島村卯月(27歳)による藤田ことねトップアイドル化計画   作:天宮雛葵

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31 - 伝説の幕開け

 今日のために用意された衣装を着て、マイクを片手に握る。髪のセットも崩れていない。ことねの試験開始は、もうすぐそこまで迫りつつあった。

 

(……なんか、一周回って落ち着いてきたかも)

 

 意外なことに、緊張のピークは会場に着いたときだった。試験の順番待ちで他人のパフォーマンスを見ていると、ことねの心には不思議と余裕が生まれてきたのだ。

 

(たぶん……プロデューサーと緒方さんのせいで目が肥えすぎたかもな~。あと渋谷さんのせいで耳も肥えたし、今更誰が来たって小日向さんの店で会った人たちより緊張はしないし)

 

 試験を受ける生徒たちに、ダンスで負ける気がしない。彼女たちと比べれば、余裕ある表情と立ち振る舞いだってできる自信がある。歌でも食らいつくくらいはなんとかなりそうで、ファンサービスに至っては意識している生徒がほとんどいない。

 

 それでも一ヶ月前のボロボロだった自分では、中間試験を越えることなど絶対できなかっただろう。だが無理矢理にでも休みを取らされるようになり、バイトの時間が圧倒的に減り、しっかりとレッスンを入れられるようになった今ならば。

 

 ぱらぱらと鳴る拍手。試験用の小さなステージに立っていた生徒が一礼し、足早に去っていく。その表情は明るい。

 

(今の子は……たぶん、受かったかな)

 

 実際に試験を受ける立場となってわかったことは、他の生徒が合格しそうかどうかは案外判別できるということだった。普段は引っ込み思案だったり気弱そうな生徒であっても、ステージの上で堂々と歌って踊り、大きなミスがなければ審査官の反応は大抵良い。

 

 逆にどれだけ実力がありそうでも、普段から自信満々でも、いざステージの上に立って不安を露わにしたり、ミスを連発してしまえば、審査官の顔は険しくなる。

 

(トレーナーさんたち……審査官の反応は結構表に出る。わざとそうしてるのかはわからないけど。このくらいのプレッシャーに耐えられないなら、アイドルなんてやれるわけないってこと? ま、そりゃそーだよねぇ)

 

「では、次。藤田ことね」

「あっ、はーい!」

 

 名前を呼ばれ、ことねはすぐステージに上がる。この時点でもう試験は始まっているのだろう。努めて笑顔を崩さず、軽やかな歩調を意識して、ついでにギャラリーには軽く手を振ってみせる。

 

(そーいえば、プロデューサーはどこに? 見に来るって言ってたのに)

 

 さりげなく周囲を見回す。すると、卯月を見つけるよりも先に目に留まるものがあった。

 

(あの人、どこかで会ったような……)

 

 黒いスーツ姿の大男。街中で鉢合わせたら避けて通る人相。記憶を掘り返していけば、思い当たる人物がすぐに思い浮かんだ。

 

(……346プロの社員さん!? えっ、なんでここに!?)

 

 智絵里のライブでことねたち三人を関係者席に案内してくれた、346プロの社員証を首から提げていた黒スーツの男。間違いない、同一人物だ。それどころか、探していた卯月も彼の隣にちゃっかり居座っているではないか。

 

(プロデューサーの隣に偶然346プロの人が? そんなわけない、絶対プロデューサーが呼んだに決まってる! 仕事の連絡があるって言ってたけど、あれって待ち合わせのことかよぉ~……)

 

 冤罪であった。

 

(いや、待てよ? あの人どう見たってアラサー、なんならアラフォーでしょ?)

