島村卯月(27歳)による藤田ことねトップアイドル化計画   作:天宮雛葵

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28 - ピンキーキュートは理想を見つめて

 静かにアルコールを流し込み、美穂が用意してくれていたサンドイッチを口に入れる。普段と何も変わらないはずなのに、智絵里にはどうにも味が感じられなかった。

 

「近いうちって……一体どのくらいの時間で、卯月ちゃんを超えるって考えているんですか?」

 

 どこか問い詰めるような口調になってしまった彼女の言葉に対して、卯月が答える。

 

「これから積む経験にもよるけど……とりあえず、二ヶ月あればプロと同じ舞台に立っても遜色なくなると思う。あくまでステージパフォーマンスの話だけどね」

「アイドルとしての人気は、どうですか?」

「ファンの数が足りないだろうね。こればかりは先輩アイドルに、私たちに優位がある。ただ、ことねちゃんには人を惹きつけるトークの才能も結構あるかなっていうのが私の見立て。それが活かされる媒体への出演が続けば、もしかすると……」

「一気にスターダムかも、という想定ですか」

「あくまで可能性だけどね。ライブステージでは全力で可愛くて決めるところは決める正統派、トークでは笑いがしっかり取れて可愛さもあるバラドル、ネットでは……どう転ぶかわからないけど。いずれにしても、才能があって努力もできる子だから」

 

 うきうきとした表情で語る卯月。だが、智絵里はさらに深く切り込む。

 

「ことねちゃんという子が、どれだけの才能を持っているのかはわかりました。それで……卯月ちゃんのことは、いつ超えるんですか?」

「言ったよ? 二ヶ月すればプロと並べるって」

「普通のプロの話はしてません。逃げ切り勝ちしたトップアイドル、私たちのセンターだった子の話をしてるんです」

「……智絵里ちゃん、もしかして怒ってる?」

「はい。とっても怒ってます」

 

 静まる店内。智絵里も、卯月も、酔いが回っているはずの美穂も、不気味なほどに無言だ。

 

 1分、2分、3分。空白の時間を終わらせたのは、卯月だった。

 

「……私ね、自分の価値を低いものだって決めつけるのはだいぶ前にやめたの。智絵里ちゃんも知ってるよね?」

「はい、知ってます」

「自分にはなんにもない、なんてアイドルが言っちゃいけない。アイドルはそう自覚すべきじゃない。全部嘘でも、なんにも持ってなくても、才能だって言われたことが自分で信じられなくても、アイドルは胸を張って立たなきゃいけない。そういうものだと思ってやってきて、私は上手くいった。才能どころか、努力も()()()()()()()()

「そうですね。卯月ちゃんはそういう人です」

「じゃあ、さ。私に似た才能を持ってて、それはもしかしたら私の上位互換かもしれないような才能で、そんな子が……才能を自覚してトップアイドルへの道を駆け上がったら、どうなるか。気になるよね?」

 

 そう語る卯月の瞳は、光と炎に満ちていた。

 

「……卯月ちゃん」

「私の才能は、やっぱり笑顔だったよ。プロデューサーさんは正しかった。笑顔のおかげで、私はどんな人にも嫌われないトップアイドルになれた。私の笑顔が心に突き刺さって、抜けなくなってくれた人もいた。それはアイドルとしてとても嬉しいことだし、私は今以上を望むことなんてできない」

 

 いっそ、その瞳が光を失っていたらよかったのに。智絵里はそう思った。そうだったなら、自分たちにも手の施しようがあったのに。

 

「今のままじゃ足りない、これじゃ満たされないって叫ぶのは、駆け出しだったころの私なら許されてた。でも、私は……トップアイドルになっちゃった。本当に嬉しいんだけどね。それでも今の私が自分を否定するのは、ただの謙遜とか卑下とか、そういうものじゃない。私を支えてきてくれた人、信じてきてくれた人、私の姿を夢にしてアイドルの世界に飛び込んできてくれた人……その人たち全員に対する裏切りだよ」

 

 考えすぎじゃない? 大袈裟だよ。自意識過剰だって。……自分本位で、傲慢でしかない!

