怠惰に生きたいだけのヴィランが全てを蹂躙する物語   作:名無し

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第34話 タルタロス

「これくらい距離があれば十分か」

 

 足元では大きな波がうねりをあげている。

 

 対個性最高警備特殊拘置所(タルタロス)から西の沖合へ10km離れた海上で、死柄木弔は個性:エアウォークで海面すれすれに浮かんでいた。

 

 常時厳戒態勢を敷いているタルタロスは言うなれば海上要塞である。

 本州本土側からタルタロスまで遠浅になっている海底に基礎を打ち込み、総延長5kmの橋が架けられており、囚人の護送、日常物資の補給はその橋を経由して行われている。

 

 タルタロスの防衛システムは当然のことだが一般には公開されていない。

 

「──だが、まあ防衛ドクトリンというのは合理性の極致だからね。推測するのはむしろ容易い」

 

 外からの攻撃を防ぎ、内部からの脱走を防ぐ。

 眼球の内部構造を変化させ、本土から伸びる橋脚を確認する。

 

「爆破ボルトが使用されているな。襲撃、もしくは大規模な脱走が起きると橋は全部海中に落ちるわけか。そしてリフトアップ機能は無し、と」

 

 リフトアップ機能など付けたら、管制室が敵対勢力に制圧された時点ですべてが終わる。一度橋を落とせば起重機(クレーン)船で時間と手間をかけて海中から引き上げる運用になってるのは間違いない。

 

「本土の側の……青銅の門だったか? やはりあそこから攻める意味はないな」

 

 非常時に海に落ちてしまう橋など侵攻ルートとしても脱出ルートとしても使えない。

 逆説的にタルタロスは空と海からの防衛に特化しているということだ。

 

「空は対空砲かな? 海は船舶での接近を想定して機雷と魚雷のセットといったところか」 

 

 そしてそのどちらにも対応できるように迎撃用の自動ドローン部隊を待機させているはずだ。

 

「監視網はレーダーは当然として赤外線センサー、あとは監視カメラ画像をAIで自動処理して人員は最小限にしてるんだろうな」

 

 あと、無いとは思うが個性使用を検出する広範囲センサーも想定しておくべきだろうか? 開発されたという話は耳に入ってきてないが、ヴィラン囚人を監視するために極秘裏に開発されている可能性はある。

 

 タルタロスの最下層は海面下500mという話だったはず。

 仮に個性感知センサーがあると想定すると、囚人の監視にも使用するなら最大で500m範囲を検知する可能性があるとみておけばいいか。

 

 慎重に考えすぎて、無い可能性が高いギミックをあまり過剰評価しても結果が歪んでしまう。

 単純に、侵入する際は500mにまで近づいたら個性を使わない方針でいいだろう。

 

「……まあ、要するに穴だらけというわけだ」

 

 こんなざっくりとしたプランで侵入成功がほぼ確定しているのだ。

 どこが難攻不落なものか。

 

 

 手首を逆方向に引っ張ってストレッチをしながら、死柄木弔の顔に幼い少年が悪戯を思いついたときのような笑顔が浮かべる。

 

「さて、そろそろいいかな?」

 

 背後の太陽を振り返った。

 夕方遅い時間で西日がタルタロスの防壁を赤く染めている。

 

 監視カメラも赤外線センサーもこの時、この方向からは完全に無力化される。レーダーも海の波で撹乱され、人体程度の大きさは検出できない。

 

 死柄木弔は両の手のひらを太陽に向けると、身体を前傾させて複数の個性を同時起動した。

 

「空気を押し出す、筋骨発条化、瞬発力×4、膂力増強×3」

 

 死柄木弔の腕が歪に変形する。

 

「……さあ、行くか!!」

 

 次の瞬間、手のひらに空いた穴から猛烈な勢いで空気が押し出された。

 

 

 ドォオオオオオオオ!!

