島村卯月(27歳)による藤田ことねトップアイドル化計画 作:天宮雛葵
「藤田さんの曲を考える前に、まず活動の主軸を決める必要があります。……とはいえ、藤田さんはまだピンと来ていないのではないかと思います。なので、実例を考えてみましょう」
卯月は腕を組み、若干不安そうにしていることねに向き直る。
「たとえば、現役時代の私はネットをほとんど活用していません。SNSアカウントを作ったのも活動後期ですし、ネット上の動画・生放送プラットフォームサービスも利用していません。ですがこれは346プロダクションという巨大事務所の知名度や資金力、企画力あってこそできることです」
そう語る卯月の言葉は、謙遜というよりも事実を淡々と述べているものだった。
「まー、プロデューサーにネットでの活動ってイメージは全然ないですねぇ。テレビはいっぱい出てますし、ライブとかイベントは年中どこでも、雑誌とかもたくさん……って印象でした」
「私のことをマルチアイドル、マルチタレントだと言ってくださる方は多いですが、今となってはあまり正確ではないと思います。インターネットというプラットフォームと、そこから生まれた様々な文化にとって、老舗事務所のコネクションによってオールドメディアで知名度を高めた私というアイドルは、率直に言えば相性が悪かったんです」
新聞、雑誌、ラジオやテレビといったオールドメディアから生まれる文化。そしてインターネットという新世代のメディアから生まれる文化。それぞれのメディア、ファン層、文化や思想。
それらすべてに断絶があることは明らかだが、そのような断絶を飛び越えた交流によって、大きな魅力を生み出しているような者もいるということもまた事実である。
「しかし今からデビューするアイドルがネットで何も活動しない、SNSや動画サービスを活用しないのはありえません。ネットを利用した知名度向上は絶対に必要です。……では、さらに例を出してみましょうか。先日、藤田さんはアルバイト中に園田智代子さんとお話ししたそうですね」
その話が卯月へと伝わっていることにことねは一瞬驚いた。だが、よく考えればあの日の美穂は卯月に対してそこそこ怒っていた。ことねが帰ってすぐに連絡を入れていたとしても、決しておかしくはないだろう。
「たくさん喋ったわけじゃないですけど……なんだか、普段テレビとかで見るチョコちゃんと、目の前の園田智代子さんがあんまりにも同じでびっくりしちゃいました。あ、普通に素なんだコレ、って思いましたよ」
「とても思慮深い人ですが、同時に裏表のない人でもありますから。私としては、現代における真のマルチアイドル像として園田さんの名前を挙げるべきだと思っています。では、そんな彼女が一気に有名となった理由を藤田さんは知っていますか?」
卯月の問いに首を捻ることね。言われてみれば、いつのまにかお茶の間にいたり、SNSで話題にされることが当たり前となっていたチョコアイドル・園田智代子が、どのようにして有名になったのか。ことねはさっぱり知らなかった。
そんなことねの仕草だけで察したのか、卯月が早々に答えを口に出す。
「知らなくても無理はありません。正解は、『なんだか武士っぽい文章だったSNS投稿が脈絡なく話題となり、突然バズった』です」
「は???」
思わず、飾りっ気のない本気の困惑が声として出てきてしまった。そのくらいは意味不明だ。
「訳がわからないと思いますが、事実です。283プロダクション公式アカウントのSNSを所属アイドルたちが代わり代わりに運用するという企画で、『不肖、園田智代子……』だとか『精進が必要なようです』だとか、どこか仰々しいうえに園田さんのキャラから少しズレた発言を連発し、それがネット上で取り上げられて瞬間的にバズりました。結果として283プロさん自体の知名度向上にも一役買い、チョコアイドルとして製菓会社から仕事を貰うきっかけにもなったそうです」
「え、えぇ〜……」
「藤田さんの仰りたいことはわかります。こんな知名度の上げ方に再現性はありませんし、その後のお仕事に繋がったのは園田さんの実力ありきです。ですがこのようなことが本当に起こってしまう可能性を否定できないのがSNSであり、インターネットです。これを捨てる手はありません」
余談ですが、という前置きとともに卯月はさらに続ける。
「園田さんの代表曲のひとつ、チョコデート・サンデー。チョコアイドルらしい歌詞とともに、女の子の淡く健気な恋心を前面に出したキュートな一曲ですが、藤田さんはご存知ですか?」
「あ、それ知ってますよあたし! 月曜が近い曲ですよね」
「……はい、まあ、そういうことです」
