怠惰に生きたいだけのヴィランが全てを蹂躙する物語 作:名無し
「トガヒミコ?」
「そう」
而今は頷いた。
俺は首を捻った。
未来において社会崩壊の原因につながるヴィラン連合の面々については而今から説明を受けていたし、何なら未来余地を使って夢で視させられた。
「トガヒミコがヴィラン連合に加盟する切っ掛けはステインの動画が広まったせいだろ?」
その未来は俺たちが摘んだ。
ステインは俺が殺して、その遺体は警察に回収された後どうなったか分からん。
ニュースでは「ヴィラン同士の潰し合いが起こったのではないか」と、杖を付いたターボヒーローインゲニウムがTVの取材に答えていた。
ヒーロー社会に亀裂をもたらす大きなうねりを起こすはずだったステインの演説動画は存在しないし、今後も生まれることはない。トガヒミコがヴィラン連合に加入する切っ掛けは無いはずだ。
夢の中で視たトガヒミコを脳裏に思い浮かべた。
10代後半の病んだ眼をしたセーラー服を着た少女。恍惚とした表情を浮かべながら犠牲者の血を吸って他人に擬態する個性。覚醒すると擬態した他人の個性を扱えるようになる極めて危険なヴィランだ。
新聞紙上で今も騒がれている連続失血死事件の犯人でもある。
他人の命よりも自分の吸血快楽を優先する一種の快楽殺人鬼だが、ヴィラン連合に加入しないのであればヒーロー社会の崩壊につながるほどの影響力は無く、俺が殺して排除しなければならないほどではない。
まあ、俺はヒーローではないからな。
「それがね? 昨夜視た未来余地ではそのトガヒミコがブローカーに斡旋されてヴィラン連合に合流するシーンだったわ」
「…………脳無による保須市と仙田区同時襲撃事件が効いたか」
もしくはそういう強い流れがあるのかもな。
而今も最初に言ってたじゃないか。
変えられる未来と変えられない未来があると。
変えられない未来があるのであれば、つまりそういう元に戻そうと働く力だってあるってことだ。
崩壊しかけた未来で起こるヴィランとヒーローたちの雌雄を決める決戦で、トガヒミコはヒーロー側に多大な犠牲を生み出していた。こうなると俺の怠惰な生活のためには放置していいヴィランではない。
「というわけで、トガヒミコがヴィラン連合に合流する前に殺しましょう」
「……分かった」
死という絶対的な終わりで彼女の未来を絶てばどんな力が働こうが戻せないだろう。
俺の怠惰な生活のためにトガヒミコには死んでもらう。
◇◇◇◇◇◇
「がっ!?」
路地裏で30代と思しきサラリーマンの男性が地面に倒れた状態で虚空に手を突き上げた。
「ちうちう」
首をナイフで切られた男性の血が地面を赤く染めていく。
その傷に口をつけて恍惚とした表情で血をすすり飲むセーラー服姿の少女はトガヒミコであった。
濃厚な血の匂いが広がるそこに俺と而今は足を踏み入れた。
「……今回は間に合わなかったか」
「そのようね」
サラリーマンの首から流れ出した血液の量は一目で失血死を想像させるものだった。
トガヒミコの口から覗いて見える牙のような歯が赤く染まり、喜悦に歪み涙に濡れる彼女の顔を俺は
「でも切り替えましょう? 犠牲者が少ないに越したことはないけど、救命が目的じゃないわ」
「それに……遠慮する必要はないよなって思わせてくれる、か」
目の前にいるのは猟奇的連続殺人鬼だ。
パッと見は可愛い女子高生に見えるが、実態はそんな可愛らしいものではない。
個性に振り回されて、周囲からは理解されない自分のことを被害者面しながら他者の血を、命を奪い続けてるシリアルキラーだ。
恍惚とした表情を浮かべながら、そして泣きながら血を啜る女だ。
「こういうのは趣味じゃなかったが、仕方ないよな? なぁ、トガヒミコ?」
俺が合図をすると而今が一歩後ろに下がった。
同時にトガヒミコの気配がかき消すように薄くなり、まるで透明人間みたいに視界から姿が消える。
「おっと」
唐突に俺の右側から姿を現したトガヒミコがナイフを振り下ろして…………そのまま地面に突っ伏した。
「ああぁあ!?」
トガヒミコが地面に転がったまま両足首を手で押さえて苦痛の声を上げた。
「もう
俺が彼女に手を伸ばすと足首に続いてトガヒミコの両手首から血が噴き出した。
地面にナイフが転がる。
「ああ゛っ!?」