 

 地上で空気砲として使えばビル群をなぎ倒すほどの威力がある。

 だが海上でそれを推進力として使えばどうなるか。

 

「おぉおおおおお!?」

 

 空気を切り裂き、弔の肉体が猛烈に加速していく。

 当然、空気砲を推進力として試すのはこれが初めてだ。

 

 顔面に当たる空気が次第に熱くなっていく。

 ジェット戦闘機と同じだ。

 機体先端部で空気が断熱圧縮され、マッハ2を超える戦闘機では先端の温度が200度を超える。

 

 加速し続ける死柄木弔の肉体を突如として円錐状の白い霧のような物が取り囲んだ。

 音速を超えた戦闘機等で確認されるマッハコーンと呼ばれる現象だ。

 

「あ、熱っ!? マジか、こんななるのか!?」

 

 思わず口を開けた瞬間、口の中に入り込んだ空気が弔の肺を問答無用で破裂させた。

 内臓の一部を海上にぶちまけながら、バランスを崩した弔が海面に突っ込んだ。だがこの速度域では海中に没することはなく、海面に弾かれて鞠のように弾んで転がっていく。

 

 河原で平たい石を投げた時に起こるあの現象だ。

 

 海上で弾む度に遠心力で振り回された手足が波と接触してへし折れる。そして即座に治癒する。破裂した肺もとっくに修復済みだが、自分の無様な状況に死柄木弔は猛烈なおかしさを感じた。

 

 あれほど大物ぶって上から目線で分析しておいてこの体たらくなのだ。

 

「ハッ、ハハハハハ!!」

 

 海面を弾むように転げ回りながら笑い出すのを弔は堪えることができなかった。

 生まれて初めての思いが胸の奥から湧き上がってくる。

 

 バシャッァアアアア!!

 

 顔面を海面に叩きつけられて反動で弾み、回転が加速する。

 

「ハハ! なんだこれ!? なんなんだこれッ!?」

 

 空気砲での加速はすでに止めている。エアウォークも使っていない。

 それでも短かったとはいえ一時期は音速を超えていた弔は急速にタルタロスに近づいていく。

 

 ここまで沖合10kmの地点からわずか数秒しか経過していない。

 

「おっと! 笑ってる場合じゃないなッ!」

 

 回転に合わせて両手を海面に叩きつけた。

 手のひらを叩きつけられた海面が数mにわたって凹み、反動で死柄木弔の肉体が空中に飛び上がった。その背後で巨大な水柱がワンテンポ遅れて盛大に噴き上がる。

 

「ハ、ハハハッ!」

 

 生まれて初めて感じる衝動に突き動かされ、死柄木弔は破顔しながら叫ぶ。

 

「たーのしーーーーーい!」

 

 慣性のみで空中を飛翔する弔の肉体がタルタロスの防壁を飛び越えたあたりで、猛烈な勢いで警報がなり始めた。

 

『セキュリティレッド発令! セキュリティレッド発令! 侵入者アリ!! 侵入者アリ!!』

 

 警報音と同時に拡声器が職員へ通告している。

 

『各フロアは自動的に封鎖されます!』

『職員はただちに厳戒態勢に移行してください!』

 

「ハハ、おせーよ」

 

 およそ時速300kmで吹っ飛びながら手をかざし、全力で電波を放出する。

 事実上の電磁パルス攻撃だ。即座に警報が鳴り止む。

 

「そーれ!」

 

 敷地西部の管制塔らしきものに宙を飛ぶ弔の身体が急速に接近していく。両手両足を前方に突き出す。もちろんその程度で安全に着地できる速度ではない。

 

 両手両足がコンクリートと衝突し砕けるのも意に介さない。衝突した瞬間は間違いなく壁面に5指で触れているのだ。すぐさま崩壊を放つ。

 

 もちろん全力で放ったりはしない。

 ここには仲間のスカウトに来ているのだ。

 

「ここからがウォーミングアップの本番だな!」

 

 崩壊し塵と化す監視塔の壁を蹴って、減速しながら空中を跳ねる。

 

 

 ──そしてタルタロスに死柄木弔の哄笑が響き渡った。

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「は?」

 

 而今を見舞いに来たその病室で俺はTVの映像にくぎ付けになっていた。

 

 いつものように眠っている而今の隣で俺の近況を語り始めたところで、隣室や廊下からざわめきが起こったのだ。不穏な空気があたり一帯に広がっていく感覚。どうやらTVのニュースが原因らしい。気になって据え付けのTVをつけてみたらコレだ。

 

『市民の皆さんは至急安全を担保できる場所に避難してください! 繰り返します。至急安全が担保できる場所に避難してください!』

 

 TV画面の中で刑務所らしき高い塀に囲まれた施設が炎上していた。アナウンサーがヘリに乗りながら眼下の様子を実況し続けている。

 

