島村卯月(27歳)による藤田ことねトップアイドル化計画 作:天宮雛葵
(ヤバいかも、この仕事……)
美穂の店──『BAR Bittersweet』は、接客業のバイト経験があることねにとって、さして忙しい店ではなかった。仕事の量も来店人数もまったく比較にならず、体力的にも精神的にも、普通のチェーン飲食店でバイトする方がよっぽど疲れると言っていいほどに。
にもかかわらず、ことねが弱気になる理由はひとつである。
「いや~、まさか偶然響子さんに会えるなんて思ってませんでしたよ! 普段からこのお店には来るんですか?」
「はい、やっぱり落ち着きますし……なんといっても、美穂ちゃんのお店ですから! 智代子ちゃんは初めてここに?」
「そうなんですよ、この前美穂さんから誘われたばかりなんです! だから今日は楽しみで……」
「瑞希ちゃん、何にする~? 私、夜に仕事があるから今日は飲めなくて……」
「私もです。……小日向さん、アルコール以外のドリンクメニューはありますか。私と春日さんで、ふたりぶんを」
「はいはーい、ソフトドリンクね? 何種類かあるよ、オレンジジュースとか、コーラとか、変わり種ならアイスフロート……クリームソーダとかも!」
(いや、覚悟はしてた! してたつもりだったけど、想像するのと実際に見るのは全然違うじゃんか! 雲の上みたいなアイドルか元アイドルしかいないしさぁ!)
園田智代子は多方面で活躍を見せているマルチアイドルだが、最近はCMや広告での出演が多い。ちょうど今朝にことねが見ていたテレビでも、新発売のチョコ菓子か何かの宣伝CMでその姿を見かけていた。ゴールデンタイムともなれば、CMで彼女の姿を見ない方が珍しい。
五十嵐響子はバラエティでの出演が多く、お茶の間の人気タレントと言えるような存在になっている。ことねの視点から見るなら、印象深いのは卯月・美穂と組んだユニット、『ピンクチェックスクール』で長年活動してきていたことだろうか。
春日未来は765プロライブシアターにおける不動のセンターとして、卯月同様に正統派アイドルの道を突き進み続けている。このアイドル戦国時代に正統派で生き残るばかりか、常にムーブメントの中心にいるという事実が彼女の実力を示していると言えよう。
真壁瑞希はこの四人の中で唯一引退している元アイドルではあるが、持ち曲がことごとくドラマタイアップやCMタイアップで多大なる知名度と爆発的な人気を獲得し、引退して数年が経つ今でも彼女を最推しと言って憚らないファンを大勢抱えている、アーティスト系のアイドルだ。
(どっち向いてもトップアイドルか元トップアイドルしかいないってこの店……あたしの場違い感、ヤバくね?)
カウンターに陣取る彼女たちから視線を外そうとしても、ソファ席に移されてなお気持ちよさそうに寝ている『歌姫』、346プロダクションアイドル部門所属たる高垣楓の綺麗な寝顔が視界に入るし、なんなら楓の付き添いがてらに追加注文をして居座っているありすも楓の向かいにいる。
つまり、だ。美穂、ありす、楓、智代子、響子、未来、瑞希。あわせて七人の先輩アイドルたちに囲まれた状態で接客する羽目になっているのが、ことねの現状である。しかもことねにとって辛いことはまだあった。
仕事がないのである。
ドリンクは美穂がさっと用意してしまう。フードの注文は今のところないが、あったとしてどうせ作るなり出すなりするのは美穂だ。バイト初日のことねにやれることはない。清掃はことねに与えられた仕事だが、今の店内は綺麗で客の出入りも激しくなく、やる必要はない。洗い物も同じくだ。そもそも洗うべき食器類がない。
肝心の接客というか、客との会話にしてみても、ことごとく話し相手のペアがいる状態で来店してきているし、頼みのありすはノートパソコンに向かって何やら唸っているしで話しかけられそうにない。
卯月から矯正を受けつつあるとはいえ、未だにワーカホリックな気質があることねからすると、何もせずに待機するという行為は、下手な忙しさよりもよっぽど辛い仕事であった。
(うぐぐ……でも、アイドルやるんだったら長時間の待機なんてどうせ当たり前になるんだし……その練習と思えば……!)