 

 そんな言葉で卯月を説得できたなら、どれほど楽な話だろうか。智絵里はひとつ溜息を吐いた。

 

「私も、卯月ちゃんと同じくらいアイドルをやってきました。その気持ちはよくわかります。だからこそ、言わせてください」

「どうぞ?」

「……無駄に考えすぎで、余計に大袈裟で、自意識過剰の自分本位! アイドルのことならなんでもわかる、頂点の景色も見てきた、今更誰にも負ける気なんてない、そんな自信が滲み出てます! 私が見てきた中で一番最悪の、傲慢なトップアイドル! それが、今の卯月ちゃんですっ!」

 

 智絵里の口から出てはいけない言葉がスラスラと出てくる。人生で初めての、そしてもしかすれば最後かもしれない、最大級の罵倒。それを真正面から浴びせかけられても、卯月の瞳から光は消えない。炎に至っては、その勢いをますます増している。

 

「ありがとう、智絵里ちゃん」

「……お礼を言われるようなことは、してません。でも、今の言葉は謝りませんからね」

「うん、いいよ」

 

 一瞬前までの険悪な雰囲気が、まるで嘘だったかのように笑い合う卯月と智絵里。そしてそこに割り込んでくるのは、今までだんまりを決め込んでいた美穂だ。

 

「そして卯月ちゃんは、アイドルのままだと見れない夢を見るためにプロデューサーを目指して、自分だけのことねちゃん(シンデレラ)もすぐに見つけてめでたしめでたし……じゃ、ないんでしょ?」

「最初はそのつもりだったんだよ? アイドルとしての自分は過去に置いてきて、あくまで後輩を導く先輩としてだけ表に出す。これからの私はプロデューサーだって、そう思ってたの」

「……今も本気でそう考えているなら、あんなパフォーマンスはしませんよね?」

 

 智絵里の問いに卯月は頷く。

 

「プロデューサーであることに神経を注ぎすぎているから失敗する、貴女がアイドルだった過去を否定するな……って、ある人に諭されたの。だから、遠慮するのはやめにしたんだ」

「ゆ、勇気ありますね、その人……」

「卯月ちゃんにそんな直球のお説教ができるなんて、誰か知らないけど相当頑張ったんだね……」

 

 あんまりすぎる反応に思わず脱力する卯月。

 

「ふたりとも、私のことをなんだと思ってるの?」

「後輩に心を灼かれちゃったかわいそうな人」

「後輩にアイドルとしての全てを押し付けてる人」

「そろそろ泣いちゃうよ? 実は私も悲しいときは泣くんだよ?」

 

 そう言いつつも、卯月の表情はこれ以上ないほどに明るい。

 

「はぁ、もう……勿体ぶっちゃったけど、智絵里ちゃんの質問に答えるよ。元々は、ことねちゃんには何年かけてでも私のことを超えてほしかった。長い目で見て、じっくりとトップアイドルを目指してもらおうって思ってた。でも、今のことねちゃんを見ると……間に合いそうなんだよね」

「間に合うって、まさか」

「そのまさか、だよ。……私がアイドルとしての輝きを失う前に。その前になんとしてでもことねちゃんをトップアイドルにする。そうしたら、最後はあの子に私を直接超えてもらうの」

 

 美穂も智絵里も一切口を挟まない。挟めない。淡々と語る卯月が心の底から本気だということは、ふたりも承知の上だ。

 

「私の都合に巻き込んだ以上、私にはことねちゃんを導く義務がある。直接対決は難しいかなって思ってたけど……今日やっと確信したよ。あの子は私のところまで一足跳びでやってきて……きっと私を踏み越えていく。そう来なくっちゃ。そうでなくっちゃ。ね、楽しくなってきたでしょ?」

 

(────よく言うよ、そんなこと)

 

 夢の景色に表情を綻ばせる卯月を見て、美穂は内心呆れていた。

 

(負ける気なんてないくせに。勝ったら勝ったで失望もせずに、自分の強さを証明して『本当の勝ち逃げ』。万が一にも負けたなら、ことねちゃんにバトンを渡して御満悦。……あぁ、本当に)

 

「ずるいね、卯月ちゃん?」

「知ってるよ、美穂ちゃん」

 

 斯くして、彼女たちの酒宴は宵から明けに消え。ことねにとって、初めての試練がやってくる。

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