怠惰に生きたいだけのヴィランが全てを蹂躙する物語   作:名無し

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第35話 パスポート

 ゴ、ゴツッ!! 

 

 而今が俺との身体の隙間に腕を入れて肘でかち上げてきた。

 

「あーもう! は・な・れ・な・さ・い!!」

 

 怯んだ俺の首に手を当ててグイグイ押してくるので俺の首が容赦なく閉まっていく。

 

「ちょ、待て! げほっ! 而今、待てって!!」

 

 なんでだよ! 

 おかしいだろ!! 

 

 さすがにちょっと冷たすぎじゃないか!? 

 

 不満に思うが喉が痛すぎる。

 渋々腕を解く。

 

「なあ? おまえずっと寝てたんだけど、おまえが目覚めるのを待ち続けた俺に先に何か言うことがあるんじゃないか?」

 

 俺の顎に肘打ちするより先にさ? 

 

 而今から離れて目を擦って涙を拭う。

 この涙は顎と首の痛みのせいだ。

 もうなにもかも台無しな気分がする。

 

「言うこと、ですって?」

 

 而今の形の良い眉がキリリと持ち上がる。

 

「じゃあ言うけど、寝ている私の唇を指でなぞるのは流石にキモいから止めた方が良いわよ?」

 

「なあっ!?」

 

 俺の顔から血の気が引いていくのを感じる。

 

「私だから許されるけど、他の女性にそんなことしたらセクハラよ?」

 

「ま、待て! まさかお前起きてたのか!?」

 

「寝てたわよ?」

 

「じゃあ、なんで知っ……あっ!?」

 

「ええ、全部未来余地の夢で見てたわ。帑鹵(どろ)が今みたいに泣いてるのもぜーんぶ見てました!!」

 

 見られてた、だと!? 

 

 ドンっと血圧が上がり、顔が火照っていくのを感じる。

 同時にその理不尽さに頭に血が昇る。

 

「じゃあ起きろよ! お前、俺がどんな気持ちで!」

 

「そういう訳にいかなかったの! 目覚めたらせっかく貰ったエネルギーが消えちゃうし!」

 

「はぁ!?」

 

「もういいから! 何もかもが終わったら全部後で説明するから! 本当に今は時間がないの!!」

 

 確かにそれはそうだ。

 TVの映像では刑務所から溢れ出た囚人どもの一部が我先と言わんばかりに市街地に向けて走り出している。

 

 襲撃されたヴィラン刑務所はどれもこれも凶悪なヴィランばかりを収容していた。

 反省など欠片もせず、人格が自分の個性に引っ張られて血と欲と暴力に狂ってる連中ばかりだ。

 文字通りの意味で人の形をしているだけの獣だ。

 

 TVから而今へ視線を戻す。

 

「まあ……確かにそうだ、時間がない。治安を崩壊させるわけにはいかないしな」

 

 頭に冷静さが戻ってくる。

 それに而今が目覚めてくれたので大分気が楽にはなった。

 

「ここからじゃ殺れないから、ちょっくら現地に行ってAFOを始末してくる。その後は見かけた脱獄囚や、便乗して暴れてるヴィランは皆殺しにするから戻ってくるまでちょっと時間はかかると思う」

 

 とりあえず、出かける前に良いことがあった。

 頭も冷えた。

 

 あとはAFOを殺して、而今の未来余地のサポートさえあれば他の刑務所から逃げた脱獄囚も皆殺しだ。

 

 ()れる。

 俺と而今なら。

 

 

 パシっ! 

 

 病室の外に向かいかけた俺の手を而今が掴む。

 

「──だから違うって。帑鹵(どろ)が向かうのはAFOのところじゃないの!」

 

「いや、あいつ殺さないとマズイだろ? オールマイトはもう引退しちまったんだぞ。一度殺ったから分かる。エンデヴァーや他のヒーローじゃあいつは殺れないと思う」

 

「いいから私を信じて。帑鹵(どろ)は何よりも先に行くべき場所があるの」

 

 而今の未来余地は100%的中する。

 その而今がここまで言うなら俺が今すぐ行かないといけない場所があるのだ。

 

「分かった。……それはどこだ?」

 

「パスポートセンターよ」

 

 

 

 

「…………はぁ?」

 

 あまりにも意外な場所で俺の目が点になる。

 

「そ……んなの、いつでもいいんじゃないのか?」

 

 確かに俺はパスポートは持ってないが、海外に行く用事など俺にはない。

 

「あと3時間ほどで各地の行政サービスが停止し始めるわ。今すぐ行かないとパスポートを取得できなくなるの」

 

「お、おう。それが?」

 

 昔と違って窓口で申請すれば1時間程度でパスポートが発行されるのは知ってる。

 

 だが、今必要か? 

 

「はい、帑鹵(どろ)の端末」

 

 而今が端末を渡してきたので受け取る。

 

「おう…………で?」

 

「後の指示は端末に送るからその通りに行動してね?」

 

「而今は来ないのかよ?」

 

 今更ながら、日本から二人で脱出するという選択肢もあるのだと気づいた。

 

「私はやることがあるから」

 

「……ああ、そうだったな」

 

 而今は最初の最初から日本と世界を破滅から救うために行動してるんだった。

 俺とは違う。

 

「頑張れよ」

 

「あなたもね、帑鹵(どろ)

 

 ようやく俺を見て笑いやがった。

 

 だけどすぐに笑顔を引っ込め、而今は自分の端末をものすごい勢いで叩いて何かメッセージを打ち込み始めた。

 もう俺を見もしない。

 鬼気迫る顔で端末にものすごい勢いで文章を打ち込み始めた而今になんと声をかけようか迷う。

 

