島村卯月(27歳)による藤田ことねトップアイドル化計画   作:天宮雛葵

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24 - 火蓋を切れよ、トップアイドル

 関係者席の面々が実際に会場入りするタイミングには違いがあるが、いずれの場合にしても、ほぼ必ず関係者用の受付が設けられているものである。

 

 しかし今回の場合、ことねたち三人は卯月から特に何か教えられたというわけでもなく、ただ単にデジタルチケットを与えられたのみであった。どこかに関係者用の受付があるのか、一般客の開場待ちの列に並んだ方が良いのかどうかすらわからず、ひとまず時間を潰すために建物周辺をうろついていた三人であったわけだが。

 

「……藤田ことねさんでいらっしゃいますか?」

「えっ」

 

 ことねの目の前に立つ、黒スーツ姿の大男。仏頂面も合わさって、道端に立っているだけでも相当の威圧感がある。普段ならば、咲季はともかくことねは避けて通るし、リーリヤに至っては会話せずに逃げ出してもおかしくないくらいの相手だったが、彼女たちはそうしなかった。

 

 首から提げる346プロダクションの社員証。目立つ色の腕章にもスタッフの文字。どうやら、会場整理に駆り出されている社員であるようだった。

 

「あ、はい。あたしは藤田ことねですけど……」

「お連れ様は、花海咲季さんと葛城リーリヤさんでお間違いありませんね」

「ええ、そうよ」

「は、はいっ!」

「本日、皆様は関係者席でのご案内となります。皆様をご招待した島村から、先に入場させてくれと言伝を預かっておりますが、よろしければ今からご案内いたしましょうか」

 

 顔を見合わせる三人。自分たちが卯月の招待でここに来たことを知っているならば、間違いなく本物の社員だ。付いていっても問題はないだろう。

 

「じゃあ、お願いします」

「承知いたしました。では、こちらへどうぞ」

 

 ゆっくり歩き出す社員の男。その後を追いつつ、三人は囁き声で言葉を交わす。

 

「こちらから声を掛けなくても、顔パスでしたね」

「さすがは大手芸能事務所、この辺りの配慮も行き届いてるのね」

「ぷろ……こほん、卯月さんがあたしらのことを目立たないようにさせる気があるのか、だいぶ怪しーなーってあたしは思い始めてるケド。普段の自分がVIP扱いされる側すぎて、感覚麻痺してんじゃないのあの人」

「……まあ、それは」

「あまり否定できなさそうね」

 

 こそこそと会話しながら、社員の先導に続いて、智絵里のファンたちが並んでいる一般客用の行列とは違う方に向かうことねたち。通用口を通り、そのままシアターの内部に入る。

 

「チケットを島村より受け取っているとお聞きしていますが、拝見させていただいても?」

「はーい。これです」

 

 スマホの画面を覗き込んだ社員は、しばしの間を置いて頷いた。

 

「バルコニー1ですので、エスカレーターで3階に上がります」

 

 東京ガーデンシアターは、2階から5階が実際に観客の入ることになる会場となっている。2階がアーティストの立つステージとアリーナ席、3階・4階・5階がそれぞれバルコニー1・2・3だ。ライブイベントの『神席』といえば、会場にもよるものであるが、やはりアリーナ前方やステージ付近を指すものである。

 

「バルコニーって、要するにスタンド席のことよね?」

「けっこー遠いんだよねぇ、ステージまでの距離」

 

 とはいえ、贅沢を言っても仕方がない。そもそも関係者席である以上はスタンディングもできないだろうし、良い位置に関係者席が指定されているとも限らないからだ。流石に見切れ席ではないだろうという程度の期待しかことねは持っていなかったし、それは他のふたりも同様だった。

 

 しかし社員に付き従っていざ会場入りしてみると、その期待は良い意味で裏切られた。

 

「これは……すごい席、ですね」

「同感よ。これ、本当に関係者席なの?」

 

 咲季とリーリヤの端的な感想が全てを物語っている。三人の席として指定されていたのは、バルコニー1の前方中央部。ステージまでの距離はアリーナ後方とそこまで違わず、むしろかなりの高さがあるぶん、多くのアリーナ席よりも断然ステージを見やすい。

 

「バルコニー1の前方中央ブロックは、アリーナ前方と並ぶSS席です」

「こ、こんな神席のチケットが、タダで……?」

 

 社員の説明に恐れおののくことね。

 

「こちらは関係者席ですが、最前列ではないのでスタンディングでの応援も可能です。そのほかのレギュレーションにつきましても一般席と同様ですので、今一度ご確認を」

「わかりましたっ! ありがとうございます!」

 

