怠惰に生きたいだけのヴィランが全てを蹂躙する物語   作:名無し

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第36話 死柄木全 オール・フォー・ワン

「……なんだ?」

 

 7箇所のヴィラン刑務所への襲撃を終えて、死柄木弔は蛇腔市に帰ってきた。

 

 そして首を傾げた。

 

 街の大通りに人っ子一人いなかったからだ。

 今は午前10時。車や人が行き交っていて当然の時間帯のはずだった。

 

 だが、建物の中にも人の気配がしない。

 怪訝に思いながらも蛇腔総合病院の正面玄関にたどり着き、果たして中を覗き込んでも誰もいなかった。

 

 正面玄関には鍵がかかり、受付も閉鎖されている。

 

「どうなってんだ?」

 

 明らかに普通ではない。

 きょろきょろと周りを見渡す。

 

 まあ……誰もいないのであれば構わないだろう。

 

 人目にはつくが、正面玄関から近い方の出入口を使うことにする。

 扉に近づくとセンサーが反応し死柄木弔の網膜をスキャンした。セキュリティチェックをクリアし、開錠されて扉が自動的に開く。

 

 そのまま関係者以外立入禁止と表示された扉を開け、ドクターの地下秘密研究室に向かう階段を降りていく。

 薄暗い照明のもと、廊下の冷たい感触を足裏に感じながら主培養層のエリアに足を進める。

 

 

 

 進む先に人の気配を感じた。

 

 どうやらドクターは在室のようだ。

 街と病院が無人になっている理由を聞いてみようと思いながら扉を開けた。

 

「ドクター、戻ったぞ」

 

 水槽の並ぶ薄暗い部屋の中、弔の視界の先でドクターが一人で計器の前に立っていた。

 死柄木弔の声にドクターが振り返った。歯車型のゴーグルが地下室の照明を反射しギラリと光る。

 

「──ようやく帰ってきたのか。随分と派手に暴れたようじゃの。タルタロスを皮切りに、7箇所のヴィラン刑務所全てを陥落させたそうではないか」

 

「情報が早いな。なに、全てはドクターが作り上げたこの身体があったからこそだ。聞いてくれよ、ドクター。タルタロスなんか評判倒れもいいところだったぞ。拍子抜けするくらい脆かった」

 

 死柄木弔が両手を広げながら破顔する。

 

「しかし身体の損傷を気にする必要が無いというのは本当に革命的だな。マスターピースのこの身体と超再生の個性の組み合わせは最高だよ」

 

 死柄木弔がドクターにウインクして見せ、ハハハと朗らかに笑って見せる。

 

「…………」

 

「ドクター?」

 

「ああ、いやすまん。考え事をしていた」

 

 ドクターがのっそりと言う感じに首を振る。

 そして弔を見やり、苦言を呈した。

 

「大分楽しんできたようじゃが、笑い事ではないぞ。おかげでこの三日間、TVはもちろん、ラジオやネットでもヴィラン大脱獄のニュースで溢れかえっとる」

 

「……そんなにか」

 

「当たり前じゃ。脱獄した連中があちこちで大暴れを始めとる。刑務所近隣の街以外でも市民の避難が始まった。お陰様で蛇腔市にも避難勧告が出た」

 

「あー、なるほどな。道理で街に人っ子一人いないわけだ。病院が無人なのもそれか」

 

 大きな影響が出ていることに死柄木弔は愉しさを覚え、自然と笑みが浮かぶ。

 

「悪いな、ドクター。病院で閑古鳥を鳴かせちまった」

 

「構わんよ。それよりもだ」

 

 ドクターが死柄木弔を上から下まで観察する。

 

「身体に異常はないかね?」

 

「ないね。とても快適だ、ドクター。まさに生まれ変わった気分だ」

 

 くつくつと嗤う。

 自分の言ったジョークに自分でウケているのだ。

 だが、死柄木弔の会心のジョークにもドクターの表情は緩まない。

 むしろ額に刻まれた皺がより深くなった。

 

「その……笑い方だけは以前のままなんじゃな」

 

「ん、どういう意味だ?」

 

