古典部の夏紀行 Travelogue of summer 作:wade
夏休みに入って1週間ほど過ぎた頃だった。その日、郵便ポストには旅行中の姉からの手紙が入っていた。ハッキリ言って、奉太郎には姉からの手紙に良い印象はない。例の古典部に入ることになったのも、姉からのほとんど命令に近い要請が書かれた手紙に端を発していたからだ。恐る恐る封筒を開けると、中には手紙と何かが入っていた。
「切符…?」
姉からの手紙の内容を要約すると、こういうことだった。
もうしばらくしたら、家に帰る。ところで、手違いから一日普通電車乗り放題券を8枚購入してしまった。もうすぐ期限だから、あんたが適切に処理しなさい。
どうせ毎日暇を持て余してるんでしょう? 折木供恵。
大きなお世話だと内心毒づきつつ、奉太郎は切符を手に取り、有効期限を確認した。
「10日後…」
奉太郎は大きく溜息をつくしかなかった。切符は8枚、1人で使うことを考えたら1週間以上も電車に揺られなければならない。そんなことはごめんだ、奉太郎はばっさりその案を却下した。
1人で処理するのは不可能、それなら他人に協力を求めるしかない。奉太郎は重い腰を上げると、ふらふらと電話に向かう。こんな状況でかける相手といえば、1人しかいないだろう。
「はい、福部です」
電話に出たのは福部里志本人だった。わざわざ、読んでもらう手間が省けたのは不幸中の幸いかもしれない。
「やぁ、ホータローの方からかけてくるなんて珍しいね。一体どうしたんだい?」
奉太郎は、手短に自分の状況を伝えた。
「へぇ、僕なら手を叩いて喜んじゃうけど…確かにホータローにとってはやっかいな贈り物だね」
「あぁ、ただの嫌がらせだ」
「あはは…そこまで言わなくても」
「それでだな、もしお前が良ければこれを全…」
「そうだ。ホータロー、明日は空いてるかい?」
「明日?まあ空いてるが」
「確か摩耶花は漫研で来るはずだし…」
「ん?里志、一体何の…」
「じゃあホータロー。明日学校に来てよ、その切符を持ってさ」
「あぁ、別に構わないが」
「よし、千反田さんには僕から連絡しておくよ。じゃあよろしく」
千反田?伊原?なぜ、あいつらを呼ぶのだろうか。奉太郎は、そう思いつつ受話器を置いた。
まぁ、いいか。
奉太郎としては、このやっかいな切符とおさらばできればそれで良いわけである。
里志は、この切符を羨ましがっているようだったし、受け取り拒否とはならないだろう。
奉太郎はソファーに腰掛け、テレビを付ける。
正直、8枚も押し付けるのは気が引けるところもあったのだが…そうか。
奉太郎は適当にテレビのチャンネルを回し始めた。
さすがの里志でも8枚は使い切れない。だから、8枚のうち何枚かを千反田や伊原に渡すと。
なんて事はない、単純なことだ。
奉太郎はそこで思考をやめた。やめてしまった。
さて、人間誰しもいまいち頭が働かないというのは往々にして直面することである。
そしてそれは、大抵の場合において悪い方向へと作用するだろう。
では、今回の場合はどうだろうか?
その答えを奉太郎が知るのは少し先のことになる。