古典部の夏紀行 Travelogue of summer 作:wade
「では目的地を決めたいと思います、みなさん何かご意見はありますか?」
まず口を開いたのは福部里志だった。
「そうだねえ、どうだいホータロー?」
「なんで俺に聞くんだ」
「そりゃ、何たって今回の夏合宿はホータロー発信だからさ」
「俺は合宿をしたいなんて一言も言ってないぞ…、大体古典部が合宿なんて何の意味が…」
「折木!」
「うっ…」
伊原摩耶花のプレッシャーは、奉太郎を萎縮させるのに十分なものだった。
「では…改めまして、みなさんどこか行きたいところはないですか?」
「そうねえ、大阪とかどう?」
伊原摩耶花は、席に座り直しつつ続ける。
「観光スポットはたくさんあるし、食べ物も美味しいし、ほら…こっちに比べたらいろんなお店とかも大きいじゃない?」
「そうですね、一日や二日では回ることができないくらい観光名所がたくさんあります」
「うーん…」
「どうしたんだ里志?」
明らかに聞い欲しいとでもいうような唸り声を上げ、福部里志は難しい顔を浮かべていた。
「実は、僕親戚が大阪にいてさ…結構行っちゃってるんだよね」
「そ、そうなの?」
「奇遇だな、実は俺もそうなんだ」
「お、折木まで!?」
「…」
そして、テーブルの片隅では千反田えるがどこか落ち着きのない様子で佇んでいた。
「ち、ちーちゃん…もしかして…」
「は、はい…、実は私も母方の親戚が大阪にいて…」
3対1。言うまでもなく、伊原摩耶花の大阪案は却下となった。
「…では、他の方…」
「はい!」
福部里志が勢いよく挙手をする。
「では、福部さん」
「僕は、博多を提案するよ」
「ほう」
「食べ物が美味しいってのは有名だけど、その他にも街全体が大正レトロ風になっている門司港とか、ヨーロッパ風の建物が並ぶマリゾンとか、見所はいっぱいだよ」
「それは…とっても気になります!!」
「だが、大阪より大分遠いぞ。乗り継いで行けるのか?」
「あぁ、大丈夫だよ。ちゃんと調べたから」
里志は、時刻表とメモを取り出す。
「始発に乗って…博多に着くのは11時だね、夜の!」
一瞬で部室の空気が固まった。
「…却下だな」
「…却下ね」
「…流石にちょっと」
3対1。里志の博多案もあえなく、却下である。
「そんなぁ…、ほんの18時間くらいの電車旅じゃないか!ホータロー!」
「おい、千反田!お前は行きたいところないのか?」
「わ、私ですか…!?」
急に意見を求められた千反田えるは、驚いた表情を見せ、少し間を置いてからこう言った。
「そうですね、私は…宮島に行ってみたいです」
「宮島っていうと広島か」
「はい、実は昔から行ってみたい場所でして」
新たな案が出たことで、場は動き出す。
「大阪よりは遠くて…」
「博多よりは近いな」
摩耶花の言葉に奉太郎が続ける。
「里志、広島ならどんな乗り継ぎになるんだ?」
「えーっと、ちょっと待って」
里志は時刻表をパラパラと捲り、そして勢いよく立ち上がった。
「まずは5時24分発の高山本線岐阜行に乗る。岐阜に着いたら東海道本線特別快速大垣行に乗り換え。大垣に着いたら米原行に乗り換えて、米原からは東海道山陽本線新快速姫路行に乗る。11時40分には神戸に着くよ。神戸を出るのは12時25分発のでいいかな。東海道山陽本線新快速播州赤穂行に乗ってまずは相生に着く。そこで岡山行に乗り換えて、14時37分に岡山に到着。岡山から山陽本線 福山行に乗り換えて、福山から山陽本線三原行に乗って糸崎に到着。糸崎から16時26分発の山陽本線岩国行に乗って、広島には17時47分に着くね!」
大変なことに変わりないが、さきほどの博多案に比べれば幾分か現実的である。
(まあ、許容範囲内だな…)
「オレは、千反田の広島案に賛成だ」
「あたしも賛成」
「うん、僕も。宮島以外にもいろいろ見所はありそうだしね」
「あの、ほんとによろしいんですか…?」
千反田える以外の3人が頷く。
「で、では!広島に決定です!」
これが今回の夏合宿とは形ばかりの、古典部による小旅行が行われることになった経緯である。
行き先が決まれば、そこからは早いものだった。
伊原摩耶花が超格安のホテルを見つけ、千反田えると福部里志で入念な旅行計画が作成された。気がつけば、例の会議から二日後には、古典部一同は電車に揺られていたのである。
「…木さん…折木さん!」
「ん?」
周りを見渡すと、電車は停まっていた。
「乗り換えみたいですよ」
見上げると、千反田えるがこちらを見つめていた。
その表情は、遠足を翌日に控えた小学生の如く、キラキラと輝いていた。
「ホータロー!早くー!」
「もー、置いてっちゃうわよ」
福部里志と伊原摩耶花既は既に電車を降りていた。
奉太郎は、重い腰を上げると電車の降り口へと向かう。
(まあ、ここまで来たら楽しむしかないか)
奉太郎はそんな諦めにも似た納得をする。
だが、奉太郎自身も気づいていない心のどこかで、実は楽しみにしていたのかもしれない。
隣を歩く、この好奇心全開のお嬢様のように。
古典部の夏紀行、もとい夏の小旅行。それはまだ始まったばかりである。