島村卯月(27歳)による藤田ことねトップアイドル化計画 作:天宮雛葵
「それでは、智絵里ちゃんのライブが無事成功したことを祝して」
「かんぱーい!」
お互いのグラスを控えめにぶつけあう音が、たった三人しかいない店内に響く。
バースデーライブ当日の深夜。Bittersweetに集まっていたのは、ライブ出演者である智絵里と卯月、そして店主の美穂。アイドル時代、全員にとって看板ユニットのひとつであったピンキーキュートのメンバーが久しく一堂に会した。
テーブルの上には軽食や菓子類がずらり。それぞれの持つグラスに注がれたアルコールも三者三様で、卯月はエールビール、智絵里はスパークリングワイン、美穂に至っては日本酒である。
「ありがとうございます、美穂ちゃん。わざわざ準備してもらって……シアターからとんぼ返りになりませんでしたか?」
「ううん、仕込みは先に済ませてたから。大したことじゃないよ」
実は今回のライブには、美穂もしっかりと招待されていた。元々、智絵里サイドとしては卯月同様に出演を打診していたのだが、美穂は芸能活動のブランクを理由に固辞。ならばせめて観にきてほしいという智絵里の願いは素直に快諾したのである。もっともことねたちが招待された普通の関係者席ではなく、わざわざ美穂のために確保しておいたスイート席への招待だったので、ことねと美穂が会場で鉢合わせることはなかったが。
そう、つまり美穂はバースデーライブに現地参戦していたということである。
「それにね、智絵里ちゃん。こうやってピンキーキュートで集まろうって決めたのは、智絵里ちゃんを労う以外の理由があるんだ」
「理由、ですか?」
「そうだよ。……そこの『やることやったし大満足!』みたいな顔してる、私たちの親友を問い詰めないといけないからね」
そう言って美穂が視線を向ける先は、語るまでもなく卯月である。
「美穂ちゃんに隠し事なんてしないよ、私は」
「だからって大っぴらにやればいいってものじゃないんだよ、卯月ちゃん。サプライズ直後の一曲、Great Journeyについての話、ちゃんとしてくれるんだよね?」
「あー……」
苦笑しつつ相槌を打つ智絵里。一方の卯月は照れ笑いだ。
「やっぱりわかっちゃう?」
「イントロの時点で怪しかったけど、歌い始めたらすぐだったよ。あれは卯月ちゃんのパフォーマンスじゃない。隣の智絵里ちゃんが驚いてるのも伝わってきたし」
「あはは……どんなことをするのかは事前に聞いてたんですけど、まさかあそこまで振り切ってファンサービスをするとは思わなくて……」
「ごめんね、智絵里ちゃん。あそこまでやらないと意味がなかったんだよ」
食器の上のチョコレートを一個つまんでから、智絵里は卯月に問う。
「意味がなかったというのは……やっぱり、卯月ちゃんが招待した子たちにとって、ですか?」
「正確には藤田ことねちゃんにとって、でしょ」
美穂の補足に頷く卯月。
「智絵里ちゃんに説明すると、卯月ちゃんが担当アイドルとしてスカウトした子がことねちゃんでね。最近はこのお店でもバイトとして雇ったんだよ」
「えっ、そうだったんですか!?」
「あの子は土日の昼にしか来れないから、最近の智絵里ちゃんとは予定がちょっと合わなかったかもね。……それで、ことねちゃんにとって意味がないっていうのは? だいたい言いたいことはわかるけど、ちゃんと説明して」
「そうだね、すごく簡単に言うと……どこかのタイミングでことねちゃんが落ち込んだり、悩んだりしたときに、今日のライブを見返してもらおうって思ったんだ」
その言葉に智絵里が疑問符を浮かべるのを見て、卯月はさらに続ける。
「ことねちゃんはね、アイドルとしての可愛さを持ってて、ダンスがとっても得意で、歌がだいぶ下手なんだ。レッスンのおかげで歌はだいぶ良くなってきたけど、それでも上手な歌とか、歌詞に合った感情を乗せるようなことはできない。今の自分が感じてることをそのまま声に乗せるのが……できるかなぁ、これから次第かな、っていうくらいなの」
