【安価】お前らの考えた設定でVtuberやる 作:〆鯖(ハーメルン)
ハネルさんバ妹肉事件からしばらく。あの後すぐ電話して「自分を売り物(R18)にするような真似はよくない」と叱ってみたものの、効果はなさそうだった。よく考えたら完全にブーメランだしな……うん……*1。
ハネルさんの暴挙は絵師界隈に波乱を巻き起こし、余波でおれのチャンネル登録者数もかなり増えた。動画の再生数も上がっている。主にハネルさんとコラボした、1000人記念配信のやつが。おかげでボイスの売上は順調だし、家計もかなり改善したけど、きっかけがアレなので素直に喜べない。数字と引き換えに人として大事なものを着々と失ってる気がする……。
そんな葛藤を抱えつつ普段通りバイトと配信に精を出していたら、頼知さんからまたコラボのお誘いを頂いた。といっても今回のコラボ相手は頼知さんではない。おれと同じくらいの規模の、駆け出し音楽系Vtuber数人の、くじ引きカラオケ大会に誘ってもらったのだ。
「私めの腐れ縁が主催のイベントなのですが、当初参加する予定だったVtuberさまの1人がご用事で急遽参加できなくなったそうでして。詩蓮しゃまに、代打として入って頂けないでしょうかっ。急な話で本当にごめんなさいっ」
「いえ、こっちは大歓迎といいますか、ピンチヒッターとはいえ誘ってもらえてとても嬉しいんですけど……その、本当におれで良いのかなー……っていう」
両性具有でノーパンでチャイナだぜ? 言外に問いかけると、頼知さんは甘々なロリボイスをでれっでれに緩ませて言った。
「え、エッチなのって……うへへ、最高、ですよね……」
「頼知さん???」
「にゃっにゃんでもありません! ごほん。そ、その点については問題ナシです。そもそも無茶をお願いしてるのはこちらですし、バ妹肉事件で詩蓮しゃまのセンシティブなイメージも大分霞んだ、じゃなくて変わりましたし」
まあなあ。褐色白レオタード複乳ちょいぽちゃロリハルピィの神絵師だもんなぁ。ちょっと色んな声が出せるだけのアラサーなんて霞むよ、そりゃ。
「今はどちらかというと歌いながら筋トレする印象が強いですね」
「ああ、ハネルさんとデュエットしたから……」
それはそれでどうなんだ、と思わなくもないが、エッチな人だと思われるよりは断然マシだ。この調子でイメージ改善に務めていこう、うん。さしあたってはこのカラオケ大会だな。
「えーと、とにかく代打の件承りました。複数人のコラボは初めてなので不手際があるかもしれませんが、どうぞよろしくお願いしますと先方にお伝えください」
「はいっ、ありがとうございます! カラオケ大会参加者のグループがあるので、今そちらに招待しますね。当日がとっても楽しみです!」
「はは、ご期待に添えるように頑張ります」
といっても、曲はくじ引きなのであらかじめ練習とかはできないんだけど。とりあえず他の参加者さんに挨拶しなくちゃ。多分1番のぺーぺーだからね。礼儀作法は大事。
詩蓮:初めまして。頼知さんのご紹介で代打に入ることになりました、詩蓮です。色々と拙いところもあると思いますが、どうかよろしくお願いします。
コインランドリー:ありがとうございます!!! ありがとうございます!!! もう参加者4人で告知しちゃってたんで……首の皮一枚で助かりました
加賀美玉郎:ドタキャンしてすみませんでした。詩蓮さんも、コインランドリーさんも、ご迷惑をおかけして申し訳ない。
エル・ラニーニャ:妹さんが彼氏連れて帰省は仕方ないにゃ、一発かましてやるのが兄姉としての礼儀にゃ
畦道野花:は、はぁ……そうなんですね……。寡聞にして存じませんでした……。
綺星アキラ:家庭の事情は仕方ないっすよね! 新しい人と交流できんのは楽しみだし、プラマイプラスっすよ!
加賀美玉郎:おやおや、私はアキラさんとご一緒するのを楽しみにしていたのですが、私の一方通行でしたか。残念です。しくしく。
綺星アキラ:うぇ!? い、いやカガミさんが来れなくなったのはモチロン残念なんですけどっ、そのー、新しいメンツが増えたのは嬉しいなって話でぇー、ほらカガミさんとは個人的にコラボすることもできるし、今後カガミさんと詩蓮さんのコラボだってあるかもしれないしっ! ですよね詩蓮さん!
エル・ラニーニャ:詩蓮ちゃーん?
