怠惰に生きたいだけのヴィランが全てを蹂躙する物語 作:名無し
オールマイトと脳無が正面から殴り合って、文字通りオールマイトが力で
「すっげーなぁ……」
「呑気なこと言ってないで、ほら急ぐ!」
「おっと、そうだった」
而今の言う通りだ。
いつの間にかオールマイトの活躍を眺める観客の気分になっていた。
ほんとオールマイトは華がありすぎる。
一目散に駆け出した而今の後を追いかけた。
急がなければ俺たちの目的が果たせなくなる。
「未来余地で予め落下地点が分かっていれば楽だったのにな」
「悪いけどそこまで便利なものではないわ」
だから脳無が空から落ちていく先を実際に双眼鏡で追うしかなかったわけだ。
高台から駆け下りながら二人で目的地の雑木林に向かう。
「──いたわ!!」
「あれか」
肌が黒い異形の姿をした改人脳無が雑木林の中で倒れていた。
落下の際に周囲の木をなぎ倒したようで、倒れたまま身動きしていない。
「動いていないな。死んでるんじゃないのか?」
「いいえ、生きてるわ」
雑木林の下枝を払いのけながら而今が脳無に無造作に近寄っていく。
「おい、不用意に近づきすぎだ。そいつが生きてるなら危険だ」
「大丈夫よ、この脳無は自分で考えて動かない。指示を出す死柄木弔がいなければただの人形よ」
「本当かよ?」
だが、下生えをかき分けて近づいて行く而今とその後ろにいる俺に脳無は反応しない。
「…………」
俺たちが脳無の側までやってきても、こちらを見もしないし黙ったまま身動き一つしない。
興味がない、のではない。そういった思考能力すらないように見える。まるでロボットだ。
「……個性を複数与えられた人間は思考能力が低下するみたいなの」
「そうなのか? それじゃあいくら強くても兵隊として使いにくいだろうに」
だがさっきまでオールマイトと殴りあっていたのに、そしてこんな所まで吹き飛ばされたのに脳無は怪我一つ負っていなかった
いや、違うな。もうすでに治ってしまったんだ。
これが超再生の個性の力なのか。
「なあ、これって……」
「そうね」
而今も俺と同じことを思ったようだ。
「オールマイトは脳無に勝ってなどいないってことね」
怪我がすぐ治ってしまうのであれば、この脳無を殺さずに戦闘不能の状態にするのは無理なんじゃないか?
それに遠くへ吹き飛ばしても無力化できていない。
もしこの場に死柄木弔がいて新たに命令を下せば、再びこの脳無は何事もなかったように動き出すだろう。
これではとても勝利とは呼べない。
「オールマイトが倒せないヴィランか……まさに刺客だな」
たとえ頭が少々悪かろうが、これほど強靭な肉体があればいくらでも使い道がある。
オールマイトがこの脳無を倒しきれないのであれば、他のヒーローだって無理じゃないか?
余程脳無と相性が良くなければ倒すのは不可能に思える。
「奴が……死柄木弔が脳無の持ち味を引き出せなかったからこの結果になったが、仮に上手く扱えていればもしかしてあの場でオールマイトが負けていた?」
「かもしれないわね」
地面に転がったままの表情のない脳無を見る。
「平和の象徴オールマイトが負ける、か」
それは困る。
俺の怠惰で平和な生活の基盤を支えているのは平和の象徴オールマイトなのだ。
「
「……やはりやらなきゃだめか?」
「この先に待っている破局を回避できるのは
ため息が出た。
「ほら、この脳無で殺す練習をするよの、
ロクでもないことを真顔で言う而今に改めて俺は肩を竦めた。
◇◇◇◇◇◇
俺の個性は他人から小銭を掠め取ることができる。
通りすがりのサラリーマンのポケットの中の財布から気づかれることなく100円硬貨を盗み取れるし、買い物の最中の主婦のバッグの中にある財布の中からだって、
個性の名前の通りだ。非常にわかりやすい。
施設の職員に連れられて、発現した個性を申請した時の市役所の窓口の大人の顔を今でも覚えている。
ロクでもない悪党を見る目だった。
まあ実際ロクでもない悪党に育ってしまったわけだが。
個性はそいつの人格そのものを体現しているケースが多い。
要するに俺は他人の財布の中の小銭を掠め取るように生まれついたのだ。
ヴィランとして生まれて、個性通りの立派なヴィランに育っちまったわけだ。
その小銭を掠め取る個性を発動する。
「個性:
口に出さずとも発動はできるが、個性名をしゃべりながら発動すると効果が高まる。
ベトッ。
俺の右の手のひらに500円硬貨の大きさにスライスされた血まみれの肉片が現れた。
同時に脳無の左の太ももから血が吹き出す。
だがその傷はすぐに塞がってしまった。
「予想通りショック吸収の個性では帑鹵の個性は防げないみたいね」
「ああ、そのようだ」
手のひらに感じる血と肉の感触が不快なのでその辺に投げ捨てようとして……思い留まる。
この後、脳無を追いかけて警察がやってくるのだ。
迂闊な真似はできない。
「でも結構大きな切り傷のはずなのにやっぱり超再生の個性ですぐに治ってしまうのね」
「……みたいだな」
