島村卯月(27歳)による藤田ことねトップアイドル化計画 作:天宮雛葵
「十王家のマスターピース、って」
「当然、藤田さんもご存知だと思います。以前から声を掛けられていたようですし」
卯月に言われるまでもなく、ことねの脳裏には一人の顔が浮かぶ。
初星学園生徒会長、十王星南。十王家で幼少期から英才教育を受け、現在の初星学園にあっては『学園一のアイドル』との呼び声も高い。アイドルとしての技量も実績もあり、家柄は言うまでもなく、学園生から広く慕われる人柄も併せ持ち、挙句アイドルを育てるプロデューサーとしても活動を始めているという、今のことねからしてみれば雲の上にいるような存在だ。
「え? もしかして、あたしに会長を超えさせる……って、言いませんでしたよね? プロデューサー?」
「超えさせますよ。むしろ、超えてもらわなければ困ります」
あまりにも期待が重い、重すぎる。一体何を根拠にそう言い切れるのか。そんなことねの思いが伝わったのか、卯月はさらに続ける。
「藤田さん。貴女にはひとつ、誰にも負けない才能があります。アイドルには欠かせないもので、多くの人はそれを努力で補おうとして、けれど大抵は上手くいかない。元から才能を持つ人ですら、完全を目指せばどこかが零れ落ちてしまう。誰もがそういうものだと諦めている領域の才能において、藤田さんは突き抜けたものを持っているんです」
「じゃあ、プロデューサーがそこまで言うあたしの才能って一体なんなんですか? あたし、レッスンで一度も褒められたことないんですよ?」
「技術の問題ではありませんから。……万人から、『あの子はアイドルだ』と認めてもらえる才能。この一点において、藤田ことねに優る者はいないと私は確信しているんです」
卯月の言葉を咀嚼するのに、ことねはしばらく時間を要した。
「えーと……皆から好かれる、愛されるアイドルとしての才能ってことです?」
「当然その才能も藤田さんにはありますが、それとは微妙に違うものです」
語る卯月の声は、どこか踊るように跳ねている。
「藤田さんを好きになれない人、アイドルという存在そのものを嫌っている人ですら、『藤田ことねはアイドルだ、多くの人の輝きになっている存在だ、
軽やかなはずの声が、ことねには不思議と重苦しく、辛いものに聞こえてしまう。
「万人に好かれるアイドル、という時点でとても難しい。万人に嫌われないアイドル、までハードルを下げれば可能性は増えるでしょう。しかし万人に嫌われないアイドルは、誰かの心に深く突き刺さる『好き』の感情を得難い。誰かの好きは誰かの嫌い、だからです。万人に嫌われないアイドルは、ほとんどの人にとって『そこそこ好き』なアイドル止まりになってしまう」
「……だからと言って、多くの人の心に突き刺さるような『好き』を目指したら?」
「そのぶんだけ『嫌い』も増える、そうなってしまえばそれは万人に嫌われないアイドルではないということです。藤田さんは、やはり理解力が高いですね」
一呼吸置いて、卯月が振り返る。
「だからね、ことねちゃん。あらゆる人に好かれようとしなくていいよ。沢山の人たちに深く愛されて、それと同じくらいの熱量で誰かに深く嫌われて、それでもあらゆる人に自分の存在価値を認めさせてほしい。それが私の考える、アイドルの理想像」
「アイドルの、理想像……」
「ごめんなさい。本当は、これをことねちゃんに押し付けるつもりじゃなかったんだけどね」
そう言って苦笑する卯月。
「私の勝手な理想を押し付けるのは、絶対にことねちゃんのためにならない。元々ことねちゃんを選んだ理由も、最初のきっかけはダンスだった。それはスカウトのときにも言ったよね」
「は、はい。……でも、プロデューサーはあのときに違うことも言ってましたよね」
ことねはスカウトの日、卯月に言われたことをしっかりと覚えていた。
「笑顔は誰かの理想像や夢に影響を与える、そういう笑顔が理由であたしをスカウトしたって、プロデューサーは言ってました」
「……そうだね」
「じゃあ、あたしがちょっと笑ってみせたせいで、プロデューサーはそれまで持ってた理想像とか、用意してた理由を崩しちゃった……そういうこと、ですよね? アイドルの理想像なんていう、押し付けたら重荷になっちゃうってわかってるようなモノを、全部押し付けてみたいって思うくらい……」