「……はいっ、皆さんちゅうもーく!」
パンと手を叩いて、美穂が突然そう呼びかける。当然、ことねは事前に何も聞いていない。
「どうしたんですか、美穂ちゃん?」
客たちを代表して響子が問いかける。
「どうしたもこうしたも……この子のこと、みんな気になってるでしょ?」
そう言いつつ、ことねにすっと近づいてから自分の方に抱き寄せてみせる美穂。
「ちょ、ちょっと小日向さん!?」
「騒がないの、ことねちゃん。……こほん。実は本日から、当店ではバイトさんを雇うことになりました! それがこの子、藤田ことねちゃんです!」
「へぇ〜、バイトさん! 美穂ちゃんの知り合いなの?」
「よくぞ質問してくれました、未来ちゃん! 実はこの子、わたしの知り合いではなく……」
そこで言葉を切り、美穂はことねに軽く目配せする。それだけでことねは全てを察することができた。
(……本当に気配りができるというか、上手く甘えさせてくれるというか……このまま小日向さんに頼りすぎてると、ダメになっちゃいそうで怖いまであるな)
そう思いつつも顔には出さず、これまで数々のバイトで鍛えた営業スマイルを浮かべながら、ことねは口を開く。
「はじめまして! 初星学園高等部アイドル科1年、藤田ことねです!」
「ああ、初星学園の! ……ってことは」
「これから、島村卯月さんにプロデュースしていただくことになってます」
卯月の名前を出した途端、アイドルたちの視線がますます興味を深めたものへと変わる。最初に食いついたのは智代子だ。
「やっぱりそうなんですか! 道理で卯月さんが最近忙しくしてたんですね」
「えっと、園田さんって、プロデューサー……卯月さんとどういう関係なんですか? お仕事で一緒だったとかです?」
「智代子でいいですよっ! 卯月さんとは、最初は製菓会社……お菓子のキャンペーンガールとして一緒に仕事をしたんですよ。そこから結構仲良くなって、事務所は違いますけど今でも遊んだりしますよ」
「なるほど……おふたりみたいに、事務所が違っても仲のいい人たちって結構いるんですか?」
「一度知り合う機会があれば全然珍しくないですよ! 私も卯月さんも、事務所外の交友関係はだいぶ広いんじゃないかなって思います」
「だね~、一回一緒にお仕事すればもう友達! なんて珍しくないもん」
「それはみなさんがフレンドリーすぎるだけだと思いますけど……」
若干の呆れ顔でツッコミに入るありす。
「そんなことないよ! どんな子でも正面から向き合っていけばいつかは……」
「あ、いや、その押しの強さは流石に未来さん特有だと思いますけど」
「チョコちゃん!? 裏切ったね!?」
「いえ裏切ってはいませんよ!?」
「……まあ、智代子ちゃんも未来ちゃんも自分から交友を広げていくタイプには違いないよね」
そうまとめつつ、美穂は改めて全員に向けて話しかける。
「そういうわけだから、ことねちゃんが暇そうにしてたら積極的に声をかけてあげてくれる? 今まで私がやってた話し相手、全部ことねちゃんに投げちゃうから」
「え、小日向さん!? 聞いてないですよぉ!?」
「言ってないからね」
「めちゃくちゃなこと言わないでくださいよ!? プロデューサーじゃあるまいし、ちょっと小日向さん!? 店長っ!?」
先輩たちに囲まれていることねの叫びは完全にスルーし、カウンターの端にひとり居座っている瑞希の方に近づく美穂。
「瑞希ちゃん、注文は決まった?」
「クリームソーダをお願いします。春日さんのぶんも、一緒に」
早速ことねに質問の嵐を投げかけている未来の方を見つつ、瑞希はそう言った。
「はーい、クリームソーダふたつね。……ね、瑞希ちゃん」
「なんでしょうか」
「ことねちゃんのこと、どう思う?」
そう問いかけた美穂に大きな意図はなかった。単純に、初対面の印象を聞いておこうというだけのこと。しかし瑞希の返答は、美穂にとっては意外なものだった。
「とても好ましいと思います。藤田さんは、アイドルとして、持つべきものを持っている。そう見ました。……本気ですよ」
ミリオンライブ勢はシンデレラガールズ勢同様に+10歳、シャイニーカラーズ勢は+5歳を想定しています。年齢管理ややこしいけど、その方がイメージに近そうなので……