島村卯月(27歳)による藤田ことねトップアイドル化計画 作:天宮雛葵
初星学園の定期公演『初』への出演権利を得るための第一関門、中間試験。
そのレギュレーションは実にシンプルだ。生徒たちは学園から指定された課題曲の中から一曲選び、審査官の前で歌って踊る。審査官は生徒のステージパフォーマンスを様々な観点から評価し、公平に点数化。その後、絶対評価による評価項目ごとの足切りを経て、総合評価点を算出。最後に試験の全参加者を総合評価点の高い順に並べ、上から数えて一定人数を合格者とする。
審査官を務めるのは、普段から生徒の面倒を見ている学園所属のトレーナー。公平性を確保するため、それぞれ専門分野が違うトレーナーたちを試験のたびに選出するほか、試験終了後には合格した生徒全員の審査内容が公表される。逆に不合格となった生徒たちは、その審査内容が本人以外に公開されることはない。
「さて、藤田さん。以前にも説明しましたが、中間試験で好成績を取ることはその後の活動に大きく関わります。これは何故か、しっかりと覚えていますか?」
卯月の事務所代わりになっている小さな教室──中間試験真っ只中の今日は、控室代わりにもなっている──にて、緊張した面持ちのことねに問いかける卯月。
「試験会場は屋外で自由に見学できて、合格したら評価も全体公開されるから……ですよね?」
「その通りです。ここで好成績を得て試験合格者上位に躍り出れば、実際に大きなステージに立つ前から注目を浴びます。可能であれば……そうですね、上位三名に入ることができれば最高です」
「簡単に言ってくれますねぇ~ッ……ただでさえ緊張してて、震えも止まらないあたしを励ますような言葉が欲しいんですケドぉ?」
「では……そうですね。今回の中間試験、全体の総合順位を私が予想しておきましょうか」
突然そんなことを言い出す卯月だが、ことねは今更動じない。卯月の無茶ぶりにも謎すぎる言動にも慣れたものである。
「首席に藤田ことね。次席に花海咲季。三席に葛城リーリヤです」
「……それ、本気で言ってます?」
「本気でなければ、私は花海さんと葛城さんを招待したりしませんでしたよ」
「もうこの際、咲季とリーリヤちゃんの話はいいですよ! いや全然よくないですけど! でもあたしが中間試験で一位を取るって、ほんとのほんとにそう思ってるんですか!?」
詰め寄ることねに対して、卯月は薄い微笑みを浮かべる。
「先週のライブ以降、藤田さんは試験に向けての追い込みレッスンをこなしてきましたね?」
「え? そりゃーまあ、当たり前じゃないですか。やれるだけのことはやりましたよ」
「その間、トレーナーの方々に一度でも叱られましたか?」
「……すっごく上手くなったって、褒められまくりましたねぇ。特にビジュアルレッスンは」
「一昨日には渋谷さんがつきっきりで最後の調整をしてくれましたが、その際に何か言われませんでしたか?」
「えっと……自信を持ってステージに立てばいい、堂々としてれば大丈夫だって……」
卯月は椅子から立ち上がって、視線の高さをことねと合わせた。
「私の経験から言いますが、渋谷さんはお世辞を言うのが下手です」
「……でしょうね、あたしでもわかりますよ」
「できるときにはできると言いますし、無理なときは無理だと言ってくれます。その渋谷さんが大丈夫だと言ったのですから、心配はいりませんよ」
「んむむむぅ~……」
いよいよ言葉にならない奇声を発し始めることね。そんな彼女を見かねてか、卯月はことねの頭に手を置いた。
「ちょっ、プロデューサー!? 髪が、せっかくセットしたのに髪型が崩れちゃいますって!」
「撫ではしませんから。それに、こうしているだけで少し落ち着きませんか?」
「ま、まぁ……気休めくらいですけどね!」
「……緒方さんのライブ以降、藤田さんの伸びには目覚ましいものがあります。この場ではっきりと述べておきますが、学園一のアイドルとなる日もそう遠くないでしょう」
卯月の言葉を聞いて、ことねの視線が鋭くなる。
「学園一って、会長を超えなきゃいけないんですよぉ? もう何度もライブをやって、CDも出して、プロとしてもふっつーに活動してるような人を相手に、どうやって勝てばいいんですか?」
「正攻法で十王さんを超えればいいのですよ。そのための準備は済ませてあります」
「そうは言ってもぉ、あたしはセレクション受けられなかったじゃないですか」
