島村卯月(27歳)による藤田ことねトップアイドル化計画   作:天宮雛葵

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02 - 顔の良さだけでごまかせるレベルじゃない

「藤田ことねさん、ですね?」

 

 どこかで聞いたことがあるような女性の声に呼び止められて、藤田ことねは訝しげな表情と共に振り向いた。

 

「あ、はい、そですけど…………え?」

 

 一拍の間を置いて、次の瞬間。その顔は驚愕に染まる。

 

「え、し、しま、島村ッ……!?」

「突然すみません。私はこのような者です」

 

 女性はそう言いながら名刺を差し出すが、そんなものを受け取る余裕は今のことねに存在しなかったし、それを受け取らずとも、その女性の名前をことねはよく知っていた。

 

 恐る恐る、喉の奥から絞り出すようにことねは声を発する。

 

「島村、卯月……さん?」

「はい。初星学園プロデューサー科、島村卯月です。早速ですが……プロデュースを受け、アイドルとして輝くことに、興味はありませんか?」

 

 自然な微笑みと共に、ゆっくりとした口調でことねに問いかける卯月。その笑顔は、これまでことねが液晶や写真越しに散々見てきた、トップアイドルたる島村卯月の笑顔だった。

 

「───やります、アイドルやりますッ! あたしにやらせてくださいッ!」

 

 ことねは殆ど何も考えず、名刺をひったくるように掴み取りながらそう叫んでいた。今この瞬間が、二度と訪れることのないであろう千載一遇のチャンスであると、本能的に理解した故に。

 

 そんな鬼気迫ることねの様子を目の前に、卯月も思わず目を瞬かせる。しかしすぐに気を取り直し、くすりと笑いをこぼした。

 

「ふふっ。やる気のこもったお返事で、私も嬉しいです」

「……あ、えっと……あの、やっぱりちょっと待ってください」

 

 落ち着いた雰囲気を崩さない卯月の表情を見て、ことねの思考回路は急速に冷えていく。

 

 島村卯月のことは当然知っている。国民的アイドルのひとり、芸能界に興味を持つ前のことねですらテレビで何度も見たことがある、そういうレベルの芸能人だ。そんな彼女が突然に引退して、初星学園プロデューサー科の門を叩いたということも勿論知っていた。だからこそ、ことねの脳裏には大きな疑問が生まれる。

 

「島村さんは、これまでプロデューサーとして活動してませんよね?」

 

 卯月の入学以降、一時期の初星学園は『新米プロデューサー・島村卯月』の話でもちきりとなるほどだったが、そのうち自然と話題の波は引いていった。それもそのはずで、入学以降、彼女が何かプロデューサーとして行動を起こしたという事実が全くなかったからである。

 

 粛々とプロデューサー科の講義を受け続けるのみで、アイドル科の新入生がスカウトされはじめる時季になっても、彼女が誰かのスカウトに動いたという噂すら立たなかったのだ。島村卯月はまだアイドルをプロデュースする気はない、そういう認識が学園内には既に広がっていた。

 

「そうですね。こうして藤田さんにお声掛けさせてもらうのが、私にとって初めてのプロデュース活動です」

 

 淡々とそう告げられて、ことねは耳を疑わざるを得なかった。初めてのプロデュース活動? 島村卯月による初スカウト? その対象が藤田ことね? 冗談だと言われる方がまだ納得できる。

 

「じゃあ、どうしてあたしなんですか? あたしをスカウトするってことは、これまでの成績とかもわかったうえで、なんですよね?」

「そうですね。学園としての評価は低く、藤田さんの自己評価も同じく低い。過去に芸能活動や動画配信の経験があるわけでもありません。資料を見ただけなら、藤田さんを積極的にスカウトする理由は確かにないでしょう」

 

 あまりにもバッサリとした事実の指摘。ことね自身もわかりきってはいたことだが、実際に他者から指摘されるのは予想以上にダメージが大きかった。

 

「うぅっ……じゃあ、ますますわからないです。あたしなんかじゃなくても、島村さんだったら他にもっと成績の良い子がいっぱい……」

「そんな資料には何の意味もないからです」

 

 前提を放り投げるが如き卯月の言葉に、思わず呆気に取られてしまうことね。そこに畳みかけるようにして、卯月は続ける。

 

「藤田さん、今から私が言うことは、心からの本音です。……あなたを最初にスカウトする理由は、貴女の笑顔なんです」

「……へっ? えー、いやぁ、流石にそんな……笑顔が理由って……」

 

 営業スマイルには自信があることねも、流石に呆れるような表情を隠しきれなかった。しかし卯月はそれを全く気にする様子もない。

 

「ふざけてる、って思いましたか? 私も、昔は同じことを思いました。笑顔なんて誰でもできることだ、何の取り柄もないのに笑顔ばかり褒められるなんてばかばかしい……そう感じていたことも、ありました」

 

 目を見開くことね。卯月にとっての昔とは、すなわちアイドル時代のことだろう。そんなこともわからないようなことねではない。

 

 島村卯月に対して『瞬く間にスターダムへの道を駆け上がっていった、お手本のようにキラキラしているアイドル』という印象しか持っていなかったことねにとって、目の前の元トップアイドルからの独白は驚愕に値するものだった。