脳無本体の傷はすぐに治ったが手のひらの肉片は増殖するような気配はない。
本体と切り離されると超再生の個性は効果を発揮しないとみるべきか。
「はい、どうぞ」
而今が蓋を開けたジップロップを俺の方に笑顔で差し出してきた。
「……準備がいいことで」
なんで笑顔なんだよ。
この女怖いよ。
「個性:
ジップロップに脳無の太ももの肉片を投げ入れて、再び
手のひらに再び肉片が現れた。
さっきよりも纏わりついている血の量が多い。
そして無反応だった脳無の身体が今度はビクンと反応した。
手で胸を押さえ、脳無の身体が痙攣している。
「さすがにこれは効いたか?」
「どこを抉ったの?」
今までにない反応を示した脳無を興味深そうに観察しながら而今が聞いてきた。
「心臓だ」
正確には左心室だ。肺から戻ってきた血液を全身に送り出すために最大の血圧を生み出す心臓の要の部分に500円玉の大きさの大穴を開けてやった。普通の人間なら致命傷だ。
もちろん自分の個性を使って人の心臓を抉るなんて真似は生れて初めてだが、意外と動揺しないもんだな。多分、脳無が人というには異形過ぎるせいもあるだろうが。
脳無はしばらく苦しんでいたが、しばらくすると元の無反応状態に戻ってしまった。
「心臓だと回復に1分ほどかかるみたいね」
「……のようだな」
心臓に大穴が開いても治ってしまうことに而今は驚いていない。
俺は驚いているんだけど、而今に合わせてポーカーフェースを維持する。
「でも傷自体の大きさは太ももと同じだぞ。それで回復にかかる時間が増えてるということは、身体の部位によって回復に掛かる時間が違うってことなのかな?」
「違うのかも」
而今が顎に手を当てて考え込んでいる。
切れ長の目に思わず見惚れそうになる。
「……何が違う?」
「ああ、ごめん、まだ結論は出せないわね。個性に論理や合理を当てはめても意味はないし」
「まあそうだが」
個性の多くは超常現象だ。物理法則を無視したり無から有を生み出す個性も珍しくはない。
俺の
何年前だったか、個性で奪い取れる対象が硬貨に限らないんじゃないか? と、ふと思いついたのも本当に偶然だった。
そしてたまたま目に入った街路樹の枝に個性を発動したらちょうど500円硬貨の太さだった枝が切断されて道路に落ち、俺の手のひらには輪切りになった木片が現れた。
「考えるよりも試した方が早いわ。時間もないしね」
オール・フォー・ワンを倒すのに一番の障害となるのは間違いなくこの超再生の個性だ。
普通の人間相手なら一撃必殺になりうる俺の個性がオール・フォー・ワンには致命傷にはならず、超再生で治ってしまう恐れがある。
ぶっつけ本番でやってダメだったでは済まないからな。
この捨てられて回収されなかった脳無は俺たちに実に都合が良かった。
これは奴の慢心なのか油断なのか。
どちらにせよ夢の中で視たあの余裕ぶった態度のオール・フォー・ワンの大失態で俺たちが付け入る大きな隙だ。
「しかし心臓でダメならどこが弱点になるのか想像がつかねーな」
脳無は心臓を切り裂かれても死なない文字通りの不死身の化け物だ。
「超再生はすごい個性だけど、どんな個性でも無限に使用はできないわ。筋肉と同じように使い続ければ疲労して使えなくなる。最悪でも帑鹵が脳無の心臓を毟り続ければそのうち死ぬと思うわ」
「個性の持久戦を仕掛けろってか?」
「超再生の個性の弱点が見つからなかった場合はそうなるわね。それがイヤならもっと真剣に探しなさい」
「でもさ? 実際、オール・フォー・ワンは脳無を刺客としてオールマイトに送り込んだわけだろ? ショック吸収でオールマイトの打撃を吸収して超再生の個性で傷を治し……殴り合いの持久戦でオールマイトを倒す。つまりオール・フォー・ワンも個性の持久戦に自信があるんじゃないか?」
「そうね。でもそれはあくまでオールマイト対策よ。しかもその戦法はさっき目の前で失敗したのを見たでしょ?」
「失敗したけど、持久戦のミスっていうより死柄木弔がバカだったからだろ?」
こんな単純な作戦でもリーダーがバカだと失敗するんだよな。
「否定はしないわ。切り札の脳無という生きたサンプルをこうやってヒーロー側に回収されようとしているしね」
「俺たちはヴィランだけどな」
昨日の作戦会議の時、而今が散々俺に説明したことを思い出す。
死柄木弔の穴だらけの作戦にGoサインを出し、わりと投げやりのような後継者の育成手法。オールマイトを倒したいのか、死柄木弔を育成したいのかどっちつかずの方針。使用された脳無の回収プランも無しという情報漏洩に対する無頓着さ。
悪の帝王オール・フォー・ワンは慎重な策略家などではない。
そういう仮面を被っただけの脳筋だと。
「ね? オール・フォー・ワンのやってることって穴だらけなのよ。頭脳派じゃなくて脳筋派。強い個性を山程抱えて、ゴリ押しして勝ってきた成功体験が彼に隙を作っている」
そう言って微笑む而今を見ていると何とかなりそうな気がしてきた。
「心臓毟って死なない程度、大した問題ではない、か」