島村卯月(27歳)による藤田ことねトップアイドル化計画 作:天宮雛葵
「実は私、今日を楽しみにしていたんです。以前お会いしたときには、花海さんとも葛城さんとも、しっかり話すことはできなかったので」
アイドルがステージで見せる満面の笑みではない、けれどもプロデューサーとしての堅い微笑みでもない。あえて表現するなら、そう、普通の笑顔。
そういう表情を浮かべながら、卯月はふたりに話しかける。それにまず応じたのは咲季だ。
「まあ、緒方智絵里のバースデーライブなんてプレミアチケットをことねが突然持ってきたんだから、予想はしてたけど。今日のチケットはあなたの口添え?」
「はい。緒方さんとはこれでも元ユニットメンバーとして、友人としてのよしみがありますので」
「わたしが聞きたいのはそういうことじゃないわ」
普段通り、誰を相手取ろうと遠慮なしの咲季が続ける。
「用意するにしても、ことねの分だけで良かったじゃない。わたしとリーリヤをわざわざ招く理由が見えない。招待はありがたいことだけど、意図が見えないのは不安よ」
「は、花海さん! そんなこと言ったら失礼に……」
「構いませんよ、葛城さん。花海さんの疑問は当然のものですから」
明らかに緊張でガチガチなリーリヤに優しく声を掛けつつ、卯月は咲季の方へ向き直る。
「まず第一に、藤田さんだけ招待したのでは関係者席で悪目立ちします。藤田ことねという個人を招くのではなく、初星学園の見込みあるアイドルの卵を招く、という方が角が立ちませんし、藤田さんも余計な詮索を受けずに済みます」
「だから、数合わせとしてわたしたちを?」
「勿論、それだけではありませんよ。藤田さんの他に誰を招くか、私はその人選を藤田さんにお任せしました。では藤田さん、貴女はなぜこのおふたりを招くと決めたのですか?」
突然会話の矛先を向けられるも、ことねは狼狽えない。どうせいきなり話を振られたりするだろうと身構えていた甲斐があったというものである。
「えーと、まず今日の予定が空いてること。それから緒方さんのライブに興味がありそうなこと、あとはプロデューサーのことを聞いてきたり周りにバラしたりしなさそうなこと、ですね。……まー、最後の条件はプロデューサーのせいで半分ムダになったんですケド」
「いいえ、そんなことはありません。今この瞬間、藤田さんがそのような条件でおふたりを選んだことはとても重要です」
卯月の言葉に困惑する三人。
「私に限らず、初星学園のプロデューサー科に在籍する方々はきっと同じ気持ちでいるはずですが……プロデューサーという仕事をやっていると、自らが担当するアイドルに限らず、業界の未来を支え、照らしてくれるアイドルたちに輝いてほしい、と真剣に思うものです。そのために考え、悩み、どうにかそれを実現しようとします」
ですが、と卯月は続ける。
「ですがプロデューサーという仕事は難しいもので、何人何十人と担当アイドルを抱えるような真似はそう簡単にできません。大抵は、ごく少人数のアイドルに自らの全力を注ぐことになります。私にとっての藤田さんがそうです」
「も~、プロデューサーはこんなところでも惚気るんですかぁ?」
「惚気のつもりはありませんが……そして何より、私自身が担当していないアイドルに対して口を挟むのは非常識的です。花海さんにも、葛城さんにも、それぞれのプロデューサーがいらっしゃるのは承知しています」
そこまで卯月が語ったタイミングで、いち早く彼女が言いたいであろうことに思い至ったのはリーリヤだった。
「もしかして……今日のライブに、わたしたちをお呼びくださったのは……」
「もうお気づきになりましたか? ……ふふ。すごいね、リーリヤちゃん」
「…………!」
「それじゃあネタばらししちゃうけど、ふたつめの理由。かつてアイドルだった身として、ことねちゃんが選んでくれた『信頼できる後輩』にちょっと夢を見せてあげようかなって。貴女たちがどこを目指すかは知らないけれど、私や智絵里ちゃんのこと、それから貴女たちの前にいるすべてのアイドルを、