チョコデート・サンデーの歌詞には『月曜が近いよ』という一節がある。好きな人と過ごす、楽しくももどかしい日曜の時間が終わってしまうことを嘆く文脈の歌詞だ。
しかしこの一節だけを切り取って加工し、誰もが明日を意識して憂鬱になる日曜夕方に、『園田智代子がひたすら月曜の到来を連呼するだけの動画』を淡々とSNSで毎週投稿する謎の非公式アカウントが誕生。じわじわと話題を集め、今となっては投稿されるたびにいわゆる万バズを達成してしまう名物アカウントと化してしまったのだ。
今となってはそのアカウントの人気を智代子本人も認知しており、最近は当該の投稿に智代子の公式アカウントが反応する様子まで見られるようになっている。
「あのレベルまで来ると、園田さん自身は何をしたわけでもなく、むしろ持ち曲をおもちゃにされているのですが、それがネットユーザー間における園田さんとチョコデート・サンデーの知名度向上に一役買ってしまったわけです。加工された動画が園田さんの名誉を傷つけるものではなかったのが幸いして、283プロさんもその人気にあやかった方が良いと考えたのでしょうね」
「ああいうのは真似しようと思ってできるものじゃないですけど、少しでも人気になるためにはSNSが絶対いるはずだってことですよね?」
「その通りです。そして重要なのは、園田さんがテレビのお仕事を本格的に貰い、アイドルとしてメジャーな場に出ていくようになったのが、最初にSNSで知名度を稼いだ後だったことです」
卯月はそう言うが、ことねにはやはりピンとこない。SNSで知名度を偶然稼ぎ、テレビの仕事が舞い込んでくる。何も不思議なことではあるまい。
「ネットユーザーからの支持と言っても、そこにはグラデーションがあります。最初に園田さんの発言を取り上げたのは、普段からアイドル業界を熱烈にウォッチングしている、いわゆるドルオタの人たちです。この層は本質的に
「本質的に……?」
「もし園田さんが同じ発言を雑誌やラジオ、あるいはイベントの現場で言っていたらどうでしょうか。それでも同じ人たちが同じように話題にするでしょうが、界隈の外にまでは普及しない可能性が高いです。何故なら園田さんの発言は『ネットユーザー』のホームであるところの、SNS上でのものではなくなってしまうからです」
聞いているうちに、卯月の言いたいであろうことがぼんやりと形になっていく。ことねはまだ口を挟まず、与えられた情報の整理に集中していく。
「アイドル業界に興味を持たないネットユーザーにとって、ネット上で発言されていない事柄は世界の外。興味を持たれないどころか、意識的に話題を避け、反感を持たれる可能性すらあります」
「流石にそこまでは……なんて、ネットじゃ言えませんよねぇ……」
ことねはスマホネイティブ世代、そしてSNSネイティブ世代だ。匿名での誹謗中傷、ヘイトスピーチ、炎上……インターネットの悪しき部分に触れる機会は、これまでに何度もあった。
「これからデビューして、ネットでも知名度を高めていきたい藤田さんにとって重要なのは、あらゆるネットユーザーを味方につけることです。……とはいえ、これは理想論でしかありません。ですから、せめて大半のネットユーザーを敵に回さず、緩やかにネットの住民として認められることを目標としましょう。この目標は、名前をすでに売ってしまった芸能人、特にアイドルではかなり難しいものです」
「……つまり、プロデューサーは?」
「アイドルとしての私は、一番向かないタイプだと自覚しています。だからこそやりませんでしたし、周囲からも止められました。今なら悪くないかもしれませんが、それも藤田さんが名前を売ってからの話です」
そこで一息入れて、卯月は話のまとめに入る。
「では、ここで整理しておきましょう。アイドルとして活動していくうえでの主軸、プラットフォームについて。藤田さんには、後から取り返しがつきにくい分野であるネットの世界で地盤を固めてもらいます。ここで知名度が上がれば素晴らしいことですし、上がらずに燻ってしまうようであれば……」
「どうするんですか?」
「……いくつかの手段を準備しています。それでも無理だった場合は、ミニライブやイベントで地道に知名度を積み上げます。しかしそれら全てが上手くいかなかったとしても、私のコネクションを総動員して、テレビやラジオや専門雑誌を利用することで藤田さんの知名度を確保してみせます。安心してください」
「すっご、全然安心できないですよその発言」
若干引いていることねにそう指摘されても、卯月はにこりと笑ってみせるばかりであった。
本作初の歌詞使用、チョコデート・サンデー。
本気か???