 

「でも、そうじゃないんです。確かに、笑顔は誰にでも作れるものです。笑いたくないときだって、仮面のように笑顔を準備しておくこともできます。けれど、本物の笑顔は他人の気持ちを動かすんです。誰かにとっての理想像、思い描く夢、そういうものにすら影響を与えてしまう」

「……それってぇ、もしかして島村さんの実体験だったりします?」

 

 そう問うたことねの意図は、卯月の過去を知ることだった。自分自身がスカウトを受けている最中だということを半ば棚に置いてでも、卯月の語る話は興味深いものであったから。

 

「そうですね、私の実体験ですよ。……藤田さんの笑顔を見た瞬間の、実体験です」

 

 予想だにしなかった方向から理性を深く抉られて、ことねは言葉を失う。適当に相槌を打つことすらままならない。

 

「迷っていたんです、どの子をスカウトするべきか。初星学園には才能に溢れた子がたくさんいます。それぞれの方法で、トップアイドルを目指せるような子たちばかりだった。最初に藤田さんが目に留まったのも、粗削りなダンスに光る才能を感じたからでした。でも、決め手は貴女が見せる笑顔だったんです」

 

 卯月が手を差し出す。きっとわかってくれるはずだ、と信じながら。

 

「一緒に、アイドルの頂点を目指したい。心の底からそう思わせてくれる笑顔でした。それ以上の理由なんて、私には必要ありません。貴女はどうですか、藤田さん?」

 

 しかし、ことねは動かない。

 

 より正確に言えば、動かせなかった。黙して語ることもしない、彼女の心中は────

 

 

 

 

 

(いやいやいや怖い怖い怖い! ちょっと怖すぎるって! なんなのこの人!? 島村卯月ってこんな狂人だったの!?)

 

 シンプルなドン引きであった。

 

 突然の出会いから一気に浴びせかけられた情報と感情の大波に、ことねのメンタルは限界ギリギリまで追い詰められていたのである。

 

(顔の良さだけでごまかせるレベルじゃないって、この人の言動……絶対に正気じゃねーし……)

 

 本来であれば、ことねは褒められるのが大好きだ。それこそ『プロデュースしたい』なんて言われたら、飛び上がって喜びたいくらいに。今だって、決して嬉しくないわけではない。むしろ、今まで生きてきたなかでトップクラスに嬉しいとまで感じていた。

 

 ただ、それ以上に卯月の言動が……さながら新興宗教の信者による布教か何かのように聞こえてしまって、抉られたばかりの理性すら警鐘を鳴らしている、というだけの話である。

 

(そりゃ確かに、アイドルやっていくなら笑顔は基本中の基本だろうし……可愛い路線で売る以上は避けて通れないけどぉ……)

 

 ことねにそんなことを思われているとは露知らず、卯月は手を差し出したまま、真正面からの笑顔でことねを見つめている。なんならその目も据わっているし、ますます近づくべきではない人間に見えてきてならない。

 

(……でも)

 

 今この場で、卯月の手を取ることのメリット。それは、計り知れないほどに大きい。

 

(そうだ。冷静になれ、あたし。島村さんがあたしのプロデューサーになったら、何が起こる?)

 

 プロデューサーとしては無名でも、アイドルとしての強烈なネームバリュー。アイドル業界に対しては、間違いなくとんでもない量のコネクションを持っているに違いない。初星学園絡みの芸能プロダクションだけではない、雲の上のような業界人にも顔が効くかもしれない。

 

 しかも彼女のコネは音楽業界の方にもあるはずだ。もしかすれば、初星学園でのプロデュースとは別に、自分の曲を出せる可能性だってある。一攫千金のためにアイドルを目指すことねにとって、楽曲の印税は夢と希望が無限に膨らむ収入源だ。

 

 それに本人が元トップアイドルなのだから、アイドルとして成り上がる方法だって熟知しているはず。プロデューサーとしてではなく、アイドルの先輩としてのアドバイスだって大いに期待できる。これは大半のプロデューサーには真似できない長所だろう。

 

(やっぱり、どう考えたって大チャンスじゃね? これ以上のプロデューサーがいたとしても、あたしをスカウトしに来ると思えない。しかも信頼……はともかく、実績は絶対信用できるし)

 

 実のところ、既に答えは出ていた。卯月の名刺を、奪い取るように手中へ収めたその瞬間に。

 

(だいぶヤバそうな考え方してるのが見え見えだし、やっぱり怖いけど……アイドルの頂点を目指そうって、あたしに言ってくれるなら)

 

「……わかりましたっ!」

 

 差し出された手をがっしりと掴み返す。絶対に逃さないように。

 

「島村さん……ううん、プロデューサー! あたしも同じ気持ちです。この話、お受けします!」

「ありがとうございます、藤田さん」

「あたし、絶対に叶えたい夢があるんです。これから一緒に頑張りましょう!」

 

(そう、絶対に……プロデューサーの力をこれでもかと借りまくって、ぜーったいに成り上がって大金持ちになるんだから! 見てろよぉ〜、アイドル業界っ! 初星学園!)

 

 かくして、島村卯月と藤田ことね。それぞれの思惑が、夢が、運命が、交わっていく。

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