通過点。その一言を聞いて、訝しげな視線を向けていた咲季の瞳が光る。
「それぞれの目標を目指す前に、自分たちくらいは蹴散らしていけ……なんて、言うつもり?」
「咲季ちゃんがそうしたいなら、挑戦を受けて立つ人たちはたくさんいるはずだよ。そのときに挑戦を受けるのが、私かどうかはわからないけど。とにかく、私がアイドルの先輩として咲季ちゃんとリーリヤちゃんを呼んだのは、そういう理由なんだ」
そう言った卯月は右足を軽く引き、くるりと自然なステップを踏む。そこにいるのはスーツ姿の、プロデューサーの島村卯月。けれども三人は、そこに一瞬だけ別のものを見た。
煌びやかな衣装、輝くティアラ、素敵なメイクに完璧な笑み。トップアイドルの島村卯月。
「プロデューサーとして、藤田さんにとっての隠れ蓑扱いでおふたりを呼ぶだけではとても失礼ですから。緒方さんのバースデーライブを是非楽しんで、そして何か新たなものを掴んで帰ってください。少しばかりですが、私からの謝罪と謝礼です」
「……はいっ!」
咲季とリーリヤの返事が重なる。
「では、藤田さんのスマートフォンにデジタルチケットの方をお送りしておきますので。何か不都合なことが起きれば、会場内外にいる346プロダクションの社員証を提げた方に声を掛けてください。今回限りですが、みなさんは顔パス扱いですから」
「えっ、プロデューサー!? 何さらっと爆弾発言してくれちゃってるんですか!?」
「気が利くじゃない、さっすが島村卯月ね!」
「話がややこしくなるから咲季は黙っててもらっていい!?」
「わ、わたしたちが顔パス……なんだか夢みたいですね」
「リーリヤちゃんまでツッコミを投げた日にはあたしが過労で倒れるんだが!? 誰かまともなヤツはいないの!?」
かしましい三人組を──主にかしましさの原因はことねだが──華麗に無視しつつ、卯月は背中を向けて去っていく。
「……ったくもう。プロデューサー、ほんっとーにかっこつけなんだから」
そうぼやきつつも、ことねの顔には笑顔が浮かんでいた。
「おかえりなさい、卯月ちゃん」
控室に入ってきた相手が誰かを確認して、智絵里が声を掛ける。
「ただいま、智絵里ちゃん」
「……やっぱり、まだ慣れません。スーツを着た卯月ちゃん」
「それ、大体みんなに言われちゃうよ。アイドルの仕事でも何回か着てたんだけどなぁ……」
不服そうな卯月に対して、智絵里は曖昧な表情をするほかなかった。
「あはは……それで、卯月ちゃんが言ってた子たちには会えたんですか?」
「うん、しっかりとね。おまけでちょっと焚きつけてきちゃったけど」
「……卯月ちゃん、変わっていないようでいて、最近はとても変わったと思います」
智絵里の言葉に首を傾げる卯月。
「そうかな?」
「そうですよっ! ……あっ、ごめんなさい」
「ううん、いいよ。でも、私としてはそんなに変わったつもりはないんだよ?」
卯月の物言いに、智絵里は困惑と呆れの混ざった器用な表情をしてみせた。
「卯月ちゃん、それって本気ですか?」
「本気だよ。私ですら気付いてなかっただけで、実は私って昔からこうなんだ」
「……昔っていうのは、いつから?」
「アイドルになるっていう夢が叶ったときかな」
卯月の答えを聞いて、いよいよ智絵里の表情は形容しがたい微妙なものに変化する。
「じゃあ、私と初めて会ったときからそうだったんですか? あの頃の卯月ちゃんと今の卯月ちゃんは、まるで別人です」
「だってあの頃の私は、なんていうか……もうアイドルになってたのに、まだアイドルに憧れてたからね」
「そういう話し方も、卯月ちゃんらしくない……なんて、とても失礼ですけど。でも、心配なんです。卯月ちゃん、無理をしてませんか?」
どこか恐る恐るといった様子でそう聞いた智絵里に対して、卯月は微笑んだ。
「無理はしてないし、するつもりもないよ。まだまだ仕事が残ってるからね」
「……初星学園の子、ですか?」
「藤田ことねを最高のアイドルにする義務が、私にはあるんだ」
そう宣言した卯月の視線は、ここではないどこかの方に、誰かの方に向いていた。