「早く行けって言ってるでしょう!?」

 

「忘れ物があるんだよ!」

 

 端末を叩く而今の手を取る。

 手を握る。

 

「後じゃダメだ。絶対に今伝えるべきなんだ。いいか而今、目覚めてくれて俺は嬉しい!」

 

 勢いが良すぎて額同士が当たった。

 顔を離すと而今が顔を真っ赤に染めていた。

 

「こ、こんなの未来余地で無かったのに!?」

 

「ハハ、ずっと眠ったままのお前が悪いんだ而今。じゃあ行ってくる! 後でな、全部説明しろよ!」

 

 而今を残し、病室を飛び出した俺は廊下を駆け抜けていく。

 日本が崩壊しそうだってのに、足が軽い。

 

 廊下を走る俺に向かって看護師から注意が飛んでくるが、構うものか。

 俺はヴィランだ。ルールなんざくそくらえだ。

 

 ああ、そうだ。

 絶対に怠惰な日々を手に入れようぜ、而今。

 

 さくっと日本と世界を救ってからな。

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 校長室の机に置かれたモニターの中で昨夜からぶっ通しでリモート会議が行われていた。

 会議参加メンバーはヒーロー公安委員会の委員長を始めとした幹部職員、警視庁に高級官僚、そして閣僚級政治家が何名か。

 根津校長の顔も流石に疲労の色が濃い。

 

 対個性最高警備特殊拘置所(タルタロス)が何者かに襲撃され、収容されていたヴィランが脱獄してしまったのだ。

 施設の壁面や床、機材の大部分が消失しており、襲撃には過去に記録の無い個性が使用されていたということだけは分かっている。最悪なことに職員が一人残らず殺害されており、情報がほとんど得られていない。

 

 本土から遠く離れた孤島を拘置所としたのが問題だった。コンセプトがそもそも間違っていたのだ。外部からの襲撃が成功した場合、タルタロスではきわめて強力なヴィラン数百名が解き放たれて、施設内を自由に行き来できるようになるのだ。

 即応できるトップヒーローを10名20名かき集めてそんな所へ送り込めば、まず間違いなく返り討ちに遭う。

 

 個性黎明期以前、実在したらしい海上監獄が機能したのは囚人は監獄から脱出できても武器を持っていなかったからだ。個性社会の現在ではヴィランは監獄から解き放たれた途端に強力な兵器(個性)で武装されたテロリストと化す。

 

 そんな武装テロリストの集団に対抗できるほどの戦闘力の高い1000名のプロヒーローが集まるまで時間をかければ、その頃には囚人たちは脱獄済みとなる。

 

「…………」

 

 リモート会議の中で議員と官僚が責任の擦り付け合いで、聞くに堪えない口論を始めてしまった。

 右のTVモニターでは九隠刑務所の襲撃現場の中継が映っている。今まさに、1000人規模の脱獄が始まろうとしているのにだ。

 

 目の前で日本社会が音を立てて崩れようとしている。

 

 モニターの中で醜態を晒している議員と官僚を見る根津校長の目が厳しいものに変わる。完治したはずの顔の傷痕が疼き、心の奥底に封じたはずの思いが首をもたげた。

 

 やはり人間は愚か。滅ぼさなければ……。

 

 暗黒面に落ちかけた根津校長がハッと我に返り、自分専用の小さなティーカップを傾け、一気に紅茶を飲み干した。

 

「根津です。責任の追及など後回しにして頂きたい。今は市民の安全の確保が第一です。現在雄英高校の敷地内に避難所を設営中です。明日までに10万人の受け入れ態勢が整います。他のエリアの避難所の設営進捗状況を確認したい」

 

 その時、根津校長の端末にメールが届いた。

 公開しているアドレスなので、マスコミの取材やその他読む必要のない雑多なメールが届いたりする。

 

 緊急事態が進行中の今は確認する優先度は低い。

 

 だが。

 

【AFO殺害犯より紅茶を飲み干したばかりの根津校長へ。我々にはあなたが必要です】

 

 思わずリモート会議からメールの方に意識が向く。

 すぐに机の上のボタンを押した。

 

 バチン!! 

 

 天井の四隅でセキュリティ対策機器が起動し、校長室内の無線機器を破壊するための電磁パルスが放出された。

 リモート会議を映してるモニターと端末は有線接続で、通信内容は常にモニタリングされている。

 何らかの無線監視装置が校長室内に仕掛けられているなら今ので死んだはず。

 

 だが直後に2通目のメールが届いた。

 

【セキュリティチェックは不要です。私は予知能力者です。あなたの助けが必要です】

 

 もうリモート会議の内容は耳に入ってこなかった。

 たった2通のメールタイトルのみで根津校長の興味と関心を引き、そして予知能力者である証拠を提示してのけたのだ。

 

 本来なら無視されるか確認が後回しにされるであろうメールを今自身に読ませた手腕に根津校長は感嘆を禁じ得なかった。

 

 2通のメールを開き、メール送信者の手腕にある意味相応しい衝撃的な内容に思わず固まった根津校長だが、すぐにオールマイトを呼び出した。そしてヒーロー公安委員長に話をつなげる。根津校長の影響力でもって間接的に公安を動かそうというのだ。

 

「HAHAHAHAHA! こんなことが起こるなんてね!」

 

 睡魔が吹き飛んだ根津校長は精力的に活動を再開した。

 

 

 




※最終回が近づいてきているので誠に勝手ながら今話以降、ネタバレ防止のため感想返しをお休みします。ご理解をお願います。
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