「悪いが両手両足の腱を切らせてもらった。お前はもう立てないし歩けない。物も掴めない。逃げることはできないぞ?」
未来余地の夢の中で視たトガヒミコは嬉しそうに血を「ちうちう」と吸いながら泣いていた。
地面に転がってる男性の死体を見る。
着ているスーツから既婚者の雰囲気が伝わってくる。
多分家には妻がいて、そして娘がいたりするんだろう。
家に帰ると駆け寄ってくる娘を抱き上げたりする子煩悩だったりするのかもな。
きっと良いお父さんだったんだろう。
……もう死んでるが。
俺は余所見を止めてトガヒミコに向き直った。
好きになった人と同じになりたい、か。
夢の中で視た彼女は泣きながら叫んでいた。
難儀な奴だ。
「お前にとっては生きにくい世の中なんだろうな。同情はできんが」
血まみれになりながら四つん這いで俺たちから逃げ出そうとしてるトガヒミコの腹を蹴り飛ばして地面に転がした。
転がったトガヒミコが涙でグチャグチャになった顔を俺たちに向けて何か叫んでいる。
「よく泣くよな、おまえ。まあ今おまえが泣いてるのは俺のせいだけどな」
両手両足の腱を失った少女がズリズリと後ずさっていく。
「ぐっ! どうしてこんな酷いことするのっ!?」
トガヒミコが俺を睨んでる。
泣き止んだか。
「俺は怠惰に暮らしたいんだ。まあ要するに俺が自由に生きるために俺のルールをお前に押し付けてるんだ」
「帑鹵。時間をかけると人がやって来るわ」
後ろから而今が声をかけてきた。
「分かってる」
「……変な性癖に目覚めないでね?」
どこか揶揄するような而今の声。
「正直言うとやりたくないんだが、やっぱりやらないとだめか? 殺すだけでいいんじゃないか?」
「そういうわけにいかないのよ。このまま普通にトガヒミコを殺しただけだと警察の捜査が私たちに及ぶの」
「そうだけどさ」
而今の未来余地を重ね掛けして未来を視たのだ。
今警察に追われるのはまずい。
「でも遺体が酷い状態だと怨恨殺人だと疑われて迷宮入りになるの説明したでしょ
腱の切れた足で俺を押しのけようとトガヒミコが足掻いている。
泣き止んだ少女は俺を憎悪の籠った目で睨んでいる。
「趣味じゃねーんだけど」
「じゃあ私がやろうか?」
「いやそれもダメだ」
俺から少しでも離れようと這いつくばって逃げようとし始めた。
あれだけ他人の命を奪い続けてるくせに生き意地の汚い奴だな。
「先に殺してしまうのは不味いんだよな?」
「だめよ。死体だと生体反応が変わるし、未来で警察の動きが変わるわ」
「はぁ……」
ほんと憂鬱だ。
俺はトガヒミコに馬乗りする。
「あぁ! や、やめて!」
「いや、お前が今まで殺した奴にそう言われて止めたことあんのかよ?」
手を振り回して暴れるトガヒミコを強引に押さえつけた。
まずは身動きできなくなるまで殴って痛めつけるか。
俺は持ってきておいた金属製のグローブを両手に装着した。
人間の頭は硬いから素手で殴ると手の方が骨折する。
だからこういうのを用意したほうが良いと而今にアドバイスされていたのだ。
「……お前も最期に笑って逝けるとは思ってなかっただろ? 直接の犠牲者だけで数十人。悲しみに暮れる遺族は数百人だ」
ゴッ!!
トガヒミコの左頬を鉄の拳で加減しながら殴りつけた。
顔の皮膚が裂けた。
「ぎゃ、あ゛ッ!!」
もう一発。
ゴスッ!!
……コトが終わった後、俺は彼女の心臓にナイフを突き立てた。
完全に脱力しきっていたはずのトガの身体がくぐもった音を立てて痙攣し、彼女の胸から流れ出した赤い液体が地面に広がっていく。
「お前は同情なんてして欲しくなかったんだろ?」
心臓を貫いたナイフを抜き取り、立ちあがってトガヒミコを見下ろした。
夢の中で彼女は叫んでいた。
「だからまあ……同情なんかしないぞ、俺はヴィランだからな」
最後まで俺を睨みながらトガヒミコは死んだ。
それでいい。
後ろを振り返ると而今が俺を見ていた。
こいつ、どうやって知ったのか、トガヒミコの子供時代のエピソードとか彼女の親の仕打ちを俺に喋るんだ。
絶対分かっててやっただろ、質が悪すぎる。
溜息をつくと、トガヒミコの横に跪き、焦点の失われた目を閉じてやった。
「……もっと別の優しいやつがお前に寄り添ってくれてたら、こんな結末にはならなかったのかもな」