「いや、気にせんでくれ、それよりもだ」

 

 ドクターは思わず漏らした言葉から話を逸らした。

 

「すまんが、ワシの方で各国の友人には連絡を入れておいたぞ。計画では公安とヒーローの動きを見てからじゃったが、お主の方で7箇所全部を墜としたのだ、前倒しするよりほかあるまい」

 

「ん? 計画?」

 

「国落としの計画じゃよ。事前にあれほどワシと一緒に計画を練ったではないか」

 

「あ、あー……そうだったな」

 

「日本の警察とヒーローに大量のヴィラン脱獄囚という負荷をかけて機能不全に追い込むのが計画の第一段階。そうであろう?」

 

「あー、分かってる。分かってるとも」

 

「……忘れておったな?」

 

 ドクターの追求に死柄木弔が肩を竦めて見せる。

 

「大丈夫だ、今思い出したとも。日本で混乱を起こし、各国からの介入を防ぐために友人たちに世界各国で暴れてもらう……そうだったな?」

 

 ドクターが弔の方へ歩み寄りながら、じっと弔の顔を見つめる。

 決断をする時の目だ。

 

 責められている雰囲気を感じ、弔が曖昧に苦笑いを浮かべるが、ドクターの表情は昏かった。

 

「……やはり、そうなのか」

 

「なにがだ?」

 

 ドクターが口を開き……そして閉じて、再び口を開く。

 そして躊躇いがちに問う。

 

「お主は今、自分が……誰だと思っている?」

 

 唐突な問いに弔は面食らった。

 

「は?」

 

「誰じゃ、と問うておる」

 

「その質問の意味が分からないぞ、ドクター」

 

「……お主は誰じゃ?」

 

 ドンッ!! 

 

「俺だ!!」

 

 裏拳で殴りつけた傍らのアクリル製の水槽が土台ごと吹き飛んだ。

 

「君の一番古い友人に決まってるだろ、ドクター!?」

 

 苛立たし気な弔の言葉には迷いも揺らぎもない。

 そしてだからこそドクターの顔が絶望に染まった。

 

「あぁ……やはりか。やはり間違いじゃったのか」

 

 ドクターの目から涙が溢れだし、歯車型のゴーグルの内部を満たしていく。

 

「全ては……全てはワシが迷ったからじゃ」

 

 ドクターが首を振り己の所業を嘆く。

 

「……AFOよ。いや、弔よ」

 

「弔だと!? 違うぞ!! さっきから変だぞドクター!? 何を言っているんだ、この身体は確かに弔のものだが、俺はAFOだ。ドクター自身でこの身体に個性を移植したではないか」

 

「────ッ」

 

 ドクターの顔に悲痛なものが浮かび、苦しむように胸を押さえた。

 自身の迷いの末に良かれと思っての行為が、このような結果を齎してしまったのだ。

 

 溢れる後悔で胸が痛む。

 

 

 

 

「──ドクター」

 

 その時、穏やかな声が地下研究室に響いた。

 

 スーツを着た見慣れぬ30代らしき男が水槽の影からゆっくりと歩み出てきた。

 白い髪が無造作に切りそろえられ、額の髪の生え際からは小さな角が一本生えている。

 

「──ッ!?」

 

 男が視界に入った途端、死柄木弔(AFO)の思考が完全に停止した。

 まるで脳が裏返るかのような衝撃が突き抜けて身体が硬直する。

 

「もう気は済んだかね? 僕など一目で分かったがね」 

 

「待て、お前は……誰、だ?」

 

 この男と会ったことは……無い。

 それは断言できる。なのにどこか、なぜか見覚えがある。

 

 絶対に知っているはずなのに思い出せない。喉の奥に何かがつかえたような、もう少しで手が届くようで届かない。

 

 死柄木弔が言葉に詰まってる間にその男がドクターを慰めるように声を重ねる。

 

「ドクター。結果論で自分を責めなくていい。誰にも予測できなかったことだ。そもそも圧倒的に試行回数が少なかったのだ。死体の脳無に個性の人格を発現させるのと、生きている人間に個性を移植したのとで結果が違ってくるとは君でも予測はできなかった」