『繰り返します。昨夕、対個性最高警備特殊拘置所(タルタロス)が何者かによって襲撃されました。拘留されていた凶悪なヴィラン犯罪者が数百名脱獄し、現在その脱獄したヴィラン犯罪者が各地のヴィラン刑務所を襲撃しています』

 

「コレって……」

 

『現在襲撃を受けている刑務所は、九隠刑務所です。今までに紫案刑務所、婆柩刑務所が襲撃により全ヴィラン囚人が脱獄しています。該当する地域に住んでいる市民の皆さんは至急避難してください。避難にあたっても一人ではなく必ず集団での移動を心がけてください』

 

 而今から嫌になるほど説明を受け、そして自分自身でも未来余地の夢で視たあの景色だ。その景色が夢ではなく現実のTVに映し出されている。

 

 未来余地の夢の中ではこの後一週間とかからず日本の治安は崩壊した。そして日本社会は急速に終末に向かって加速していく。

 

 いつの間にこんな事になった?

 昨日までは平穏な日々だったじゃないか。

 

 いや、まさか……。

 

 ざわつく予感に突き動かされて個性を起動する。

 

「個性:ワンコインピッカー!」

 

 前回起動したのは三日前だったか。

 その時には奴の反応は無かった。

 

 だが。

 

 嘘だろ、反応がある!?

 

 椅子から飛び跳ねて、病室の窓を開け東の方角を見る。

 すぐにTV画面を振り返る。九隠刑務所ってここから東北東の方向だ。

 

 なんてこった!

 AFOの反応がある!!

 奴が、奴が蘇ったのだ。

 

 自分の間抜けさに腹が立つ。

 以前は事あるごとに小銭泥棒を起動して確認していたのに、今では2日とか3日に一度とかの頻度になってしまっていた。

 

 何やってんだ、俺は。

 

「くそ! 今すぐ殺してやるぞAFO!!」

 

 すでに複数の刑務所で脱獄が発生している。

 AFOを再び殺しても社会の崩壊は止まらないかもしれない。

 

「だがそんなものは関係ない。おまえは而今の仇だ!」

 

 東北東方向に距離は172kmと138751mm、 目標(ターゲット)捉えた(ロックオン)。そこに奴が()える。

 

 最初から全力だ。腕の血管が破れようが構うものか!

 

「個性:ワンコインピッカー、バース……と!?」

 

 空振った!?

 いや、奴に指が届く感覚がしない。

 

「どういうことだ? 別人!?」

 

 そんなわけはない。

 それなら最初からワンコインピッカーの視界で()えるわけがない。

 

 口に手を当て、目を眇める。集中する。

 

 

 ──深く深く、見直す。

 

 

「……違う、AFOじゃない」

 

 TVのスピーカーから爆発音が聞こえてきた。画面の中で刑務所の門が吹き飛んだ。すぐに受刑者の群れが塀の外に向かって溢れ出した。

 

「いや……間違いなくAFOだ。だが、何かが変質している……こんなの初めてだ」

 

 ベッドで何も知らずに眠り続ける而今を見る。

 社会が崩壊すれば、而今の治療は止まる。

 

 絶対に、何があっても社会を崩壊させるわけには行かない。

 

 なら俺ができることは一つだけだ。

 AFOは何やら変わってしまったようだが、幸いにも見るだけなら見える。場所は分かるのだ。気づかれないように近づき、目標(ターゲット)捕捉(ロックオン)する。

 

 問題ない。同じことをもう一度やるだけだ。

 

 その後、逃げ出した囚人どもを一人残らず狩り尽くしてやる!

 

 偽装とかバレないようにとかもういい。もうどうでもいい。

 而今さえ無事ならば。

 

 幸い病院へはバイクで来ている。

 やつの元へ2時間もあればきっとたどり着ける。

 

 窓から離れ、而今の眠るベッドに近づく。

 

 静かに眠る而今の頬に触れる。

 もう傷跡など残ってもいない。

 

 もう誰にも傷付けさせない。

 

「行ってくるよ、而今」

 

 俺は病室の出口に向かった。

 

 2時間だ。

 2時間で決着を付けてやる。

 

 扉に向かう俺の手が不意に引かれた。

 慌てて振り返る。

 

 そんなまさか、と思いながら首を限界まで捻じる。一秒でも早く彼女を見たかったから。

 

「──待って、帑鹵(どろ)。あなたが行くべきなのはそっちじゃないわ」

 

 彼女の手を握り返し、構わず引き寄せる。

 そして俺は強く、強く自今を抱きしめた。

 

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