 

 ライブ会場で会ったとき、ことねが彼のことを『会場整理に駆り出されている』のだろうと思ったのは、その外見だ。スタッフ用のジャケットを着て会場整理に勤しむ若いスタッフや社員たちと違って、彼は腕章こそ巻いていたもののスーツ姿、しかもそこそこの年齢だった。

 

 少なくとも下っ端ではない人間が、ライブ当日にスタッフが足りず駆り出された。そういう印象をことねが持ったのも自然なことである。

 

(下っ端じゃないどころか、むしろけっこー偉い人なんじゃね? だってプロデューサーがわざわざ呼ぶんでしょ? ベテランの業界人って考えた方が自然じゃん)

 

 ひたすらに冤罪なのだが、彼の素性についての推測は的を射ていた。

 

(プロデューサーの知り合いで、346プロ社員で、偉い人……っていうか、なんかプロデューサーと親しげじゃない? 結構長い付き合いだったりする? でも彼氏彼女って感じじゃないし……いや、こういうのに限って案外裏では……)

 

 答えのない推測の海に潜りかけたところで、ことねはふと気付く。

 

(…………卯月さん(プロデューサー)の、プロデューサー?)

 

 だとすれば、おおよそすべての辻褄が合う。そしてこれが真実であろうとなかろうと、気付いてしまった時点でことねのプレッシャーは増すし、ついでに血の気も引いていく。どちらにせよ、今の彼女に選択肢は残されていなかった。

 

(ああもう上等だよ、どーせ観客がちょっと増えただけだし! プロデューサー、絶対にあとで問い詰めてやりますからねぇッ……!)

 

 完膚なきまでに冤罪であった。

 

 


 

 

「どうしましたか、島村さん」

「ああ、いえ。そこはかとなく、理不尽な怒りに触れてしまった気がして」

「……すみません、どのような意味でしょうか」

「気にしないでください、こちらの話です」

 

 試験用のステージを見下ろせる位置に陣取る、スーツ姿のふたり。

 

 ただでさえ学内の有名人たる卯月に、誰かはよくわからないが風格のあるビジネスマンのような男が、試験会場に途中から顔を出す。当然、周囲の注目はこちらの方に集まっていた。しかし注目を浴びることにはもう慣れたふたりである。いまさら何かアクションを起こすようなこともなく、その視線は眼下のことねへと向いている。

 

「どう思いますか、プロデューサーさん」

「自信に満ちていて、余裕がありますね。自分と審査官だけではない、観客に気を配ることができるのは素晴らしいです。これらの指導は島村さんによるものですか?」

「いいえ、天賦の才です。普段は自己肯定感に欠けているところがありますが、ひたすら肯定的な言葉をかけるだけでもこのコンディションですね。今後、成功体験を積んでいけば……」

「なるほど。では、藤田さんのレッスンに島村さんは口を出していないと?」

 

 そう問われて、卯月はにこにことした笑顔を浮かべる。

 

「普段のレッスンは学園のトレーナーさんにお任せしています。歌い方の経験を積むレッスンには凛ちゃんに来てもらっていますね。それからどんな人と顔を合わせても物怖じするようなことがないように、美穂ちゃんのお店でアルバイトとして雇ってもらいました」

「……実に、島村さんらしいプロデュース方法だと思います」

「プロデュースの手腕はまだまだ半人前、未熟ですから。そのぶん、アイドルとしての知識や経験を活かそうと思っただけです」

 

 少し照れながら語る卯月。

 

「でも、私のプロデュースすることねちゃんは誰にも負けません」

「誰にも、ですか」

「はい。プロデューサーさんが育ててくれた私にも、決して負けませんよ」

 

 そんな卯月の言葉にも、やはり彼は表情筋を動かさない。

 

「……今の島村さんにとって、藤田さんはどのような存在ですか?」

「灰被りのお姫さま。けれど、あの子に魔法使いは必要ありません。自分の力だけでガラスの靴を作って、城の階段を三段飛ばしで駆け上がるような子ですから」

「では、島村さんの役回りとは?」

「あの子が階段で躓いたとき、上に向かって投げ飛ばすくらいですね」

 

 それきり会話は途切れる。これ以上の説明は必要ないと卯月は信じていたし、事実彼には必要なかった。ややあって、ことねの元気な挨拶の声がマイクを通さずに聞こえてくる。試験開始だ。

 

「さあ、始まりますよ。次世代のトップアイドル、藤田ことねの第一歩です」

 

 期待に満ちた声、瞳に満ちる光。ことねと卯月にとっての夢が、ようやく始まりを迎える。

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