 感謝の言葉と共に頭を下げることねたちに対して、社員はその仏頂面を崩さないまま言った。

 

「仕事ですので。……本日のライブを、是非楽しんでいってください」

 

 


 

 

 双眼鏡やサイリウムなど、折角だからと持ってきたライブの必需品たちを三人がチェックしている間に、一般入場も始まったらしい。続々と観客席が埋まっていく。

 

「そういえば、ふたりは今回のライブに向けて予習した? あたし、ソロ曲はともかく346のユニットってあんまりちゃんと把握してなくてさぁ」

「甘いわね、ことね。346プロのアイドルはソロライブでも息をするように他のアイドルのソロをカバーするし、参加してないユニットの曲も歌うのよ。完璧な予習は不可能に近いと言っていいわ。だからわたしはファンのセットリスト予想に従って予習してきたの」

「え〜、でも346アイドルのライブセトリ予想なんて三割当たれば上等、五割当たれば神懸かりでしょ。抱えてるアイドルの数が多すぎるしぃ……」

「いえ、完璧なものではないかもしれませんけど……ある程度は、予想ができます」

 

 そんなことを言い出したリーリヤに、ふたりの視線が向く。

 

「緒方智絵里さんが、これまでのソロライブでどのような曲を歌ってきたのか……セットリストを確認したんです。ソロ曲の披露回数にはばらつきがありますが、デビュー初期の曲はほぼ毎回歌っています。反対に、ユニット曲は最近の曲ほど披露される回数が多いです」

「ふむふむ。カバー曲はどうなの?」

「ソロ曲のカバーは、これまでに同じユニットにいたり、アイドルとして仲の良い人の曲が多いです。逆に、ユニット曲は普段の活動で全然関係のない人の曲をやることもあるみたいで……それから、346プロダクションの全アイドルが参加する周年記念曲は必ず歌うみたいです。これは346プロダクションの方に共通するらしいですけど」

「……詳しいわね、リーリヤ。元からファンだったの?」

「あ、いえ……そこまで詳しいわけではなくて、代表曲をいくつか知ってるだけだったんですけど……折角ライブに参加するからには、全部楽しみたいので。曲の予習はしてきました」

 

 そう言って恥ずかしそうにはにかむリーリヤ。一方でそんな彼女の言葉を聞いていたことねは、内心穏やかではなかった。

 

(……咲季は首席の実績があるからともかく、リーリヤちゃんのことをプロデューサーがそこまで気にかける理由がわからなかったけど。やっぱこれ、あたしが選んだからってだけじゃないな~)

 

 ついこの間、小日向美穂と高垣楓が言っていたことを思い出す。

 

『卯月ちゃんは天才です』

『でも、天才も努力はするものよ』

 

(プロデューサーが天才型なのか努力型なのかはこの際どーでもいい。つーかどっちでもいい。どっちにしろ、楓さんの言う通りなんだ。プロデューサー、努力しないタイプには見えないし)

 

 花海咲季は()()()()()()天才型だ。あんなにわかりやすいタイプもいない。それでいてストイックに努力を重ねているから、新入生の中では一歩抜けた実力を持っている。

 

 そして葛城リーリヤのことも、誰が見たって意見は一致する。努力型以外にないだろう。現状の話をするなら、ことねよりも技術面で下なのだ。それでもこれから努力を重ねれば、咲季に並ぶような実力あるアイドルになる。卯月はそういう見方をしているのではないか。

 

(……じゃあ、あたしは?)

 

 アイドルの才能がある、と言われた。どこが強くてどこが弱いかも教えられた。正しい努力に応えるように、最近は褒められることも増えた。それが真実だとして、藤田ことねには花海咲季ほどの才能があるのか? 葛城リーリヤほどの伸びしろと努力を備えているのか? 

 

(いや、いやいや。落ち着けあたし。可愛さとかダンスとか、あたしが持ってる本当の才能、誰にも負けない才能はそういうのじゃない。違うだろ、あたし!)

 

 万人から、アイドルだと認めてもらえる才能。それがことねの強さだと、卯月はそう言ったのだ。アイドルとしての自分の素質を疑っているような状態で、万人からアイドルと認められるわけがない。

 

「……このライブで新しいものを掴んで帰れ、か」

 

 それは咲季とリーリヤへの言葉だった。けれども、同時にことねへのエールでもあった。このライブを成長の糧にしてみせろという激励だった。

 

 ────そこまで言うなら、見せてもらおうじゃないか。ねぇ、先輩たち?

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