詩蓮:あ、すみません。会話の流れが早くてびっくりしてました。大人数コラボってこんな感じなんですね。
畦道野花:わ、わかりますぅ。わたしも最初はびっくりしましたぁ……。
綺星アキラ:他に分かんないこととか、慣れないことがあったら全然聞いてくれていいっすよ!
コインランドリー:そうそう、無理言っちゃったのはこっちですから
加賀美玉郎:元はと言えば私の落ち度ですし、配信設定や通話などで分からないことがあったら遠慮なくかけてきてください。
畦道野花:み、みんなでカラオケ大会を成功させましょう……!
エル・ラニーニャ:仲良きことは美しきかにゃー♡
詩蓮:ありがとうございます。自分も微力ながら力を尽くします。よろしくお願いいたします。
……うーん、やっぱりこういうののやり取りは慣れないな。若者のフリック入力速度についていけない。でも思いのほかフレンドリーに迎え入れてもらってホッとした。と同時に深い安堵と衝撃が時間差で背筋を駆け昇る。
「5人も居て誰ひとり性癖を叫んだり、限界化したりしない……だと……?」
これまでの経験*2を省みて「Vtuber5人のグルチャとか絶対闇鍋」と覚悟だけはあらかじめ準備していたんだけど……杞憂だった。ふつーに皆真面目で仲良さそう。というか、ドタキャンの理由は妹さんだったのか。兄妹仲が良くて微笑ましい。
「カラオケ大会……成功させたいなぁ」
気遣ってもらって、輪に入れてもらって、久しぶりに人の優しさに触れた気がする。ハネルさんや頼知さんや店長は、どうも優しさから斜め上にかっ飛ぶケースが多いからなぁ。ごく普通の思いやりが心に染みる。頼知さんの紹介ということを抜きにしても、彼らに全力で協力したいと思った。とはいえぺーぺーのおれにできることはあんまりないんだけど。とりあえず機材のチェックとか配信設定とか、しっかりやっとこ。
「……うん?」
決意新たにコラボ配信のやり方や音ズレの無くし方をググッていたら、ピコン!と滅多にならない通知が来た。メッセージアプリの通知だ。いつもハネルさんや頼知さんと連絡してるやつじゃなくて、家族や親しい友人(ほとんどいない)とのやり取りに使っているやつ。
父:今度出張でそっち行く
父:久しぶりに飲まないか?
「ええー……?」
どういうことだ。父さんがおれを飲みに誘うなんて。何があった。
誤解を避けるために言っておくと、父さんとの仲は別に悪くない。特別仲良しって程でもない。おれの夢をさりげなく後押ししてくれたことは今でも感謝してるし、父さんがこっちに来るタイミングでお互い時間が空いていれば一緒にお酒を飲んだりもする。だけどわざわざ予定を合わせて親交を深めようとは思わない。父息子として妥当な距離感だ。それが前もって、お酒前提の誘いをかけてくるなんて、いったいどういう事情だろ。母さんに言えない……例えばアニメ関連の悩みでもあるんだろうか。
「まあ直接会って聞けばいっか。りょ、う、か、い、です、と」
端的に返事を返してスマホを置く。「飲み」で思い出した。今日は外せない用事があるんだ。期待半分不安半分で忘れたフリをしていたが、そろそろ身も心も準備しとかないとマズイ。覚悟を決めてクローゼットをひっくり返した。
「本日のお店はこちらでーす。じゃじゃーん」
「良かった……! マトモな格好してきて良かった……!」
艶消し黒の金属扉にくすんだ銀の蝶番。看板すら見当たらないドアを、ハネルさんに促されて恐る恐る押し開けると、洒落たカウベルが薄暗い階段に澄んだ音を響かせる。階下から漏れ聞こえるアイ・ガット・イット・バッドの上質なバラードに、色々な感情が閾値を超えておれはその場にへたり込んだ。
こんなオシャレな隠れ家バーに連れてこられるなんて聞いてない。オジサンなりに着飾ってきて本当に良かった。ユニ〇ロで入れるかこんなとこ……!