「もっと正しく言うなら、今まで私が理想だと思っていたものを、ことねちゃんが全部崩しちゃった。ああ、この子が私の探してたアイドルの理想……それとも理想のアイドル? どっちでもいいけれど、そうなってくれる子だって思ったんだ」
「……プロデューサー、自分が言ってることの意味、ホントにわかってます? これまで口に出さないようにしてましたケド、ここまでのプロデューサーの言動って割とドン引きレベルですよぉ? あたしへの期待が重いとかじゃなくて、アイドルへの思想が強すぎてドン引きです」
ことねのあんまりにあんまりな物言いにも、卯月は全く動じない。
「わかってるよ。アイドルになることが夢で、そこから先の目標を用意できずに迷って、結局は形のない『理想のアイドル』を今までずっと追ってきたのが私。今まで見つけられなかった理想を、ことねちゃんにやってもらおうとしてるのが私。……ねぇ、ことねちゃん。今なら、お互いにペナルティなしで契約解除もできるよ?」
「ナメないでください。あたしはプロデューサーに人生全部賭けて、大金持ちのトップアイドルに成り上がるんですっ! 代わりに理想を背負ってくれ、なーんていくらでもやってやりますよ!」
そう豪語することねの姿を見て、卯月はくすりと笑った。
「……アイドルとして後輩に余計な重荷を背負わせるぶん、プロデューサーとして担当アイドルに余計な負担を背負わせてはいけないと思っています。私に至らないところがあれば、どんなことでも言ってくださいね」
「いや〜、至らないところはないというかぁ……むしろ至りすぎてて困るというか……」
なにより、スカウトされた瞬間からずっと感じてきた気味の悪さ、熱量の高さ、狂人ぶり。その全てに今しがた説明がついたからには、今のことねが気になることというのはそう多くなかった。
「でもぉ〜、そろそろ私たちがどこに向かってるかは教えてくれても良くないです?」
「ああ、実はこのお店が目的地なんです」
え、と声が漏れることね。卯月に付き従って商店街の裏路地を歩いていたわけだが、周辺には低めのビルや個人商店などが連なるばかりで、この近くにレッスンスタジオのようなものがあるとはとても思えなかった。
そして卯月が指差すのは、どう見ても営業していなさそうな……というより、言われなければただのビルの通用口にしか見えない、謎のドアだったのだ。
「普通のお客さんが来るわけでもなく、事前に来訪を伝えなければそもそも開店しませんから、何も掲げない方が良いんです」
普通の客は来ない? 店の存在を知らせない方がいい? それでいて卯月はこの場所のことを知っていて、そういえば今日はレッスンをするはずなのに、何故か印鑑を持たされて……
「あの」
「なんでしょうか?」
「まさか、まさかとは思いますけどぉ……ここ、私に紹介する予定のバイト先だって言いませんよね? そこでスペシャルレッスンもやっちゃおう、とか言いませんよね?」
震えることねの質問に答えることなく、卯月は目の前のドアを開いて建物の中に入っていく。
「ま、待ってくださいよぉプロデューサー! ちゃんと質問に答えてっ……」
ここで立ち止まるわけにもいかず、卯月に抗議しながらその後をついていくことね。
からんと鳴り響くドアベル、少し暗めの照明。目の前にはバーカウンター、奥にはずらりと並ぶお酒のボトル。そこまではいい、そこまでは。
問題は、バーカウンターを挟んでこちらを興味深そうに眺めているバーテンダーの──いや、女性であればバーメイドと呼ぶのだったか──見覚えしかない容姿であって。
「いらっしゃい、卯月ちゃん。それから……あなたが藤田ことねちゃん?」
「ひゃ、ひゃいっ! 藤田ことね、初星学園高等部、アイドル科1年のっ……」
「大丈夫、落ち着いて。……私は小日向美穂。今はこの小さなお店でのんびり過ごしてるけど、昔はアイドルだったんだよ。ふふ、よろしくね」
そう言いつつ、悪戯っぽく笑ってみせる美穂に対して、ことねは顔をひきつらせないようにするので精一杯だった。