島村卯月(27歳)による藤田ことねトップアイドル化計画   作:天宮雛葵

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 気付けば総合評価1000ptを越え、日刊ランキングにも幾度かお邪魔させていただきました。お気に入り・感想・評価、いずれも作者の励みとなっております。今後とも本作をよろしくお願いいたします! 大いなる感謝!



13 - 少女の才能は

 ことねが歌い始めた直後、凛は再び目を見張ることになった。

 

(巧くは……ないけど。でも、見違えてる)

 

 拙さはまだまだ残るし、技巧面の成長は皆無だ。しかし音程すら取れなかったり、息継ぎがめちゃくちゃなタイミングで入ることが少なくなっている。何よりも、卯月から貰った音源ではヘロヘロのボロボロだった声の通りがかなり良くなっていた。

 

(これなら、まだ教えようがある。普通に下手な歌だ。40点くらいはあげていいかもしれない)

 

 凛は内心そう評価したが、凛の基準とは元アイドルの、そして現役歌手としてのものだ。そのハードルの高さを考えれば、今のことねに与える40点という評価は大したものであった。

 

(というか、歌はともかくとしてダンスが上手い! ダンスだけなら、今すぐプロデビューしても埋もれないんじゃ……)

 

 卯月と連絡を取ったとき、ことねがどのようなアイドルなのかは聞いていた。曰くアイドルの才能に富み、ダンスが上手く、歌は下手だと。しかし卯月は、ことねが歌った音源は送ってきていたにもかかわらず、ダンスの技量を確認できるような資料は何ひとつとして凛に送ってこなかったのである。

 

 驚く凛の様子に気付いたのか、卯月が静かに近づき、そっと小さな声で凛に話しかける。

 

「上手いでしょ? ことねちゃんのダンス」

「うん。それに歌だって悪くない」

 

 平均よりは下な歌の技量と、平均をぶっちぎって上なダンスの技量。総合して見てみれば間違いなく逸材だが、卯月とことねの言を信じるなら、一週間の休暇と一時的な自己肯定感の底上げだけでこんなアイドルが生まれたということになってしまう。

 

「……卯月、魔法でも使った?」

「童話じゃないよ、凛ちゃん。ことねちゃんはただ埋もれていただけ。私たちがやったのは、それを正しい場所に引っ張り出すことだけだよ。……でも」

「でも?」

「ことねちゃんの真価はここから、だよ」

 

 その言葉に、凛はことねの方へと視線を戻す。曲はちょうど二番に入りつつあるタイミングだ。体力が切れるような様子もなく、パフォーマンスの質は安定している。ここから何が変わるのか、卯月の言うことねの真価とは何なのか。

 

 それに先んじて気付いたのは、凛ではなく美穂の方だった。

 

「……ずっと可愛いし、ちゃんと心から笑えてる。それが伝わってくる」

「美穂?」

「ダンスが上手いだけなら、かっこよくなるだけのはずなのに」

「…………!」

 

 そうだ。一般的なアイドルならば、愛嬌を忘れてはいけない。ましてや『可愛い』を軸に売っていくのであろうことねならば、なおさら。

 

(でも、デビュー前のアイドル……ライブを経験していないアイドルにそれは難しい。愛嬌を振りまく相手、大勢の観客がいないから)

 

 体力をつけて、レッスンを重ねて、笑顔という表情を崩さずにパフォーマンスをする。そこまでは、プロのアイドルとして最低限できなければならないラインである。しかし笑顔を崩さないという状態を超えて、一対多の状況で観客たちに笑顔を振りまく、観客たちに自分の愛らしさを思い知らせるというレベルになってくると、こればかりは場数を踏まなければ難しい。

 

(……いないわけじゃない。ステージを経験する前からそういうことにまで気が向いて、本当にそれができてしまうタイプ)

 

 歌やダンスの才能と同じなようでいて、少し違う。積み重ねる技量というよりは、掴み取る感覚の分野だ。

 

 他人の気持ちを読み取ることに長けた──これはポジティブな意味もネガティブな意味も含む──人間。自分がどう見られているかに自覚的で、自分の印象を変化させる行為を意識して行ってきた人間。あとは単純に……生来の感覚で全てをこなしてしまう、意識されないタイプの天才。

 

 隣に立つ島村卯月がそのタイプだ。たかが笑顔で全ての前提をひっくり返して、オーディエンスの全てを自分の味方にしてしまうタイプ。

 

「どうしたの? 凛ちゃん」

「……ううん、なんでも」

 

 もっとも、卯月がそうなったのは、卯月自身が自分の強みを理解した後のことだ。デビューからそこそこの時間を必要とした結果として、大半の人間には『島村卯月は努力のアイドル』という認識が広まっている。これについては、かつての卯月の口癖も大きいだろうが。

 

 卯月の天才性をよく理解しているのは、おそらく……かつてユニットを組んでいたごく少数のアイドルと、彼女のプロデューサーくらいのものか。

 

 ────それで? 目の前で歌って踊る、藤田ことねはどうなんだ? 