「はぁあああ……」
「えっ、あの、詩蓮さん? どうかしました?」
「いえ、なんでも……なんでもないです……。ところでつかぬ事をお伺いしますが、ご両親は何をされてる方なんですか?」
「? 父は外資系のサラリーマンで母は薬剤師ですけど……。どっちも堅実な人なので、イラストレーターになると言ったときはかなり反対されましたが、副業で生活費を稼ぐことで見逃してもらってます」
「デスヨネー」
「気のせいですかね、なんかものすごく心の距離を感じるような」
前々から薄ら思ってたけど今確信した。ハネルさん割と良いとこのボンボンだ。ブランド品のような分かりやすく値の張る物を身につけてる訳じゃないし、前回の喫茶店も今回のバーも値段的には普通よりちょっと上くらいだけど、なんというか、センスがいい。20代半ばのワカモノがこんな店にふらっと立ち入れるのは相当すごい。ご両親の教育の賜物だろう。
「と、とりあえず入りましょう? ここ、色んな種類のアルコールがあって楽しいし、おつまみも美味しいので。人少ないしゆっくりできますよ」
「ああ、うん、ありがとう。でも今後ハネルさんとは宅飲み以外しないので」
「なぜゆえに!?」
無自覚にこういう店選んでくるからだよ。中流家庭出身のアルバイターにはハードルが高い。とはいえ人の好意を無碍にするのは良くないので、今回はなんとか気後れせずに楽しんでみよう。腹を括って立ち上がり、ハネルさんに先導されるままカウンター席に座る。
「お酒の味の好みはありますか?」
「特にないです。あ、でも度数低めのやつだと助かる」
「はーい、了解です」
パラパラとメニューをめくって、ハネルさんは聞き慣れない横文字のお酒を注文した。バーテンダーさんは見たところおれより少し年上で、がっしりした筋肉質な体つきをしている。なんかスポーツでもやってるのかな? かっこいい。流れるような動作に見とれているうちに、あっという間に綺麗な赤色のカクテルが2つ出来上がった。
「それじゃあ遅くなりましたが、詩蓮さんのガワの完成を祝って、カンパイ」
「ハネルさんのこれからの躍進に、カンパイ」
かつん、とお互いのグラスをぶつけて、そのまま口元に運ぶと、鼻の奥でグレープフルーツの爽やかな香りが弾けた。そこに消毒液のような独特の匂いが加わって、清々しさが突き抜ける。薬臭さにおっかなびっくり口をつけたら、果実の酸味と苦味と甘味が一気に舌を占拠した。
「うわ〜初めての味だぁ。美味しいっていうか、すごい爽やか」
「リキュールはあんまり飲まない感じですか? 風味が独特で最初はびっくりしますよね」
「ああ、びっくりした。でも慣れたらクセになりそう」
「良かったです。お待たせした分たくさん楽しんで欲しいので」
そう、今日は喫茶店の帰りに約束した、おれの立ち絵の完成祝いだ。なんやかんやあって先延ばしになっていたのが、ようやく実現した。とはいえガワ実装から既に1か月以上経っているし、おれとしてはハネルさんVtuberデビューのお祝いという意味が強い。アレを祝っていいのかはちょっと分からないけども。
「まさかハネルさんがバ美肉するつもりだったとは思わなかったです。しかもあの、色々アレなガワで、地声で……」
「最初はもう少し大人しめのデザインにする予定だったんですけど、詩蓮さんに出会って考えを改めたんです。バーチャルでは自分の性癖に素直に生きるべきだって」
「…………」
要らん人に要らん影響を与えてしまった。おれは好きでアラサーバ美肉マーメイドやってる訳じゃないのに。やってしまった感が半端ない。おれがアレなばっかりに褐色白レオタード複乳ちょいぽちゃロリハルピィとかいう劇物を世に放ってしまった。
「いやー気持ちいいもんですね〜。性癖ギュウギュウに詰め込んだキャラを自分の思い通りに動かして、それを共有できるって。もー最高ですよ。ボク、コメントで『めっちゃ抜ける』とか『エッチ』とか言われるたびに『でしょ!!!!』って言っちゃいますもん」
……でも、少なくともハネルさんは嬉しそうだし。うん。まあ、いいか。
「いやー本当に、ありがとうございます。詩蓮さんのお陰で助かってます」
「おれは何もしてないと思いますけど……」
「そんなことないですよ〜? 詩蓮さんの配信聴いてると色々と滾って捗るので」
「ごめん面と向かってそういうのヤメテ。いたたまれない」
「あはは、すみません」
きゃらきゃら笑いながらハイペースでお酒を呷る。今日のハネルさんはイキイキしてて、とても楽しそうだ。正直配信者とイラストレーターの両立は大変そうだし、心配していたところもあるんだけど、楽しくやってるみたいだし大丈夫だろう。
「おれもまだまだですけど、何か手助けできることがあったら言ってください」
「はい、それはもちろん。これからもよろしくお願いしますねっ」
「それはそれとして初配信でBANはさすがにダメですからね。というか初配信じゃなくてもBANはダメです。ちゃんとコンプライアンスを遵守して配信してください」
「アッハイ」
この後めちゃくちゃ説教した。