「……あ、そういうことですか! 今日のGreat Journeyでのパフォーマンスが、卯月ちゃんの担当アイドル……藤田ことねちゃんにとっての目標になるんですね」
納得したような顔をする智絵里。一方で、美穂はまだ卯月のことを怪しんでいるようだった。
「わたし、卯月ちゃんがそれだけで終わらせるとは思えないけどなー」
「そ、そうですか? お話を聞く限りでは、おかしいところはないと思いますけど……」
「そっか、智絵里ちゃんはまだ聞いてないんだっけ。……卯月ちゃん、ことねちゃんに対してベタベタに惚れちゃっててね」
「えぇっ!? ほ、本当ですか!?」
「アイドルとしてね、アイドルとして。大事なところ飛ばさないでよ、美穂ちゃん」
卯月の抗議を意に介さず、美穂は語る。
「卯月ちゃんって、人懐っこいんだか人に興味ないんだか、前から本当にわからないところがあったけどさ」
「ひ、酷いよ美穂ちゃん!?」
「もうね、いくらなんでもことねちゃんのこと好きすぎでしょって思うよ。絶対トップアイドルにしてみせるっていう真っ直ぐすぎる想いが狂気になってるし、しかも卯月ちゃんがずっと抱えてたアイドルとしての夢とか理想とか、ぜーんぶことねちゃんに投げつけたんだよ? 卯月ちゃんが十年抱えたものを、まだデビューもしてない駆け出しアイドルに全部背負わせようとしてるって、ちょっと……だいぶ……かなりおかしいよ」
「う、卯月ちゃん……?」
「待って智絵里ちゃん、そんな露骨に引かないで! 美穂ちゃんもそこまで言わなくても良いんじゃないかな!?」
「反省しろって言ってもしないし、自分がどう見られてるか、見られるべきか考えろだなんて、今更卯月ちゃんに言うようなことでもないでしょ? それでも……心配なんだよ、卯月ちゃん」
そう言いつつ、美穂はグラスの中の日本酒を一気に飲み干す。次いでチェイサーも流し込み、さらに日本酒を再びグラスに注ぎ、そのまま手に取った。
「美穂ちゃん、ペース早いって! もうちょっと抑えて……」
「やだ。今日くらいはわたしが卯月ちゃんにわがまま言うもんね」
「わ、私が悪かったから……ちゃんと謝るから、ね? 機嫌を直してほしいなぁ、って」
「もーっとやだ。わたしの意見ぐらいで揺らぐ卯月ちゃんなんて嫌いだもん、最後まで気持ちを貫き通して、むしろわたしに謝らせるような卯月ちゃんじゃなきゃやだもん」
「ちょっと美穂ちゃん、さては私たちが来る前からお酒飲んでたでしょ!? 明らかに普段の酔いかたじゃないよ!?」
思わずツッコむ卯月に苦笑する智絵里。
「美穂ちゃんは酔っていても顔に全然出ませんもんね……それにしても、ここまでのものはそう見ませんけれど。卯月ちゃん、あまり美穂ちゃんのことを心配させちゃダメですよ」
「そうそう! 迷惑はいくらでもかけていいけど、ムダに心配させないで! あ、他の子には迷惑もかけちゃダメだからね!」
「ご、ごめんなさーい……」
旧友たちに二対一で囲まれてしまっては、さしもの卯月も素直に負けを認めるほかなかった。
「それで……美穂ちゃんの勘は正しいんですか?」
「うーん、それだけで終わらなかったというか、予想外だったというか……ことねちゃんには元々才能があって、これから磨いていけばもっと伸びるって私は思ったの。慌てずに技術を身につけてもらって、少しずつ経験を積んでいけば、すごいアイドルになるはず。だから、今日のライブで『未来のことねちゃんを真似する私』を見るだけじゃなくて、そうじゃない私とか、智絵里ちゃんのこともしっかり目に焼き付けてもらえるといいなって思ってたんだけど……」
雲行きが怪しくなってきた卯月の語りに、智絵里が眉をひそめる。
「上手く……いかなかったんですか?」
「ううん、上手くいきすぎちゃったの。あの子、この調子だと多分近いうちに私を超えちゃうだろうから、これからのプロデュースはどういう方針で行こうかなって」
なんでもないように言った卯月に対して、智絵里はぽかんと口を開けることしかできなかった。