 

 男の穏やかな喋り方が無性に弔の癇に障った。

 不可思議な焦燥感はすぐに怒りに置き換わった。

 

「ドクター! この男は何だ! 俺に断りもなく、なぜ部外者を入れている?」

 

 ドクターは答えなかった。ただ、苦渋に満ちた顔で弔と男を交互に見ている。

 

「ふふ、部外者、か」

 

 スーツの男がおかしそうに笑った。

 

「……お前は誰だ?」

 

「ドクター、もういいかね?」

 

「……すまぬ。頼めるかね」

 

 ドクターの言葉に軽く頷きながら男がゆっくりと弔に近づき、親し気に肩に手を乗せる。

 

「初めまして、弔の中の僕よ。君は誰だと問うたが、答えようではないか」

 

 白髪の大柄な男が首を少し傾け、親愛の情の籠った目を向ける。

 

「僕は死柄木全。君の本体であるオール・フォー・ワンだ。ただし君が忘れてしまっているであろう全盛期の頃のね。そうだな、100歳ほどは若くなったかな?」

 

 オリジナルのAFOの言葉に死柄木弔の目が大きく見開かれた。

 

「バカ……な、身体は失われた……はずだ」

 

 弔が肩に乗せられた手を乱暴に払いのける。

 

「そうとも! 俺の元の身体は脳を抉られて死んだ。あの状態から蘇られるわけがない! ましてや若返るなど!!」

 

 弔は言い切ってからハッと気づいた。

 ドクターがマスターピースの基礎研究で生み出したハイエンド脳無では、生前の人格と記憶を維持できていた。

 

「まさか、俺の死体を手に入れて脳無にしたのか?」

 

「発想が飛躍しすぎている。慌て過ぎだ、弔の中の僕よ。そんなにこの僕が衝撃的だったかね?」

 

 含み笑いをしつつオリジナルのAFOが額の角に触れる。

 

「僕たちの元の身体は火葬済さ。とっくに灰になってる。だけどね、ドクターの尽力の賜物で別の手段で蘇れたのさ」

 

「……不可能だ」

 

 弔の口が呟く。

 

「ふふ、今弔の中にいる僕がそれを言うか。実に面白いね」

 

 AFOが苦笑いしながら肩を竦め、言葉を続ける。

 

「僕がここにこうしているのが現実だ。認めたまえ。それに時間はあまりない。先走った弔の中の(AFO)が国盗りを始めてしまったからね。このまま国盗りを最後までやり切るために、これから存分に働いてもらうぞ」

 

 AFOの言葉を聞き、死柄木弔(AFO)が首を僅かに傾けた。

 

「……働いて貰うぞ。だと? その言葉は一体誰に言っている?」

 

 ぎょろりと目を動かしスーツ姿のAFOを見上げた。

 マスターピースとなった死柄木弔(AFO)の目に暴力を予感させる色が混じる。

 

「もちろん、僕にだ。弔混じりのできそこないの僕よ」

 

 若く健康な肉体を取り戻したAFOが胸を反らし、侮蔑を籠めて弔を見下ろす。

 あの全盛期のオールマイトと引き分けた頃より若く強力な肉体と鍛え上げた個性を併せ持ったAFOの身体から暗いオーラが立ち上る。

 

「できそこない……だと?」

 

「そうとも。自覚がないようだが君の中に宿っているのは僕のオリジナル個性ではない。ドクターが用意した複製個性だ」

 

「なん……だと!?」

 

 告げられた事実に死柄木弔(AFO)が愕然とする。

 だが次の瞬間ぐるっと首を回してドクターを睨み付けた。

 

「どういうことだ、ドクター! 計画ではオリジナルの個性を移植するはずだったではないか!」

 

 怒りに震えた弔が吼えたてる。

 怒りを向けられたドクターが目を逸らしつつ叫ぶ。

 

「それはAFOの本体が生きておった頃の計画じゃ! AFOの本体は死んで失われてしもうた!! この上万が一! 万が一にもマスターピースへの手術が失敗すればAFOが失われてしまうのじゃ!」

