た。

 

 

 

「……やはりそうするしかないか」

 

 呟いたドクターの声には重い覚悟が籠められていた。

 

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