ことねの言うセレクションとは、夏に開催される初星学園最高のアイドルを決める祭典、初星アイドルフェスティバル……通称H.I.Fに向けて行われている選抜試験のことを指す。
定期公演に向けての中間・最終試験とは違い、実際に講堂ステージで観客を入れたパフォーマンスを行い、それを審査する形を取るのがH.I.Fセレクションだ。この選抜試験に参加せずH.I.Fを目指す方法もないわけではないのだが、例外と言って差し支えない狭き門になってしまう。
「……わかりました。本当は中間試験が終わってからお伝えしようと考えていたのですが、藤田さんには今からお伝えしておきます」
そう言いながら、卯月はことねの頭からその手を離す。
「お~、いきなりどうしたんですぅ? そんなにかしこまっちゃって……」
「藤田さんのデビューソロ、作曲家さんとの話し合いに入っています」
「……えっ?」
固まることね。そして、卯月の報告はこれに留まらない。
「そう遠くないうちにデモ音源が上がる予定です。そしてデビューソロだけではなく、それに続く第二・第三の曲も準備を始めます」
「いや、ちょ、ちょっと待って……」
「お仕事の方ですが、まずはひたすらに場数を積みます。商店街でのミニイベントや、ライブハウスのゲストからこなしていきましょう。こちらも先方といつでも折衝できる状態です。同時進行でネットの生配信もやっていきたいところですが、こちらは視聴者が集まらずとも……」
「ストップ、ストップですプロデューサー! 本当に何やってるんですか!?」
ことねの剣幕に首を傾げる卯月。
「何、と言われましても……藤田さんのプロデュースですね」
「禅問答やってんじゃねーですよっ!? そんなにお仕事やらデビュー曲やら用意しちゃって、あたしが中間試験に受からなかったらどうするつもりなんですかって聞いてるんです!」
「受かります。貴女が全力を出しさえすれば」
卯月の端的な回答に、ことねは言葉を失った。
「プロデューサーとして、私は藤田さんを信じます。……アイドルとしても、私はことねちゃんを信じるよ。どうかな、まだ足りない?」
卯月の常套手段だ。何度もそれを食らってきた身だ、ことねとて知っている。
「……わかりましたよぉ」
それでも、結局はこうして納得させられてしまう。恨めしきは卯月のアイドルパワーか、はたまたことね自身のメンタルか。
「やりますよ、やればいいんでしょ、やってやりますよぉっ!」
「その意気です、藤田さん。世界一の可愛さを見せつけてあげましょう。藤田ことねを学園中に、世界中に知らしめる第一歩です。……さあ、そろそろ時間ですよ。試験会場は覚えていますね?」
「もっちろんですよ……って、プロデューサーは来てくれないんですかぁ?」
「仕事の連絡があるので、後から向かいます。ことねさんのパフォーマンスには間に合わせるようにするので、心配しなくていいですよ」
またこのプロデューサーは、自分に隠れて何かをしようとしているのか。とはいえ問い詰めている時間もないし、問い詰めて先程以上の爆弾発言が飛び出してきたらそれはそれで困る。
「ちゃんと見に来てくださいね? そしたら、あたしも全力を出せる気がするので」
「はい、必ず」
「約束ですよ! ……じゃ、行ってきまぁす!」
そう言って笑顔で駆けだすことね。慌ただしく教室を去っていき、後には卯月だけが残された。ことねがここにいないときは、この教室が急に広く寂しいものに感じられてしまう。如何に彼女の存在が場に華やかさを与えるか、如何に彼女の印象が大きいか、卯月は改めて思い知らされる。
「……よしっ」
今からかける一本の電話で、ことねの今後は大きく左右される。正確にはことねの今後を決めるための下準備ではあるが、実質的には電話先の相手を説得できるか否かですべてが決まる。これまでずっとお世話になってきた人。アイドルとしての島村卯月、その在り方を決定づけたひとり。
少しだけ震える指でスマホをタップする。聞こえたコール音は一度だけ。すぐに懐かしい声が耳へと届く。
「はい、武内です」
「お世話になっております、島村です。……なんて、今更かもしれませんけど。お疲れ様です、プロデューサーさん」
「いえ。島村さんもお変わりないようで、なによりです」
346プロダクション、アイドル部門の統括プロデューサー。かつて養成所にいた卯月を346プロダクションのアイドルプロジェクトに抜擢し、トップアイドルへの道を開いた張本人。そんな彼は、相変わらずの重厚で平坦な声をもって、卯月の挨拶に答えた。