 

 ドクターがガクリと床に膝をついた。

 

「永遠に……失われてしまうのだ。ワシの前から……」

 

 AFOがドクターを慰めるように肩に手を置いた。

 

「ドクターを責めないでやってくれ、弔の中の僕よ。複製個性に差し替えたのは仕方がないことだった。複製個性故に弱い人格となった僕が弔と混じりあうなどドクターであってもさすがに予見などできんしな。それに当の僕が混じりあってる自覚がないときた」

 

「許せ、と?」

 

 ドクターを睨みながら弔が短く問う。

 

「少なくともできそこないの僕より、ドクターの方が大事だとも」

 

 弔が奥歯を噛み締めギリっという音が地下研究室に響いた。

 

「……古い俺はお忘れのようだ」

 

 死柄木弔が五本揃った指をゴキゴキと鳴らす。

 太ももと両腕の筋肉が歪に盛り上がる。

 

「……俺のこの体はドクターの手によって無限の力を持つ新しい人間として生まれ変わった。個性がオリジナルか複製か。この身体の前にそのような些細なことは最早問題ではない」

 

「ほう?」

 

 AFOの目がわずかに細くなった。

 

「お行儀の良い古い俺にヴィランの理を教えてやる。俺の方がお前などより強い。おまえを部下としてなら使ってやるぞ」

 

 空気が軋み始めた。

 地下研究室に二人のAFOの圧力が満ち満ちていく。

 

「あ、あわわわわ……」

 

 泣き崩れていたドクターが今度は腰を抜かして後退っていく。

 

「複製人格の出来損ないが吹き上がりおって」

 

「……俺が複製だとしても、俺の方が強いのは変わりない。弱く古き俺よ。俺に従え!」

 

 個性黎明期を支配した二人の魔王が地下研究室で睨み合う。

 重苦しい殺気が空間を満たし、計器類のガラスが音を立てて次々とひび割れていく。

 

 研究室の奥の方で機材が火花を放ち、小さな爆発を起こした。

 

「出来損ないとはいえ、さすが僕ではあるか。頑固だ。仕方ない、強さを見せつけるとしようか」

 

 ふっと殺気を収め、AFOが振り返って研究室の出口に向かって歩き始めた。

 

「ここではドクターに迷惑がかかる。幸い蛇腔市には誰もおらん。外で存分に実力差を思い知らせてやるとも」

 

 弔も黙ってAFOの背中を追う。

 足音が冷たい廊下に響く。一歩、また一歩。

 

 前を歩くAFOの背中は全くの無防備だった。自分が圧倒的な上位者であると信じて疑わない傲慢さがそこにはあった。

 弔がAFOの背後に三歩の距離まで近づいた瞬間だった。

 

 常人を遥かに凌駕する弔の右腕が音速で跳ね上がった。

 空気を切り裂き、手刀が無防備なAFOの背中を一直線に貫く。

 

 ゴボッ! 

 

 鈍い破砕音と共に骨を砕き貫いた弔の手が背後からAFOの胸腔内で脈打つ心臓を鷲掴みにした。

 

「ぎ……さま゛ッ!」

 

 AFOが口から大量の血を吐きながら後ろを振り返り死柄木弔(AFO)を睨みつけた。

 

「外でやる、だと? バカかお前は」

 

 弔は自身の腕を血に染めながら、心底バカにしたような表情を浮かべた。

 

「俺をあそこまで煽って怒らせておきながら背中を見せる間抜けさに呆れるよ。他人の感情によくそんなに無頓着でいられるな?」

 

 心臓を掴んだ手に力を込める。

 

「なんと脆い身体だ。これが俺の全盛期とは笑わせる」

 

「ぐッ!」

 

 弔は躊躇うことなく五指で心臓を握りつぶした。

 

「あばよ、古い俺」

 

 手の中の心臓が砕け塵に還っていく。

 

「あ゛ぁ゛ああ゛ああッ!!」

 

 AFOの背中から手を引き抜いた死柄木弔と、胸から血を噴き倒れていくAFOを見てドクターの絶叫が地下秘密研究室内に響き渡った。

 

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