 

(同類だ。卯月の同類! ダンスにばかり気を取られがちだけど、本命の才能はこっちなんじゃないの? ううん、間違いない。卯月が最初から分かってたかどうかは知らないけど……)

 

 ことねは自分の強みを理解している。可愛いという事実、つまり他人を魅了する才能だ。これこそ、卯月と同類の才能だ。しかしかつての卯月とは違い、ことねはその強みを最初から理解している。壁にぶち当たっても立ち直りやすいし、壁を越えるための自己肯定感は外部から補充できる。

 

 そこまで考えて、凛は恐ろしい事実に気付く。

 

(さっき、私はことねの歌を褒めた。……こんな歌を? 結局何を言おうが、元から多少マシになっていようが、下手なことには変わりがない歌を? ましてや……)

 

 ()()()()()()()()()、ダンスが上手い。そんなことを普段の自分は言わない。

 

 ダンスは予想より上手かったけど、歌はまだまだだ。そういう見方をするだろう。アイドルとしての他者を評価するとき、歌をそれ以外の要素より下に置くようなことは絶対にしない。それがアイドルとしての渋谷凛だったし、今だってその価値観を捨てたわけではない。

 

(例外は……そう、卯月とか、未央とか。私がどうやったって手に入れられないようなものを持っていると、私が理解した相手)

 

 無論、彼女たち以外にも凛が手に入れられないものを持っているアイドルはいるだろう。ちょうどここにいる美穂などはその好例だ。しかし、凛と美穂はアイドル時代に交友が深いというわけではなかった。ふたりだけで話をするような機会が生まれたのは、美穂がこうして自分の店を構えてからになる。

 

 そもそも相手を理解するなど、わずかな付き合いでできようはずもない。だが、ことねの場合はどうだ? 卯月と美穂の会話がヒントになったとはいえ、ことねの天才性……卯月との共通点にすぐ思い至ったのは、他ならぬ自分自身ではないか。

 

「もしかしたら……本当に、トップアイドルになるんじゃ」

「凛ちゃんもそう思う?」

 

 漏れ出た呟きを拾い、凛にそう問い返す美穂。

 

「美穂も、やっぱり?」

「わたしは、アイドルのお仕事を理論立ててやってきたわけじゃないから。ほとんど勘だけど」

「……私と、美穂と、それから卯月も含めて。三人ともことねに対する感想は同じ、か」

 

 凛がそう結論付けたのと時を同じくして、曲はアウトロへと移り変わっていく。ことねは若干動きが鈍くなっているものの、最後まで振り付けで手を抜くような様子もなく、アイドルとしてのパフォーマンスをきっちり崩していない。

 

 そもそも今流されていた『初』は、初星学園の試験における課題曲のようなものらしい。アイドルソングとしては比較的ゆったりめで、一曲5分を越えるにもかかわらず、間奏などの時間は短めだ。それを加味すれば、一週間もレッスンを抜きにされてこのクオリティは大したものだろう。

 

 そして、曲は静かに終わりを迎える。

 

「はぁ、ふぅ……ありがとうございましたっ!」

 

 そう言って頭を下げることねに対して、凛と美穂は拍手することで彼女を迎えた。

 

「その……どうでしたか? あたしの歌とか、ダンスとか……」

「では、まず私から。見違えましたね、藤田さん。今の貴女なら、レッスンを積み上げるだけで学園の中間試験は簡単に突破できるはずです」

「え、そんなにです!? 確かになんだか身体が軽かったですし、声もいつもよりはよく出てる気がしましたけどぉ……」

「誇ってください、それが藤田さんの正しい実力です。きっちり休み、自分の強みを信じる。それだけで自覚できるほどに違いが出るのですから。……小日向さんと渋谷さんはどう思いますか?」

 

 そう問われ、お互いに目配せするふたり。美穂が頷いて、一歩前に出る。

 

「とっても良かったよ! この一週間、本当に休んでただけなの?」

「あはは、プロデューサーにしっかり監視されてたので……」

「わたしね、ことねちゃんのことを見てて、なんだか懐かしくなっちゃった。アイドルとして、友達の……同僚のレッスンを見てるときの気分。いつのまにかトップアイドルになっていくような子たちと同じような、そういうものをことねちゃんにも感じたよ」

「ほ、褒めすぎですよぉ~……」

 

 美穂のべた褒めと言って差し支えない評に、思わず頬に手を当てることね。だが、まだひとり。おそらくはこの場で最も厳しい目をことねに向けるであろう者の言葉が、彼女を待っている。

 

「……ことね。さっきの言葉、訂正させてほしい」

「はっ、はい! なんでしょうかっ!」

 

 さっと手を戻し、緊張した面持ちになることね。そんな彼女に対して、凛は柔らかく笑った。

 

「悪くない、どころじゃない。歌ってる最中のアンタ、良い顔してたよ。これから歌を磨けば全体のパフォーマンスも良くなる。ボーカルレッスン、継続して引き受けてあげるよ」

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